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第41話 言わなかったこと

 今日、俺を呼び出してこうした場を設けたのは、この道の先輩としてのアドバイスのためということだった。

「余計なお世話のようにも思えたけど」と肩をすくめられるアシュレイ様だけど、ご厚意には感謝しかない。

 あの《選徒の儀》で、その時は望まない神のお導きを受けたという、似たような境遇の先輩の経験談を聞けたのは、俺にとっていい経験だった。

 初めて顕現を目の当たりにして、カルヴェーナさまとお会いすることもできたし。


 用事はこれで終わりと、切り上げようとなさるアシュレイ様だけど、俺はふと別の用件を思い出した。やや慌てて口を開く。


「カルヴェーナさまにお伺いしたいことがありまして、よろしいでしょうか?」


「ん? 遠慮することはないぞ、ハルべールよ」


 だいぶお気に召していただけたのか、なんとも気楽な感じで構えておられるカルヴェーナさまに、俺は問いを投げかけた。


「リーネリアさまとはお知り合いのようですが、どのようなお方ですか?」


 自分の神さまではあるんだけど、何しろ情報が少なすぎる。知っているのは名前だけで、お姿は儀式でぼんやりとシルエットを見た程度。

 さすがに気になっていたところ、お知り合いと思われるカルヴェーナさまのご降臨は、願ってもないチャンスだった。

 しかし……気さくな感じでいらっしゃったカルヴェーナさまは、特に何かをお答えにはならず、少し考え込む様子でおられる。


「私の口から言ってもいいが……いや、やめておこう。先入観を植え付ければ、それに振り回されんからな。勇者になり、自らの手で対面するがいい」


 イジワルされたわけではなく、いたって真面目なご様子でのお言葉。そういうものかと思い、俺は「かしこまりました」と頭を垂れた。


「な~に。そなたほどの才覚があれば、そう遠くない内に会えるだろう。それまで、お楽しみは取っておくといい」


 会ったばかりの神さまだけど、気休めにあえて甘い言葉を下さるお方でもないように感じる。

 単に俺の力量を買っていただけるものと思って、俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。



 森から街への帰り道、私の心の中にカルヴェーナ様のお声が響く。


『アシュレイ、少し良いか?』


『なんなりと』


 改まった感じで声をかけてこられるのは、中々珍しい。

 やはりというべきか、持ち掛けられた話は、彼に関するものだった。


『結局、ハルべールに"再抽選"の話はしなかったな』


『ええ、まあ』


 この「再抽選」というのは、正式な名称ではない。

 とはいえ、こういったものを「正式」な儀式と認めるわけにもいかず……

 神々も、その存在と必要性を認めていながら、話題としては避けて通る。


 そんな単語が自分の神から漏らされたことに、私は少し身構えた。

 彼にそういった話を持ち掛ける可能性は、考慮していなかったわけではない。しかし……


「どうなされました?」と問いかけてくる話題の人物に、私は「なんでもないよ」と言ってはぐらかした。

 あえて再抽選の話を彼に持ち掛けることもないだろう。


『現状について、若干の問題はあるようですが、おおむね好感触を得ているようですし……道を(たが)えさせようというのは、余計なお世話でしょう』


『ふむ、そうか』


『それに、乗り換えたら乗り換えたで……』


 心の中で言葉を区切り、私は今一度、折り目正しい後輩に目を向けた。


私など(・・・)よりも、よほど信心深そうな彼の事です。再抽選で乗り換えれば、かえってストレスになるのではないかと』


『それもそうだな。お前ももう少し、私を敬ってくれて良いのだぞ?』


『気味悪がられるか、笑われるのがわかってるというのに?』


 挑発交じりの軽口に、いつも通りの感じで応じ返すと、カルヴェーナ様は『ふふん』と鼻で笑われた。しかし……


『正直に言うとな、お前の口から再抽選の話が出なかったことには、ホッとしている』


 あまり飾らない私の神だけど、こうまで素朴な感情が言葉として漏れ出ることは稀だ。それがかえって、こちらまで殊勝な心持ちにさせる。

 再抽選に関し、カルヴェーナ様にこうまで言わせる理由が何であるか、私はざっと思い巡らせた。


『……リーネリア様の事を(おもんぱか)ってのことですか?』


『ああ。あやつは本当に……』


 それきり言葉は続かない。

 傍らにそのお姿はなくとも、今どうしたお顔をしておられるのかは、なんとなく想像がつく。


 先輩としての私は、ハル君に対してあまり心配することがない。しかし、カルヴェーナ様はというと――

 おそらくご親友であらせられるリーネリア様に対し、色々と思うところおありのご様子だ。

 ハル君とのやり取りで彼を可愛がっておいでだったのも、リーネリア様の使徒としての期待や願い、あるいは祈りを込めてのものだったのかもしれない。


――ああ、いや。彼をダシにし、私を当てこすって遊ぼうという、稚気じみた悪乗りもあったことだろうけど。


 森を出て少し歩くと、寒々しい北風が吹きつけてきた。丈の低い草が強くざわめく。遮るもののない風が体を打ち付け、思わず身震いする。

「寒くなったなあ」と、つい口から(こぼ)れる私に、「ホントですね」とハル君が応じた。

 とはいえ、私ほど寒がっている感はなく、まだまだ涼しい程度の感じにも映るのだけど。


……報告書を見たり、ハーシェルたちから話を聞いたりした限りでは、身体能力はハル君の方が上という感じはあるかな。

 武家の一員として、そして使徒の先輩としては、尻を蹴り上げてくれる良い刺激というところか。


 取り囲んでくる寒気の中、しばし身を縮めて歩いていくと、再びカルヴェーナ様からのお声が。


『寒くなってきたな。そろそろ雪が降るのではないか?』


『……そんな季節ですね』


 実のところ、遠地から今のタイミングでこちらへ戻ってきた理由として、冬の到来が占めるウェイトは大きい。


『じきにまた(・・)面倒ごとが起こるだろうが……ハルべールに言わなくてよいのか?』


『彼に?』


 問われて彼の方に目を向け、私は少し考えた。


『いえ、やめておきましょう。こちらへ来たばかりの客を、面倒に巻き込むのも……』


『道義心が邪魔するか?』


『縄張り意識もありますがね』


 冗談めかして自嘲っぽく付け足したものの、そういう一面もある。

 この付近一帯を守る領主一家の一員として、起きた面倒ごとは我々が解決しなければ――そういった気概はある。

 こうした姿勢に、カルヴェーナ様は不満の声をお上げになることはなかったものの、どことなく腑に落ちていない様子でもあらせられた。


『ふ~む。お前がそういうなら、まあ良いか』


 そんな煮え切らないお言葉から少し後、途切れた会話の間を埋めるように、お呼びでない寒風が吹き付けてくる。

 この調子だと、本当に冬が近そうだな。


 今から気が滅入る。

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