第40話 先輩の過去
にわかに真剣みを増す空気の中、アシュレイ様が続けて問いかけてこられた。
「今の力、君ならどう使おうと考える?」
「それは……色々と思いつきます」
「へ、へえ~」
意外にも、なんだか砕けた反応を返してこられたアシュレイ様は、軽く咳払いして威儀を正された。
「思いついたものを、参考までに聞かせてもらえないかな?」
「長くなるかもしれませんが……」
やや恐縮しながら問うと、お返事は「是非」という一言。
ならばと俺は、思いつきを口にしていった。
最初に思い浮かべたのは、農作業だ。あのお力で、土の移動や水の放出が元通りになるのかどうか、もっと大規模ってのがどれぐらいのものか……
よくわからない部分は多いけど、人力や役畜で田畑を耕すのに比べれば、圧倒的だろう。
「農作業なんかに使っていいお力なのかは、わかりませんが」と、少し恐縮しながら付け加えるも、お二方から非難の意は感じられない。むしろ、感心や次の話への期待すらあるような。
気を取り直し、俺は次の思い付きを口にした。
故郷での狩りでは、たまに罠を用いることもある。弓では狙いにくい森の中、接近戦でやり合うには分が悪い、大型の獲物を仕留める場合なんかだ。
そういう時に用いる罠としては、落とし穴が一番シンプルで強力なんだけど……制約も多い。
掘り起こした土の始末がまず大変だ。だからといって横着して雑な仕事をすれば、肝心の獲物に感づかれる恐れもある。
大きな穴を掘ってから、土を元通りに戻すのも面倒な作業だ。やらんと後で誰かが困りかねないから、後始末の方が大事でさえあるんだけど。
でも、こういう罠だって、カルヴェーナさまのご加護であれば、きっと一人でも運用できるようになる。
「それと、いざ戦闘に入ったとして、水で押し返したり、即席の浅い穴で相手の出足をくじいたり……ぬかるみ作って足を奪うってのも強そうですね」
「なるほど」
もちろん、この程度のことぐらい、アシュレイ様も当たり前みたいに閃いて、なんならすでに試していらっしゃることだろう。
でも、今更な素人考えだとして笑われるようなことはなかった。それどころか……
「あの時のお前よりも、ハルべールの方が優秀だな。いっそ乗り換えようか」
だなんて、カルヴェーナさまが笑顔で仰る始末。対するアシュレイ様は、困ったように苦笑いしつつも、「口だけでしょう?」と冷ややかだ。
カルヴェーナさまも本気ではないってのは、お会いしたばかりだけどすぐわかった。お二方ともに、お互いをなんやかんやで気に入っておいでのように感じられるし。ただ――
過去には色々とあったのかもしれない。
軽くため息をついた後、アシュレイ様がポツポツとお話になった。
「私が儀式を受けた時……カルヴェーナ様の事は周囲があまり知らなくてね。私自身の不勉強もあって、そこは恥じねばならないところだけど……『貴族の嫡子にしては……』という目や声は、きっとあったと思う」
なんだか、身につまされる話だ。俺のリーネリアさまは――使徒の分際で大変失礼ながら――輪をかけて知名度が……ってところだ。
一方、周囲から寄せられていた期待で言えば、アシュレイ様は俺なんかとは比べ物にならなかっただろう。
そうした、期待と現実のギャップが確実に存在したわけだ。
「私は三男坊で、兄上二人はともに軍神や戦神のお導きを賜っていた。その事実も、当時の私には追い打ちになってね。与えられたご加護は、触れずとも大地を操る力。地震を起こすほどの力はなく、せいぜいが穴を作ったり多少は隆起させる程度。これでどうしたものかと、途方に暮れたよ」
「今思えば笑い話だ」
その昔、人々にきっと軽んじられ、その自覚もあったであろうカルヴェーナさまが、皮肉っぽく笑って仰った。
これに「まったくです」と、素直な感じで応じるアシュレイ様。
「家族は両親も兄弟も、皆優しくしてくれた。ただ、家の外のみんなと同様に、落胆の色は隠せていなかった。唯一違ったのは、先代、つまり私の祖父だった」
「違ったというのは?」
「お叱りを受けたよ」
その後、「私だけじゃなく、家族一同ね」と苦笑いで続けられた。
「先代は、魔獣相手の大規模作戦に幾度となく関わってこられた、歴戦の軍師だった。その見識からすれば、私が賜ったご加護を軽視する家族のありように、強い憤りと落胆を覚えたのだろうね」
そこで一度目を閉じてから、アシュレイ様は傍らで勝ち誇るカルヴェーナさまに力なく微笑みを向け、仰った。
「先代の目には、すでに明らかだった。私が賜ったご加護が、もしかすると何百何千という工兵たちを代替し、彼らを苦役と危険から解放する、戦場の創造者になる可能性を。だというのに、領主一家一同は、そうした道が広がっていることに気づけずじまい。『武家にある自負を持つなら、まずはその不明を恥じよ!』と、みなでうなだれて一喝を受けてね」
「ま……私にとっても、こやつの御祖父様には助けられた思いだよ」
やや恥じ入りながら昔話をなさったアシュレイ様に、カルヴェーナさまが笑ってチクリと追撃なさった。
しっかし……アシュレイ様に、そんな過去があったとは。
でも、冒険者の先輩方や町の人々の様子を見るに、アシュレイ様に対しては儀式の結果込みで敬意を向けられているように思える。
だとしたら、当時の落胆から敬愛まで人々の意識を変えてみせたのは、きっかけは先代のお言葉だとしても、やはりアシュレイ様ご自身の頑張りあってこそなんじゃないか。
チクチク憎まれ口を挟んだり、軽く煽って楽しんでおられるカルヴェーナ様も、ご自身の使徒としてお認めになっているからこそ、こういう形で愛情表現なさっているように感じられるし。
そうした昔話の後、話の矛先は今の俺に向くことに。「ハルベール」と真剣な、優しくもある眼差しを向けられ、俺は背を伸ばした。
「君に導きを与えるというリーネリア様の事は、残念ながら私も知らない。それに……結局のところ、使徒や勇者は魔獣退治と切っても切れない関係にある。そうした中で、君が得た加護というのは……」
いくらか言葉を探す様子をお見せになった後、「何かと大変なのではないかと思う」と、続けられた。実際、何と言えばいいのか……
まあ、人前でひけらかしたくなるほどのモノではないってところだとは思う。
いや、そもそもひけらかすような感じで、誰かに見せつけられないんだけど。
でも――
「君の様子を見てると、私みたいな他人が、勝手に妙な気を遣っているだけという気もしてくる。実際……君にとって、ご加護はどうなのかな?」
「遠慮なく言って良いぞ」
と、女神さまからのお許しも賜ったけども……別に遠慮する必要があるようなことは、特には考えていなかった。
ただ、少し表現が難しいというだけで。
「何て言いますか、よくわからない部分も多い能力ですが……面白いですよ」
「私も、使い道を考え始めてから面白くなってきてね。そういうことかな?」
「そういう感じもありますけど、もう少し違った面白さもあると言いますか……ご加護そのものの使い道が広がるよりも先に、知りたいことが日に日に増えていくんです。色々なものに気づかせてくれるような」
「なるほど」
満足そうにうなずかれると、アシュレイ様は柔らかな表情で仰った。
「使徒としての君を耳にして、先輩風でも吹かせようかと思っていたけども、その必要はなかったかな」
「ああ。なんなら、授かった加護への気構えは、ハルべールから学ぶべきですらあるかもなぁ?」
ここぞとばかりにイイ笑みを浮かべるカルヴェーナさまに、アシュレイ様が困ったような苦笑い。
俺を手本にされても……光栄なことなんだろうけど、何かこう、身に余るっていうか。




