第36話 充実した日々
《テンパレーゼ》調合に成功してからというもの、セシルさんという頼もしい先生の存在もあって、色々と物事に弾みがついた気がする。
まず、魔力薬を服用して得た発見や疑問について。セシルさんの紹介で、魔力薬を製造している醸造所を伺うことができた。
そちらの醸造所は、港町アゼットからは少し歩いたところにあった。周囲には様々な農園が広がるちょっとした町で、こちらの作物を用いてお酒を造っている様子だ。
醸造所の方はとても気さくで、魔力薬の細かな製法については企業秘密ってことで教えてもらえなかったけど、あらかたの部分は確認ができた。
セシルさんに教えてもらった通りで、魔力薬の原料になる薬草を酒に漬け置き、成分を吸わせた上で蒸発させる。酒が抜けると結晶が「析出」するから、そのうちから必要な成分をより分ける。
そうして得られた青白い結晶を、改めて酒に溶かして服用薬にする――という流れだ。
また、頼み込んでみたところ、原料である《マグラス》の草を少量買い取らせていただけた。
セシルさんの店にも置いていなかった草で、こちらの醸造所が契約している農家から直接買っているそうだ。
特定の用途に絞られる素材なんかは、こうやって専門業者と農家が専属契約を結ぶことが多く、素材として市場に出回ることは珍しいとのこと。
なんでも、農家にとっては安定した実入りになるからってことで。
譲っていただいた貴重な草の一部を口に含んでみると、一般には売られないのも納得の味だった。
生食はともかくとして、こいつを個人で魔力薬に精製するとしても問題はある。専門的な設備がないと歩留まりが悪くなる――つまり、不良品の割合が増してしまう。
だったら、素材を無駄なく完成品にしてくれる専門家から買った方が、結局は手っ取り早い。それどころか、安上がりでさえあるかもしれない……ってわけだ。
それで、《マグラス》の草を口にした時に見えた星座は、魔力薬の時に見えていた、あの青白い一種類の星座だけではなかった。
他にも色々と星座が見えていて、魔力薬の主要成分とやらは、いくつもある星座の中の主役でも何でもない。横並びの中の一員って感じだった。
こうした成分の群れの中から、必要なものをより分ける工程を経て、魔力薬という商品になっていくってことなんだろう。
改めて思い返してみると、魔力薬の中には主要な成分らしき星座以外にも、ごくわずかにひっそりとした星座が見えていた。
これはおそらく、取り除き切れなかった《マグラス》の中の成分――あるいは、魔力薬として溶かし込む酒に入っている成分かもしれない。
何であれ、こういう余分なものを省いてみせるのが、専門的な錬金術業者の腕の見せどころなんだろうと思う。
マグラスの草を得て、魔力薬との成分的な関係を確認できたけど、この草を買い求めた理由は別にあった。
別に、魔力薬にしなくたって、この草単体でも効果がないわけではないんじゃ無いか?
まぁ、たぶんそんなうまい話はないだろうと思いつつ、物は試しで草を煮て食ってみたけど――
結果は、やっぱりといったところ。おそらく、草一本二本程度の分量では、実感できるほどの魔力を得られないようだ。だからこそ、手間暇加えて魔力薬を作ってるんだろうし。
とはいえ、草の中に成分が入っているのは間違いなくて、これが完全に無駄になっているかというと……どうなんだろう?
不確かなことも多いけど、一つ言えることもある。俺には魔力薬の成分が見えて、それがどんな感じなのか知っているってことだ。
セシルさんの教本によれば、魔力薬の原料になる薬草は、《マグラス》の草に限らないって話だった。実は、見過ごされている薬草だってあるかもしれない。
だったら、そういう草を見出して、自分の手で魔力薬にするか、あるいは日々の食事に自然と混ぜ込むことができれば……今後、何らかの足しになるかもしれない。
あいにくと、寒くなっていく一方の季節だけに、試すべき薬草もなくなりつつあって、今は頭の片隅に置いておく……ってことになりそうだけど。
魔力薬以外にも色々と進展はあって……もしかすると、こっちの方が大きいかもしれない。
まず、セシルさんに自作の《テンパレーゼ》を買い取ってもらう契約を結んだことで、勉強も兼ねた稼ぎができるようになった。
ただ、まずは確実に調合をモノにするってことで、資金稼ぎを主目的にはしないけども。
稼ぎのためにと雑な仕事をしたんじゃ、セシルさんにも、俺の両親にも悪い。
家の中じゃ、結構いい加減なところもある両親だけど、仕事については本当にクソ真面目だったし。
旅費まで出して送り出してもらった以上、信頼は裏切りたくない。
そういった気持ちのおかげもあってか、自作の薬についてセシル先生から赤点をもらうことは一度もなかった。
そのつもりでやってきたという自覚はあるんだけど、さすがに失敗なしってのは、手心加えられているんじゃないかという気持ちも湧いてくる。
もっとも、「採点が甘いんじゃないですか」みたいなことを聞いてみると、「これ以上の検査は個人ではできない」と言って笑われたけども。
つまり、一般的に売りに出す薬としては、これで申し分ないってことだ。
こうした《テンパレーゼ》調合による稼ぎに加え、本業である冒険者稼業も好調だった。
錬金店にとって一番の顧客は冒険者たち。寒くなると、《テンパレーゼ》は放っておいても売れる。
ということで、先輩の冒険者にとっても、《テンパレーゼ》は馴染みの薬らしい。
ただ、みんながみんな、考えなしに愛用するってわけじゃない。個人差はあるけど、あの薬が体力を燃やして熱にしているのは確かで、体力を消耗する感じを覚えたことがある――そういった人も少なからずいる。
そこで、仲間の前面に立って戦線を支える、重装の戦士や盾持ちなんかは、体力勝負ということもあって《テンパレーゼ》は仕事上がりに服用。
逆に、手先の器用さが仕事の良し悪しに直結する弓使い等の軽戦士は、動きを阻害する厚着が難しいということもあって、仕事前か休憩中に服用することが多いんだとか。
錬金術師ってのは、単に薬を調合するだけではなく、相手に合わせた薬を紹介・説明する仕事でもある。
だから、こういった生の声は、俺みたいな駆け出しにとっては重要な情報だった。
日記みたいなメモに書きつけていくと、これを面白がったのか感心したのか、冒険者の先輩方が快く色々と教えてくれて――
俺が《テンパレーゼ》なら作れると明かすと、冗談めかして「毒見してやるよ」なんて言われ、最初の一回だけはタダで振る舞ったりも。
ただ、資格の都合上、こういった個人利用は許されているけど、販売する権利はない。
薬一回分の代金を律義にも払おうとした先輩もいたけど、金銭的なやり取りに発展すると、さすがにマズいんじゃないか。
資格の事を持ち出して丁重にお断りしたところ、かえって感心され、タ食をいくらか奢ってもらう運びになったことも。
まあ……こういうのはアリなんだろう、たぶん。
「抜け道」みたいな単語が、脳裏に浮かばないこともないけど。




