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第35話 魔力薬の製法

 講釈が一通り終わり、セシルさんがフッと一息。資格の事もあって、今では自ずと畏敬の念まで(いだ)いてしまう。


 さて、俺の《テンパレーゼ》を店頭に置くことについて、法的には何ら問題がないのは理解できた。

 ただ単に、店舗を預かる有資格者のセシルさんに、薬の品質を保証し、責任を持つ義務があるという話だ。


「実際に、自分以外の誰かが服用する薬を作っていると思えば、錬金術にも身が入ると思いますし……どうでしょう?」


 確かに、その通りだ。他所様に練習台を売るようで、気が引けるところがないでもないけど……

 逆に考えよう。他所様にお出しできるものをと、気概を持って取り組むべきなんだ。

 それに、売り物にならないものを、俺に気遣って買い取るような方でもないだろう。俺に色々と良くしてくださるセシルさんだけど、そういう甘さはないはず。


「じゃあ、お眼鏡に適うものを持ってきますんで、よろしくお願いします……先生」


 最後に付け足した「先生」という言葉に、セシルさんは少し真顔になった後、やや芝居っぽくメガネをクイっと指で動かしてみせた。


「ただ、買い取るとは言っても、市場価格よりは安くなっちゃいますけど。弟子からの買い取りとなると、八掛けが相場ですね。今回も、それぐらいで……どうでしょう?」


 先生ながら、やや自信なさげに尋ねてくるセシルさん。

 お客様に売るという最終責任を負わせてるこちらとしては、自分で作った薬が金になるだけでも、願ってもない話だ。

 どうせ、材料費は自分の手間だけだし。


「それでお願いします」と小さく頭を下げると、どこかホッとした様子のセシルさんが、「商談成立ですね」と微笑んだ。

 ああ、そっか。俺からすれば先生みたいな感じだけど、あくまで一個人同士のやり取りであって……教育要素を含みつつも、これも商売なんだ。

 故郷を出て、そう日は経っていないものの、なんだか大きくなった気がする。


 思わぬ方向へ話が進んでいったけど、最終的にはいい感じにまとまった。

 しかし、何か忘れているような――胸の奥に引っかかるものを覚え、俺はハッとして別件を思い出した。


「ちょっと教えていただきたいことがあるんですけど」


 さっきから色々と聞いてばかりで、セシルさんには話してもらいっぱなしだけど、気を悪くされた様子はまったくない。快く「どうぞ」と笑顔で応諾していただけた。


「魔力薬のことなんですけど……」


 【植物のことがよくわかる能力】というご加護のことを打ち明けたということもあり、俺は魔力薬を服用した際、目に見えたものについて話した。

 他の植物や、植物を原料とした料理・薬品と異なり、ほぼ一種類の星座しか見えなかった、と。


「何か特殊な植物が素材だったり、作り方が他と違ったりするんじゃないかと思ったんですけど……どうでしょう」


 すると、セシルさんは少し難しい顔になって考え込んだ。


「魔力薬の製造は私も覚えましたけど、店で扱ってる品は、別の業者から調達しているんです。そういう意味では、専門家ではなくて……」


 一口に錬金術師と言っても、人によって得意分野は違いがある。中でも、薬酒の製造は専門性が高いらしい。

 というのも、薬に酒を混ぜて作る都合上、酒類の取り扱いという形で錬金術とはまた別の認可が必要になるからだ。

 それに、酒の加工等で専用の設備や知識も必要になる。


「ですから、醸造所が錬金術師を雇用して、サイドビジネス的に展開することが多いですね」


「へぇ~」


 知らないことばかりで、ついつい聞き入ってしまう。

 酒の取り扱いが色々と特殊というのは、島でもそんな感じだった。翼竜(ワイバーン)を御神酒で焼き殺すという例の戦法を実現するにあたっては、酒屋と教会どころか、町役場まで巻き込んで、色々とあったみたいだし。


 話の後、セシルさんは立ち上がって棚に手を伸ばした。何冊も本が並んでいるけど、どれに何が載っているのかは把握している様子。

 迷いなく(つか)んで広げた本は、錬金術教本だった。俺が買った初級のものよりも分厚く、(いかめ)しい雰囲気すらある。

 そんな重厚感ある本をパラ~っと軽やかに(めく)り、すぐに目的のページへ。「これです」と微笑を浮かべるセシルさんが、魔力薬の製法を指さしながら読み上げていく。


「魔力薬に用いられる薬草は多岐にわたる。温暖かつ湿潤な気候であれば、一般的には《マグラス》の草が好適である。こうした、魔力を多分に含む薬草を、十分な量の蒸留酒に浸す。この際、湯煎によって抽出速度を向上させる事ができる……」


 このあたりの作業は、かつて経験したもののようで、「懐かし~」と楽しそうに言うセシルさん。

 軽く咳払いして気を取り直し、続きを読み上げていく。


「成分抽出とともに、蒸留酒が青白く色づいていく。色見本と薬草ごとの指標を元に、任意の濃度で抽出工程を終了。濃度が濃い場合、目的外の成分まで抽出している可能性が高いことに留意すべし。然る後に、この抽出液を蒸発させる。最終的に残った青白い結晶を、他の結晶と手作業で分離することで、魔力薬の主成分を得られる。後はこの結晶を、別途用意した酒に融解させ、服用薬とする」


 一応、図の説明なんかもある。聞き慣れない用語ばかりだったのは確かだけど、何もわからないってことはない。

 重要なのは、植物の中に色々な「成分」ってのが入っていて――


「おそらく、ハル君には、この成分が見えているんでしょうね」


 ということだ。

 そして、魔力薬の製造工程である「抽出」ってのを経ることで、成分を分離できる。

 俺のご加護的に言えば、「いくつもあった星座を一種類にできる」ってことだ。


「――となると、《マグラス》の草っていうのを、一度食べてみないと」


 ポツリつぶやく俺に、セシルさんが少し不思議そうな目を向けてくる。


「いや、《マグラス》の草を食べてみて……魔力薬で見た星座しか見えなければ、魔力に関係する成分しか入ってないってわかりますし、他の星座も見えたら、抽出ってヤツでいらない成分を取り除いてるんだって、これでハッキリするなって」


 そこまで言うと、いたく感心した様子のセシルさんが、しきりにうなずいて微笑んだ。


「やっぱり向いてますね、ハル君」

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