13
月日は流れていく。残酷なほどに。
時間は進んでいく。残酷なほどに。
止まれと祈ったところで止まることはない。
春華さんの葬式には僕の描いた遺影が使われた。
いつも見せてくれた笑顔の彼女がそこにいた。
彼女の遺骨は自然葬――海に散骨されることとなった。
生前、彼女が海の話を――僕とのデートの話をずっとしていたからだそうだ。墓にいるよりは喜んでくれるだろうとご家族は言っていた。
春華さんがいなくなって。
僕は一人だけ日常に戻っていく。
何も変わらず大学生活を過ごして。バイトして。
やがて学校を卒業した。
適当に就活して内定をもらった場所に就職して。
休みの時には絵を描いて。
だいたいそんな日常だ。
変わり映えのしない毎日を過ごしている。
――ただ、海の絵を描くことが増えたかもしれない。
それだけだ。
僕はこうして生きている。
「――ま、そんなところですね」
僕は一通り話し終えると、スケッチブックから目を離した。
気が付けば空は青から赤く染まっていた。もうじき夜が来る。
「別に面白い話じゃなかったでしょう?」
「ううん、そんなことない」
女の子は首を振って、
「むしろ、ごめん。気軽に聞いていいことじゃなかった」
「気にしないでください。話したのは僕ですから」
「・・・・・・先生、つらかったよね」
「つらかった、か」
たしかにつらかった。
春華さんが亡くなって、僕は何もかもを投げ出したくなった。
後を追おうなんて考えもした。
「でも」
そんな僕を支えてくれる人達がいたのだ。
一人は冬木。
僕は彼女をフった。僕と関わるなんてつらいだけのはずだ。それなのに彼女は僕を献身的に支えてくれた。ずっと僕の傍にいてくれた。彼女の優しさがなければ、僕はずっと立ち上がれなかっただろう。
もう一人は秋貴。
自分の姉を失ったというのに、自分もつらいはずなのに、いつものように僕と接してくれた。僕よりもずっと強い人だ。僕はその強さを分けてもらえたのだと思う。だから僕は生きる気力を取り戻せた。
「僕は友達に恵まれましたから」
「そっか」
「はい」
少女は少し安心したように笑う。
「先生が絵を描き続けてるのも、私とか、他の誰かに教えてるのも好きだった人のおかげなんだね」
「そうですね・・・・・・」
とくに意識していたわけではないが、春華さんとの思い出が僕を動かしている部分は間違いなくあるだろう。
「私も感謝しなきゃ」
「そうしてください。彼女もきっと喜ぶから」
「うん」
少女は頷いて、
「先生はさ、その人、今でも好きなまま?」
「もちろん」
どれだけ時間が経っても、それだけは変わらないままだ。
僕は今でも心から春華さんを愛している。
『幸せになって』
そんな言葉を忘れたわけじゃない。
でも、ごめんなさい。僕はそれを守ることなんてできませんよ。
あなたほど素晴らしい人はどれだけ探しても見つかりません。
「さ、そろそろ帰りなさい。暗くなるとご両親が心配しますよ」
「はーい」
立ち上がって、
「ありがとね。先生、話してくれて」
「いいえ」
少女は去っていき、僕は一人残される。
「・・・・・・さてと」
僕もそろそろ帰ろう。鉛筆を仕舞い、スケッチブックを閉じる。
しかし、随分と懐かしい話をしたものだ。
流石にもう記憶があやふやなところがあるかと思っていたのだが、思い出してみるとそんなことはなかった。あの時の思い出はやはり特別なものなのだ。
今考えてもあの時ほど充実していた時間はないのだから。
「つまんないって、呆れられそうだな」
彼女の姿が目に浮かぶ。
忘れられない姿だ。
――もっと充実した時間を過ごしなよ!
――せっかくの人生、楽しんだもん勝ちでしょ!
大切な人の声が心の中で聞こえてくる。
「そうですね」
あなたの言う通りだ。僕もそうだと思うけど、
「でも、やっぱりあの時間には敵いませんよ」
僕の一番の思い出なのだから。
――そう?
――新しい思い出が勝ってもいいと思うけどね。
「いいんですよ。僕はこれで」
そうだ、これでいい。
これが川瀬春馬という人間の人生なのだ。
帰り支度を済ませて、そしてもう一度海に目線を向けた。
「また来ます、春華さん」




