花のような・・・
まだまだ肌寒い日が続きますが、季節は春を迎える準備に入っています(*^-^*)
早咲きの桜も咲き始めましたしね♪
この時期、異動や配置換え、退職される方もおり、バタバタする季節を迎えます。
いつもなら「桜」のお話をしながら
「アップデートしていきましょう~\(*^▽^)ノ」というところですが、
今回は少し身になる?お話をしようかと思います(。•̀ᴗ-)✧
いつも「桜」の話をすると「桜は散るから寂しい」と言われる方もおり、
寂しい季節に「寂しさ」を重ねるのは、ちょっと気が進まないので、
今回は「花が咲く」をテーマに調べることにしました~\(*^▽^)ノ(←調べるのは得意☆)
そこで見つけたのが下記の記事です☆
「法話の窓」という、臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺 HPに載っていて
季節は少し先なのですがが、とても良いお話です(^-^)
タイトル:花のような生き方
5月に入りました。境内に咲く桜も散り新緑の季節を迎えております。
私がおります觀音寺には毎年様々な花が咲きます。
先代の和尚は花が大好きでした。
春に咲く梅・椿・桜・ツツジ、初夏に咲くあじさい、紅葉の美しいモミジなど、
30年以上の歳月をかけ、境内に様々な花を植えました。
現在は、後を継いだ私が、花のお世話を引き継いでおります。
先月、私が先代の育てていたあじさいの苗木を地植えしておりますと、
お寺に来られた方が私に声をかけてくださいました。
「わしはこの花の寺がめちゃくちゃ好きじゃけえ」
毎年のように花を見にいらっしゃる方なのでしょう。
こんな嬉しい言葉をかけていただいて、
苗木を植え続けて疲れていた私も疲れが吹っ飛んで元気をいただきました。
「百花春至為誰開(百花春至って誰が為にか開く)」という禅語があります。
春になると色とりどりの花が咲くけれども、花は誰のために咲くのだろうかと。
花は誰かのために咲こうとするのでしょうか。
花は何のはからいもなく無心に咲いています。
それでいて、花の種ができ命を次世代に保存しながら、
花の蜜に集まる鳥や虫の役に立ち、花を見る人の心をも和ませてくれます。
花は無心に咲くことによって、自分自身を生ききると共に、他をも活かしているのです。
しかし、私達人間は、なかなか無心に生きられません。
目で見るもの、耳で聞くものなどを私達の心に映し出す時、
そこに何のはからいもなく無心に目の前のことに打ち込んで生きていけばよいのに、
好き嫌い、損得、執着、貪り、怒り、様々な煩悩妄想が湧き出て、
自らで苦しみ悩みながら生きております。
法事や坐禅会などでよくお唱えする白隠禅師坐禅和讃に
「無念の念を念として謡うも舞うも法の声」という一節があります。
私達人間が無心になって歌う姿や踊る姿も仏の教えを立派に表現していると。
歌う人が、上手く歌おうとか、
感動させようといった思いがあると素晴らしい歌は歌えません。
無心になって歌ってこそ、その人は自分自身を完全燃焼して歌い、
見る人の心を本当に感動させるのです。
私達が、心に湧き上がる貪り、怒り、好き嫌い、
損得などの煩悩妄想を振り払い無心になって頑張る時、
目の前にいる人のために自分とか他人とか考えず親身になって仕事をしていく時、
その姿は相手の人の心を動かし周りの人を元気づける
素晴らしい生き方だと思います。
私に声をかけてくださった参拝者の方も、苗木を頑張って植える私を見て、
励まそうとも思わず、無心に、思わず声をかけてくださっていたのかもしれません。
真心から出る言葉は本当に元気づけられます。
私達が、一日一日を無心になって生きていく時、
その生き方は自分のためにも他人のためにもなって、
お互いが元気づけられる素晴らしい生き方になっています。
私達一人一人、それぞれの日々のつとめを一緒に頑張ってまいりましょう。
木村宗凰
以前、「愛と勇気と希望の日」のタイトルで、
「南極物語」の「タロとジロ」のことを題材にしたことがありましたが、
そのお話を思い出しました。
過酷な環境の中、『生き延びる』ために戦い続けた犬達の物語ですが、
その時、あるコラムを引用しました。
『「人間」というのは、「欲」が多すぎる。
一つの「欲」が満たされると、人は知能が高いからこそ、次から次へと欲求が高まっていく。
その点、動物は純粋だ。
求めているのは、「生き延びる」こと。
過酷な環境を生き延びて、次へ(未来へ)つないで行くことだ。』 と。。。
確かに、「人間」の周りには、ものが溢れかえっています。
その中で、自分に必要なもの、必要でないものを選別していくのですが、
人は、どうしても「全部欲しい」となってしまいがちです。
でも、野生動物は、「食べて、寝て、動く」。そして、「命をつないでいく」。 そう言っていました。
目標がしっかりしているから、動物たちの瞳は、
真っ直ぐ(前を向いているように)見えるのかもしれませんね(^-^)
「花」も同じなのではないかと感じました(*^^*)
そもそも「花」は、その種の存続のために、自ら行動を起こすことは出来ません。
めしべへ花粉を運ぶのも、虫たちの力を借りています。
その為の形であったり、香りであったりするのです。
決して人間のために美しく装ったり、香しさをまとっている訳ではありません。
それぞれの種の存続のための手段です。
すみれの花の種からバラの花が咲くこともありません。
すみれは「すみれ」であるから可愛らしく、バラは「バラ」であるから美しい。
無い物ねだりで自らの欲求を満たそうとすれば、
外面は良いかも知れませんが、内面では自分に嘘をつき続けなければならない。
それは自分自身では感じないかもしれませんが、かなりの負荷がかかります。
今、自分が本当に欲するものは、そうまでしてでも欲しいものなのかを考える必要があるのではと思います。
自分を追い込むことは悪いことではありません。
毎回言っているように、自分自身の「アップデート」は必要だと考えています。
でも、「すみれ」の花が「バラ」になることは無く、
また「バラ」が「すみれ」になることは無いのですから、
「バラ」でありたい、「すみれ」であろうとするために、自分を追い込まないようにし、
過度な欲求をしないことが、自分を守るための手段になるのではないでしょうか。
あと、やっぱり助け合いや協力関係は必要ですよね。
「花は無心に咲くことによって、自分自身を生ききると共に、他をも活かしているのです。」
そんな生き方、してみたいです(*^^*)
さてさて~☆
なんか毒吐いている私ですが~(;^ω^)
「花が咲く」に関する名言は、まだまだあります!
花は一瞬にして咲かない。
大木も一瞬にして大きくはならない。
一日一夜の積み重ねの上にその栄光を示すのである。
坂村真民
人間は遅咲き、早咲きがありますから、遅く咲く人間のことをじっくり見守ってあげる事が大事。
だって、種まいてすぐには花は咲かないでしょ?
水あげて、太陽に当てて、見ているうちに芽が出て、花が咲いて、実をつける。
人間も同じではないでしょうか?
マギー司郎
ほめ言葉は、人にふり注ぐ暖かい陽光のようだ。
それなしに、人は花咲くことも成長することもできない。
ジェス・レア
一念発起は誰でもする。
努力までならみんなする。
そこから一歩抜き出るためには、
努力の上に辛抱という棒を立てろ。
この棒に花が咲く。
2代目 桂小金治
咲いたら花だった
吹いたら風だった
それでいいではないか
高橋元吉
咲かずして散る花はない
努力なく挫折はない
挫折なくまた咲く花もなし
詠み人知らず
花が咲くころになってあわてて肥料を与えても無理である。
花木も、人の心も、小さい時から手掛けよう
作者不明
もし幸福な生活を送りたいと思う人々がほんの一瞬でも胸に手を当てて考えれば、
心の底からしみじみと感じられる喜びは、
足下に生える雑草や朝日にきらめく花の露と同様、無数にあることがわかるでしょう
ヘレン・ケラー
ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。
花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛するのも人間だもの
太宰治
逆境の中で咲く花は、どの花よりも貴重で美しい
ウォルト・ディズニー
名もない草も 実をつける いのちいっぱいに 自分の花を 咲かせて
相田みつを
満開となれば、やがて花は落ちる。太陽は南中すれば、やがて陰りはじめる。
人は壮年を迎えれば、やがて老いていく。
百年の間、必死で勉強すべきであり、ゆったりとくつろぐ暇などない
吉田松陰
若い人には若い日の花があるのと同時に、老いたる人には老人の日の花があるのだ
大佛次郎
咲くも無心 散るも無心 花は嘆かず 今を生きる
坂村真民
桜の花だけでなく、色とりどりの花が「癒やし」をくれる季節がやって来ます\(*^▽^)ノ
この時期、どうしてもバタバタとしてしまい、なかなか余裕が生まれないのですが、
身近に咲いている花を見つけて「ホッ」と一息入れるのも良いかもしれません(*^-^)
令和7年度も、もうすぐ終わります。
令和8年度はどんな一年になるのでしょうね?(*^^*)
忙しくしていて「あっ!!」という間に過ぎてしまいそうですが、
気まぐれ更新で「癒やし」になるかどうかわからない私の小話に
今後ともお付き合いいただければありがたいです~(人´∀`o)




