第4話 早朝の戦い
現在の時刻は8時20分。
和泉との謎めいた席交換から既に30分が経過した。
にも関わらず、俺は未だに和泉の席と接着剤でくっつけられたかのように硬直状態を持続している。
チラッと一瞬だけ右隣を見てるみると、案の定和泉は真剣な表情で小説と睨み合いを続けている。
このままでは一時限目が迫る一方。
まだ余裕はあるが、そろそろ他の生徒も少しずつ登校し始める頃だ。
もしこの教室にA組の生徒が来て和泉と席交換してる場面を見られたりでもしたらそれこそゲームオーバー。
東雲詩音と恋仲になるという目的の難易度は跳ね上がる。
俺は知っている。 こういう時の女子の拡散力は恐ろしく速いことを。
こうなると選択肢は二つ。
迅速に席を立ってこの場を後にするか、あるいは隣の少女と友好的な関係を築き二人の席を元に戻すか。
俺は数秒迷った末に後者を選択し、意を決して隣の少女に話しかける。
「和泉って小説好きなんだな。 何読んでるんだ?」
「言わないと駄目……?」
和泉は少し気まずそ……いや、何故か少し恥ずかしそうにして手に持っていた小説を俺から遠ざけた。
え、そんな口にも出来ないような内容なの?
変に興奮してきた自分をなんとか落ち着かせ、ひとまず冷静になる。
よくわからないが和泉は本の内容をあまり知られたくないらしい。
とは言えこちらも他の生徒が登校してくる前に和泉とは友好的な関係を築いておきたい。
そのためには和泉の読んでいる本の情報も必要だ。
こうなったら奥の手を使ってやる。
和泉が一体どんな小説を読んでいるのか、この力で暴いてやるとしよう。
そう決心した直後、俺は和泉でも無い誰かに肩を叩かれる。
「よう優馬! 元気してるか?」
こうして俺と和泉の早朝の戦いは第三者の介入によって呆気なく幕を閉じた。
***
「いやぁ〜まさか詩音ちゃん一筋のお前が和泉ちゃんに手を出すとはね!」
そう言って炭酸飲料の缶を器用に開ける青年。
ひとまずA組の教室から脱出した俺と青年は自動販売機前の空間で雑談に花を咲かせている。
こいつの名前は藤井 亮介。
俺の数少ない親友である。
校則に引っかかりそうなオレンジに近い明るい茶髪で制服の着方もかなりだらしない。
度々風紀委員にお世話になっているらしいが、まぁそこはどうでもいい。
そんなふざけた格好をした男ではあるが、こう見えて1年C組の中心人物である。
テストの点は悪いがコミュニケーション能力が非常に高く、入学してから1週間で同学年の生徒全員と言葉を交えた化け物だ。
友人の数だけなら東雲すら凌駕し得るだろう。
「手なんて出してない。ていうかあの子のこと知ってるのか?」
「モチのロン! 俺を誰だと思ってんだよ」
そう言って亮介は悪戯っぽい笑みを浮かべ、飲み終えた缶ジュースをゴミ箱に投げ捨てる。
だが彼の自信たっぷりな発言はハッタリでも何でも無い。
何せこいつはただのバカではなく、裏の顔は1年生にして星降坂学園のあらゆる情報を網羅する情報屋の異名を持つ男だからだ。
亮介はポケットから取り出した分厚い黒い手帳を開き、パラパラとページを流し続けたかと思うと、とあるページで指を止める。
「和泉 遥ちゃん。 誕生日は8月15日、身長は152センチ前後で体重はまぁ秘密だな。 前回の中間テストの順位は200人中42位でスリーサイズは……おぉ意外と……!」
「意外とって何!? なんでそこで止めた、おい!」
もどかしい気持ちをなんとか抑え、俺はわざとらしく咳払いしてから冷静に問いを返す。
「プロフィールはまぁいいや。 で、どんな子なんだ?」
「見たまんまだぜ? 普段は教室でひたすら読書。 昼休みにたまに図書室で見かけるけど、他の生徒と話してるところはあんまり見たことねぇなー」
「へぇ……」
聞いた感じだとやっぱり見た目通り目立たない系の知的美少女のようだ。
まぁ陰が薄くなるのも仕方がないだろう。
何せA組には東雲 詩音という圧倒的な存在感を放つ美少女が……
「はっ……まずい!」
急いで携帯のロック画面を確認してみると時刻は8時25分。
一時限目が始まるまであと15分はあるが、問題なのはそこじゃない。
「お、そういえばそろそろ詩音ちゃんの登校する時間じゃね?」
全くもってその通りである。
1年生の男子生徒なら知らない人はいないであろうゴールデンタイム。
それが東雲 詩音の登校時間である。
東雲は決まって8時30分前後に登校する。
運がよければ挨拶を交わすことだって不可能ではない。
そしてその時刻が刻一刻と迫っているのだ。
「悪い、ちょっと行ってくる!」
「行ってら〜」と、こちらに軽く手を振る亮介を横切り、俺は飲みかけの炭酸飲料をゴミ箱へシュート。
A組の教室へと急いだ。