第2話 完全無欠の美少女
約2ヶ月前、俺を含む第17期生を迎える入学式は開かれた。
新学校ということもあって歴史は浅いが、何せ都内最大規模の学校だ。
周辺地域の学校長達だけでなく、中にはテレビでよく見るような政治家なんかも来賓として呼ばれていた。
だが入学式の内容自体は、それはもう退屈の一言に尽きた。
意外と忍耐力のある俺でさえ近くの生徒の心の声を聴いて暇を潰し始めた程だ。
プログラム表を見てみると、このあとは新入生代表の挨拶、その次は来賓の祝辞。
「これはまだ終わりそうにないな……」
まぁ次に俺の出番があるとしたら校歌斉唱ぐらいだろう。
心の中でそう呟き、再び能力を発動して時間を潰そうとした瞬間、彼女は現れた。
「次に新入生代表の挨拶です。 新入生代表、1年A組 東雲 詩音」
「はい」
そう言って椅子から立ち上がったのは同じ列のずっと右に座っていた女子生徒。
彼女は栗色の長い髪を揺らしながら生徒の合間を横切っていき、やがてステージに登って全校生徒の正面に立つ。
そして軽く深呼吸をすると備えつけられたマイクにゆっくりと口元を近づけた。
「桜が咲き乱れ、春の訪れを感じる季節になりました」
直後、少女の透き通った声はマイク越しに体育館に響き渡った。
これには俺も驚きを隠せなかった。
何故なら全校生徒のみならず教員でさえも一瞬で彼女に釘付けにされたからだ。
後に彼女のファン達は語った「あの時気づいたんだ。 僕は彼女に恋をするために生まれてきたんだと!」と。
まぁ確かに彼女は一人だけ明らかに異彩なオーラを放っていた。
むしろ後光とでも言うべきか。
女神なのではと錯覚した生徒もきっと少なくない。
「新入生代表、東雲 詩音」
あんなにも長く感じた校長の挨拶がまるで嘘のよう。
それほどまでに彼女の一言一言の言葉は一瞬に感じられた。
挨拶を終え、最後にそう名乗った彼女は丁寧にお辞儀するとゆっくりと自分の席へと戻って行く。
たった3分にも満たない出来事だった。
だがそれだけで充分だった。
彼女の凛とした姿は男子生徒のみならず女子生徒、あまつさえ教員でさえも魅了し尽くしたのだから。
でもこの時、俺だけは彼女に疑念の眼差しを向けた。
例え見栄えは良くても人間には必ずしも裏がある。
それは彼女も例外ではあるまい。
そしてそれを見極めるための力が俺にはある。
「完璧美少女の正体、暴いてやるよ」
そう小声で呟いた俺は人知れず不敵な笑みを浮かべていた。
***
その2週間後、気づいたら俺は呆気なく東雲詩音に惚れていた。
入学式が終わってからの1週間、俺は友達作りをこなしつつも彼女の心の中をひたすら覗き続けた。
それはもう、変態呼ばわりされても犯罪者呼ばわりされても言い逃れ出来ないレベルに。
だがどれだけ根気強く彼女の本音を探っても東雲詩音が黒い感情を抱くことは一度も無かった。
信じられないが彼女はまごう事なき善の塊のような人間だったのだ。
常に他者への気遣いを心がけ、皆が嫌がることも率先して引き受ける。
そんな誰も知り得ない彼女の心の在り方を知り、俺は東雲 詩音という少女をどうしようもなく好きになっていってしまったのだ。
***
そして今に至る。
だがあれから進展は一切無かった。
何度か話したことはあるが、それも朝の挨拶や教材運びを手伝った時の事務的な会話のみ。
「俺何やってんだろ……」
俺はへばるように机に突っ伏して何も出来なかった情けない自分を呪った。
能力で彼女の趣味や弱点を探り、どうやって親密な関係になるかの計画を立てている内にもう二ヶ月が過ぎた。
体育祭というイベントも近いというのにこれでは宝の持ち腐れも良いところだ。
一刻も早く何かしら行動を起こさなければ。
「こうなったらどんな手を使ってでも体育祭までに恋人……いや、友人程度の関係には……!」
「あの、そこ私の席だから退いてもらっていい?」
「へ……?」
大きな独り言を盛大に呟いた直後、俺は5秒程フリーズしてから間抜けな声を出して目の前の黒髪の少女を凝視した。