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第1話 生まれ変わった少年

 人生を自分の思い通りに生きてみたい。

 そう思ったことはないだろうか。


 俺はある。

 誰に騙されることもなく、惑わされることもなく、ただ自分の思うがままに生きていきたい、と。


 しかしこの世界はそんな甘い考えを抱く者を許してはくれない。

 何故なら人には誰しも一定の幸福があるように、必ず不幸という概念も訪れるからだ。


 そして皮肉なことにその比率は決して5対5ではない。

 一生上に立つ運命を与えられた者もいれば、生涯虐げられるだけの者だって存在する。


 そしてその役割は決して自分では選べない。

 それこそ神様のさじ加減としか言いようがないだろう。



 だが、俺はそんなのは絶対に御免だ。


 たった一度きりの人生、神様なんてあやふやなもんに委ねてたまるものか。

 自分の未来は自分で決める。


 だからこそ、この不公平で不平等な世界を思い通りに生き抜くためには戦うための武器が必要だ。

 限りなく自身に降りかかる害を退け、望んだ未来を掴むための力が。



 それはすなわち『情報』。


 例えば相手の趣味や好きな食べ物、あるいは過去のトラウマや黒歴史。

 どんな些細なことでもいい、ただその情報を知ってさえいれば常に最善の選択をすることだってできる。


 すなわち『知る』ということは相手より一歩先へ、一歩上手の有利な状況を確立出来るのである。




 そしてその情報戦という高度な戦いにおいて、俺はある意味反則級のカードを手にしていた。


 それは──



「ねぇねぇ今日カラオケ行かなーい?」


「ごめん、うちちょっと用事あって……」


「えー残念〜!」



 信号が青に変わると同時に俺の横を他学園の女子高生3人が他愛ない会話をしながら通り過ぎて行く。


 若者達が和気藹々と仲良さ気に下校する、都内では至ってよく見る光景。

 だがそれはあくまで表面上のものだ。


 俺は軽く息を吐き出すと、その女子高生達の会話に意識を集中させる。



 ほんの僅か数秒後、前を歩く彼女達の声が再び流れ込んできた。



『チッ、彼氏アピールうっざ』


『女子だけでカラオケとか負け犬の集まりなんですけど』


『お腹空いた……』



 やれやれ耳が痛いな。

 3人目に至ってはもはや関係無いし。


 無論、これは実際に彼女達の口から発せられた声ではない。

 俺の頭の中にだけ再生された彼女達の"本音"だ。


 そう、これがある日俺に身についた力であり、情報戦という戦場を制する最高クラスのカード。


 いわゆる"他人の心の声を聴く"力。


 他人が隠したいと思っていることでも、ほんの一瞬でも頭に思い浮かべてしまえば簡単に盗み聞き出来てしまうのである。


 小学生の頃、突然この能力に目覚めた俺は困惑しながらもとにかく悪逆の限りを尽くした。


 時には誰も知りえなかった友人の黒歴史を暴露したり、時にはじゃんけんで無双したり。

 数え出したらキリがない。

 とは言えこういった行為はあまりやり過ぎると悪い意味で注目を集め、やがてグループから孤立してしまうだろう。


 よって中学生になってからは目立つような能力の使用は控え、どうすればこの力をもっと有効的に使えるかを研究し始めた。


 そしてその結果、今年から入学した星降坂学園でも例の能力を駆使し、早くも人気者の地位を手に入れたのだ。


 まさに人生勝ち組。

 今のところ思い通りの人生を送れていることは間違いない。

 こんな便利な能力が俺に宿った理由は未だによくわからないけど。



「まぁどうでもいいか」



 俺は信号が点滅し始めた横断歩道を渡り切るため、少しばかり歩みを速めた。






***






 私立星降坂学園。

 それが俺の通っている学校だ。


 中等部と高等部によって成り立っているこの学園は中等部に入学した時点でエスカレーター式で高等部に進学出来る権利がある。


 無論、別の中学校から高等部に進学することも出来るし、その逆も可能である。


 新学校だが施設や教員、カリキュラムも全て一級品のものを取り入れており、敷地もそこら辺の学校より一回り規模が大きい。


 そんな中等部からの進学組が8割を締める中、他校から進学してきた2割の内の1人がこの俺、湊 優馬(みなと ゆうま)である。


 中間テストは200人中13位と好成績で、運動も割と得意。

 というか前述した能力を踏まえればそもそも苦手なものなんてピーマンと絶叫系の乗り物くらいしかない。


 髪色は色素が薄い黒で中学の頃は長めの前髪に眼鏡という地味のテンプレみたいな格好だったが、高校入学に合わせて髪は前より短くし、眼鏡もやめてコンタクトに変えた。

 身長は175cm前後、多分平均よりは高い方だろう。


 容姿に関してはそこそこ格好良い部類に入れるように血の滲むような努力してきたつもりだ。


 地元から遠いこの学園を一人暮らしという選択をしてまでわざわざ選んだのにはいくつか理由はあるが、それはまた今度で。


 学校に着いた俺は見慣れてきた校内を闊歩し、1-Aと記された教室に入る。


 どうやらまだ誰も来ていないようだ。

 既に開け放たれている窓からは涼しげな風が流れ込み、その度に白いカーテンが波打つように揺れる。



「そりゃそうだよな」



 時刻は7時45分。

 1時限目が始まるのが8時40分からだからほぼ1時間前に登校したことになる。


 いつも通り窓際の1番後ろの自分の席に座ると、意味も無くただ桜の樹を眺める。

 これが入学以来のルーティンになりつつもある。


 入学式から2ヶ月程が経った今、時期的に少しずつ桜の花が散り始めているのがなんとなくわかる。



「こうして見ると2ヶ月ってあっという間だったな……」



 なんて感傷に浸り、俺はこの2ヶ月を思い返す。

 思い返せば中々に刺激的な日々だった。


 何せ俺は柄にもなく"恋"なんてものをしてしまったのだから。






 始まりは2ヶ月前──


 桜が咲き乱れる入学式の日、俺は彼女に出会った。


 生まれて初めての一目惚れだった。

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