第五話 ニュース
結局、晴れてレンジャー代理となったところで、ガムテープのぺたぺたした成分がすこし残った通信機を、首からぶら下げるタイプの透明なパスケースにいれた。
そして、私は二階の自室から、一階のリビングルームへと降りた。リビングのドアを開けると、美味しそうなパンケーキの香りが鼻を通り抜けた。
「おはよう、真白」
「ん、おはよー」
リビングには、母と弟の二人がいた。弟は、中学三年生ということで、朝から受験勉強をしている。
だらしのない私とは正反対で、しっかりとした性格だと思う。本当に兄弟なのだろうか。彼は数学の問題集を開きながら、影の長さを求める問題を解いていた。
ちらっと邪魔にならない程度に眺めてみたが、全くわからない。だいたい、我々は田中くんから伸びる人影の長さを求める以前に、この公式の使い道すら分かっていないのだ。なんだろう、日照権の問題くらい?
「あら、その機械はなにかしら?」
母親は、手を頬に当てて、首をかしげながら、私の首にかかったパスケースの中に入っている通信機を不思議そうに眺めていた。
「これは、友達から預かったやつ。なんだか分からないけど、壊れちゃったから、うちで修理してほしいんだって」
うちの父親は、電器屋を営んでいるので、それにかこつけて誤魔化すことにした。すると、「ぜんぜん壊れてないですけど!」と通信機から抗議する声が聞こえてきた。
慌てて、「あぁ、美味しそう!」と、わざとらしく通信機さんの声に被せるように、大声を出す。
同時にキッチンへ向かって、母が作ってくれたであろう苺の乗ったパンケーキを片手に取った。そして、そさくさと逃げるようにテーブルの方に去っていく。
テーブルについたら、ぐちぐちと文句の多い通信機を強めに握りしめた。具体的には林檎が潰れるくらい。
「うぐっ、苦し……」
「あら、いま何か聞こえなかったかしら」
「気のせいじゃないですか? そういえば、お父さんどこにいるの?」
露骨に話題を逸らしてから、フォークで、メープルのかかった苺パンケーキを食べ始める。
「お父さんなら、花火大会のお手伝いに行っているわよ」
琴吹市では毎年、海辺で花火大会が開かれる。この辺りでは割と有名なイベントで、今日からだいたい一週間後あたりに行われる予定だ。
この花火大会を運営しているのは、コトブキ商店街の方々なのだが、うちの電気屋さんもその商店街の一角であるため、父も花火大会に協力している。小さい頃は、関係者席でお父さんに肩車してもらいながら、よく花火を見せてもらったものである。
ほかに思い出に残っていることといえば、私が射的の出店で、景品をかっさらったせいで、店のご主人が口を開けたまま、唖然としていたことだろうか。最後に残った景品の笑い袋をとった時なんかは、ご主人が涙目だった。私は申し訳なくなって、あれ以来、射的をすることがなくなった。
いずれにせよ、この花火大会は、長らく地元の人々に愛され続けた大会なのである。
「そうそう。この前、花火大会の運営事務所に、テレビ局の取材が来たらしいの。それで、お父さんもインタビューを受けたんですって。放送はいつだったかしら? ええっと、あら、今日だわ!」
母は、慌ててテレビのリモコンを手に取ると、テレビのチャンネルをローカル局である琴吹テレビに変えた。
現在は、「ググっとモーニング」というニュース番組がやっているようだ。お天気キャスターが天気マップを背景に、指し棒を指している。
「琴吹市の天気は、この一週間、雲一つない快晴が続くでしょう。一週間後には、花火大会が開催される予定ですが、雨の心配なく楽しめそうです」
次に、テレビスタジオにいるアナウンサーが映し出された。
「岸山さん、ありがとうございました。しかし、最近は急な天候の乱れが多いので、いつ降られてもいいように、折り畳み傘を持ち歩いてもよいかもしれませんね。さて、続いては、毎年、花火大会を運営してくださっている方々にインタビューしてきました」
テレビに録画開始の表示が映ると同時に、画面の中には、白いタオルを額に巻いて、ジーンズ素材でできたエプロンのポケットに手を突っ込んだ父の姿が映っていた。
「そうですね。今年も、琴吹市の皆さんに最高の花火を届けられたらと思っています」
誇らしそうに鼻をさする父であった。
しかし、父親が映っている時間は結構少なく、すぐに画面はスタジオに切り替わってしまい、母はすこし残念そうにしていた。
「楽しみにしていたのに、もう終わっちゃったわ」
再度、スタジオのニュースキャスターに画面が切り替わる。
「いやー、花火大会、楽しみですね。実は、今夜9時から放送の『なぞなぞ! コトブキ散歩』では、琴吹市の花火大会について詳しく特集しているので、お見逃しなく! ほかにも、ひとたび入るだけで健康長寿になれちゃう!? 高級旅館に併設された山奥の秘湯、琴吹温泉も特集しておりますので、是非お見逃し……って、なんだ!?」
ニュースキャスターが驚いた様子で、周りを見渡すと同時に、番組の途中で、急にテレビの照明が暗転した。何事だろうか?
「ば、化け物だ! こっち来るなー!やめ……」
私は、口に運ぼうとしていたパンケーキをフォークから落として、絶句してしまった。
驚いたことに、テレビ画面の中には、昨日出会った雷獣の姿が瞬間的に映りこんでいたのだ。
突然の来訪者に、スタジオ内はひどく混乱しているようで、ほどなくして、番組は急遽打ち切られ、コマーシャルに変わった。
「あなたに新しいエネルギーを。黒鉄電力」というコマーシャルが不穏な違和感を残したまま、流れていた。
「今の、なんだったのかしら? あら、真白。そんな口を大きく開けてどうしたの? パンケーキこぼれているわよ」
私はお皿の上に取りこぼしたパンケーキを詰まりそうな勢いで、開いたままの口へ放り込むと、パジャマから着替えて、慌てて玄関に飛び出した。
「いってきます」
「どこに?」
「テレビ局に行ってきます」
「何のために?」
「地球を守るために!」
私は、靴のかかとを踏んだまま、地球を守るために琴吹テレビ局へと向かった。