第四話 毛布
翌朝、これから夏休みの始まりだというのに、気分はマリアナ海溝の海底ほど沈んでいた。というのも、朝から「調査だ! 調査にでかけよう!」と、はやし立てる通信機が同室に存在しているからである。
レンジャーへの勧誘がうるさすぎて、駅から自宅までの帰り道に捨ててこようか、という考えも一瞬、頭によぎった。しかし、そこまで薄情にもなりきれないので、折衷案として、通信機をガムテープでぐるぐるに巻き、勉強机のうえに置いてあるのだった。
「開放しろ―、地球人!」
「まだ朝七時ですよ。あんまり大きな声出すと、近所迷惑です」
私は布団にくるまりながら、もごもごと動くと、繭から脱皮して羽ばたく蝶のようにベッドから起き上がった。寝ぼけ眼をこすると、わなわなと喚く通信機にまかれたガムテープを剥ぎ取ってあげることにした。ガムテープを剥いだのは、なんだか今のやりとりだと、自分が悪者のようだったからである。
するとすぐに、「真白―、うるさいですよー。起きているなら、朝ごはん食べにきなさい」と一階にいる母親から、忠告が飛んできた。
私は、「はーい」と軽く返事をすると。通信機にジト目を向けた。
「ほら、怒られちゃったじゃないですか」
「僕はあきらめないぞ。君がレンジャー代理を引き受けてくれるまで、粘着的な精神攻撃をしかけるつもりだよ。双葉 真白くん」
なんともしつこい通信機である。質の悪さはガムテープの粘着性に近い。
彼は、昨日の段階で、教科書の名前の欄に「双葉 真白」と書かれているのを見たようで、私の名前はとっくにバレてしまったたらしい。
反対に、私は通信機から聞こえてくる声の持ち主の名前を知らない。昨日、彼に名前を尋ねてみたが、「ふっ、名乗るほどの者ではないよ」との一点張りなので、私は彼を通信機さんと呼ぶことにした。
「こんなやりがいのある仕事ほかにないよ!」
「やりがい搾取です」
「地球がピンチなんだよ」
「……うっ」
たしかにそれを言われると弱ってしまう。あんな怪獣を私の住んでいる街に野放しにしておくのは、とても危険だと思う。この街には、お世話になった人達や、家族が住んでいる。それを考えると、私があの宇宙生物に立ち向かうべきな気もしてくる。
しかし、私があれに立ち向かっていくほどの勇気をもっているのか、と問われたら、やはり戸惑ってしまう。……それでも。
「……分かりました。今日のお昼頃からその調査とやらにでかけますから、なるべく私以外の前では静かにしていてくださいね。私があなたと喋っていると、一人で喋っている変な子だと思われてしまいますから」
「それはレンジャーを引き受けてくれるってことかい!?」
「まぁ、そうですけど」
「本当かい、ありがとう! 真白くん!」