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異世界恋愛短編

わたしは絶対に幸せになる

作者: 糸木あお

 雨が、降っていた。わたしは取引先から出て帰社するために歩道橋の上を歩いていた。履き潰したヒールから金属部分が出てしまったようでとても歩き辛かった。確か駅の中に靴修理の店が入っていたからそこで直そうと考えた。


 階段を降り始めたところで足を滑らせて落ちた。スローモーションで落ちていく。その時、明日締め切りの書類のことを思い出してそのまま意識が途切れた。


 目が覚めると布団の中にいた。この時点で変だなとは思っていた。見覚えのない布団とベッド、というかなんだか素朴な家。日本っぽくない。ファンタジー世界みたいな感じで頭の中にはハテナが飛び交っていた。


「ここ、どこなの? 」


 ぽつりと呟いた声は自分が認識しているより高かった。そして紫がかった髪を見て悪い夢だと思った。これはもしかして、異世界転生というやつではないだろうか。小説サイトでランキング入りしたものを片っ端から読むのが好きだった。毎日通勤時間や眠る前に読んで好きな作品が更新されると嬉しかった。異世界転生は人気ジャンルだけどまさか自分がそんな風になるとは思わなかった。


 立ち上がって部屋の隅にある鏡を見るとそこにはゆるくウェーブのかかった紫髪にタレ目の可愛らしい少女がいた。既視感があった。《テンプレだけど異世界でチート勇者でハーレム優勝》、略してテン勝のヒロインのひとりだった。


 わたしが転生した少女はアイビーという名前でチート勇者がこの世界に来て初めて出会った人間で幼馴染おっとり魔法使いという肩書きがパンクしているキャラクターだ。そのほかにはツンデレ聖女のラヴィ、妹系魔獣使いのミレイ、お姉さん系セクシー盗賊のクララ、男前巨乳武闘家のジルなど個性豊かなハーレム要員がいる。


 テン勝は平凡な高校生の主人公が12歳の少年トヲルに転生するところから物語はスタートする。そして隣の家に住むアイビーにこの世界の色んなことを聞いて知識を増やし、繁栄のお祭りの日にツンデレ聖女ラヴィと出会い魔王を倒す旅に出る。その間に出会う個性豊かなヒロインたちは紆余曲折ありつつもトヲルに惹かれて彼のパーティーの仲間入りをする。ちょっとエッチなラッキースケベ描写も多く、わりと人気のある作品だった。


 なんとなく読んでいたし嫌いではないけど、どう好意的に見てもアイビーは負けヒロインだし自分がトヲルのハーレム要員になるのは嫌だった。日本は一夫一妻制だし美味しいところだけ摘み食いはどうなんだと考えてしまうのだ。それに実力派パーティーと言われても男がトヲルしかいないのは明らかにおかしい。


 いや、ハーレムものだから仕方ないけどみんなと過ごしているうちにそういうのが気になってしまう。彼女たちは見た目や能力だけではなく性格も良い。こんな風に出会わなければ良い友達になれたと思う。それでもみんながトヲル、トヲルとチヤホヤして持ち上げてるのを見てると都合が良すぎると考えてしまう。


 女の子がこれだけ集まって好きな人がひとりなのに和気藹々とトラブルも起こらないというのも不思議だった。いや、みんなが性格が良いからか。ラヴィとクララがたまに些細なキャットファイトをしているが基本的にみんな仲良く一途にトヲルを愛して、他の女の子にふらふらするトヲルを広い心で赦す。わたしはトヲルのことを好きじゃないので何とも思わない。けど、この中の誰かひとりが選ばれて他の子が悲しい思いをするのは嫌だった。


 トヲルは悪いやつではないけど優柔不断で人よりもレベルが上がりやすく全属性の魔法が使えるというチート能力を鼻にかけてるところがある。そういう部分があまり好意的に見れないけど、物語の強制力なのか結局一緒に旅をしている。わたしが読んだ時点までだとアイビーはトヲルのことが好きだけど口には出せなくてもじもじしていて、ファーストキスはトヲルに捧げていた。ハプニングで胸も揉まれていたけどわたしはそういう風にならないように細心の注意をした。


最近は本当にトヲルのことが嫌になってきたので塩対応をしていたら俺のこと、好きじゃなくなったのか? とか言ってきて正直めんどくさい。そもそも好きじゃない。


 トヲルの幼馴染ポジションだからラヴィにちょっと意地悪を言われることもある。それでも可愛らしいものでやっぱりこの子が正ヒロインなんだなと思う。ラヴィは気が強いけど良い子だ。聖属性の魔法がとても上手いしさらさらの銀髪に青い目がお人形みたいでとても可愛い。そう、みんな良い子だから余計にトヲルに腹が立つのだ。


 わたしはわたしであってアイビーではない。だから、絶対トヲルのことは好きにならない。わたしはお互いにお互いだけでずっと幸せにしてくれる人と結婚したいのだ。強くなくても、格好悪くても良い。優しくて、大切にしてくれる人が良い。だから、旅の途中で素敵な出会いがないかなといつも期待している。


 ある日、魔法に使うための道具が壊れたので一番近い街で調達することにした。他のメンバーは宿にいるというのでひとりで出かけたところ柄の悪い男たちに絡まれて腕を掴まれた。そこにトヲルが颯爽と現れてそいつらをボコボコにしてからわたしを抱きしめてからこう言った。


「アイビーに何かあったら俺は生きていけない。やっぱりアイビーが俺の運命の人なんだ」


 わたしはそれを聞いて怖気おぞけがした。サブイボが出た。トヲルは多分わたしに塩対応されたからそういうことを言うのだ。ハーレム要員の心が離れていくのが嫌でメンタルケアをしてきているように思ってしまう。それに、怪我をさせても良いのであればあんなチンピラどもは私の敵ではなかった。


 一応トヲルに助けてくれてありがとうとお礼は言った。その3日後には満天の星空の下でラヴィとキスをしているところを目撃したし、翌日にはジルのおっぱいを揉んでいた。しかもジルは上半身が裸だった。こういう場面に遭遇するたびにこいつ最低だなと思う。


 それから何日かして、わたしたちは新しいダンジョンに辿り着いた。キャンプをするために道具や食料を揃えた。料理は大体ミレイかわたしの担当で他の子たちは自分の得意分野で活躍していた。テントを張ったりポーションを作ったり薪を探したり服を繕ったりしてダンジョン入りする準備を進めた。ちなみにトヲルは何もせずにみんなにちょっかいを出していた。テントの中でクララとキャッキャウフフする声が聞こえてあいつに天罰が下れば良いのにと思った。


 ダンジョンの近くに行商にきているアークという青年と世間話をしたらなかなか話のわかる人で好感を持った。というか、ピンと来たのだ。この人と結婚したら幸せな家庭が築けそうだな、告白してくれないかなとか妄想した。行動に起こす勇気はまだなかったけどダンジョンを攻略した後に彼にまた会えたらデートに誘おうと心に決めた。


 それから10日後にダンジョンを攻略してぼろぼろに汚れたわたしたちは近くの街まで移動して宿屋で休むことにした。ドロドロの服や身体を綺麗にしてやっとひと息ついた。ダンジョンの中は暗くてじめじめしておまけにモンスターまで出る。勇者一行だから倒さなきゃ行けないけどやっぱり楽しいことではないので無事に終わって安心した。


 その日の夜にトヲルはクララとキスをしてそのまま2人で眠った。わざわざ部屋をわけてまで過ごすトヲルのことが本当に気持ち悪いと思った。気がつくとトヲルのことばかり考えていてわたしは無意識でトヲルのことを好きなのかもしれないな、と考えた。いや、やっぱりそれはない。とにかくトヲルはダメダメなので早いとこアークと仲良くなってそのまま何処かへ攫って欲しいと思った。


 前と全く同じ場所にアークはいて、話しかけると待ってたと言った。一度街へ戻ったりもしたけどわたしのことが気になっていたらしい。あ、これは両想いだと思ってデートに誘うと快く了承してくれた。はにかんだ顔はいつもより幼く見えた。そっと触れた手は大きくてゴツゴツとしていて働き者の手だった。


 わたしがアークとのデートの為におめかししているとトヲルがやってきてわたしの髪に触れてきた。そのままキスをされそうになったのでトヲルを思い切り突き飛ばすと呆気に取られた顔をした。


「なんで……?アイビーは俺のこと好きじゃないの? 」

「いや、トヲルのこと弟みたいにしか見れない」


「俺はアイビーのこと女の子として好きだよ。ずっと俺のこと支えてくれて、やっぱりアイビーが特別だって思う。だから弟みたいなんで言わないでよ」

「ふーん、トヲルはミレイのこと妹みたいって言いながらもキスしてたよね? 」


「あれは慰めていただけで他意はなくて……」

「慰めのキス? 何それ?トヲルはわたしのことなんか好きじゃないよ。自分のものだと思ってたのに誰かに取られそうだから焦ってるだけ。おもちゃを取られそうになった子どもとおんなじ。ねえ、本当に反省してるならわたし以外で誰かひとりを選びなよ。そしたらこのくだらない冒険に最後まで付き合ってあげる。でも選べないならわたしは離脱するよ」


「俺は、本当にアイビーのことが好きなんだ!」

「それならもう他の子とキスしない? 」

「それは……」

「ほら、最低。そこで即答できないなんて馬鹿にしすぎ」


 わたしはデートの前にケチがついたなと思ったけれど、気分を切り替えてアークのもとへ向かった。いつもよりかっちりとした服を着たアークは落ち着いていて素敵だった。包容力のある優しい青年、まさにわたしの理想の結婚相手だ。ぎこちなく差し出された手を握ると彼は嬉しそうに笑った。


 近くの花畑でアークの作ったお弁当を食べた。焼き飯に揚げ物と茹で野菜がめり込んでいる個性豊かなお弁当だったけど味はとても美味しかった。食後にはわたしの用意した砂糖菓子を2人で半分こして食べた。


 一緒にいてとても落ち着くし幸せだった。アークとならなんの問題もなくずっと仲良く暮らしていけるだろう。アークにそれとなく伝えると彼は顔を真っ赤にして自分も同じ気持ちだと言ってくれた。明日から違う場所へと移動するからついてきて欲しいと言われてわたしは喜んで! と即答した。今は手持ちにこんなものしかないけどと小さな銀色の指輪を左手の小指に嵌めてくれた。


「今度は薬指に合うやつを用意するから待ってて。途中の街に良い宝石商があるんだ」

「嬉しい。ねぇアーク、ずっとずっとわたしだけを好きでいてね」


「勿論。君だけをずっと愛し続けるよ。初めて君に会った時、ピンと来たんだ。この人が僕の妻になるってね」

「わたしもよ。あなたに出会う為に今まで誰とも付き合ってなかったのかもって思っちゃうくらい好きよ」


 帰り道で別れる時に彼が頬とおでこにキスをしてくれてとても嬉しく思った。アークはわたしの運命の人だって強く確信した。小指に光る指輪がとても綺麗で思わずふふふと笑ってしまった。


 わたしが宿に戻る途中で強く手を引かれた。それは予想通りトヲルでいつもとは様子が違った。怒りや悲しみが混じったその表情を見て、こんな顔も出来るんだなとぼんやり思った。わたしはその手を振り払ってトヲルと向き合った。


「何? わたし忙しいんだけど? 」

「アイビー、アイビーは俺のものだよね? なんであんなモブとキスしてたの? 俺にはさせてくれないのに! 」


「トヲル、わたしの心はわたしだけのものよ。だから、わたしは自分の思う通りにするわ。バイバイ、トヲル。元気でね。みんなにはアイビーは戦線離脱したって言っておいて」


「やだ、俺はアイビーじゃなきゃ嫌なんだ。ずっと俺のこと支えてくれたじゃん。なんで駄目なの? アイビー、もし俺から離れるなら俺はアイビーを殺す。だからいなくなんないで、頼むよ……」


「トヲルはさ、少しは自分の行動を鑑みた方がいいよ。あと、暴力で解決も良くない。トヲルは知らないかもしれないけどわたしも実はトヲルと同じ転生者でチートがあるの。トヲルの能力全部消せちゃうの。だから、トヲルはわたしに勝てないよ。わたしは絶対に幸せになりたいんだけど、その幸せはトヲルの隣では得られないから離れるの。だからこれ以上駄々捏ねないで」


「アイビー、君も転生者だったのか……! だから全然靡かなかったのか」

「転生者じゃなくてもトヲルの普段の行い見てたらとてもじゃないけど好きにはならないと思うよ? 」


「アイビー、どうしても行くのか? 俺を捨てて幸せになるのか? 」

「うん、わたしは絶対に幸せになる。トヲルはトヲルの幸せを見つけてね。あと、魔王討伐頑張って! 」


 翌日、最低限の荷物だけ持ってアークの元に向かった。トヲルは何か言いたそうな顔をしていたけど無視した。ハーレムの女の子たちはみんな楽しそうにトヲルに話しかけたり抱きついたりしていた。やっぱり歪だよなと改めて思った。


◇◇◇◇


 あれから1年が経った。魔王は勇者一行に討伐されて王都でパレードが行われるらしい。風の噂によると清楚系魔法使いが加入してラヴィとバチバチやっているらしい。相変わらずすぎてちょっと笑ってしまった。


 今日の昼ごはんは焼き飯におかずがめり込んだ弁当だった。アークは前よりもレパートリーが増えたけどわたしが食べたくてたまにリクエストする。最近は食べづわりですぐにお腹が空くのでしょっちゅうハイカロリーなものを作って貰っている。目の前のアークの気持ちの良い食べっぷりも見ていて嬉しくなる。


 子どもが生まれたらパートナーには絶対に一途に接するようにきちんと教えようと考えながらお腹を撫でると強い胎動を感じてこの子はちゃんとわかっているなと思った。


 わたしは今、幸せだ。だからあのどうしようもない弟みたいな男の子とまわりの女の子たちが無事に幸せになれば良いのになと思いながら焼き飯の最後のひとくちを飲み込んだ。


異世界転生ものを初めて書きました。評価やブックマークをいただけるととても嬉しいです。

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