まいごの(ちゅうへん)
(こいつ強いな……!)
トキトは少し焦っていた。
穴倉で変なものを作る技術担当の作業員かと思っていたら、とんでもない。
不意打ちしたつもりの土砂は飛んで躱され、地面に埋めるつもりの空間斥力場は見えていたかのように無効化され、罠にしていた転移空間は、ありていに言って壊された。
想定外に無茶なことをしてくる。
さらに、割と高速で飛行しながら攻撃してくるので、新たな攻撃に狙いを定めることもしにくい。
少なくとも、今のトキトと非常に相性は悪い。
自分の目の前に転移空間を作れはするので、攻撃そのものは基本防げるものの……。
「ほかの奴が、こいつの半分くらいの強さで同時に仕掛けられたりしたら、私、やられるんじゃ…?」
小声で、弱音が漏れる程度には、追い詰められていた。
「殺さずにはおいてやるぞ、その力をそこのデカブツの養分にしなくてはいかんからな」
グランドマスタ。
そう呼ばれた眼前の敵は、余裕しゃくしゃくと言った動き。
下手をすると持久戦でこっちの精神が尽きるのを待つまでありそうである。
それ、正義の味方でよく見るほうの手のやつ!
迷い込んだよくわからない場所で、転生して気がついて数時間でぼろ切れにされて死ぬのはさすがに嫌だ。
しかも、出会って、ちょっと良くしてもらったヒメたち放り出す形になる。
自分が気のままに暴れたツケだけがそっちに覆いかぶさる形まで追加して。
寝覚めが悪いどころじゃないな。
私の人生なんだったの!
と、そう叫ぶより前に。
そういった鬱展開は、なしだ。
トキトは、一度捕まった場合、という選択肢を排除する。
とにかくこいつは仕留める。
改めて、そう決意して手段を模索する。
グランドマスタと言われたあれ以外のやつらは、本当に動かない。
ただ見ている。
通りがかりついでに殺される危険性を考えている様子もなく。
よほど信頼しているのか、最初に言ったように馬鹿なのか、そもそも思考が私が思う理論じゃないのか。
または、人間ではそもそもないのか。
利用できるものは、動物の形のデカブツで相手の視界を遮るのができるかな、ぐらいだろうか
装置っぽいいくつかは、動かしにくいし武器にはならないだろう。
人質…こいつには効かないだろうなあ。
むしろ懐に敵を入れるだけ不利になるだけだ。
瞬間でミリ単位の正確さで空間力場を作るのは苦手。
なら近くで自分にだけは当たらないように力場や斥力場を作るのも失敗して自分が危険になる率だって高い。
めんどくさい!本当に!
遠距離から仕掛けるだけの戦いがしたい!
グランドマスタからの攻撃を集中して散らせながら、考える。
あとは何があるか。
前の部屋?
誘導できる……か…?
「んな!?」
考えるために動きがおろそかになっている間に。
トキトは足を何かにつかまれた。
「人の手じゃない感触!?」
「試作のこの棒は、私の言うことをよく聞くのだよ、侵入者」
「さすがサブマスタ!蛇だと思っていたけどただの棒なんですねそれ!」
「発想が天才です!サブマスタ!」
ただでさえドレスで動きは鈍いのに。
見えないが、動く縄のようなものにつかまれている。
締めあげながら、腰のあたりに感触が来ても、足もつままれたままっぽい…。
長いなこれ。
そんなこと考えてる場合じゃない。
今、腕の自由を奪われたら負けじゃないか!
「や、やばい!?」
トキトも、さすがに顔が青くなる。
グランドマスタの攻撃から目をそらして、巻きついた何かを別の斥力場に巻き込む調節をするか……。
完全にこの場を離れるか……。
「これ、力が強いわけではないですね…ですので、はがしますね」
「「「え゛」」」
敵も味方も一斉に驚きの声を上げる。
誰かが、トキトのすぐ後ろから声を出したからだ。
「出てきてはいけなかったとか、ありますか?」
「なんでナインがいるの……!?」
「ずっと、移動に使ったらしい空間が開いたままなのと、時間がかかりすぎたのを心配しだしまして…ですので私が先に」
「戻るの遅かったらどうこうだとか、注意してなかったのか私…」
失策だ。
だがトキトは、自分のその想定外と。
そして、想定外の周囲の気遣いに即死の機会をまた助けられた。
それは間違いない。
だいたい想定はつくのだ。
ヒメが、大丈夫かなと過剰にアクションしていたのが、なぜか。
「ですので、邪魔でないのならよかったです」
「……うん、でも、それで何の気なしにスカートの中にもぐってくのはちょっとやめて」
わかってるけど。
変なヒモみたいの取るためなんだとはわかってるけど!
「お前たちは、いったい何なのだ!」
「いやほんとわかんないんだ、迷子でばったり出くわしただけで」
「ふざけたことしか言えんのか!!」
本当にそう。
ちょっとは余裕ができたトキト。
この人たちは、少しかわいそうと思う節すらある。
「ワレワレ、貴君らに今、制裁を下すのデある!」
そこでさらに。
トキトの背中のほうから聞こえてくる声。
「であるー!」
「ザッケンナコラー」
「やったーかっこいいー」
「もーいっかい!もーいっかい!」
「オナカスイタゾー」
「オレサマオマエマルカジリー」
知能低そう!
次々聞こえてくる声。
どう考えたって、トキトと一緒に収容されていた女性たちの空気じゃない。
「トキトちゃあん!かわいい子が、ほらこんなにかわいい子たちがオリに入ってたんだよ!仲良くなった!」
もう、見なくてもわかる。
ヒメだ。
ナインがすぐ出てこなかったの、こっちのそれに付き合ってたからなのかな。
この山の施設の他のところに、閉じ込められている人がまたいたということらしい。
「力が少し足りぬと思えば、ヴェルグルどもを逃がしていたのか」
「私が計画したことじゃないぞお!ズルいやつみたいに思うなよぉ」
「そもそも何を企んでここに来たんだ貴様ら!」
「あんたらに会う気なんてなかったよ!」
「支離滅裂ですサブマスタ!」
脊髄反射の会話をしつつ。
トキトは細かくまた整理する。
グランドマスタと呼ばれたやつの移動が明らかに減っている。
そもそも、必殺の手だろう、ひもの様なものの力が弱い。
操っている風のことを言っていたおじさんは。
疲れたように肩で息をしだした。
ヴェルグル?
それが逃げたことが影響していると仮定。
そして、捕まえたという理由を仮定。
先程、デカブツに力を注ぐって話も、あいつらしていた。
つまりだ。
精神か生命力を吸う施設がこの山の中にあり、でかい作り物も作っていた。
その力をデカブツだけでなく、人間にも与えられる機能があったなら。
あいつの強さと周囲が疲れだしたのに説明はつかないだろうか。
そこに勝機も、ないだろうか。
トキトはそこに、狙いを絞る気でいた。
「それともういいでしょ、スカートから出て、ナイン」
「少し手間取りました」
うそをつけ!
そんな時。
「そこのヒト!ドレスのそのヒトは危険でス!ちかよラないようニ!!」
おそらくヴェルグルという生き物のだれか。
空気の読めないことを、ことさら大声で叫んでくれた。