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たわむれ。

「あ、いいよー」


 ヒメ。

 私の隣にいる、何も知らないはずの女性。

 かなり異常な変化を、一気に見せられているはずなのだが…。


「おや、これまた能天気な……」


 こちらが逆に、引くばかりな。

 御覧の通り。

 即答だ。


「ま、トキトちゃんは根が優しくてかわいいし、話し合えれば、悪いことはしないよ」


「間違ってると思うんだけど、そんなだから突き放せないし、ヒメのほうが合ってるのかなぁ」


 何の疑問もなしに、子供である自分を守ってくれていた恩を抜いたとしても。

 なんとも、思考の外で安心感を感じてしまうこの感覚。

 雰囲気を含めて、この頭を使っていない感じから来るなら、単純に勝てない存在、と言っていいだろうか。


「で、まだ答えてもらってないけど、トキトちゃんでいいのよね?」


「呼ばれることに慣れてないけど、まぁ、その、合ってる……」


「よかった!」


 トキトは、少し困った表情で、小首をかしげながら答えてみせる。

 姉のように守ってくれた…と思う相手、ヒメの能天気さは不安しかないが。



 むしろ、ちょっとは怖がらないのかな。


 目の前で、たった今、かわいがってた幼い子供が急成長して対等くらいにしゃべりだしたんだぞ。



 世界の違いなのかなぁ?


 むしろこっちの世界じゃ、よくあることとして認識されているの?

 いくつもの違和感で、トキトはむしろ混乱しかけたままである。






 まだ、近藤さんと呼ばれていた自分の空気が抜けていない。


 ……そうではないかもしれない。


 抜く気がない、戻りたいという感情のせいだろうか。

 何もかもに、馴染み切れていないのだ。


「でね、トキトちゃん……言いにくいんだけどね」


「なんざんしょ」


「裸なんだよね、ほとんど……」


「!!?」


 言われて気付く。



 自分の姿など、思い出したり悩んだりに気を取られすぎて、考えの完全に外だった。

 三歳児が着ていた、頭が出る部分だけをくりぬいた一枚布。

 ざっくり言うところの、粗末な貫頭衣が衣服のすべて。


 それのままを、結構な大人が着ている格好になったわけであるので。

 ちょっと前掛けがついているような、だいたい裸の大人が出来上がるわけだ。


「おしり…でてるねえ」


「そこはっきり言わないでもらったほうが都合いいかなあヒメさん!?」


「頭もぼさぼさだけど、それでもやっぱり、トキトちゃんは大人になると結構な美人ちゃんだよね、見込んだ通り!」


「はずかしめか!」


 下が丸出しということは、後ろもながら前もである。

 現代感覚の女性としては、青空の下でそれはちょっと、まぁ、絶対、ない。


 特殊な趣味の人は除いて。


 トキトはそういった趣味ではないので、目いっぱいの恥じらいを隠すこともできない。


「なんか、なんか下さい!服とかパンツとかせめてユ〇〇ロのヒートテック上下とか!!」


「ごめんトキトちゃん……私おもちゃの話は疎くて…」


「着るものの話をしてるんだよ!?」


 かみ合わない。

 当然すぎるがかみ合わない。


「それは…用意は難しいよ…」


「えぇっと、ここ、そこまでここ貧乏…?」


「違うよ?ここはね……」


「ここは?」


「売り飛ばされる奴隷の収容所だから、私たちで選べるものは渡されないの……」


 ほらきた鬱設定!


 どうりでまともじゃない壊れ方しているわけだよ!

 むしろ、物心もつかないままで、よく生きてたな!


 トキトは絶望とも、自虐とも、怒りともつかない感情に頭を抱えた。





 が、裏を返せばそれは。



「とりま、ここはどう扱っても、別に悪いことにならない、タチの悪いところでいいんだよね、ヒメ」


「私たちにとって、人生の底辺みたいな苦しいところなのは確かだけど…」


「理解」


 それだけでいい。

 そこを自分以外から聞ければ、それだけで必要な条件が揃う。

 トキトは、それを確認する。


 それから。


「で、ヒメ、スカート貰っていくから」


「まさかの!?」


 ひっぺがし。






 さらにそれから。

 ちょっとの時間をおいて。





「誰だ?お前見たことがないが…」


 パチン。


 話しかけられた、その、次の瞬間。

 トキトは指を鳴らした。

 その音が消えた時、その声を発した存在は、そこから消えている。


 前の前の世界。


 トキトが意思を持った厄災のような扱いをされていたころ。

 「それ」が得意としていた、空間結界、それと空間斥力という魔術。


 これらを効率重視で駆使することで、その場から弾き飛ばし、敵をその場から消す。

 ただ遠くに置くことも、はるか上空に移動させることで、その落下により殺すこともできる。



 魔王と言わしめるだけの、暴力であった。



 違う世界で同じように使える理由は、トキトにもわからない。

 しかし、物は試しでやった肉体操作が普通に使えた以上、それより得意な、これが使えないはずはなかった。



 ならば。


 気に入った境遇になるまで使うのは、普通じゃあないか。


 だよね。



「奴隷をかっさらいに、あいつらが襲ってきたぞ、ここだ!!」


 実に考えなしに、適当にトキトが自分から叫ぶ。


 そして。


 近寄ってきた、身なりがそこそこまともなの、殺意を持っていそうなもの、など。

 それらが見えたら、どんどん消す。



 パチン、パチン、パチン。


 何度か叫び、そこそこあちこちうろついて。


「いなくなったかな?」


 奴隷商人の一味だろう、目障りな何かは一掃された。


「…あ、あの」


「なんでございましょう」


 ふらふらと近寄ってきた女性に、トキトが反応した。

 状況が状況であり、突然なので周囲も困惑だ。


「私たちの中には、自分で望んできた人たちもいて…その…」


 なるほど、正義風を吹かせた何かが、逆襲も考えずに暴れたような心配をしているのか。

 トキトがだいたい察して、冷めた顔をする。


 自分たちも、まとめて殺される的な恐怖は持ってないんだね。

 むしろ君たちの緩んだ思考が、私には理解できないよ。

 拍子抜け、とは、このことを言うという典型ではなかろうか。


 悪意が先行していたり、ちょっといら立ちがあるのかもしれない。

 トキトの、そんな心の中のボヤキは、素直になれない、ちょっとした意地悪に形を変えて、口から出ることになる。


「私は、たった今、君たち全員を盗んだのよ?」


「え?」


「売り物なんでしょう?高く売れる皆さんを、横取りしたの」


「………」


 周囲をうろうろして、見かけたのは女性ばかりだった。

 どうやら、そういった専用の飼育小屋みたいなものだったのかもしれない。

 だとしたら、もうちょっと身なりの整え方教えるべきだと思うが。

 そんな余計なことを考えながら。

 そして、話していた、それなりの年齢の女性の曇り顔に、感情で言ったことをちょっと公開もして……。


「でも、一気に運べないから、その間に逃げるなら、私はきっと気付かないでしょうね」


「…それって…」


「逃げる気がある人、いたらそのへん家探しした後、ここに火をつけてー!小銭くらいないと、後がつらいよう!」


 助かるとわかった途端、彼女たちは、それを口々にすぐ伝え、機敏に動く。

 わかるけど、まぁ、なんて現金な。


 で、一時間もしないうち、商人どもの待機所、来客用の接待所など、色々なところを即座にあさり。


「あなた達の元々の持ち物もあるの?ずいぶん出てきたね」


 集まった、収穫物と閉じ込められていた女性たちを目にしてトキトが言う。


「いえ、競売に出すときに見栄えで値段を吊り上げるために私たちに着せる飾りなどでしょう」


 詳しいな。

 さらりと説明して見せる女性に、トキトはちょっと怖さを感じた。


 何度もここに来ているわけじゃ、ないよね……?


「ま、まぁいいや…そんなんでいいなら着てもいいし、いらないなら売るし、それでみんなの当面の生活費になるならそれでいいよ」


 トキト、見た目の若さに明らかに見合わない計画性。


「それなら、特に心配いらないと思いますよ変な人さん」


 変な人って言われた。


 トキトを元からここに居た人物と見抜ける人がいないのは当たり前として。

 それでも、歓迎されていないのではないかという不安が見え隠れする。


「私たちが立ち入りできなかったところに、金庫もありましたから」


「何人も早めに走っていったところあったの、それなのね…」


 近寄らなかっただけで、みんなこの収容所に何があるか、よく知っていらっしゃる。

 ま、必要なものが各自わかってて、それがあるなら別に心配はしなくていいんだろう。


「じゃ、あと、適当に焼こうか」


 襲撃を受けた、という体を作り出すため。

 そして、後から奴隷商人の仲間が追ってくる可能性を考慮して、逃げた人たちの痕跡を減らすため。

 とりあえず周囲は焼きはらう。


 人数などの把握を細かくするのは、これで、ここだけでは困難になるだろう。



 そのあとは。


「追うことに躊躇する何かを置く、昔はよくやったねぇ」


 前世、女子高生をしていたころではもちろんない。

 で、あるから、少し思い出しながら懐かしみを込めて。


 ぱちん。


 音とともに、地面に半円状の穴が開いた。

 だいたい5mほど。

 それを何か所か、次々と。


 削れた地面はどこに行ったか?



 疑問を抱くまでもなく。

 真上から、そのままに近い形で落下し、衝撃で崩れてその場を荒れ果てた場所にしていく。


 みるみる間に、戦争でもこうは普通ならないというレベルの地獄の誕生だ。

 何も知らずにここに来た人間は、何と思うだろう。


「さすがに、少しは疲れるなぁ」


 見渡す一面を荒れ地に変え、残るものから痕跡を見つけにくいようあらかじめ燃やしておく。

 これでだいたい完了だ。

 これから近くを集団で歩くことになるが、この痕跡は必要なら山火事を起こしたりして消す手もある。


 トキトを含めて19人。


 それぞれ、戸惑ったような喜んだような、いろんな表情が見て取れる。

 集まったところに、目をやり…。


 そのとき。

 気付いたことが一つ。



 …よく考えれば、勢いでやったものの、寝泊まりも食事も準備など全くしないままで、住んでいたところを荒らしたことになる。

 トキトは、今更になってやっと、ギリギリ言われる前に気付いた。



 そりゃ変な人って言われるわ。



「トキトちゃん……その顔…」


「ヒメ、なんかごめん」


 ほかの人は、トキトのやった破壊活動を見て、その当人にフレンドリーな会話をいきなりは仕掛けられまい。

 少し小声で、ヒメが話しかけてきたのは、必要性を十分感じた空気読みの産物だったのだろう。



 タスケテ、ヒメ。

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