異世界事情ってのはすごく複雑なようです
ギルドを出て、草原の果てまで続いている遊歩道を進む。
長い道のりだが、俺は最高の気分だった。
辺りには豊かな広葉樹が育ち、そよ風になびいて踊っている。
コンクリートジャングルからは連想もできないような緑の豊かさだ。
街に人工的に植えられた木や果樹園などとは違う、人の手で整備されていない緑に感動を覚える。
空気が新鮮で美味いというのはよく分からないが、温暖な日光が降り注ぐ下で散歩するのはとても気持ちの良いものだった。
エーデルとしばらく歩いていると、あるものに気づく。
それは眩しい緑の中に、ただ一つだけの赤色。
足元には真っ赤なカエルのような生物がいた。
ようなと言うよりカエルそのものだ。少し大きいが。
なんだこいつ。
俺は拾い上げ、撫でてみる。
そうすると、カエルのような生物は体を膨らませた。
かわいいな。
「何してるの? 早く来なさい」
エーデルが呼ぶ。
彼女は普段クールだが、驚いた時にはどんな反応をするのだろうか。
俺は猛烈な悪戯心が湧き上がってきた。
あれほどの美貌の持ち主だ、可愛くない理由がない。
「なあ、こいつ見てくれよ」
そう言って抱えていたカエルを差し出すと、カエルは元の二倍以上に膨れ上がっていた。
「な!? 馬鹿っ!! 捨てなさいっ!!!」
エーデルは血相を変えて叫んだ後、ハリウッドダイブ張りの緊急回避をみせる。
「えっ?」
カエルは身を震わせると、激しく爆発した。
俺は声を発する間もなく、吹き飛ぶ。
呪いも相まって後に激しくノックバックする。
「うわあああああああ」
俺は来た道を凄まじい速度で戻っていく。
「なにやってんのよ……」
エーデルは呆れた顔をしながらも、仕方なく来た道を引き返した。
◇
「ついたわ」
急に止まり、淡々と報告をするエーデル。
瞬間、俺はその場所を見渡して落胆した。
ダンジョンの入口はイメージしていた古代遺跡と言うよりかは、大きなネズミの巣穴のようだった。
「これがダンジョン!?」
それは地上にぽっかりと顔をのぞかせた横穴。
しかし、それは天然というにはあまりに歪であった。
洞窟と言うにはあまりに違和感があり、入口付近は踏み固められている。
明らかに何者かの手で掘り返されたもの。
それがこの洞穴を見て真っ先に受ける印象であった。
「そうよ。今日はソラにこの世界のモンスターについて学んでもらおうと思ってね」
「えー!」
「そこ、ブーブー言わない。知識は命取りになるわよ。ここは最近、妖魔の目撃情報があがっている横穴の廃墟群。情報を聞く限り群れではなく、はぐれ者だから戦闘力はないわ」
「ようま?」
エーデルはえっへんとでも言いたげに胸を張って答える。
「聴きなさい。まず、モンスターには大きく分けて、魔族・妖魔・魔物の三種類がいるの」
エーデルは三本の指を得意げに立てて説明を続ける。
「魔族はレッサーデーモンとかサイクロプスとかね。今は封印されている邪神たちが神々と戦うために創りあげた兵士たちよ。魔族は邪神の身体の一部から創られたとされているわ。もしも、あなた一人で魔族に出会ったら真っ先に逃げなさい。あなたの勝てる相手じゃない」
聞いた話によると、魔族は常に瘴気を放っているらしい。
魔法の心得がない者には見えないらしいが、寒気というか悪寒が走るような感覚ですぐにわかるとの事だ。
一通り話を聞いた分にはめちゃくちゃ強力そうだ。
俺なんか簡単に殺されてしまうだろう。
どうか会いませんように。俺は切に願う。
もし出会ったら、エーデルの言う通り真っ先に逃げよう。
「妖魔はゴブリンやトロウルといった個体ね。人族が邪神やそれに類するものの瘴気を浴びて変貌した者達がそう呼ばれているわ」
「あの、それってつまり、俺らも瘴気を浴びると妖魔になるってことか?」
「そう、そういうこと」
体が変質するなんて邪神ってのは身の毛もよだつ恐ろしさだ。
全身から放射線をまき散らしているようなものだろう。
絶対に出会いたくない。というか、出会ったら死ぬ。
ゲームや漫画では主人公が当たり前のように戦っているが、魔族の神なんて死神同然だ。
封印が解けないことを祈るばかりだ。
「魔物は妖魔と魔族以外の人類に害をなす動植物の総称なの。食人花とか魔狼とかね。魔物は本当に個体によってまちまちだから、よくわからないものには近づかないことが吉ね。敵に対する知識は生死に直結するわ。あなたの着ている鎧は相当上質なものだけれども、関節部分を狙われたり、毒霧なんか浴びたら即死するわよ。気をつけなさい」
俺はこの世界の常識をまだ知らない。生物図鑑を見たことがあるが、思いもよらぬ奴が猛毒を持っていたりする。
先程、カエルにも爆破されたところだ。
当分の間はエーデルに従うことにしよう……。
俺はそう自分の胸に誓うのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は道中にエーデルから色んな話をしてもらった。
例えば、通貨。
国によっては独自の通貨があるらしいが、大半は金貨、銀貨、銅貨で取り引きできる。
ちなみに金貨一枚は約120,000円相当らしい。ファンタジー世界の住人が袋いっぱいの金貨を差し出すシーンがよくあるが、いったい何円分なのだろう。
100枚で1,200万……一戸建ての家が建つ。
銀貨が約3,000円。40枚で金貨1枚分だ。
銅貨は4枚で銀貨1枚分。だから銅貨は750円相当ということになる。
つまり、PS4Proは銀貨14枚と銅貨3枚だ。
他には、冒険者が首から下げている共通のペンダント。
俺のは黒だ。
これはギルドへの貢献度によって、冒険者をランク付けしているらしい。
貢献度とは、主にモンスターを討伐することでギルドから評価され、相対的につけられる値のことである。
黒は最低等級。つまり、モンスターを討伐した事のない新入り冒険者のためにある等級である。
「等級っていくつまであるんだ?」
「そうね、等級は上から白、藍、紫、青、緑、黄、橙、赤、黒の九つよ」
「エーデルは何色なんだ?」
「私は八六〇ポイントで橙等級よ。あなたは十ポイント溜めれば次の等級に昇格するわ」
「たった十!?」
「そう、あなたは今〇ポイント。ポイントの桁が上がるごとに上の等級に昇格できるの。簡単でしょ? 私は八六〇だから千ポイントになれば黄等級よ」
システム自体は非常に単純だが、それって白等級は何桁になるんだ?
黒を一の位だとして〇を八つ付ければ……一億。
1億?
「普通は自分の力に見あったモンスターを倒して、ポイントを貯めるのだけど、ランクに応じたモンスターを討伐すれば等級はいっきに進級できるわ」
「じゃあ、ドラゴンを倒したら何ポイント貰えるんだ?」
「え、竜種? ものによるけど、大方の竜種は一万ポイントね。倒したら即座に緑等級に昇格よ」
竜種で一万? なら一億ってなんなんだ……。
「白等級の冒険者っているの?」
興味本位で尋ねてみる。
白等級の冒険者がいるのなら、どんな生活をしてるのか聞いてみたいものだ。
「白や紫等級の冒険者は歴史上存在しないの」
存在しない?
「存在しないのなら何のためにあるんだ?」
「それほど人類の存続を脅かす存在がいるってことよ。戦争がないこの世界にも、脅威はあるの」
「それって……」
エーデルは食い気味に話し始める。
「遥か昔、大陸はたった七人の魔女に支配され、人族や妖魔、誇り高き竜族までもが恐怖していた。七人の魔女は世界を七つに分けて、それぞれが地域を支配していた。でも、生物の進化や文明の発展、科学技術の発達により魔女は力をすり減らし、やがては勇者により打ち取られ世界は平和を取り戻したかに思われた」
それはまるで御伽話か何かのようだ。
ずっと言い伝えられてきたものなのだろう。
エーデルは艶やかな紫髪をかきあげて話を続ける。
「しかし、大陸には七人の魔女と入れ替わるようにして新たな勢力が出現した。それらの勢力が世界に与える害はその規模からも深刻さからも災害と称されるほどであり、七凶皇と呼ばれている。その正体は異常なまでに進化した七つの個体。特次消費者と言われる食物連鎖の頂点。魔女のペットとも言われているわ」
俺は唾を飲む。
「そいつらを倒したら、何ポイントなんだ?」
「七凶皇は一体で一千万、紫等級よ。そして七人の魔女は一億。伝説の白等級。討伐したら大陸の大英雄よ」
「一億……」
「七凶皇で人類が抵抗できたのは三体。いずれも頭を潰して心臓を引き抜いたけど再生。全く意味を成さなかった。残りの四体に関しては抗うことすらままならない。人類がいくら強くなっても、災害には打ち勝てないのよ」
「すっげー!」
「は?」
本当にゲームの中の世界みたいだ。
世界を支配した魔女に、人類の存続を脅かす七凶皇。
人類がどれほど手を尽くしても勝てない。
そんな奴等がこの世界にはいるのだ。
「ソラ。あなたわかってる? 私たちはこれからその七凶皇の目の先、鼻の先を旅するのよ?」
「……っ」
俺はいっきに青ざめる。
そう、この世は紛れもなく現実なのだ。
妖魔も魔族も七凶皇もいるこの世界で、俺は生きていかなくてはならない。
「はぁ。ほんと抜けてるわよね」
エーデルは呆れた顔をする。
だが、悪いことばかりではない。
隣にはエーデルがいるし、この世界には魔法もあり、様々な風景があるし色んなモンスターにも会える。
この世界に来たからには誰よりもこの世界を楽しもうではないか。俺は少しでも気を紛らわせようとそう考えるしかなかった。