ヒロイン登場!? 俺はお荷物ですか?
エーデルは除霊のために集団墓地に向かっていた。
墓石がないから集団埋葬地といった方がいいだろうか。
「なんで私がこんなことを……」
エーデルは感嘆に暮れる。
最近になって、スケルトンが目撃されるようになったので、除霊をしてきてほしいとの事だった。
田舎の小さな教会では、モンスターと戦える者は少ない。
地元の教会では、私を含めて二人だ。
護身のために攻撃魔法を練習したのが間違いだった。
おかげで様々な雑用を押し付けられる。
「さむっ」
季節は秋。
雪こそ降っていないものの、未だに春の訪れを感じない。
上着を着なければ、耐えられないほどの寒さだ。
寒い中、集団墓地に一人で向かうのだから怖くないわけがない。
寒さは恐怖を三割増しにする。
悪霊なんかいたら、それを理由にすぐ帰ろう。
何をしてくるか分からない以上、舐めてかかったら殺される。
他に誰かいたらいいが、今は一人。
何が起きるかわからない。
不測の事態は常に想定する人ができる人なのだ。
悪霊は死者のいるところには集まるらしい。
スケルトン程度ならいいが、瘴気を纏った悪霊なんがいたら大変だ。
それを一人で行って来いなんて、先生は何を考えているんだ。
命知らずの冒険者や自殺志願者ではないのだ。
スケルトンだけならぱぱっと片付けて帰ろう。
モチベーションは最底辺間近だった。
いざ着いてみると、集団埋葬地には先客がいた。
さしづめ騎士団長か傭兵といった所だろうか。
重厚な鎧を身に纏い、一体のスケルトンと対峙している。
先客がいるなら任せよう。
金属鎧を来ている騎士ならスケルトンなど雑魚も同然だろう。
剣を振らずとも体当たりだけで粉々だ。
エーデルは岩陰から見守る。
騎士がスケルトンを挑発すると、スケルトンは騎士に向かって走っていく。
まじめな私は騎士様の勇姿を目に焼き付けようと、あくびをした時のことだった。
スケルトンの振るった剣はものの見事に命中し、騎士様はは後方に吹き飛ばされる。
そして、岩にぶつかり動かなくなった。
「え!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
エーデルには何が起きているのか分からなかった。
スケルトンの斬撃など、金属鎧であれば弾く。
衝撃で後に転ぶことはあっても、跳ね飛ぶことなどありえないだろう。
跳ね飛ぶほどの斬撃であれば、同時に鎧ごと真っ二つだ。
物理的にありえない現象にエーデルは戸惑った。
取り敢えず助けに行った方がいいだろう。
あれほど強く頭を打てば、脳震盪が起きているかもしれない。
だが、あれほどの馬鹿力をもつスケルトンに勝てるのだろうか。
ハイパワースケルトンなど聞いたことがない。
違う可能性を考えるとするなら、意志を持って身体に魔力を込めている存在がいる……
――悪霊!
分かった! スケルトンに悪霊が取り付いているのだ。
考えれるとすればそれしかない。
だが、スケルトンを見ても瘴気を纏っている風には見えない。
その程度の相手であれば、神聖魔法で一撃だ。
さらに都合がいいことに相手はこちらに気づいていない。
よし。
エーデルは決心して魔法を唱える。
「神よ聖なる光で不浄なるものを払い清めよ! ホーリー・レイ!」
放たれた光は、スケルトンを貫く。
光を浴びたスケルトンは灰となって崩れ落ちた。
楽勝だ。
敵を倒したからと言って落ち着いて入られない。
エーデルは跳ね飛ばされた兵士の元に駆け寄った。
◇
岩に強く打ち付けられたために、頭がくらくらする。
立ち上がれない。
眩んだ目にぼやけて映ったのは、俺にトドメを刺そうと剣を振り上げたスケルトンの姿だった。
殺される! 反射的に手を広げて前に差し出した時のことだった。
――一閃。
目の前に光り輝く流星が瞬いた。
それはスケルトンを貫き、即座に灰にする。
「――ッ!」
俺は思わず絶句する。
夢にまで見た魔法がこれほどまでにカッコイイとは。
そして目の前に何者かの影が現れる。
「――」
恐らく先程の魔法の使い手だろう。
何を言ったのか聞き取れなかったが、可憐で透明感のある美しい声。
自らのピンチに駆けつけたその少女は、俺の目には天使にしか映らなかった。
「――」
目を覚ますと、俺の目の前には一人の少女がいた。
紫色の艷やかな髪に、ミルクのようになめらかな白い肌。
保護欲を掻き立てられる華奢な身体は抱きしめたら折れてしまいそうだ。
純真無垢な心を表す純白の服に、大人っぽさを匂わせる黒のベルト。
トップモデルも顔負けの可憐さだ。
「――!」
少女の口調は強まるが、やはり聞き取れない。
「すみません、今なんて?」
「――? ――!」
やはり言葉は通じないのか。
「我汝言葉与! タング!! これで通じる?」
「あ、ああ」
翻訳の魔法だろう。
言葉が通じないという最大の壁はどうにかなったようだ。
「よかった」
少女は安堵の声を漏らす。
「傷をみせて」
「はい」
俺は素直に腕を差し出す。
「……あの、助けてくださってありがとうございます」
「いえいえ。ところで貴方、さっきのスケルトンって……」
「ここにたら急に襲われて」
さきほど剣で殴られた所を見ても、凹んでいるどころか鎧には傷一つ付いていない。
「あ、失礼ながら名前をお尋ねしても? 俺はソラって言います」
「私はエーデル。言葉が通じなかったってことは貴方アーシアン?」
「その、アーシアンってなんですか?」
「ああ、ごめんなさい。この世界では異世界人をアーシアンと呼ぶの」
「そうですね、アーシアンになると思います……たぶん」
アーシアン。英語で地球人という意味だ。
俺の他にもこの世界に来ている人がいるのだろうか。
だとしたらこの世界について色々説明してもらいたい。
「その鎧は自前?」
俺が考え事をしているとエーデルが急に質問してくる。
「いえ、落ちてたのを出来心で……」
「……」
少女の顔はわかりやすく曇る。
だが、その表情は俺のネコババ行為に対する軽蔑の目ではない。
げっ……とでも言わんばかりの訝しげな表情をする。
「あの、どうかしました?」
俺は勇気を振り絞って喉の奥から声を引きずり出す。
「……あなた呪いにかかってるわ」
「えっ……」
エーデルから返ってきたのは理解不能な衝撃の言葉。
即座に受け入れるには俺の脳ではキャパシティが足りない。
事態を容認することはできないが、俺は興味本意で聞いてみる。
「あの、どんな呪いですか?」
「ノックバック……」
「ノックバック?」
俺は思わず聞き返した。
「そう、ノックバック」
エーデルは首を縦に振る。
「しかも、強力な呪いよ。私じゃとても解呪できそうにない……」
「……」
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「そうだ! 先生に見てもらいましょう。ついてきて」
「先生?」
「私の先生よ。街の教会で司祭をしているの」
「あの、鎧は……?」
俺は恐る恐るエーデルに訊ねる。
教会で処分してもらえないだろうか。
呪いの元凶となった鎧なんて、できることなら今すぐにでも破棄したい。
「変に触れると悪化する恐れがあるからそのままでいて」
あ、はい。そうですね。
俺の気持ちは軽く裏切られる。
「歩ける?」
「はい」
「じゃあ教会まで行きましょう」
俺とエーデルはひとまず教会へ向かうことにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
呪いのせいで気が気でないが、心配したところで労して功無し。何の意味もない。
今、俺にできることといえば、ただエーデルの後ろをついて行くしかなかった。
そこは村の外れにあるこじんまりとした教会。
表通りの主張が激しい建造物とは裏腹に、謹み深くたたずんでいる。
だが、中に入るとその印象はがらりと変わった。
控えめな外装に反し、その内装は荘厳なものだった。
神を模した像、歴史を記した絵が無数にある。
柱ですら模様が刻まれている。窓には色ガラスで絵が描かれたされている。
「ただいま戻りました」
エーデルが元気よく発すると、初老の男性が出迎えてくれる。
「お帰りなさいシスターエーデル。集団墓地の方はどうでした?」
「はい、スケルトンが一体いただけでした」
エーデルは淡々と報告する。
「おや、そちらの御仁は?」
エーデルに先生と呼ばれた人物は俺の方を見る。
「こちらの方は重い呪いを受けているため、先生に診てもらいたくお連れしました。集団墓地に出現したアーシアンで、落ちていた鎧に身を包んだら訳も分からず呪いを受けてしまったようです」
「あ、俺は晴空って言います。その、よろしくお願いします」
緊張して言葉に詰まる。
エーデルが先生と慕っているのだ。
それは大層な人物なのだろう。
「これはご丁寧に、私はこの教会の司祭バルトルタと申します」
洗練されたお辞儀は丁寧すぎて逆に不気味にすら思える。
「そうですか、私も診てみましょう。晴空さん、失礼します」
バルトルタさんは俺の首に手を添える。
その手は冷たく、しわくちゃだ。
だが、同時にどこか温もりを感じる手だった。
先程、お辞儀で不気味に思ってしまったことに罪悪感を覚える。
「神よ私に彼の者の異を知せ給え! デモンズセンス!」
バルトルタさんが魔法を唱えると、同時に俺は激しい頭痛と呼吸困難に襲われる。
初めてこの鎧を着た時と同じくらいの苦痛。
辛さで目には涙が滲み、視界は霞む。
――バタンッ。
バルトルタさんが倒れると同時に、俺を襲っていた頭痛と呼吸困難もなくなる。
「カッ、ガハッゴホッッ! はぁ、はぁ、はぁ」
「先生! ソラ!」
エーデルは手にしていたティーポットを捨て置き、駆け寄ってくる。
「大丈夫です。少しふらついただけ……」
バルトルタさんはなんとも辛そうな顔をする。
俺は自分にかかっている呪いを再認識させられる。
「これは困りましたね……」
バルトルタさんは少し悩んだ後、思いついたようにこちらを見る。
「このレベルの呪いとなると私共では手の施しようがありません」
言いずらそうに少し間を開けた後、ゆっくりと口を開く。
だが、その口から語られたことは、あまりにも衝撃的だった。
「どこかのダンジョンの奥地に、全ての邪魅を祓うと言われる神聖な球体があると聞いたことがあります。晴空さん、冒険者になりなさい」
バルトルタさんからのあまりに唐突な提案。
何の計画性もない。
もちろん俺は丁重にお断りするべき。
「え!? 俺……」
いや、待てよ。
異世界で冒険なんて願ったり叶ったりじゃないか!?
「そうです! シスターエーデル、パーティーを組んで彼を導いてあげなさい」
「私ですか!?!?!?」
優雅にティースプーンを使って紅茶を混ぜていたエーデルは、驚きを隠しきれずに驚嘆の声を上げる。
「攻撃魔法が使えるのはこの教会でも、貴女とシスティアしかいません。それに貴女はよく困っている人を救いたいと言っていたではありませんか」
「そうです……けど」
まったく関係のないエーデルにも飛び火する。
「花よりも花を咲かせる土になれ。この言葉を忘れたのですか。さあ、行きなさい」
「そんなー!」
ああ、なんとなく分かってきた。
エーデルは毎回、この人の思いつきに困らされているようだ。
この世界ではアーシアンは厄介な存在らしい。
それをエーデルは押し付けられたのだ。
こんなにかわいい子と冒険なんて、俺にとっては嬉しい限りだが。
「晴空さんも構いませんよね」
「ええ、一応」
「では、決定です。あなた達に神の御加護があらんことを」
バルトルタさんは満遍の笑みで話を進める。
「あの、鎧は?」
俺は一応聞いてみる。
「呪いは貴方自身にかかったものですから、鎧はもう関係ありません。不安なのであればこちらで処分しましょうか?」
鎧を買うお金なんて到底ない。
「いや、この鎧は着ていきます」
俺は呪いの原因になった鎧を身につけたまま長い冒険に出ることを決意する。
「せせ先生、じょじょじょ冗談は良くないですよ……」
エーデルはマグロよりも速く泳ぎまくっている目と、超高速振動する声帯で声を発する。
とても紅茶を混ぜている余裕はないようで、くるくると優雅に円を描いていたスプーンはバシャバシャと防波堤を越える程の大波をつくる。
コップから溢れだした波は机の上をこれでもかとびしょびしょにする。
「冗談ではありません、シスターエーデル。いい機会です。この広い世界を観てきなさい。すべては必然。晴空君がアーシアンとして現れたことも、呪いにかかってしまったことも、今日あなたが墓地に赴いたこともすべてが運命なのです」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
エーデルが壊れた。
容量を超えてしまったらしい。
「さあ、今日は輝かしい船出です! すべては神の御意向のままに」
バルトルタさんの元気な掛け声と、頭を抱えて床に零した紅茶を拭くエーデル。
冒険の始まりはなんとも賑やかだ。