呪いにかかってしまいましたか?
そこは異世界だが、ひどく荒れ果てた荒野。
異世界に来たのは嬉しいが、荒野でモンスターに襲われなんかしたら絶対死ぬ。
友達ともし異世界に来たらの話をよくしたが、真っ先に挙がるのが。
――まあ、死ぬよねって話だ。
魔法があったとして魔法も武器も持たない俺は、モンスターとエンカウントした時点で死亡が確定する。
嫌でも友達の声で「まあ、死ぬよね」と脳内再生されてしまう。
そもそもこの世界の住民と言葉が通じないだろうし、文化が違えば奴隷か晩飯にされる可能性も否定できない。
いや、ネガティヴに考えてしまうのは自分の悪い癖だ。
前向きに考えた方が人生は絶対楽しい。
分かってるのに後ろ向きに考えてしまう。
ポジティヴ思考。ポジティヴ思考。
せっかく異世界に来たんだからめいいっぱい楽しもうじゃないか。
もし転生してここにいるのなら既に死んでいるということだ。
異世界であれば縛られることは何もない。
目の前には、亡者の骸が何体も倒れている。
ここは戦場だったのだろうか。
少し古びているが、立派な鎧が幾つもある。
ここを離れる前にどうせなら憧れの鎧を来てみてからにしよう。
この鎧は強そうだ!
俺は鎧の中からひときわ強そうなのを選ぶ。
棄ててあるものだから、拝借しても罰は当たらないだろう。
俺は目を輝かせながら、その鎧を身に纏った。
――その瞬間、息を吸おうとする度に臓物に鈍い痛みが走る。
あまりの苦痛に深呼吸できず、少しづつしか酸素を取り込めない。
まるで釘でも埋め込まれたかのようだ。
やがて笛声喘鳴がなり始める。
酷い頭痛。視界はボヤけ始め、激しい吐き気に襲われる。
足がふらつき、意識を失う寸前。耳元で低くて重厚な声が聞こえた。
「不届き……」
――身体はすぐに軽くなった。声が聞こえなくと同時に、重く緊迫した空気は消え、体調も先程までが嘘だったかのように回復した。
なんだったんだ?
砂でも吸い込んだのか?
分からないことを考えていても仕方がない。
俺は考えるのをやめた。
そこで普通に動けることに気づいた。
だが、プレートアーマーと言えば、その重量は通常二十キロ以上ある。
ノリで身につけたものだから、歩くことすらままならないものだと思っていたが、不思議なことにジャージを来ている時と変わらないぐらい軽やかに動ける。
板金鎧を着たまま、自分の胸を叩いて見るのだが、間違いなく金属製だ。
靴屋で靴を選ぶ時のように、辺りを歩いてみる。
すると、驚くほどよく馴染むのだ。
サイズは自分とは明らかに違う。
しかし、靴擦れも起こらず違和感もない。
まるで毎日身につけているかのように自然に馴染む。
魔法でも付与されているのだろうか。
鎧を着たからには剣も欲しい。
ファンタジーの騎士様のように。
俺は鎧の近くに落ちている剣を拾い上げようとするが、もち上がらない。
重っ。剣とはこれ程重かったのか。
こんなものを振り回す昔の武人に敬意を払うと同時に、ゲームのようには上手くいかないことを実感する。
それにしても、なぜ剣はこれほど重いのに、鎧は軽いのか。
謎は深まるばかりだった。
そんな時……。
パキッ!
後方から砂利か何かを踏んだ音がした。
俺はゆっくりと振り返る。
――そこには骨だけになった遺体のひとつが起き上がっていた。
その手には剣を握っている。
スケルトンと言えばゲームの中では最弱の部類。
鎧を身に纏っている今、筋肉もない骨だけのモンスターにはいくら何でも殺されないだろう。
俺は余裕満々にスケルトンと対峙する。
スケルトンぐらいなら剣を使わなくても倒せるだろう。
これほど立派な鎧を身に纏っているのだからパンチ一発で骨ぐらい砕けるはずだ。
夢にまで見た異世界でのモンスターとの戦闘。
まるで勇者にでもなったかのようだ。
「ふっ。来いよ雑魚」
テンションが最高潮の俺は、ゲームにすらないような臭い台詞を吐き、敵を挑発する。
思い通りにスケルトンはこちらに走ってくる。
弓矢なんか撃たれたら勝ち目がない。
真正面からの戦闘が一番勝てる見込みが高いだろう。
「勝ったな」
武術の心得がない俺は迷うことなく真正面から突っ込んでいく。
「うおおおおおお!」
右手を振りかぶるが、その拳がスケルトンに届く前に、俺の腹にスケルトンの剣撃が炸裂する。
ガクンッ。
――その瞬間、俺の身体は激しく後ろに引っ張られる。宙に舞った体ではバタつくことしかできず、後ろにあった岩に背中を強打する。
いったい何が起こったのか分からなかった。
スケルトンを甘く見ていた。
筋肉もないただの骨がこれほど馬鹿力なんて。
剣って切れるもんじゃないのか?
やっぱりゲームのようにはいかないようだ。