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  作者: 音野ねむり
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過去

「平和で平凡」。この二つがこの世で最も「尊く脆く美しい物」と気づいたのは、幼い頃だった。


神々の恩恵を受けて成り立つ世界「テンプルム」の東の端、世界の狭間・鏡峡橋のすぐ近くの島国「日ノ國」の生まれた少年・久遠(くおん)は、ひっそりとした山里で育った。

豊かな川が流れ、美しい森が広がるこの里が、かつて「戦亜の時代」に名を馳せた名門戰屋(いくさや)「真深崎家」(「まみざきけ」)の一味がぬくぬくと暮らしているなんて誰も知らないだろう。


真深崎家の大将・真深崎 久継(ひさつぐ)の実の息子であった久遠は、姉の妹を持ち、病弱だった父の意に従い、争いとは無縁の幸せな生活を送っていた。

姉の千桜(ちさ)は優しく、弓技に長けていた。大和撫子で誰からも好かれる千桜を、久遠は尊敬していた。妹の彩空(さら)は元気で活発、とても久遠に似て脚が早かった。いつも笑顔で朗らかな彩空を、久遠はいつも可愛がった。少し素っ気ない性格だった久遠は、二人の姉妹に随分助けられた。

争いを好まなかった久遠だが、寺子屋が終わるといつも友達と相撲を取ったりチャンバラを日が暮れるまでやった。馬術が特技だった久遠は、一人で野を駆け巡った。久遠は女のような顔に女のような体つきだったが、抜きん出た素晴らしい才能を持っていた。

全てが平和で、そして楽しかった。


だが、そんな平凡な日々が永遠に続かないと知る。


秋の日だった。いつも遊んでいた秋桜畑から彩空が消えていた。

その日は寺子屋で、午後から彩空は一人で秋桜畑に遊びに行っていた。だが、門限を過ぎても帰ってこない。心配した老兵達が迎えに行くと、草履を残して消えていたのだ。

山には神隠しの伝承など無く、とても心配した里の人々は、魔物の多い夜に探しに行くことにした。腕利きの老兵何人かと、弓や銃に優れた狩人だ。狩人の中には16歳になった千桜の姿もあった。

槍や刀を持ち、里の広場に集まった兵士達は、松明の灯りを頼りに森に入ることになった。


皆が緊張した面で整列した彼ら。その中のひとりの老兵が微かな違和感を感じ取った。

生ぬるい風が吹き抜けた。


瞬間、松明の灯りが消えた。そして直ぐに建物に火がついた。

火は次々と燃え移り、人々は皆広場に集まった。動揺はあったが、流石は元戰屋一味。子供を中心に囲み、それぞれが武器を構えた。

刺客はみえない。火の元もわからない。不安は高まるばかりで、あたりは熱風で覆われた。


強く風が吹き抜けた。その瞬間、大きな影が横切り、中央にいた子供達を大きな刃物で刺した。

数人の部位が吹き飛び、数十人が死んだ。

その大きな影は中心に小さな子供を包むように纏う大きな鎧のような物体で成り立っていた。子供の顔はわからない。鎧は業火の中で怪しく光り、鋭い刃物は既に血塗られている。


動揺しかない。かつての戰屋も、こんなに悍ましいものと戦った時などなかった。

子供の命を奪った敵に恨みしかないはずなのに、若い兵は身動きすら取れなかった。

その怪物はニヤッと口を歪める。その刹那、大きな刃を振りかざして周り、多くの人間の首を取った。そして怪物は高笑い。次に空を飛んで広場にさえ火をつけ始めた。飛ぶたびに起こる生温かい豪風に、何人もが火の海まで飛ばされた。いつのまにか魔物や魔獣も湧き、完全に包囲されていた。


その中で、誰かもわからない声が張る。

「戦える者は戦え!武器を取れ!!上様と上様が作り上げた桃源郷を、命を捧げて守れ!!!!」

その声に反応した兵士は、刀や槍を掲げて魔物たちに斬りかかった。百戦錬磨の老兵たちは、どんどん増えていく魔物たちを正確にぶち抜き、正確に斬る。狩人たちは銃や弓を掲げて櫓や屋根に乗ると、怪物の急所を見極め狙う。鎧に当たっても無惨に弾かれるだけ。急所である子供の一部に攻撃を続けても同じ箇所に何発も撃たないと攻撃が通じない。そんな状況で、狩人たちは冷静に好機を待った。


その頃、屋敷では久遠の旅支度が始まっていた。その旅支度の意味がわからなかった久遠は父親のそばに寄り添った。父は病気も末期。その場から一歩も動けない状態だった。そんな父の手を握り、久遠は不安に押しつぶされていた。

玄関の扉を雑に開ける音が聞こえるかと思ったら、一直線に寝室に向かってきた千桜が、息を切らして久遠に告げる。

「久遠、馬を出しなさい。今すぐ逃げるの。」

力強くも、悲しい姉の声に、久遠は動揺した。

「何言ってるの姉ちゃん、僕だけ逃げるの?父さんは?母さ…」

「置いていくの」

その瞬間、頭の中が真っ白になった。

気づいた時には千桜は大粒の涙をこぼしていた。父は遠くを見つめ、母は久遠の手を握った。

「久遠。私はもう逃げることすら出来ない。私はこの場から一歩も離れることができなくてな。だから、久遠に真深崎の未来を託すことにしたんだ。」

「それじゃあ、母さんは?母さんは!」

久遠は泣き叫んだ。

「母さんは、父さんと一緒にいたいの。だって母さん、父さんのことが大好きなのよ。」

そう悲しそうにいう母の顔は泣いているような笑っているような美しい顔だった。そして、久遠の手をより一層強く握った。

千桜は静かに泣いた。外の喧騒も聞こえないような、静寂が続いた。

「久遠。あの怪物は恐らく、魔王の類だろう。その器に選ばれてしまったんだよ。彩空は。だから…」

「久遠は早く大人になってあの怪物を倒して、彩空を助けてあげなさい。」

自分の妹が許せなかった。早く助けてやりたかった。でも今の幼い久遠には無理だった。その受け入れ難い真実を知った久遠は両親に抱きついた。今までの感謝の気持ちを込めて、最愛の人物に愛を伝えた。その上に姉も上から被るように抱いた。久遠は大泣きした。涙が溢れ出た。


覚悟を決めた久遠は、両親に何も言わずに背を向け、支度を背負い馬屋に向かった。一番速く、一番頼れる黒馬にまたがると、千桜がありったけの矢を持ってまたがった。

久遠が力強く合図すると、馬は地を駆け出した。里の外れの一箇所だけ無事だった奥門から出ると、一気に山を下った。共に降りてくる魔物は、後ろを向いた千桜が弓で撃ち抜いた。

そうやって山の中腹あたりに辿りついた。止まらずに進む馬。


後ろから強大な光を感じた。その刹那、後ろに乗っていた千桜が馬から落ちた。

疼くまり、腕を抱えた彼女の後ろには小さい影であるが怪物……彩空がこちらを見ていた。

「久遠、すぐ逃げなさい。私が死んでも久遠が生きれば彩空を救える」

力ない声音で叫ぶ千桜を乗せようと馬を降りようとした久遠は、千桜に止められた。

「でも、姉ちゃん!俺一人じゃ何もできないよ!!」

「情けない事を言っちゃダメ!!」

そう制すると、千桜は反対方向を見据えて言った。

「行くの、久遠」

久遠は覚悟を決めた。ここで姉を助けたところでまた後ろの姉が攻撃で痛むだけだ。それなら…

「ごめん姉ちゃん」

涙ぐんで馬を走らせた。馬は久遠の意思を繋いでより一層風のように駆けた。

最後に後ろを振り向くと、千桜が笑っていた。火の海の中の彼女は、朗らかな微笑みを浮かべた。



どれくらい時間が経っただろう。全身が傷だらけになった久遠は地に横たわっていた。夜は開けていない。

「お前に復讐の権利をやろう。その代わり、お前の魂は私のものだ。」

そんな声が最後に聞こえ、久遠の意識は途切れた。






序章なのに長くなっちゃいました。ごめんなさい…

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