死刑制度に挑む
「時効不成立」 1
作・長根兆半
紺碧の天空に気高く太陽が輝き、湾の波は、銀箔を舞き散らした様に輝く波を浮かべている。
その海と空は、水平線からの上昇気流で、僅かにもやっていた。
灼熱の残暑から解き放たれた秋風が、宮城県の石巻市を包んでいた。
この県の民謡「大漁唄い込み」にも歌われている日和山の中腹に、鈴城広州の家はあった。
石巻湾に河口を持つ北上川を遡行すると、遠田米の産地で知られる穀倉地帯、大崎平野があり、そこに点在する多くの部落の中に大貫村も在った。
そこからここへ引っ越し、今年四十五歳の鈴城広州は、やっと落ち着き、庭先から太平洋を眺めていた。
鈴城広州は、福祉関係の仕事で、しばらく東京に居たのだったが、父の逝去と同時に大貫に帰り、石巻に職を見つけ、父の代までやっていた神社を辞めてしまった。
彼は、土曜の今日は休みで、トレーナーの上下に、綿入れを引っ掛け、庭の桜の木が、冬枯れに入っているのを見ると、本当に春になると花が咲くのだろうか、今、その花はこの木の中の、何処にあるのだろうかと、不思議に思っていた。
「おとうさん大変。又フグで人が死んだんですって」と、彼の妻幸子が買い物から帰って来るなり、庭先で言った。
「又か・・・」と鈴城は言ったきり、家の中へ入った。
買い物の荷物を、台所で、片付けながら幸子は、
「イヤね素人料理は」と言った。
「まったくだ、素人の遣る事は怖いよ。お前も簡単にフグなんか食うなよ、フグ食うと、フグ死ぬぞ」と広州は言いながら、コタツに入って目の前の新聞を取った。
「何その、くだらない冗談、亡くなった人の家族の身にもなってよ。かわいそうに」
「信じて食ったんだろうが、信じるに足る根拠を甘く見たんだよ」
「又、面度うな話、しないでね、疲れるから」と幸子はつぶやく様に言った。
「そういう思いが、同じ間違いを、こりもせず犯すんだよ」
「そんな事、誰も考えもしないわよ。やっぱり貴方は義父さん似なのね。理屈っぽくて」
「そうかもしれんな。科学的じゃない事を、人が遣っていると言うだけで遣ると、ある時はいいかもしれないが、ある時はとんでもない事に成りかねないよ」と広州は、新聞をめくりながらつぶやくように言った。
「何、その科学的って」と幸子は、台所から居間を覗くように顔を出して言った。
「原因と結果が誰にでも、納得できると言うことさ。水素を燃やせば水になると言うH2Oや、O2は酸素などと言うことばかりが科学じゃないんだ。どんな行動をとるにしても、気が付かないだけで、信じていると言う事が、必ず心の奥底には有るんだよ。第一、もし全てを疑ったなら、一歩だって歩けはしないはずだよ、人間は」
「そうかしら、誰が考えて歩いているかしら、おとうさんくらいじゃないのよ」
「はは、そうだね。嘘か本当か、一度でいいからさ、何かしたい時、それをしっかり疑ってごらんよ」
「切りがないわよ、馬鹿馬鹿しい」と幸子はまともに取り合う事をしないで、俎板の音を立て始めた。
「そうか、でも、試してごらんよ。少しは俺の言う事に、耳を傾ける気になるかもしれんからさ」
広州は台所の妻に聞こえるように、少し大きな声で言った。