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CroWn  作者: 永ノ月
1章 運命の地 東東京編
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1-7 とある昼前のまどろみ

「お願い。私を、殺して……」




 目を開く。これはいつも見る夢。

 燃え盛る炎の中に青年は立っている。

 焼けただれてゆく思い出の品の数々、頬を撫でる火の粉。煙に巻かれ息苦しい。夢にしてはあまりに現実味に磨きがかかっている。


 その理由を彼は知っている。

 これは、追憶――青年の後悔。救うべき過去。向き合い続けなければならない、己の罪。

 この夢に希望などない。何度も何度も同じ夢を見れど、その結果は変わらない。

 その象徴として、血を浴びたようにべっとりとまとわりついている女性が腕の中にいる。


 この人は、彼が愛して止まなかった大切な人。

 彼を愛してくれた、数少ない人――その人に何一つの恩返しもできぬまま先に逝かれたことが、夢となって毎晩語りかけてくる。

 変わらない優しく柔らかな笑顔で頬を撫で、囁くような、小さくか細い声で言う。



「大好きだったよ、隼人……」






 ……目が覚める。止まっていた呼吸が再起し、肺は多くの酸素を求め、ぜえぜえと荒い息をたてる。

 全身は汗で濡れていて、寝間着までびっしょりと浸みこみ、沈んだ気分をより不快にさせる。


 どうやら今日も悪夢を見たらしい。見たかどうかはおぼろ気だが、内容はいつも同じ。毎晩同じ景色を眺める。

 最初はそれがたまらなく苦痛で、眠ることを放棄していた。

 それが命取りとなり、思いきり倒れたときは奴からひどく怒られたっけ。と、まどろみの中でぼんやりと考える。


 顔を枕に埋めたまま手探りでケータイを探し、開く。ほとんど同時かそれよりも前から鳴っていたのか、誰かしらからの着信を受け取っている。

 それはよく知っている人だったので、すぐにかけ直す。相手もまたすぐに電話に応じた。



『もしかして今起きたのか? もうすぐ昼だぞ』


 電話の相手、道師彰は一言目でそう呟いた。

 正しくはあるが、いきなりそれはどうだろうか、と少し不機嫌になる。


「休日をどう過ごそうが俺の勝手だ。で、用件は何だ?」


 ベッドから立ち上がり、閉ざされた小窓のカーテンを開ける。

 眩しい日差しが寝起きの目を強く刺激し、自分が随分と長く寝ていたことを実感させられる。


『急遽外に行くことになった。さしずめ大規模な戦闘でも始まるのだろう、戦力の増強とみるが……まだ死ぬわけにはいかん。帰ったら仕事が山積みだからな』

「相変わらず、憎たらしいくらい仕事熱心な奴だ。普通戦いの前に緊張して、仕事どころじゃないだろうに」

『そうも言っていられないのが代表の立場だ。それに、戦場に駆り出されるのは慣れている――まあいい、それより二条とはどうだ? 昨日の今日だ、そうすぐに進展はしてないだろうが』

「……まあ、多少は打ち解けた。気がする、かな」

『お前、本当に隼人か? 俺の知る隼人はもっと無愛想で不器用で礼儀知らずの大バカ者だ。そう簡単に人と打ち解けられるわけがない』

「ぶっ飛ばすぞ」


 正しく言えば、未来の方からそれはもう積極的に距離を詰めてきた。

 何でもいいから話したいと言ったかと思えば、俺の話ばかり求めてくる。

 彼女は聞き上手ではあるが、これではただの質問責めだ。

 たまらず自室へ逃げたが、まさか入ろうとしてくるとは予想外というものだろう。



『どうあれパートナーと打ち解けるのはいいことだ。せっかくの休日だ、2人で出かけてみたらどうだ』

「余計なお世話だ。じゃあな」


 間髪いれずに電話を切り、大きくため息をつく。

 ……ひとまず、このびしょ濡れの寝間着を着替えるとしよう。



 ☆



 着替えを片手にリビングを通ると、テレビの前で横たわるジャージ姿の少女がいた。

 隼人はそのあまりにも馴染んだ風景に吹き出しそうになりつつ、その怠惰な少女に言う。


「何時だと思ってんだ。いつまでもぐーたらしてんなよ、てかこの家に馴染みすぎだろ」


 少女はのっそりと起き上がり、眠気眼で隼人の方へ向く。


「おはようございます。隼人センパイだって遅いじゃないですか。説教する立場じゃないです」


 隼人センパイ、というのは昨晩未来が粘りに粘って許可を得た隼人の愛称である。

 最初は弥生と同じく「はーくん」とか「はやちゃん」とかあだ名をつけようとしていたが、徹底的に拒否され、妥協に妥協を重ねた結果、この愛称で落ち着いた。



 隼人を名前で呼ぶ人間は少ない。というより交友が極端に狭いので、彼を知らない人は風貌から見て恐れを為してしまい、とても親しく呼ぶことはできないのだ。

 本当はただシャイで頑固なだけなので人に気を許さない、というのが本性だ。

 未来も関わって昨日、ようやく理解したところだ。


「遅ようございます。はい隼人くん、朝食っすよ」


 優しく笑う瀬見に差し出されたのは一杯のコーヒーと、マーガリンを塗った上にシナモンが振りかけられたトースト。隼人のいつもの朝食セットだ。

 それを受け取り、椅子に着いて無言で食べ始める。



「朝もコーヒーですか。スカしてますね~」

「うるせえ。これが日課なんだ」

「隼人くんはコーヒー魔人ですから」


 会話を遮る呼び鈴の音がリビングに響き、瀬見が「はぁい」と弾むような返事で玄関へと向かう。

 未来は興味ありげに玄関を覗くと、どうやら何かの荷物が届いたらしい。

 宛名には未来の名が書かれており、差出人は『渋谷第二高校』とあった。


「これは、わたしが来週から通う高校ですね。ということは……制服ですね!」


 最後の単語が聞こえるや否や、大人しかった瀬見の雰囲気が一変する。



「やったきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「瀬見さんうるせえ」



 隼人が冷静に一蹴するが、こうなった瀬見は簡単には止まらない。

 段ボールを未来に近づけ、血走った目で未来をなめ回すように見る。


「試着しましょう! もしサイズとか間違ってたら大変ですから! ていうか着てくださいお願いします」

「ええと、はいしますから、しますからどうか落ち着いてください……」

「でしたら自分が着替えるのを手伝ってあげましょうかぁ?!?!」

「いえそれは結構です」




 暫くして、未来が自分の部屋からひょっこり顔を出した。

 隼人と目が合い、にやりといやらしい笑顔をつくる。当の隼人は無を貫く。

 そして、扉を開けて全身を露わにする。


 そこにいたのは、今までとは一変した、如何にも高校生らしい服装をした未来がいた。



 ブレザーの制服はグレーがベースとなっており、赤色のネクタイは彼女の髪の色とよく似ている。

 中に黒のカーディガンを着こみ、スカートはブレザーと同じくグレー。

 丈は膝よりも上までの長さ。本来はもっと長いだろうが、腰のあたりで折って短くしたのだろう。その意地がなんとも学生らしい。


 以前の黒のセーラー服と違い、フレッシュな高校生といった雰囲気を醸し出している。

 彼女の本当の姿が、革命軍と戦う戦闘員だと見抜ける人はまずいないだろう。そのくらい可憐で、凛々しい姿をしていた。


 ……その前に、理性を保てない残念な家政夫が1人。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああ」

「可愛いです! 最高! 最の高に可愛いですよミキちゃん!!」


「いやーいいですねぇ。やっぱり制服を着た女子高生は格式が違いますね、その歳を超えるとただのコスプレになってしまう。この3年間でしか咲くことのできないこの儚さ……生まれてきてくれてありがとう」


「すみません今まで我慢してきたんですけど言わせてください。気持ち悪いです」



 聞こえていないのか、変わらず周りを犬のように回りまくる瀬見をほぼ無視し、隼人へ質問を投げかけた。


「隼人センパイはどうですか? 変なところとかないですか?」

「いや特に……強いて言うなら、顔?」

「ホント失礼ですよね。いっそ清々しいです」


 聞く相手を間違えた、とジト目で目の前の青年を見る。


「しかし残念だな。お前が後輩になっちまうのが」

「え、センパイって渋谷第二だったんですか?」

「ああ。言ってなかったか」


 隼人はふと高校生活を思い出す。

 隣にはいつも馴れ馴れしい活発な男。その双子の妹。そして後輩のやかましい女……その名も、斬崎弥生。


 彼女らはどうしようもないトラブルメーカーだった。弥生を筆頭に次から次へと厄介事を招き入れ、いつも胃を痛めて、戦って……

「俺の高校生活は、何だったんだろうな……」

「何かつらい過去が?!」


 ピンポーンと、今日二度目のチャイムが鳴った。

 さすがに2つ目の宅急便はないだろうと不思議に思う中、末来が颯爽と玄関へ向かう。


「はーい」


 扉を開けると、そこには――金髪、耳には大きなリングのアクセサリー。真っ赤なシャツに身を包んだ、サングラスの怪しい男が立っていた。


 その後ろには、同じく金色のショートヘア。スーツを纏った、なんとも凛々しい女性がついている。


「お、見ない顔だな。お嬢ちゃん、隼人いる~?」


 後ろの人はともかくとして、風貌。軽い口調。風貌。

 これはいわゆる……危ない人だ。と、末来は直感した。

次で一章完結だよ

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