1-5 分析眼
「分析眼」
そう唱えると同時、彼女の碧眼は光り輝く金色へと瞬く間に姿を変え、眩まない程度の弱い光を放つ。
強い眼差しから放たれるそれは、目の前に立つ相手に威圧感を与え、横島は顔をひきつらせた。
「なんだぁそれは? まさか、ただ遠くが見えるとかじゃねぇよな?」
「まあ、だいたいそんな感じです。それと宣言をしておきましょう。あなたの攻撃はもう、当たりません」
「減らず口を! 叩くんじゃねぇ!!」
両手から放たれた電流が襲いかかる。
未来は今までよりも反応が遅い。誰もが当たると錯覚し、目を背けた。
しかして当の彼女はゆっくりと雷を視認すると、最小限の動きで両端をひらりと躱してみせる。すかさずレーザーガンでの牽制を挟んで距離をとる。
変わらず冷静な立ち回りに、横島は舌打ちする。
「ちっ……ならこれでどうだ?!」
「おや?」
いつ配置したのか、未来の頭上には天井を覆うほどの雷雲が同時発生し、今にも落ちそうなほど、ゴロゴロと音を立てて待ち構えている。
「能力使ってマシになったかと思いきや、またちょこまかちょこまかと。もうめんどくせぇ! 雷雲よ、轟けぇ!!」
全方位から雷が襲いかかる、あまりに理不尽な攻撃だった。これがおそらく横島の出せる最大火力で、確実に勝つ技だった。
逃げ道などない――少なくとも、肉眼では。
「座標確認、最短ルートを確保」
次々と降り注ぐ雷鳴はフィールドを破壊し、視界を遮る黒煙を巻き上げる。
横島は勝利を確信していた。反動で身体中が痺れているが、それを凌駕する喜びが湧き上がってきた。
黒煙に向かって、ここぞとばかりに高笑いを浴びせる。
「どーーーーーだ! C級風情が出しゃばった結果がこれだ。ちょっと目が良かろうがなんだろうが、火力の前に小細工は無意味! さあ、醜態をみんなに見せてやれよ!!」
黒煙は薄くなり、その光景が露わになる。
しかし消えたのは黒煙だけでなく、横島の慢心と満面の笑み。そして二条 未来の姿だった。
「そんな……今のを避ける、だと?」
うろたえる青年の前には、無傷で佇む少女の姿。
それはごく自然で、涼しさすら感じさせる表情を併せ持っている。
少女は言葉を発するでもなく、ただ静かに相手を見つめる。
威圧された――数分前まで見下していた少女に、まるでこれから殺されるかのような圧力を受け、心のどこかで怯んでしまった。
それに恥ずかしさと憤りを覚え、感情そのままに怒号する。
「ありえねぇ。絶対にありえねぇ! あれだけの量、掠れば感電して動きも鈍くなるに決まってる! C級能力だぞ?! たかだか一般人の成り上がりが、この俺に勝てるわけねぇだろおがぁ!!」
激情に捕らわれる横島に対して、未来は至って冷静に答えた。
「あなたは大雑把すぎます。抜け穴はいっぱいありました。むしろ今の一撃で仕留められると思ったのが不思議です。あっもしかして、後輩への思いやりというものですか?」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
もはや彼の攻撃に理性は無く、規則性のない雷撃ばかりが宙を舞う。
それを未来はしっかりと目で捉え、ひらりひらりと華麗にあしらっている。
「くそっ! 何で一発も当たらねぇんだよ!!」
「攻撃がワンパターンです。同じ雲から同じタイプの雷撃、ちょこちょこ雲の入れ替えはしているようですが、私には無意味です」
「くっ。そが……」
気がつけば彼は未来の術中に嵌っていた。
反時計回りに彼の周りを旋回し、簡単には近づけない間合いを取り続けている。
観客から見れば、押していたはずの横島がいつのまにか防戦一方になっている。彼の表情に焦りが混じっていることを確信し、まさに大逆転の瞬間を目の当たりにしている状態にある。
「さっきまでの威勢はどこにいったんですか? もっと面白い戦いをしましょうよ!」
一直線に走るレーザーを雷雲で防ぎ続ける間に、横島は冷静さを取り戻した。
彼は理解した。
二条未来は強い。C級だからと甘く見ていた。なるほど、大口を叩く余裕はあの揺るがない信念のほかに、相手に怯まない強さがあったのだと、理解した。
しかし、同時に気づいたことがある。
「そうだよ、あいつのレーザーさえ当たらなければ……攻撃できなければ俺は負けねぇ! 俺はまだ優勢だ!」
「意外と冷静ですね、感心しました」
「ああ。認めてやるさその強さ。だからこそ全力で圧倒してやるよッ!」
かかった、といわんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべ、右手を大きく振り上げる。
呼応して未来の足下が瞬いた――さきほど放ったのと同じ、天井へ向けての雷撃は……いとも容易く、掠ることもなく、宙へと消えていった。
どうだ、と。冷たい表情の未来が止まる。
「なぜ気づいた……俺が仕込んだタイミングがバレてたのか……?」
「それもありますし、このエリアにずっとエネルギー反応を感知していたので、いつ来るかと待っていました」
「反応……? 何なんだよこいつは! 一体どんな能力を使ってやがる?!」
☆
「なるほどな、だいたい分かったぞ」
「おっ早いね! さすがはーくん!」
誰よりも高い場所で戦いを見守る2人。隼人は椅子へふんぞり返り、顔をしかめる。
謎が解けたことに安堵すると同時に、その解の複雑さに呆れていた。
一方それを最初から知っていた弥生は彼を見下すように笑う。
「二条の能力。分析眼によって、あいつの見えている世界は俺たちとはまったく違う。さっきの雷雲に囲まれたときがいい例だ」
「といいますと?」
「あれは”今という時間の情報すべて”を分析する驚異の処理速度と、人を超えた、それこそ野生の勘に似たレベルの推察力を持った能力だ」
「んー……もっと分かりやすく言ってよ!」
どれくらい理解しているかを測りたいのか、好奇心旺盛な子どものような態度で突っかかる。
ついでにベタベタするのもやめてほしいが、面倒なので放置した。
手元にあるタブレットで絵を織り交ぜつつ、丁寧な解説を始めた。
「例えば二条が雷雲に囲まれたこのシーン。この状況で俺たちが見えているのは雷雲、そして一瞬光る雷撃の軌道のみだ。だが奴は違う。それぞれの雷撃の推定到達座標、威力、回避ルートまで見えている。さっきはそのルートの一つを使ったのだろう」
「ほぇ〜……これだけの戦闘でよく解ったね。ほぼ正解だよ!」
「さらに、あいつはそれだけの情報量。推定して俺たちの約3倍の量を、同じ0コンマ数秒で処理しているということだ。頭で理解するのは簡単だ。だが肝心の身体がついてこなければてんで使い物にはならない。それをほぼ完璧に処理し、対応している。それはまるで――」
コンピューター並の頭脳を持ち、人の意思を持った戦闘ロボット。
もしこんなものが現実にいたのなら、並の人間では足下にも及ばぬまま敗北するだろう。そう思わせるほど、彼女は自分の能力を熟知し、使いこなしている。
今まで色々な能力者と戦ってきたが、彼女は、彼女の能力はまったくの別性能。
視える能力。確かに利便性は高いし、戦いの中でも重宝されるかもしれない。だがそれだけだ。
火を出せるわけでも、速く走れるわけでもなく、あらゆる力を操作できるわけでもなく、消すこともできない。
目以外は一般人と何も変わらない。ちょっとした特技のあるびっくり人間、というのがC級能力の印象だった。
戦闘には向かないと、漠然と定義付けられていた。
「二条未来……か」
新世代の戦闘員。これまでの常識も定義もひっくり返すような戦いぶりに、隼人は美しさすら感じた。
こんな人間、出逢ったこともない。
そしてこれから、この少女と背中を守り合う。
これは高揚感か、もしくは歓喜か。はたまた別のものか――隼人の中の何かが動かされ、心臓が一つ大きく鳴った。
「あれ、はーくん笑ってない?」
「笑ってない。口が動いただけだ」
「あはぁ〜ん。ツンデレしちゃって!」
「違うから黙れ」
「痛い痛い! 痛いから頭を鷲掴みしないでくださぃぃ!」
しかし本番はここから。どうやって横島に攻撃を加え、勝利をその手に収めるのか――その一部始終を、静かに見守ることにした。
能力説明の補足
二条未来の能力は視ているものをデータ化して分析、処理するという力。
今回のように落雷の軌道を読んだり、相手の筋肉の収縮といったレベルまで解析可能。なおその知識がないと本当にただ見えているだけなので、知らないものは分析ができません。
一時的な視力強化も可能なので、遠くもよく見えるようになるぞ!