1-4 負けず嫌いと傲慢
本部では毎年各地の支部から新人が集められ、合同訓練が行われる。
その数は毎年増える一方で、本部の総合競技場は学校のグラウンド並みに広い。
さらに能力者同士の戦闘をより安全に行うため、特殊な装置で周りを囲わなければならないので、当然広さは増す。
つまりそこは、10人未満で使うにはあまりにも広すぎるフィールドなのである。
「他にもっと狭いところなかったんですかーーーー?!」
『ごめんねー。小さいところは今使用中らしくて~』
マイク越しに話す弥生はフィールドの上。監視、実況(?)用に作られた小さな部屋にいた。
その隣には、いつもより不機嫌そうな表情を露わにする隼人がいる。
当然さっきの暴行・暴言にだろうが、目は真っ直ぐに弥生を睨みつけている。
『何故俺はここで見なきゃならん。帰らせろ』
『はーくんは特別解説デース。元凶の一人なんだから、それくらいは仕事してね?』
『俺は昔からお前のそういう適当な態度が嫌いだったよ』
『さあ宇田川さんのエールもいただいたところで、今日のエキシビジョンマッチの説明をしていくよ!』
ふて腐れる隼人を笑顔で宥めつつ、弥生のMCとともに、集まってきた本部の野次馬たちが歓声を上げた。
ただでさえエキシビジョンが行われるなど珍しいのに加えて、今年配属される新人の戦闘と聞いては、ベテランから歳の近い戦闘員たちも黙ってはいられず、仕事を放り出して集まってきたのだ。
さらに噂の新人はC級の能力者だという。対するは西東京屈指の暴れん坊戦闘員。
度々問題を起こしてはいるが、その確かな戦闘技術と強力な異能の力を兼ね備えた中堅だ。
黙っていればもっと出世できたのに、と周りは思っているが口には出さない。出せないという方が適切である。
そんなこんなで二条らを取り囲む巨大なフィールドを覆うように、大勢の野次馬が押し寄せた。
開始するスタート位置に着く。
互いの距離は30メートル。果してこれが横島の能力の範囲か否か、未来にはわからない。
彼女の課題は、まず敵の能力を把握するところからである。
一方の横島には不安や憂いといった表情は一切見えない。余裕に満ち溢れた様子で相手を挑発する。
「今なら棄権しても許してやるよ。もう充分笑ったし」
「いえ。敵を目前にして背を向けることは許されません。最後まで足掻いてみせますよ」
未来の真っ直ぐな視線にあてられ、横島は反射的に舌打ちする。
「気に入らねぇな。そのアホなくらい曲がらない正義感。正義ってのはそんなに偉いかよ」
未来は迷うことなく首を縦に振る。横島はその態度に割り増しの怒りを覚える。
「だって正義は、私たちが道を見失ったときに導いてくれる旗のようなものですから」
「そうかよ、ならその旗へし折ってやる。覚悟しろよ」
『それでは両者揃って~エキシビジョンマッチ、スタートォォォーーーー!!』
開始を合図するブザーが鳴り、それぞれが動き出す。
未来は腰に携えた銃へ手を添える。横島は雄叫びを上げ、地面へ両手を叩きつける。
「手加減なしだ! 瞬殺されんじゃねぇぞ?!」
すると彼の両手それぞれから未来の足下まで細い電流が蛇のようにうねり近づいてくる。
彼女は冷静にそれを避け、それらが互いに相殺したことを確認する。
前へ視線を戻すと、耳にかかる髪がわずかに引っ張られていることに気がつく。
未来の推測は的中。途端に現れた電流をすれすれで躱し、身軽で柔軟な体術を披露する。
「初手をノ―ダメージで切り抜けるとは、流石は優等生だな」
「なめてもらっては困ります。ところでよかったんですか? 安易に自分の能力を晒して」
「ほんのハンデみたいなもんさ。それに、知られたくらいじゃ優劣は変わらねぇんだよ!」
横島の能力は”放電”。
手のひらから電流を発生させ、自在に操作するというもの。
こういった放出系統の能力の弱点はリロード。
いくら万能のA級能力といえど、デメリットというものは存在し、無限に使えるものではない。
しかし横島の能力は、空気中に存在する微弱な静電気すら取り込み、自らのエネルギーに変換することができる。
すなわちエネルギー切れという現象をほとんど起こすことなく能力を振るうことができる。
これのおかげで横島が一流の戦闘員になったといっても過言ではない。
これに対する未来は未だに攻撃のひとつも出せていない。否、まだ様子を伺っているようにも見える。
彼女は戦いに焦るどころか、冷静に勝ち筋を探している。
その表情は新人のそれとは思えないほどの、恐怖すら感じるものがあった。
「おいおい。そろそろ能力でも使ってみたらどうだ? このままじゃ手も足も出ないまま終わっちまうぜ」
「忠告ありがとうございます。ですがもう少し待っててください、もう少しでパターンが読めるので」
横島にとってそれは勝利宣言に聞こえただろう。
パターンを読み、攻撃を封じ、圧倒的な力で勝つ。そう言わんばかりの目をしていた。
気に食わない。横島は怒りでより一層顔を歪める。
圧倒的な力で敵をねじ伏せ、同期の中でも上位に入る彼にとって、このような態度をとられることが屈辱でならなかった。
「いいだろう……かかってきやがれC級娘ぇぇぇぇぇぇ!!」
「いきます!」
未来の初めての攻撃は腰に携えていたレーザーガン。
銃口の直線上真っ直ぐに、細く淡い青色のレーザーが走る。
「レーザーガンか……でもその程度で倒せると思うなよ?!」
初撃に横島は動じない。自身の前に電気の詰まった雷雲を置き、相殺する。
確かに科学によってつくられた武器は能力によって進化し、数十年前とはケタ違いのパフォーマンスを見せている。
しかし、それはあくまで超能力を模倣したものにすぎない。
すなわち、能力者の振るう力には、絶対に及ばないのである。
「銃手なんて距離詰めちまえば瞬殺だぁ!!」
「っ……させません!」
牽制しつつバックステップ――距離をとりながら戦う動きを見せるが、次々と放たれる電撃の猛攻にじわじわと距離を詰められてゆく。
感電したが最後、動きが止まって反撃すらできない。
そんな状況になったら、まず勝つことはできない。
「あと、すこし……」
「だから無駄っだつうの!」
射撃はことごとく雷雲に呑みこまれ、攻撃は一切通らない。
一方的な試合に、集まった人たちも気の毒そうに見つめている。そして誰もが疑問に思っていた。
二条未来が、未だに異能らしき力を使っていないことに。
「これで射程範囲だ! 喰らえ!」
足を止めて両手を振り上げ、勢いよく地面へ叩きつける。しかし、そこから何も起きず、フィールドが沈黙に包まれる。
不自然だ、と未来は警戒を強めた。
視界には何も映らない。だとすると音……目を瞑り、耳に神経を集中させる。そして――
「下かっ!」
瞬時に斜め前へ素早く前転回避。離れた場所から轟音とともに高圧力の電流が天へ向かって走っていった。
まるで、天から降り注ぐ落雷をひっくり返したような、そんな一撃だった。
それを振り返って見つめ、生唾を飲む。
「今のが当たってたらまずかった……」
☆
高みの見物をしていた隼人と弥生は、冷静に戦いを分析していた。
「まだバカは能力を使ってないな、様子を伺っている感じか」
「名前で呼んであげなさいよ〜未来たそも喜ぶと思うわよ?」
「別に喜ばせたくはない。それと弥生、あいつは本当に強いのか?」
「というと?」
席に腰掛け頬杖をついて楽しそうに笑う弥生へ目を向ける。
溜め息を漏らしながら、淡々と自分の見解を語る。
「さっきのあいつが言ってたC級ってのが本当なら、A級のあいつには敵わないんじゃないか? 見たところ、あいつの武器だと近距離戦は好ましくない。それにあいつの能力は戦いに向いた能力ではない。そうだろ?」
「大半の人は、はーくんと同じことを思うだろうね。でも実は私知ってるの」
「いちいち勿体ぶらずに教えろ」
「アハハ、怒らないでよぉ〜」
へらへらと笑う彼女に苛立ちを覚えつつ、頭を押さえつけて続きを促した。
彼女から語られる事実は、にわかに信じられないものだった。
「去年、彼女が通っていた養成学校で授業を見たことがあるの。実技授業だったんだけど、彼女はどうしていたか分かる? どんなに速い奴でも、大斧を軽々と振りかざす奴でも、まったく勝ち目を与えず、他を圧倒していたわ。容赦なく、まるでお遊戯のように軽やかにね?」
「なんだと?」
視線をフィールドに戻すと、一人の少女の雰囲気が変化していることに気が付き、目を見開く。
「先輩。ひとつお詫びします」
「ああ? 降伏するなら一向に構わないぜ」
「いいえ。実はもう能力を使っていたんです。これで、''あなたはわたしに勝てません''」
その瞳は嘘をついていなかった。
防戦一方になっていたものとは思えない、自信に満ちた瞳だった。
それが、小金色に鈍く輝く。
「これがわたしの能力――分析眼」
能力説明の補足
横島大和の能力は体内に貯めた電気を放出するというもの。
手のひらからしか出せず、地面を這わせたり、塊をつくって雷雲に作り替えたりできます。
化学的に言えばなんだそりゃって感じかもしれませんが、演出上こういった設定にさせていただきました。
発想の元になったのはeneloop(充電式乾電池)です