1-3 パートナー
本部は東京駅から少ししたところに建てられており、その大きさは以前の東京駅に勝るとも劣らない。
近づけば空を仰ぐほどの高さがあり、外周を走ろうものなら想像を絶する距離がある。東京の新名所となった巨大施設となっている。
そこへ今日”仕事の都合で”入れるのだ。それに未来はひどく興奮していた。
「わあ~! 大きいですね、なんだか夢みたいです!」
「まあ確かにでかいけどな。来たことねえのか?」
「いえ。一度だけ見学に。それでもやっぱり仕事で、というのがたまらなくて……!」
「よくわかんねえな。とにかく入るぞ」
自動ドアを潜り中に入ると、真っ先に広々としたロビーが現れた。
近未来的な雰囲気を醸し出しつつ、どこか和の心情を漂わせている、とても美しい場所だ。
廊下は様々な人が右へ左へと歩き、忙しなく回り続けている。
戦闘員のバッジをつけた者。来客用の腕輪をつけた者。スーツを着てなにやら話し合っている者。
能力者だけでなく、様々な人がここに集まっている。ここが日本を守るGSOの総本山。思わず圧倒されてしまいそうだ。
「相変わらず人が多いな、鬱陶しい」
「そんなこと言わないでください。早く道師さんを探しましょう」
受付に向かい、道師さんは別件のため未だ出勤しておらず、少し待っていてほしいと伝えられた。仕方なく3階のカフェテリアに移動し、時間をつぶすことにした。
「あの野郎……来る時間くらい伝えろよな」
「まあまあ。少しくらいいいじゃありませんか。道師さんも忙しいんですよ」
「随分偉くなったもんだぜ。まあ昔から偉そうだったが」
ひとまず席を確保し、メニューを眺めていると、ある集団がこちらに目をつけて近づいてきた。
4人組の男たちで、上機嫌に隼人の前に立ち、手からメニューを取り上げた。
その男が嘲笑うように隼人に顔を近づけて、言った。
「あれれ? 誰かと思えば宇田川さんじゃありませんか。最近見ないからどこかに左遷されたのかと思いましたよ~」
「残念だったな。他に俺を拾ってくれる場所がねえんだよ」
すると男の顔が突如険悪なものに変わり、肩手に持っていたジュースを――隼人の頭の上に零した。
突然の出来事に、未来は戦慄していた。
「何調子こいてんだよ。自分が犯した罪を忘れたのか”オオカミさん”よぉ」
何を言っているのか、何が起こっているのか彼女には理解できなかった。
ただ黙っている隼人を見て、胸の痛みを抑えることしかできなかった。
「お前があの人を殺したんだ。なんであのときお前も死ななかったのか、何度呪っても足りやしねぇ」
嫌だ。
「なんとか言えよクソが!!」
そんなの、嫌だ!
「いい加減にしてください!!!」
ざわついていた空間が、未来の一言によって静寂に包まれる。
とにかく怒りが溢れてきた。
無言を貫く隼人に対して容赦なく罵声を浴びせ続ける彼に、どうしようもない憤怒が増幅し、言葉となった。
拳を強く握り、テーブルへ叩きつけて勢いよく立ち上がる。
真っ先に反応したのは隼人だった。
「やめろ。お前には関係のない話だ」
「関係なくなんかありません! わたしのパートナーがひどい仕打ちを受けているんですよ。これが黙ってなどいられますか!」
彼女は一言でいえば、正義感の塊である。
善のみを良しとし、悪を許さない。出逢おうものなら真っ向から立ち向かい、その拳で破壊する。
その生き様は誰にも曲げることはできない。
例え同じGSOの戦闘員の、見ず知らずの先輩であっても、だ。
「なあチビ娘よぉ。いまお前とは話してねぇんだよ、引っこんでろ」
「あら。チビとか呼んでいいのですか? 見たところわたしよりチビな気がするんですけどぉ?」
あからさまにケンカを売るその顔は、どこかの大人気ない青年を彷彿とさせる。
流石にそこは男の地雷のようで、一瞬で火がついたようだった。
「へぇー。ここでオレにケンカを売るかぁ。誰かは知らねぇが、この横島大和様にケンカを売るってかぁ?!」
「ええそうですとも。宇田川さんの過去に何があったか知りませんし、抵抗しない理由もわかりません。それでも、一方的な侮辱は大人気ないです! そんなことはパートナーであるこのわたしが許しません!」
「クソアマがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
横島が手を振りかざした、その瞬間――
「そこ、何をしている」
澄んだ女性の一喝でまたも沈黙が生まれる。
群がっていた人が自然と道をつくり声の主であろう女性がそこを通って未来たちの元へと歩んでいく。
混じりのない銀色の長髪。すらりとした肢体に黒のスーツを纏い、鋭い目つきで未来たちを見据える。
未来には、どこかで見覚えがあるような気がしたが、今はそれどころではない。
状況を説明するまでもなく、女性はその場に立つと、様子が変わる。
「やだはーくんじゃん! こんなところで何してるのぉ?」
「は、はーくん?!」
思わず全体がずっこけそうになる。突然の雰囲気の変化に驚愕し、固まった。
当の隼人はジト目で抱きついてくる女性を見る。
「せっかくの厳格な雰囲気壊してどうすんだよ。あとこういうところでするな」
「宇田川さん。まさか、彼女?!」
「そうだよぉ!」
「ちげえよ」
隼人が否定しているのでそうではないと理解する。
それよりも困っているのは、ケンカをふっかけた横島たちだ。
「おいおい。こっちの話は終わってねぇぞ」
「横島大和。公認外の私闘は禁止だと教わらなかったか?」
「け、ケンカを仕掛けたのはそこの女も一緒だぞ!」
「新人相手にムキになるとは情けないわね。少しは先輩らしく振舞いなさい」
正論にぐうの音も出ず、悔しそうに一歩下がる。
それを見ると、女性は未来の方へ振り返り、挨拶する。
「はじめまして、でもないけど。面と向かって話すのは初めてだよね? だからはじめまして、二条未来さん。私は斬崎弥生。道師彰のパートナーよ」
だから見たことがあるのか、と納得する。
慌ててお辞儀すると、弥生は笑顔で答えた。
「あなたは怒ってるし、はーくんはびちゃびちゃだし、よくわからないんだけど。まだ環境に慣れていないのよね。あなたは悪くないわ。責任は感じないで……といっても、性格上それは無理よね」
そう言って横島にも微笑みかけると、弥生は未来の肩に手を置いて、周りに呼び掛けるように言った。
「彼女は二条未来。6歳の頃から第三養成学校に通い、今年首席で卒業した超優等生よ。経験はともかく、実力は私が保証するわ。即戦力として東東京に連れてこられる、なんて前例はない。あわよくば現役の戦闘員にも勝っちゃうかも?」
一瞬だけ弥生のいうことができずに固まって、ゆっくりと考える。
ようやくその意図を理解し、驚嘆の声を上げた。
「まさか……いや、いきなりすぎませんか?!」
「大丈夫よ。許可なら私がしてあげる。あとはパートナーの許可がもらえればいいんだけど……はーくん、よろしいですか〜?」
「どうせダメだって言っても押し切るんだろ? 勝手にしろ」
呆れた様子で手をひらひらさせると、弥生は満足そうに頷き、未来へと視線を戻した。
「ちなみに横島君は、見ての通り粗暴だけどはーくんの1つ下の後輩で、なかなかの実力者よ。気をつけてねっ」
「無茶ぶりもここまでくると清々しいですね……」
横島も当然承諾し、弥生は施設許可を申請するべくその場を後にし、問題児だけが取り残された。
さっそく彼が未来に歩み寄り、好戦的な感情を露わにしている。
「俺にケンカを売ったことを後悔するんだな。例え新人でも容赦はしないからな」
「遠慮など端から不要ですよ。実は手を抜いていた、なんて無様な負け惜しみは聞きたくありませんから」
「本当に生意気なガキだな。いいだろう教えてやる。俺はエリート中のエリート、なんといっても”A級能力者”の称号を持っているからなあ!」
横島大和の強みはなんといってもその能力である。
現在GSOが定めている能力階級は上から特級、A、B、C、Dと定められている。
特級は世界規模で見てもかなり少ない。日本には7人在住しており、その1人が道師彰である。
A級はその下。極めて強力な力を持ち、能力者人口で見ても僅かに5%しか存在しない。
ヒトという生物ではまず起こすことのできない荒業を片手で引き起こせるほどの戦力を持つ彼らは、必然現場で重宝される人材である。
その力の持ち主がこのような人だったと知った未来は、驚きを通り越して溜め息を吐いた。
「なんだその反応は?!」
「いえ。あなたのような人でもエリートになれてしまうと思うと、世の中とは何と不条理なものかと思いまして」
「じゃあてめえの能力は何だ! たいそうな口を叩いておきながら、お前はどうなんだよ?」
すると未来は勝ち誇ったように鼻で笑い、肩にかかる赤髪をサッと振り払う。
周囲が緊張する中、小さな口が開く。
横島もその余裕に、思わず息をのむ。
「C級です」
瞬間。横島とその仲間たちは顔を引きつらせ、やがて腹を抱えて笑い始めた。
当然、周りも動揺の色を隠せずにいた。
さきほども説明したが、C級は能力の中でもワースト2の性能。
せいぜい人を卓越した、しかし科学の力を持ってすれば。というのがわかりやすい基準である。
もちろん異能ではあるのだが、それ以上の相手をする、となれば当然勝機は薄い。戦いに出ることも危ぶまれるほどの力なのだ。
それを恥ずかしがるどころか、彼女はあまりにも堂々と宣言したので、彼らにとって可笑しくて仕方がなかった。
「お、お前……面白い冗談言うじゃねぇか。A級の俺にC級のお前が勝つって、笑いが止まらねぇよ!!」
それを未来は黙って聞いている。微笑すら浮かべている。
この程度、養成学校時代に何度も体験してきた。
まずなめてかかられるし、いじめられたこともあった。
しかし彼らは忘れてはならない。
彼女は養成学校を首席で卒業している。当然彼女より上級の能力者もいたし、A級も何人かいた。
それを薙ぎ払っての称号を得たのだ。
その顔が青冷めていくのも、時間の問題だった――