5話 うさ耳をめぐる攻防
目の前に飛び込んできたうさ耳は膝を付き肩で息をしていた。余程焦っていたのだろう。言いたい事だけ言っていきなり気を失ってしまった。この状況下においてオレのすべき事は何なのか。
ハッキリ言って訳が分からない。それが誰に向けてのSOSなのか、否、無論ここに居る人間に対してなのだろうが、それにしても何でカフェに助けを求めたのだろうか。
「本当に助けて欲しけれりゃ他に行くところあったんじゃねぇ?」
聞こえて無いとは思ったが、どうしてもこの暢気にうさ耳揺らしながら倒れている少女に一言いモノ申したかった。
支払いを終えてオレの横に歩み寄ったラストゥール。
「まあ。色々と慌てた様子でしたからね。この様子からして大分無理をしてここに来たのでしょう。
そしてたまたま目に入った店に飛び込んだ。と言った所でしょうか」
何やら興味深いと言わんばっかりに顎をさすりながら少女を観察している。何で誰も彼女を介抱しようとしないのか全く分からないがオレだって現状見ているだけなのだから人の事を言えた義理じゃない。
ま、極力厄介事には首を突っ込みたくないのが人の性だ。それも仕方ないだろう。
どうしたものか。最近この言葉が口癖みたいになっている。しかしな。大丈夫ですか、直ぐに手当てしましょう。今すぐにお姉さんを助けに行きましょう。なんて言う性格をしていないからな。そもそもこの少女が本当に危険な目に合っているのかどうか。最悪、助けに行った先でこのうさ耳に嵌められて一網打尽と言う可能性があり得るのだ。そう。軽率な判断をするべきじゃない。此処は安全かつ平和ボケした日本じゃなく誰もが魔法や武器を持って殺したり殺されたりする文明の進んだ蛮族並みの異世界なのだから。
オレが動く時は利が見えた時で良い。
「何かアレだな、こんな事考えてるオレってスゴイ屑みたいじゃねぇ? もしくは悪役だな」
隣りに居るラストゥールは何も言わずただ微笑んでいるだけ。
「ちょっと邪魔です」
そう言ってマルカはオレ達を押しのけるとうさ耳娘の手当てを始めた。それに付き従いラルクもうさ耳の手当てに加わる。
その間に、ラストゥールは手当の邪魔にならない様脇によっていつの間にか手に持っていた鞄を漁り始めた。
「何やってんのお前」
「この娘の持っていた鞄です。倒れた時にこっちに飛んできたので何か身元が分かればと」
そう言いながら中に入っている物を取り出し、魔法でも使っているのだろう、内容物を次々と空中に放り出していく。
「女の子のプライベートを暴いていくとか外道の所業だな。デリカシー不足だ。今度デリカシーを補給できる魔法薬作ってやるよ」
「そうですね。出来上がったら是非一番最初に私が使う事にしましょう」
オレの軽口にラストゥールは答えながら手を動かし続ける。しかし中から出てくるものは日記帳であったり
財布であったりとどうにも関係の無い物ばかりで。果てにはどういう訳か下着類が出て来る。
しかしながらそれしきの事で目を背ける訳にはいかない。しっかりと彼女が何者か分かるまで見届けなければならないのだ。そんな使命感に駆られながら会話は続ける訳なのだが。
「そうすれば皆、デリカシーを気にして見ちゃいけない事を見なくなって秘密主義の到来だ。皆疑心暗鬼の闇が皆を包み込んでハッピーエンドだ」
「一座。貴方の元の世界ではそれが幸せな世界なのですか・・・? そんなの私は願い下げですからね」
そこでラストゥールの手が止まった。
「これは……!」
ようやく決定的なモノが見つかったのだろうが、一回ラストゥールは辺りを見回した方が良いだろう。
オレ達の周りには関係ないものから口に出すのも憚られる物まで目の前に浮いており、この状況でうさ耳の彼女が目を覚ましたなら完全に言い訳は出来ないだろう。どう言い逃れしたって臭い飯が三食付いた檻付きの完全個室性別荘にご招待される事請け合いだろう。
「これさ、ここまでする事無かったんじゃない?」
目の前に浮かぶレースのパンツを目に焼き付けながら呟く。
「そんな事はありません。その証拠に彼女が薬師である事が分かったのですから。多分彼女のお姉さんは魔法屋か、それに類する魔法関係のお仕事に従事している様ですよ」
どうです? そう言ってラストゥールは鞄の底か探り当てた物を浮かばせた。どうやらそれは良いように言えば乾燥した木の葉。悪るく言えば枯れた葉っぱだ。しかしこれがどうして薬師に結び付くのだろう。
勿論この葉っぱが薬になるとして、それを証拠にうさ耳が薬師だと断定出来ないの筈だ。偶然鞄に混入したと考えられる。
「確かにそうですね。でも……」
そう言って次々と袋に入った葉や、乾燥したキノコ、何かの動物の足だろうか。そう言った物が出て来る出て来る。
唖然としているオレにラストゥールは解説してくれる。
「最初に出した葉が解熱剤の材料の一つ。キノコは腹痛の特効薬ですね」
ラストゥールは矢継ぎ早に効能や何の薬の材料なのかを説明される。されているが余り内容が入ってこない。魔法に精通し元とはいえ宮仕えで最高位まで上り詰めた。しかも薬にまで詳しいとなるともはや才能と言う言葉で片付けるのすら難しい。
天才。そう言うに相応しい。その余りある知識を惜しげも無く披露していく。場所が場所なら称賛されてしかるべきなのだろう。勿論見ず知らずの少女の持ち物を物色中で、果ては中身を下着類と言ったプライベートな物まで余さず魔法を用いて浮かし晒し上げる、と言う事が称賛されるならばの話だ。
「なあ。ラストゥール。講義はまた別の機会にしよう。あの二人の視線が痛い。見ろ変質者を見る目だ」
そう。応急処置の終わった2人はこっちを冷めきった目で見ているのだ。それも仕方ないだろう。
治療していざこれからどうするかを聞こうとしたら女の子の鞄を漁り、中身を晒し、下着を鼻先に浮かせたまま講義しているのだ。もしオレが目撃したものなら引く所の話では無い。
「そうですね。少々やりすぎましたね。大人げなかったです」
ラストゥールの意見には賛同できない。何故なら大人げないのではない。この行動は大人げないのでは無く常識が無いと言うのだから。
少しもそんな事考えていない涼しげな口振りで形だけの謝罪をすると、ラストゥールは腕を軽く一振りして鞄の中に少女の持ち物を戻していった。
「ねえ、イチザ君。その変態は君の知り合いかい? 一言忠告して置くけど余り仲良くしない方が良い人だと思うよ」
ラルクの忠告が痛い。オレだって若干そんな気はしてるよ。
幸いラルクとマルカの極寒の視線はラストゥールに集中しているためオレは事なきを得ているがいつその視線をオレにも向けられるか分からない。ここは適当にお茶を濁して帰るに限る。
「じゃ、じゃあ、御馳走様お二人さん。美味しかったまた来るよ。今度店に来てくれ、ご近所さんって事で割り引くからさ」
逃げる様にして帰るオレの背中にラストゥールが待ったをかけた。
「待ってください。この子を軍の詰め所に送り届けましょう。此処に置いて行っても迷惑になるだけですよ」
確かに。それが一番良い。しかしマルカはそれは違うと首を振った。
「そんな事は無いわ。全然迷惑ではないし、それに貴方みたいな人にこんな娘を預けられません。この娘は私が責任もって騎士団詰め所まで連れて行きます」
そう言って譲ろうとしない。それはそうだろう。先程の所業を見てこの人なら大丈夫と言う奴は人としておかしい。
「弱りましたね」
本当に困った声でめんどくさそうにこちらを見るラストゥールは「何とか言ってください」とマルカをチラ見しながら言う。
「オレは知らねえぞ。大体お前が余計な事しなけりゃこんな事にならなかったんだ。それにオレはそのうさ耳連れて帰るって言ってねえ」
いちいちこんなの連れて帰って居たらスピリタスに何と言われるか分からない。それどころか魔法屋以前に完全にお助け専門の万屋になってしまう。ただでさえ客の入りの悪い状況でそれをしてしまえば何の店になるか分からなくなってしまうではないか。
「そう言わずに。もし人を助ける事によって貴方の評判が上がったら客入りも良くなりますよ」
そう言うラストゥールは随分と悪い顔をしている。
「何企んでるか知らねえけどオレに言うなよ。言いたいことがあるなら向こうさん説得しろって」
そう。現状ラストゥ―ルはマルカとラルクに信用されていないのが問題なのだ。まずそれをどうにかしないとどうしようもない。
「私がどうこう言ったってあの方々は聞く耳持ちませんよ。一座、貴方だってそれくらい分かる事でしょう」
「それこそ知ったこっちゃねぇよ。そもそもお前は何であのうさ耳を持って帰る事に執着してんだ」
溜息を一つ。ラストゥールはオレの肩に手を回してオレに言い聞かすように小声で。
「……。弟子が欲しいんです」
は? コイツは一体何を言っているのか? 弟子が欲しい?
「何言ってんだ? お前。お前魔法使いだろうが」
余りの理由にキョトンとしてしまったオレは聞き返してしまった。多分オレの顔はハトが豆鉄砲喰らった顔になっているのだろう。
「ええ。確かに私は魔法使いです。だから。私は同じ魔法使いを育てたい。しかしながらただの魔法使いを育てたい訳では無いのです。私の知識を余さず受け継がせたい。それを教えるのはまず、薬学から教えなければならないのですが魔法使いと言う生き物はどうも魔法以外に興味が無い」
故に、弟子を取っても直ぐにやめてしまう。だから薬師を魔法使いにした方が早い。とそう判断したそうだ。
薬師ならすでにある程度の薬学の知識を持っている。だが問題が有った。魔法が発達してしまった為に純粋な医学としての薬学が衰えてしまったのだ。その結果、何でも魔法を使う様になった。
怪我しても魔法、重症でも魔法、死にかけても魔法。魔法に頼りきりで現存する薬師が少ないそうだ。
それの何が問題かと言うと。短期間で瞬時に外傷を癒す時には魔法は優れた威力を発揮するらしいが長期的に内面から治療を行う場合に最悪、死にかねないと言うのだ。
魔法の治癒を行いう場合はまず魔法を掛けたり、魔法薬を用いたりするそうだ。しかしその魔法の特性上に
術を掛けられる者の回復力を底上げして治癒する、つまり弱っている者の体力をさらに削り治癒に回すと言うのだ。それなら魔法薬を使えと言う話になるがそうもいかない。基本的に健全な冒険者諸君がダンジョンで、荒野で、戦場で戦闘行為を行った時、軽傷、または場合と薬の質によっては簡単な部位欠損位を治す事が出来る程の劇薬の類なのだ。オレからしてみればそんな劇薬で疲労を回復させようなんて気が知れない。
個人的には疲労にポンと効く薬かよ。とさえ思う。しかし一瞬の判断が生死を分かつ場合はそうも言ってられないかもしれない。しかしそんな場合では無い状況でそんな劇薬をホイホイ使用したなら何かしらの副作用があってしかるべきなのだ。内臓疾患で弱っている患者に回復薬を飲ませる。つまり治そうとして服用しようものならそれが直接の原因ないし間接的な原因になると言う。
「魔法の発達による弊害ですね。薬師の需要が分かった時には薬師は激減していました。悪い事に薬師は育てるのに非常に時間がかかる為真面な薬師が非常に少ないのです」
見た所薬草類にも間違った者は無い、だから私は彼女が欲しい。それに、とラストゥールは続ける。
「彼女の姉君は魔法に関係した仕事をしていると言ったでしょう。それなら助けた時に交換条件として貴方が良いように条件を出すことが出来る」
つまり。ラストゥールはこう言っている。恩を売ってオレの店に置けと言うのだ。確かに上手くいけばこの世界の魔法関係の事情に明るい者が手に入る。しかしそう上手くいくのだろうか。
「なあ、ラストゥール。何でお前はうさ耳の姉ちゃんが魔法関係の仕事してるって分かった? お前うさ耳欲しさにオレを嵌めようとしてない?」
そう言うと何処からともなく取り出したビンをオレに見せた。まるで手品の様に一瞬で取り出して中身を揺らす。鮮やかな緑の透き通った液体がビンの中で跳ねた。
「これはおそらく体力増強剤に回復薬を混ぜたものではないかと考えられます。魔法に精通していない彼女にこれが作れるとは思えません」
ラストゥール曰く、うさ耳の彼女は、兎系の獣人族で本来なら高原や森林に生きる民なのだと言う。
基本、生活できる程度の必要最低限の魔法しか扱わず、狩りや農業、そして薬草を採集することで生活を守っているそうだ。
だから、冒険者や魔法使いになる物は稀で、まずこの国周辺では姿を見かけないそうだ。
しかしながらその身に宿す魔力は大層なモノらしい。
だが。その説明を聞けば聞く程にオレの疑問は大きくなっていく。
「なら、アイツの姉ちゃんもうさ耳付けてるって事だろ? って事は魔法には疎い筈だ。なのにお前はうさ耳の姉ちゃんがこれを作ったと言う。お前は何を根拠にそれを言ったんだ?」
姉だと言うならまずその考えはありえない。いくら凄い魔力があっても作り方が分からないでは作りようがないからだ。
「だから彼女の種族にも稀ではありますがコミュニティから出て冒険者をするものが居ます。そう考えればそうですか?」
若干苛立った口調で語気を荒げたラストゥールだったがそれでも根気よくオレを説得する為の言葉を重ねて言う。まあ、念願の弟子を取れるかも知れない千載一遇の機会が目の前にあるのだから気持ちは分からないでもないが。
「なあ、ラストゥール。現状お前は弟子が欲しいからそうオレを焚き付けている様にしか見えないぞ?
もしくはアレだ。うさ耳好きだ。目の前にうさ耳が現れたから浮足立ってる。しかもまだ一人うさ耳が増えるかも知れないから必死になってるかのどっちかだ。うさ耳の魔力だ。気を付けろ。
お前はすでにうさ耳にやられている。これでWうさ耳に挟まれようものならお前にもうさ耳が生える可能性アリだ」
「そんな事ッ……!!」
反論しようとするラストゥールを抑え、オレは今の考えを言う。
「だが、仮に魔法関係、ましてや魔法屋の可能性があるならまあ、同業者で有る以上何とかしないとな。
まあ、まずは連れて帰ってスピリタスと凪に相談だ」
話は纏まった。ならする事は一つ。オレはするりとラストゥールの隣から抜け出すとマルカに向かって提案した。
「良いぜ。オレが連れて行くよ。騎士団の詰め所だろ? どうせ騎士団の詰め所には売り込みに行こうと思ってたんだ。物のついでだからな」
オレの提案にホッとした表情を見せたマルカとラルクは笑顔をみせた。ホントにただ単純にラストゥールが連れて行くのが嫌だったみたいだ。それを見たラストゥールは引きつった表情を見せた。
「本当? まあ私達もお店があるからね。勢いで連れて行くなんていっちゃったけどイチザ君なら大丈夫よね。何せイチザ君のお店には凄腕の元冒険者が居るって話だから」
残念ながら、オレの後ろには元凄腕の宮仕え魔法使いが居るのだが、全く信用されていない。
これ程信用が大事だと思う事も無いだろう。ただ短時間居てコーヒー飲んで話しただけなのにこれ程の信頼が築けるとは。対照的にたった一つの行動を取っただけで嫌悪感を抱かれるほどにまで地に墜ちた男も居たが。
「じゃあ、ま。ちょっくら行きますか」
とにかくうさ耳を起こさない事には話が始まらない為、オレの店に運ぶために担ぎ上げなけれなならない。
しかし、ラストゥールが抱えようとすると2人の猛反対が起こり、ラストゥールがオレに魔法を掛けて仕方なくが抱える事になった。態勢は一番持ちやすかったお姫様抱っこの形だ。
「さっさと問題を片付けますか」
肉体強化のおかげか子供の腕力でも難なく店に運ぶ事が出来た。
事を始める為にラストゥールはスピリタスを呼びに行った。その間、力無いうさ耳の呟きが耳朶を叩いた。
「お姉ちゃん……」
弱弱しい声にオレはただうさ耳少女の髪を撫でるしか出来なかった。
次回更新は、5日または6日に予定しています。勿論それよりも早く書けたら更新していきます。