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4話 頭痛の種

 影の客を迎えた開店の日から3日の月日が流れていた。あれ以降誰一人として誰も店に来る事は無い状況に一座は静かながら、焦っていた。


「この状況はヤバい。誰が何をどう言おうとヤバイ。もうオレが客の対応を間違ったとか言う問題じゃない」


 そもそも客が入ってきていない以上一座の対応の問題では無い。考えられる原因は3つ。

 1つ、新規の店である事。だからまだ誰もこの店の存在を知らず、気が付いて居ない為に客が来ない。

 コレの対策はまぁ、長く続けていけば解決できる。勿論宣伝や広報活動はしないといけないが。 


 1つ、ランクが低い。商業ギルドには、冒険者同様に格付けが存在している。今この店のランクは

D-(Dマイナス)だ。定義上、ランク最下位はEEE-(トリプルEマイナス)となっているが開業する者は殆どの者が皆一様に制度を利用するために事実上、この店は今最下位ランクにある。それ故に人が寄ってこない。


これは仕方ない。知名度が高い所に人が流れるのはそれこそ仕方ない。なんとかランクを上げればそこそこ人は自ずと流れて来るとは思うが今必要なのは長期的な策では無く即人が流れて来る案だ。


 ここまで考えて即どうにかなると言う問題では無い。しかし今が無くては明日が無いのも事実であって、頭を捻るばかりだ。ただどうしても避けて通れない懸念がある。それは。最後の一つ。

 

 単純に店の立地条件が悪い。これに至ってはもうどうすれば良いのかわからない。

いや。如何すればいいのかは分かってるが、先立つもの。つまり金が無い。現実問題にこの店を買う時だって出来るだけ安く仕上げる為に中古物件を探して、かつ表通りでは無いと言う条件で探しあてた。


 確かに表の目立つ場所なら人の目に付くから簡単かもしれないが如何せん高い。だから今オレ達が店にしている建物だって、中古物件をスピリタス達が冒険者稼業で稼いだ金を元手に出来るだけ安い物件で探した結果ここになっている。高ランクの冒険者にまで上り詰めたスピリタスや凪の莫大な財産だが、帝都の一等地などと贅沢を言わないでも二等級の土地と建物を購入しただけで溶けて消えた。


なので贅沢は言えない。何せ購入費用、登録料込々で散財しまっくた揚句魔法薬の材料を買う費用さえ無いと言う有様だった。開業する前までは、案外行けるのでは。と言う甘い考えが今まさに首を絞めていた。


「マジでどうするかね」


何はともあれ店の名前を知って貰わなければならないが、広告を出すにも費用は掛かる。その費用代をどう工面するか。それが今の一座の悩み所だった。


一座は溜息を一つ吐き出すと、店の中を見回す。多くの棚は並ぶものの、伽藍洞の状況で店番は一座一人。

スピリタスは工房でこの間の影に出した「液化暗黒薬」の研究開発に忙しい為に店には出て来て居ない。


 本来なら一座もそっちに加わりたかったのだが店番が居なくなるためにこっちに回った。


 前回の一件を3人で話し合った結果、必要がある時以外はオレの能力は使わないと言う結果となった。

何せ人に見られるとマズイ代物だ。だからおいそれと使わず、現状手に入る物だけで薬を作ろうという訳だ。


 もう一人今ここには居ない凪はと言うと、冒険者ギルドに行って簡単な仕事を行い金を稼ぎに行っている。

どう見ても自転車操業な訳で。走らないと倒れる。こんな先の見えた、いつ潰れてもおかしくない状況から早く脱出するために、オレは考えを巡らせるもどうも上手くいかない。


 そもそも、一座は日本で営業をやっていた訳では無い為、こんな事態が発生しているとも言えた。


「おじいさんは部屋で籠もり、おばあさんは町へ出稼ぎに、子供は店番。ハッ。どんなおとぎ話だこりゃ」


 やってられん。そう呟くと、誰も客のいない店抜け出し、店の隣に立つカフェに行こうと、ガラガラの棚を抜けて出口に手を掛けると。一座が手をかける前に開いた。


「カネヲハライニキタ」


影だ。この前の様に不定形の影では無く、人型の影だ。余りにも違う姿に、と言うとかなり違って聞こえてしまうか。なんにしたって影で有る以上黒いのは変わらない。だが――――――。


「……。この前の影か?」


あんぐりと口を開けてたっぷりと時間をかけた問いは余りにもバカみたいな質問になってしまった。


「ソウダ。オカゲデムカシイジョウノチカラヲエルコトガデキタ」


影はそう言うとうねり初めて、何の光沢も無い表面が泡立ち、そして。人の姿になった。見紛う事無く人。


しかも女性。


「このように人の姿を真似、陽の元に出る事も容易となった。感謝スル」


「……。」


一座は何も言えずに、只、影だった者を眺めた。有か? そんなん。妙に美人だし。しかし、上手く喋る事は出来ないのか、若干片言だが、訛ってますと言われれば十分納得してしまうレベルで、人だった。


唖然とすることしか出来ない一座の手を取ると影は持っていた金貨2枚を一座に握らせて。


「確かに払った。マタ来る」


そう言って影は帰って行った。


「……。魔法薬ってすげぇ」


これ程凄い結果になるなら今度魔法屋やろう。と既に魔法屋店主である筈の一座はぼんやりと思った。







              ◇




 落ち着いた内装に、深いコクの感じられ尚且つこうばしい香り。カップを響かせる音は本来ならば耳障りな筈なのだが、ここではそれすら高尚な音楽に聞こえる。


 自分以外誰も居ないカウンター。その向こうで豆を挽く青年に湯を注ぐ若い女性。差し出されたカップをのぞくと、湯気立つ黒い液体がなみなみと注がれて、何とも言えない香りが堪らない。


「――――――って事があってさ、今は多少懐が暖かいからさ。お隣さんに来てみたんだよ。前から良い匂いはしてたんで来たいとは思ってたんだよ」


 一座は、影からの代金を受け取って直ぐに隣にあるカフェに来ていた。


「それは、まあ何とも……。凄いね」


 湯気立つカップを傾けながら一座はこの前の出来事から連なる一連の流れを青年に話して、何とも応え難そうに青年、ラルクは言った。


「世の中には不思議な事もあるのね。一番驚いたのはこんなに小さい子が隣の店の店主だって事だけど」

 

 ラルクにカップを手渡しながら、美人マルカは言う。それにラルクはしたり顔で頷いていた。


ラルクは誰もが好印象を抱く程のイケメンで爽やかな笑顔が印象的。対してマルカは伸ばした黒髪が良く似合う美少女。全くこれ程までにお似合いの2人な訳だが、2人の話を聞いてると。


「僕は正直、酒場がしたかったんだよね。だってどこでも重要があるからね。でもマルカはお茶の店が出したいって」


困り切った表情ながらも嬉しそうに語るラルクの顔を見ていると何だか殴りたくなるのは何故だろう。惚気られている気分になってしまう。


「だってラルク、考えてもみてよ。他と同じお店にしたってお客さんは来ないわ。なら今までこの帝国に無かったお店にした方が良いじゃない。それにラルクの意見だって聞いてお酒も置いてるわ」


 痴話喧嘩は犬も食わないと言うのは本当の様だ。何せ解決するのが見えている喧嘩のなのだから。

だがマルカの意見が正しいと一座は考えていた。


今までお茶やコーヒーを出す店が無かったのは何故か。多分この国の上流階級しか飲まないのではないだろうかと考える。


「大体、マルカ、ヴァルセンじゃ茶葉は高いし豆だって安いとは言えないそれなのに専門店にしようだなんて無計画だよ。それをそこそこの値段で提供しようなんて。まだ酒を出してるから何とかなってるけど」


それはそうだけど…。としょぼくれるマルカ。助けを求めている視線で一座を見るも一座は考え込んだまま動かなかった。



          ◇


 ヴァルセン。今まで聞いて一回も聞いたことが無い単語だ。多分さっきのニュアンスからして国名か都市名だろう。しかし早合点は禁物だ。分からない事は知っている奴から聞くに限る。


「なあ、ラルク。ヴァルセンって何処だ」


オレの質問に、マルカとラルクは首をかしげて。


「何を言っているんだい? ヴァルセンはこの帝国の名前だよ?」


さも当たり前の事でも言う様に言ってのける。まあ自分のいる国の名前を知らない奴なんてまず居ないからその対応は間違っちゃいない。しかし、残念だったな。居るんだよここに。


自分が今どんな名前の国に居るか分からない奴が。土台オレの性格上良く分からなくてもやると言うのが禍しているのだが。いつもそうだった。大体オレはゲームだって説明書をよく見ないでプレイする派なのが、事響いている。


「そうなのか。いや余り世の中の事を知らなくてさ。悪い悪い。それでこのヴァルセンは茶葉が余り取れない。だから輸入に頼っているのが現状って言う認識であってるのかな」


「そうだよ。君まだ小さいのに頭が良いね」


マルカは感心した様に褒めて来るがオレから、と言うか少し考えれば分かる事だ。茶葉が高い原因は多分、余りこの国では茶葉が取れないからだと推測される。勿論ブランド化して他国に輸出している可能性も考えられるがそれなら安い茶葉だって出てないとおかしい。つまり輸入に頼っている。


輸入に頼っているなら、後は簡単。例えこのファンタジー世界に魔道船や瞬間移動があったとしても輸送費やらが絡んで来る。もしそんな便利な物が無いならそれはもっと顕著なものになるだろう。


地球の歴史だってそうだったのだ。シルクロードをお手本にしてみると最初は安くても転売に次ぐ転売と距離。最終的には貴族が鍵付きの箱に茶葉を入れて保管していたのだ。当然この世界だってあり得ない事じゃない。


「で、でも、私はお酒飲めないし、絶対流行ると思うし」


しどろもどろになりながらマルカは言葉を探すように視線を宙に彷徨わせる。


曲げたくない信念、と言うよりは野望だろうか。なんにせよ嫌いじゃない。


それに、茶やコーヒーだけならアウトと言わざるを得ないが売り上げが伸びない事と相方に配慮し酒を提供

しつつ、他も広める。実に最適解と言える。


「案外大丈夫なんじゃないの。オレが言うのも何だけど」


案外美味しいぞこのコーヒー。と泣きそうになっているマルカにフォローを入れた。


それはそうと。一つ気になっていた事があったのだ。この若い二人は伴侶なのかという事だ。


「なあ。アンタがたは夫婦なのか?」


突然に発せられた言葉にマルカとラルクは氷つくと同時に否定し始めた。


「まだ違うよ」

「まだ違うわ」


そして同時に顏を赤らめて恥じ入ってしまう。その息の合い様にオレは肩を竦めた。


美男美女のカップルか。世の中不公平すぎやしないか。と益体も無い事を考えてしまう。

 

「お邪魔しますよ」


不意に男の声がした。


「いらっしゃいませ……??」


戸が開いた様子も無いのに店に立たずんでいる男にラルクが不思議そうな声ながらも迎えた。


「いやいや、オレの所の奴だ。そうだろう皇帝直下皇室付き筆頭特級魔導士殿」


振り返ることなくオレがそう声をかけると苦笑した様な雰囲気が返って来る。


「そんな事を言わないで下さい。あくまで元、ですから」


 言ってオレの隣に腰かけるとマルカに紅茶を注文した。


「良い香りだ。一座。貴方はコーヒーか。私は紅茶を一つお願いします」


肩書に驚いたのか、慌てて準備に取り掛かった2人はこちらに聞き耳を立てながらも手際よく茶葉を用意し始めている。その様子を眺めながらオレは隣に声をかけた。


「じゃあ、英雄殿が良いか? ラストゥール殿」


「やめて下さいよ。今は貴方が雇用主です。それにそうやって言われて遊ばれるのはスピリタス殿だけで十分です」


隣りを見るといかにも女性受けしそうな優男がこちらを見て微笑んでいた。それを見てオレは渋面してまう。

「影の怪異が来た時に呼んだのに無視しやがって。雇用主の要請には従えよ」


「そんな事を言われましても、私の体調位知っているでしょうに」


しれっとそう言うラストゥールは出来上がった紅茶に口を付けると満足そうに頷いた。


「良い味だ。香りも良い。もっと早くこんな店を知りたかったですね」


微笑みながらマルカに感想を言うラストゥール。



「で。一体どうしたって言うんだ。まさか何の用も無いのに来た訳じゃないだろう」


 ここのカフェからしたら勿論飲食の為に来たと思うだろうが、オレからしたら違う。

何かしらの厄介な事が起きたのだ。


「そうですね。じゃあ本題に入りましょうか」


紅茶を置いてラストゥールはオレに向き合うと。


「この帝国内に流界者が呼ばれたそうです。多分女性だと言う事しかまだ分かりませんが」

その件で少しばかり厄介な事になりました。


そう言うと優雅な仕草でもう一度紅茶に口を付けると、どこからともなく一枚の紙を取り出した。

 

「冒険者ギルドを通じて帝室が出した依頼、と言う名の勅です」


無駄に豪華絢爛な羊皮紙は金の紐で巻かれて未開封である証の蝋が付いてある。その蝋の紋章はこの国至る所で見る事の出来る皇帝の印。


「何でアンタがそんなモン持ってる」


「分かってるでしょう。これが我々に宛てたモノだからです」

とは言ってもスピリタス殿と凪殿に、ですが。


と。

ラストゥールはすまし顔でそう言った。


「マジもんで厄介事じゃねえかよ。しかもあれか? 前置いて流界者の話をしたって事は……」


「ご明察。スピリタス殿と凪殿に流界者の警護、件戦闘訓練の相手になれ。とそう言っているのです」


勅とはいえ、あくまでも冒険者ギルドを通しての依頼と言う形を取っている為、断っても良いですよと暗に言っているのだ。だが断ればどうなる事やら。


「何考えてんだ。オレらは魔法屋だって知ってて言ってんのかそれ」


「多分分かってないでしょうね。高名な冒険者が居るからそれに任せてしまえと言った感じですかね。

それを聞いた近衛兵や、帝国騎士団は大層お冠だそうで、何故帝室がそんな事を言い出したのか私には理解できかねますね」


 それはそうだろう。騎士団や近衛にしたって自分らが教えられるのにどういう事だと言う話になる。

早い話がプライドを傷付けられたのだ。戦闘のプロを頼らず高ランクとはいえどこの馬の骨とも知れない奴に戦闘の手ほどきを受けさせよと言うのだ。しかも相手は自らが仕える皇帝。怒りの矛先がどこに向くかと言えば分かり切った事だ。


「頭痛の種がまた増えた」


「せいぜい開店から数日で潰れない事を願うしか無いですね」


「じゃあ、そうならない為にも何かしら手を打つか。コーヒー旨かった。コレ良かったら受け取ってくれ

ウチで売ってる回復薬だ」


「こんな高価な物、受け取れないよ」

ラルクは、頑として受け取らない構えを取ったがオレは無理やりの体で渡す。


「良いよ。良く効いたら今度は買ってくれ。ご近所さんだから安くするよ」と言うと、ようやく遠慮ながらにマルカが礼を言った。


「じゃ、オレ先戻ってるから」


オレは椅子から立ち上がると、勘定をラストゥールに任せて店に戻ろうとしたその時。


またしても来客。しかし今度はちゃんと戸を開けてだ。だが酷く慌てていたのだろう。飛び込んできた者は転んでしまいながら、助けを求めた。


「姉さんを助けてください!!」



 必死の形相だが、オレには余り響かなかった。なぜなら鬼気迫る、必死の表情の更に上、でうさ耳が揺れていたから。


「ケ、ケモ耳……だと……!?」







 




遅くなりましてすいません。狐屋です。次話から話を加速させていきます。


もっと文字数が多い方が良いのかな。とか思う今日この頃です。

次は、まあ2月の最初の週の内には絶対と考えています。

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