序章の終わり 夢幻の狭間
焼ける。
臓腑が焼ける。
脳髄の奥まで痛みが突き刺さる。
指の、爪の、骨の、髪の、一本残らず全てにおいて痛みを主張する。
赤く焼けた鉄の棒で腹をかき回される感覚。背筋が凍え、他の全てが熱せられる感触。爪を剥がされる激痛。
喉を焼く、液体の痛み。骨を折られた。筋を断たれた。熱せられた剣でもって貫かれた。足に鏃を捻じ込まれかき回された。
俺だ。あの日の俺だ。これは俺だ。痛めつけられ、痛みの極地を味わされ、全てを恨み、呪い、天に呪詛を。
血に呪いを。地に血反吐と共に呪いを。吐き続けた俺だ。喉が裂け、意味の成さない言葉を叫び続けてもなおも終われぬ苦痛を味わった俺だ。
椅子に縛りつけられ、地獄を満遍なく味わった俺が居る。暗く蝋燭の幽かな明りの中、出来る事なら殺して終わらせてくれと願った長宗我部一座がそこに居た。
オレはその光景を見せられている。これが夢であると理解できる夢があると言う。それがまさにこれだ。
地獄の光景はまだ続く。そうだ。まだだ。まだこんな物では無い。まだ苦痛は続いた。気が狂っても。
そう。これはまだ始まりの一端に過ぎない。それを眺めるオレの心は凍て付き、荒れ狂う感情を殺して良くもこの光景を眺めるだけで凍てついた筈の死んだ心に灼熱の怒りを、感情の業火を、泥濁とした狂気の澱とかしたミニクク、キタナイモノヲココロニノコシテイク。ナメクジガハウガゴトク。
鋸でゆっくりと足を落とされ始める光景を見る。それらを行う初老の男は血にまみれた白衣に酷く油質な髪を後ろに撫でつけた男は耳障りな哄笑と共に行う。
それをオレは、後ろで眺めている。騒めき立つ心と怯える感情をねじ伏せて。
これは夢だ。これは夢なんだ。それは分かっている。分かっているんだ。それでもなお震える体と拳をきつく戒めて。
「ハハ八ッ。見てみまえよ君。君の内臓はキレイだ。とても。とても!!」
男はオレの腹を切り開き、内臓を引きずり出し頬を寄せ嗤った。死ねなかった。今になってわかる。
魔法を使われたから死ねなかった。痛みと恐怖と混乱で喚くオレを見てウットリと悦に入った男は続ける。
「キミは運が悪かった。そうだ。損だったと言い換えてみてもいい。君は流界者に選ばれて得をした気分なのかも知れなかったが、実際はそうじゃない。そうだろう。ふふふッ。君も、あのオートマタも、あの娘もあの方にさえ目を付けられなければ、こんなそんな人生を送る事は無かった。そう言う意味では損だな」
あははは。響き渡る嗤いが酷く耳障りで。喚くオレに対して、話の出来なくなっているオレに対して一人楽しそうに話続けている。
まあ、君には分からんだろうがね。そう言って嗤う。そうだ分からない。だからこうなった。
異世界で殺され、死してなおも子供としてもう一度生きる羽目になった。
損だった? そうかも知れない。あの男の言うとおりだ。所詮は損得でしかない。生きるも死ぬも。
運が悪かろうと得する者は得をする。そうだ。間違ってない。
オレがそう思う間にも夢幻の狭間の狂気の宴は続く。まだ死なない。しかしこれ以上見せられるのは不愉快極まる。
この悪夢を終わらせるにはどうすれば良いか。この幾度となく続く狂気の夢を終わらせるにはどうすればいいか。もう知っている。ただ一つ。本来夢であり干渉できない筈の世界において方法はただ一つ。
これを行っても結果は変わらない。覆らない。しかし。
オレは背後から男に歩み寄り、只この子供になってしまった小さな掌で、夢の中にある道具を使い。
只機械的に。老人のあたまに鉄の、暴力の、死の塊を叩き付けた。
「アンタの言った通りさ。どんな世界でさえ損と得しかない。そんな現状でオレは得を掴む」
飛び散る脳髄と血液で砕け散っていく夢を冷めた心で終われせて行く。
例え、次の月が上る時に同じ夢を見るとしても。
茶番は終わらせる。それで今日と言う一日を始めるのだ。損に終わらないために。
そう。オレ、長曾我部一座は己に誓う。
次回から本編を始めようと思います。
短い話になってしまいましたがどうしても入れたかったので。
次話は、明日か、明後日にでも。