序章 開店準備 Ⅱ
表の喧騒とした大通りを一つ裏手に入った、知る人ぞ知る店が立ち並ぶ裏路地。
その並びに、一軒の店が有った。別にここに入ろうと決めた訳では無いであろう、行ってしまえば迷っただけで、たまたま見つけたとも言える者達が、または噂を聞きつけ、我もと来ただけかもしれない。
その裏道には、その道では名の通った者、その道でもはみ出して鼻つまみ者として扱われた者。単純に変わり者たちが好んでか、否応なくか。そこまでは分かりはしないが少なくてもそこに店を構えているだけで人は入るという事だ。
そんな通りに一軒の店がある。何を隠そうオレの店だ。他の店の連中が何を考えて何を思っていようとこれだけは言える。俺、長曾我部一座は自ら望み、己の思惑のままに店を開いたという事だ。
―――――。明日からだ。明日からこんな風にのんびりする事も無くなる。せめてもの間はこうして感慨にふけるのも悪くない。しかしそんな一座の思いなど知らず、一座に声がかかった。
「一座、何をやっている」
どうしてそんな野暮な事をするのか――――。道の真ん中に立ち自らの店を見つめる一座に対して、飾りの付いた純白のローブをきっちり着た厳つい男。
名をスピリタスと言う―――――が店の扉を開け、一座に問い掛ける。
「いや、まあなんだ。明日から開店だろ? どうせなら良く見ておこうと思ってさ」
「何を暢気な事を。お前が店主なのだ。しっかりとしていてもらわなければ困るぞ。それとも何か。頭までお子様になったとは言うまい」
感慨にふけってましたと言うのも恥ずかしいため、雑な言い訳をしてしまう一座に対して、スピリタスは厳しい言葉を返した。
「なるほどな。流石はポンコツ人形。言う事が違うぜ。そのお頭に詰まった歯車じゃあ俺がどんな風に見えるのかは知らないが、一回医者か神官の所に行ってみてもらった方が良いぞ? もしくはジャンクショップに行ってもっ良い頭付けてもらえ」
「そうか。ご忠告痛みいるな。どうやら一座お前の部屋には鏡と言うモノが無いらしい。すぐさま姿見を買う事をお勧めしよう。それと私は自動機械人形だ。残念ながらジャンクなどを肩の上に乗せるのは自動機械人形としての矜持が許さない。お前こそ目を変えてもらえ」
売り言葉に買い言葉と化した一座とスピリタスの間には稲妻がせめぎ合うと見間違う程の圧力のぶつかり合いが起こる中。何処とも無く現れた一人の少女が二人の間に割って入った。
「やめて。私の為に争わないで」
言葉少なく、喋る少女の言葉はガソリンに火を放つがごときものだった。
「オイ……。凪、誰がてめえの為に争いやがりました?」
ナギと呼ばれた少女はどこ吹く風で、一座の口撃をかわす。
「凪。どうだった」
スピリタスの情報の抜けた問いに凪はその意味を理解して返した。
「上々。 雑魚のモンスターを数体に『紅蓮の王冠』の採集依頼を数件。どっちもSSランクの私の敵じゃない」
凪とスピリタスだけで進められる話題に一座は切れかかっていた。凪の胸ぐらを掴もうとするも背が足らずに凪の腰布を掴むに終わった。
その行為に凪は、腰布が欲しいのか、と幼子に話しかけるように聞き取り合わずスピリタスとの話を優先させた。その態度が一座の心を折るのは当然の事だった。
「しかし、モンスター討伐は分かるが、採集は向いていないのではないか。冒険者ギルドは何を考えているんだ」
「その点も問題ない。採集と言っても討伐採集だから」
どうという事はない。と凪は胸を張るが、歳のわりに薄い膨らみが強調されるのを一座は見逃さなかった。
「そうか。では我々の秘密を他者に悟られる事は無かった。そう考えて良いな」
「大丈夫」
「じゃ、何も言う事なしだ。早く店に入ろうぜ」
一通りの話は終わったと一座が話を締めくくり、凪とスピリタスを急かした。
何も問題は無い。一座はそう判断したが凪の爆弾のごとき一言が全てを台無しにした。
「でも、数が多くて面倒だったから、魔術でふっ飛ばした」
「おい。今の聞き間違いか? 凪、お前今何も問題ないって言ったよな。お前魔法じゃなくて魔術使ったのか? まさか地球の?」
「あれ程、魔術は使うなと言っているだろうに。この世界の魔法を使い、あくまでこの世界の力で生きるそう説明した筈だ。知られればどうなるか知っているだろう」
「それも問題ない。私一人だったし、それに、もし見られても大魔法だとしか思われない」
凪の言葉に泡食ったのには訳がある。それは、三人がこの世界から見て異世界、地球の日本からやってきた事に在った。言うなれば召喚者。一座だけは少々込み入った話になるが、まぎれも無い異世界から呼び寄せられた者たちであり、また本来ならこの異世界の為に尽力させられる筈だった。
しかし、三人を召喚した召喚者の失脚を狙った者が筋の通らぬ理屈で三人を追い詰め、三人は公には存在しない者たちになっていた。だから知られる訳にはいかない。
「そう言う事言ってんじゃねえよ。良いか? この世界の為に居るか分からん魔神だのから世界を守る。
そして、各国のパワーバランスの為の道具としては生きたくないってのがオレ達の意見な訳だ。ここまで解かるか?」
一座の話に凪は頷き、スピリタスが後を続ける。
「パワーバランス。つまりは各国の抑止の力として、魔神討伐の為の力という事は、利用価値がなくなれば後は用済みで捨てられるという事だ。例え流界者と呼ばれる召喚された者たちが如何に強大な権能を持とうと、数の暴力には勝てん。各国の抑止として力が弱いとなれば例え魔神討伐のお題目を掲げようと存在意味は無くなる」
そんな奴の為にこの世界の国が召喚したものの責任を果たすとは思えん。
スピリタスはそこで言葉を区切り、先に店に入った。凪は項垂れてションボリとした態度をして反省を見せる為、一座はこれ以上責めることが出来なくなってしまった。その姿を見て一座は己の姿がこうなる前の事を思い出した。
そういや、コイツ六年前もこうしてたっけな……。
その時、三人誰もがお互い碌に面識も無く、特に凪が口数少なくこうやって項垂れていた。
と言っても、一座も召喚された日に死んでしまい、その間記憶が無いのだが、それ故に幼き日の凪を重ねてしまうのか。
「まあ、良いか。こうして無事だったんだし。気にすんな。どんなことが在ってもお前は六年間この世界で良く抜いてきたんだ。その間俺は寝てたし、起きたらこの身体だ。何にもできやしねぇ。スピリタスにしたってお前を心配してるんだ。くよくよすんなよ。これから頼りにしてるぜ」
そう言って頭や肩に手を置けるなら空気も締まるのに一座の今の背がそれを許さない。仕方ないので一座は腰を軽く叩いた。
「お子様のクセに生意気」
「ハッ。言ってろ。実年齢じゃお前より年上だ馬鹿」
「セクハラ」
「あ? いやいや! 違うでしょ!」
そんなやり取りをして一座は先に見せに戻った。一人取り残された凪は不器用に慰めてくれた一座の暖かさを感じながらも、思う。
違う。スピリタスが本当に心配してるのは一座だけ。私は誰からも必要とされてなんかいない。
己が内に潜む暗く寂しき凍えた感情が先程の暖かさを消そうと静かに這い寄ってくる中、凪は寂しさを紛らわせようと一座が触れた腰側に潜ませた大振りの鉈刀を引き抜いた。
鈍い銀の冷えた輝きで己を落ち着かせる。
「……。大丈夫。此処には私を捨てる人はいない」
不器用に慰めてくれる一座が居る。関心無いがそれでも気にかけてくれるスピリタス。この世界にどれだけ私を使い捨てにする|人間≪肉袋≫が居ようと構わないと思える。あの二人だけは間違いなく私を裏切らない。
秘めた想いをそっとしまい直す様に、鉈刀をしまい。誰も居なくなった道から二人の後を追い店の扉に手を掛ける。
明日から始まる新たな日々が、何事も無いようにと祈りながら、そっと押し開いて店に入った。
初動が大切だと分かっては居るんですが仕事の都合上どうしても遅れてしまいます
なるべく次話も早く上げたいと思っています。
ちなみに小生、Twitterもやっております。おかしな表現や誤字を見つけた場合は
Twitterでも構いません。ぜひ教えてください。