9話 狂騒の日 ~行商の思惑~
大分遅くなりました。
未だ並べられた料理を押しのける形でテーブルの上に乗せられた木箱は良く見てみると、何やら厳重に鎖が掛けられ、その上には見た事も無いような札が貼り付けられていた。
どっからどう見てもこれが良い物には見えず、端的に言うならば呪いの品を封印してあるヤバイ木箱にしか見えなかった。
その異様さは周囲をざわつかせる程に。
テーブルを挟んで木箱の上を交差する視線と視線。しかしその質は明らかに違っている。この時点でオレは完全に買う気を失った。
にこやかに胡散臭い笑みを浮かべながらオレ達を見る行商に、オレとラストゥールは突然テーブルに置かれた長物を見て、動きを止めてしまった。流石にこれは無い。どうしようか。とラストゥールを見ると。
同じようにオレを見返していた。
「え、えーと? 行商。ちょっと良いか」
「ええ。なんです?」
全く表情を変えず、にこやかに返事する行商。どうにも理解が追い付かない。確かにオレはラストゥールに武器の話をしていた。それが何がどうなってこうなった。このように異質な物を取り出して行商は商談の話をしようと言う。それに乗ってしまったオレもオレなのだが、ハッキリ言ってこれは無いのである。何が無いのかと言えば、こう。センス、とでもいうか。見た感じ中二感全開とでも言うか。
オレはもう一度木箱に目をやった。木箱。鎖で雁字搦めに縛って在り、尚且つ朱墨でミミズがのたくったような字が書かれている。うん。
「あの……。これは一体どういった品で?」
オレの聞きたい事をラストゥールが先に聞いた。ラストゥールの疑問は尤もで、オレもそれが気になっている。何なんだ。これは。そしてこの状況は。
「あれか? どこぞに封印されてたモンを拝借してオレに売ろうって腹か。見るからにヤバイ匂いがプンプンしてるぞ? 呪いの装備なんだな? 装備するとヤバイやつなんだな?」
ニュアンスは、完全に買いません、絶対に。と込めて丁寧に。その態度が伝わったようで行商は慌てて否定した。
「やだな、違いますよ。あっしがそんな事するような奴に見えるんですか? そりゃあ酷ってモンだ。
まあ、疑いたくなるのも分かりますよ? あっしだってこのままの状態で、さぁ、どうぞ。なんて言われた日にゃ裸足で逃げ出すってもんです」
ちょっと待ってください。今すぐに箱開けますんで。そう言って鎖を解きに掛かる行商は鎖に存外手こずっているようで行商に見えないようにしてラストゥールに声をかけた。
何を隠そう、この男からは絶対に買わせようと言うニオイがしていて、もはや買う買わないの話で無い。なんとかしてこの場を凌がなくてはならないのだが、行商は鎖を解きながらもこちらを見ている。
「おい、どうするラストゥール。怪しいどころの話じゃねぇぞ? もう完全に買う流れになってんぞ。何とかしろよ。お前そういうの得意そうじゃんか」
「私を何だと思っているのですか? こんな人と話すのは私だって初めてなんですよ? そんな私にどうしろと言うのですか。私は嫌ですよ」
困惑気味にラストゥールは拒否すると席を立とうとした。オレはそれを袖を掴んで慌てて引き留める。
「おいおい、ラストゥール君? どこに行こうと言うのだね。逃がしはしないよ? ずっと一緒さ」
「離してください!! 服が伸びます!! そうだ。私は早く服を届けねばならないのです。帰らせて下さい!」
何が何でもこの場から離れたいラストゥールは何か言っているが、全くもってオレには理解できない。
この状況で何を言っているのだろう。ハハッ。こいつめ。絶対に逃がさない。絶対にだ。
「全部後回しだ。用事も仕事も人生も。全部だ。オレを置いて行くな。置いて行ったら絶対恨むからな?」
勿論嫌がらせのフルコースを、味合わせてやる。
意地でも帰ろうとしたラストゥールは、必死の抵抗を見せたが。引きつった顔をしてみせるも。ラストゥールは再度、席に着く。
「どうしたんですか? 何か困りごとですか?」
このテーブルの異様な雰囲気に気が付いたのか、訝し気な表情でモリガンがやってきた。
その視線は、行商の手元にある木箱に向けられていて。
「いや、何も問題は無いんだ。気にしないでくれ」
そう言ってモリガンを遠ざけようとしてみるも、行商の言葉がそれを阻んだ。
「ようやく外れた。いや~、なかなか大変でしたよ」
店の中は完全に静まり返ってしまっている。他のテーブルの客もでもが行商を見ている中、行商は全く気にする様子も無く、一仕事終えたと良い笑顔で箱の蓋を開けて、中身をさらけ出した。
中には。黒い棒が入っていた。金属の質感を持った棒は、どうやら八角形のようだが行商が中身を取り出さない為に詳しくは分からないが、金砕棒。と言う奴だろう。
用途は、どう見たって打撃専用。その極意は叩き、砕く事にある。勿論の事ながら相当の重量がある金砕棒で殴られようものなら、人間などひとたまりも無い。もし殺し損ねても相手は動ける状況に無いと言う恐ろしい武器だ。しかしながら、相当の筋力自慢で無ければこれは扱えないはず。
「これは凄く良い物でして。全てが金属製で出来ており材質は、あの伝説のヒヒイロカネにとある金属を混ぜたものらしく、何でもその混ぜた金属の方が、なんと、生きた金属らしいです。遥か宇宙の彼方から流れて来た未知の金属生命体をベースに、ヒヒイロカネを混ぜた合金。
しかも、それだけじゃ無いんですよ、これ。 この武器、6形態が有るらしいですよ。ロマンの塊。
可変武器。どうです? 欲しくなったでしょう」
ちなみに、ヒヒイロカネを使っていながら、表面が波打ってなかったり、輝いたりしてない理由は合金だからだそうだ。
行商はやけに熱く語ったが、オレからすれば何故武器が変形しなければならないのかがイマイチ解からない上、しかも、これ程の長物をオレが振れる訳が無い。
「いや結構だ。考えてもみろ。おれが扱える代物じゃねえ。オール金属製だってんならバカみたいな重さのハズだ」
そう渋っていると。いつの間に起き上がったのか、先程まで壁と永遠を誓い合っていた筈のバカが金砕棒に手を伸ばしていた。
「なんだ。やけに良い物が有るじゃねえか」
空気も読まず、バカは何でこうもしゃしゃって来るかね? いや。しかし。モノは考えようだ。もしこのバカが触って何も問題なかったら大丈夫なのかもしれない。
いや、オレは買うつもりはないが、仮にも他者が買うか否かと考えていると思われる所に行って
ジャイアニズムを展開するかね? 何にせよ必ずいるモノだ。こういう奴は。
そんな事を考えながら馬鹿を見ていると、その様子に慌てたのは行商だった。
「お兄さん、ちょっと困りますよ? まだこちらの方とお話の途中なんですから。それにその品は扱いが難しくて、人を選びます」
「なら、やはり俺向きのモノだな。この餓鬼には扱えるとは思えんからな。それに、オレはなんせBBランクの冒険者だからな」
「案外、丈夫なやつですね」
ラストゥールの呟きはバカの耳には入らなかった様で。
機嫌よさげにバカは行商の言葉を無視して棒を掴みにかかった。全くその根拠のない自信は一体どこから来るのやら。しかしながら。
オレはその行商の態度に違和感を持った。本当に嫌ならもっと抵抗すればいいはずなのに、行商は強く固縛元も無く。口頭で止めるように言っただけだ。それがオレに違和感をもたらす。
それに、本当に買って欲しいなら、箱から出して品物を良く見せるはずだ。それなのに行商は中身に触れる事無く、商品の説明をするだけだ。なんだ。行商には触れられない理由でもあるのだろうか。行商の言った人を選ぶとはどういう意味か。
応えは直ぐに出た。バカが金砕棒を取り出した瞬間。馬鹿の手が消滅した。その光景は、触れた瞬間に消滅と言うに相応しい。
一拍を置いて、馬鹿の絶叫が店内を揺るがせた。
「あ? あ、あああ、ァぁああががががぁ!!」
嫌、正確には消滅した、と言うよりは喰われたという方が正しいか。肘から先を無くしたバカが床を転がりながら叫ぶさまを見て。
「だから言ったでしょう? 人を選ぶと」
冷ややかな目をした行商は、道端のゴミでも見るかの目をバカに向け。瞬時に笑顔に戻る。
「どうです? このように能力は一級品ですよ? 例えどんな魔法の剣だろうと聖剣だろうとみての通り、打ち合えば必ず勝てます」
その表情の切り替えるスピードは確かに、商人のモノだ。が。
「買うか!! バカか!! あんなモン見せられて、ハイ、買いますっていう奴今まで居たのか!?」
隣で何も言わないながらもラストゥールが同意見だと首を振る。
「そうですか……」
行商はそうがっかりした表情を浮かべた瞬間、オレの手を取るとさっきバカの手を消し飛ばした黒い棒の上に手を触れさせた。
「痛って!?」
抵抗する間すら無く、オレの手は金砕棒に触れて、電流が流れたような衝撃と共に、手が弾かれて。
その衝撃たるや、車に跳ねられたかと思う程で。
「貴方、なにをするんですか!」
ラストゥールが事態を理解して行商に食って掛かる時にはすでに時すでに遅く。オレは恐る恐る自分の、棒に触れた手を見てみると。
付いてた。間違いなく付いていた。先程のバカの様に手は無くなったりはしていなかった。ただ。
手首から腕にかけて、帯状の黒い線が絡み合う蛇の如く焼き付いていた。
「あ~、こんな感じになるんですねぇ」
その光景に唖然としている間に行商は興奮したように捲し立てた。
「いやね? わたしも適合者に出会うの初めてなんですよ。いや勿論、もし過去に適合者が居たらここには無いでしょっては無いでしょ。って話なんですけど。イヤー、すごいですねぇ? 何かこう、変わった感じとかあります? 力が溢れて来るぞー的な」
そんな物有る訳ない。たださっきの衝撃が手から抜け切れて居らず、まだジンジンと痛むのみだ。
適合者。と行商はそう言ったが、一体何の事やらだ。いや待て。とんでも無い事に気が付いてしまった。
こんな突飛も無い、超ご都合主義的な展開になってしまったが、適合してしまったらどうなる?
まさかの、買取ですか? こんな超危なっかしいモンを? そもそもこれ、おいくらするモンなんだ。
一瞬で頭を駆け巡った考えが、体中に汗を流させた。しかも冷たい奴。
「なあ? 行商。一つ聞くが……。これ買取か? もしそうだとしていくらだ?」
「それはもう。買取で。って言っても代金は頂きません。正直申し上げますと、コレ」
テーブルに置かれた金砕棒を指さし、行商は言った。にこやかに。
「とある常連さんに押し付けられた、言わば不良在庫みたいなもんでして。扱いに困ってたんですよ。
私だってこんな能力じゃ無かったら、歩く時の杖位にゃ使おうとおもったんですがねぇ」
そりゃそうだ。持てば手首から先がバイバイする様なもんだ。行商だってその道のプロのハズだ。自分で使う前にまず何かで試すだろう。特に怪しい物を扱うみたいだし。その結果がこれだ。
「その常連さんだって、能力以外は分からないって言うし、ほとほと困ってたんですよ。それで今日ようやくそんな怖い物からオサラバ出来たんだ。お代は頂け……、あ」
そこで、行商は言葉を区切ると、瞬間、表情を切り替えて。えらく険しいものにした。
これはマズい。めんどくさい事になりそうな予感。
「そうですね。 確かにそんな一級品をタダで手放すのも頂けないってもんです」
途端に面倒な事を言い出した行商。大仰な身振りで如何にも私、困ってますと言わんばかりの仕草だ。
「何言ってやがる。今お前不良在庫って言ったじゃん。怖いモン手放せてラッキーって言ったじゃん」
「何を言ってんですか? 一座さんも商人なら分かるでしょう。タダより高い物は無しって事が」
何言ってんだ? コイツ的な表情で行商はオレを見た。なんだか急に腹が立って来た。いや。急にって事は無いか。腹は立ってる。ただ。パラメータを振り切っただけだ。
「しかしながら、一座はタダで、と言う事は無いのでは無いですか? 少なくても貴方の所為で手を失いかけた。と言う代価を払ったではないですか。それを何も無しに手に入れたとは。流石にちょっと都合の良い話では無いですか」
この、なんか知らんが触ると消滅させる棒で行商を殴ってやろうかという衝動に身を任せかけた所でラストゥールが助けに入った。勿論、助けられたのはどちらか。まあ。それは良いとして。
ラストゥールが言うのも確かで。オレはそもそも触る気も起きなかったのを行商に触らされたのだ。
それについてどうのこうのと、自分から接触しておいて、金をふんだくる。当たり屋の理論に近い。
「ま、まあ。それは……。それはそうなんですか……。何も代金を取ろうって訳じゃ無いんですよ」
ラストゥールの言い分が正しい為にしどろもどろになる行商は、落ち着くために水を口に含む。
まあ、オレだって腕無くしたかと思ったくらいだし、先程の行商の言い分はどうかと思ったが、欲しい物は金では無いと言う。では、何だ。
「なあ、行商。何だ。何が欲しいんだ?」
オレがそう問いかけると。ラストゥールも気になったのか、行商をジッと見つめた。
気を取り直したのか、行商は背筋を伸ばすと。
「カトブレパスってご存知ですか」
とそう切り出した。その話の飛びように付いていけなくなった。いきなり何を言いだすのだろう。カトブレパス。オレの知っている限り、バッファローに似た身体で牛みたいな体毛に覆われている。曲がった背骨に異様に大きな瞳を持っていて、確かその瞳をみた者は死ぬ、位の事しか知らない。
「確か、邪視だか魔眼だかを持った幻獣、もしくは魔獣だったか?」
「そう。それです。実はクライアントにカトブレパスの瞳、つまり死の魔眼が欲しいって人が居ましてね?
向こうでは最近お目に掛からない物でして。それでここで手に入らないか、と思いまして情報が欲しい訳です」
確かに。この世界なら魔獣だの幻獣だのは居そうなモンだが、果たして居るモノだろうか。オレはこの世界に未だ詳しく無い為分からないが。ラストゥールなら知っているのでは無いだろうか。
「一座さんは知らない……、と。じゃあ、そこの旦那は?」
行商がラストゥールにそう聞くと、「居ますね。かなりマイナーな魔獣ですが」と言った。
その言葉に行商は目を輝かせた。
「居るには居ますが、まず魔法使いか、魔法使い系の冒険者以外は手を出しません。と言いますか、まず魔法使いぐらいしか知らないでしょう」
何しろ、あの眼ですから。とラストゥールは自らの目を指差して言う。
確かに。オレの知っている通りの個体なら、ゲームや伝承で御馴染みのアレだ。ゲームならそこそこで倒せるが伝承になった途端難易度が跳ね上がる。何せ見ただけで死ぬのだ。
どうやって対処しろと言うのだ。確か、伝承の類では、カトブレパスの体形つまり曲がった背骨のおかげで常に俯いて居り、性格は温厚。つまり出合ったら静に逃げろ位しか無い筈だ。
「魔法使いは様々な対処方を持っていますからね。多少は何とかできますが」
と若干乗り気では無いような口ぶりで、ラストゥールは顔をしかめた。
「何せ、一番近くて、多く生息する地域は彼の、『忘却の古城』ですからね……」
「ああ……、それは、何とも」
場所を聞いた行商すら苦い顔をして、天を仰いだ。それだけでは無い。周りの盗み聞きしていた客が一斉にどよめいた。
その状況に付いて行けないオレは料理を口に運こぶ。うん。旨い。なんの肉かは今もって分からんが。
それにしても何を皆は驚いているんだか、何が何だかさっぱりだ。あれか? 聞けば皆が驚くようなヤバイ場所って事だろうか。古城って事は城って事だろう。ダンジョン的な事なら王道なんじゃなかろうか。
まあ、城って話だ。しかも古城。格式高く古式ゆかしい歴史ある建物を連想させる良い響きだ。
実際、オレこの世界に来てからそんな「らしい」ものを見ていない為、期待に胸が膨らんでしまう。
「みんなで会話するときはちゃんと分かるようにって学校で教わらなかったか? オレには話が見えないし
分からない。誰か説明寄こせ」
少しでもその城についての情報が欲しい。少しでも心躍る情報が。一体どんな人が住み、どんな伝統が有るのだろう。
「何で聞く立場に居る人がそんなエラそうな態度でいられるかがあっしには疑問でならないんですよ」
行商は呆れたは呆れた顔をすると、そう言った。
「何を言っているんですか。いつもの事ですよ?」
ラストゥールがどうという事は無いと言って忘却の古城について語り始めた。
すいません。遅くなりました。狐屋です。
風邪をひいたり、忙しかったりと色々あり遅くなりました。
さて、狂騒の日もあと2,3話か、3、4話ぐらいで終わる事を予定していますがどうなる事やら。ここ最近忙しいのでどうなるか分かりませんが、出来るだけ早く更新したいと思っています。




