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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第四章 魔界図書館の蔵書は嗤う
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第十二話 クリスとアータ

「それで、アータ様。この後はどうするんです?」


 元に戻ったものの、四つん這いで崩れ落ちて嘔吐を続けるフラウの背を撫で、アンリエッタが不満げに問う。彼女の言葉にアータは首に巻いているマフラー姿になっている相棒を口元に寄せながら答えた。

 

「日も暮れてきた。この後はナクアに任せてる。俺は本人に会いに行って、一杯ひっかけてくる」

「いや、あのですねアータ様、この世界から私達がはじき出されるまでの間に、外にいるクラウス様を何とかする手段を手に入れないといけないんですよ? 時間足りるんです? あの過去のアータ様を仲間に引き入れる時間」

「ん? あー、まぁ俺の見立てならこの世界の時間であと三日ある。三日もあれば準備はいくらでも間に合うさ。とりあえずナクア。アン達を連れて先に行っててくれ」

「えぇ。くれぐれも無茶しないでよ、勇者様」

「ちょ、待ってくださいナクア様アータ様! 三日で何とかするって、そもそもアータ様達は一年間も戦――」


 釘を刺すようなナクアの物言いに皮肉たっぷりな笑みを返すと、彼女はいまだにがみがみ言い続けるアンリエッタと崩れ落ちたままのフラウを抱きかかえて、その場を消え去っていった。暫くして人の気配の完全になくなった倉庫に残ったアータは、腰に携えていたホルスターからセラを外す。

 ひょいっと手にした本をその場に投げると、ぼふんと音を立ててセラが人の姿を取り着地。被る魔法衣のフードを払い、セラは傍に立つアータを見て肩を竦めた。

 

「……我と話したいことがあると見たからして」

「わざわざ人避けまでしておいたんだ。改めて聞かせてくれ。この中なら、外にばれない(・・・・・・)んだな?」

「もちのろん。半身を奪われた我の記録空間は今、二つに分かれてるわ。一つは、我が生まれた頃からの数万年の記録。そしてもう一つが今ここにある、直近の数千年の記録であるわ」

「記録だけなら、奪われた半身のほうに大半を持っていかれているのか?」


 アータの問に、セラは歯がゆそうに唇を噛んで頷いた。そのまま自身の薄青い髪をいじりながら、セラはアータの問いかけに答えていく。

 

「我の能力の大半は世界の記録とその再生能力。敵の狙いは、我の再生能力のほうだと思ったからして、敵に使われるよりも早くできるだけ大きなものをと思って、あれを呼び出したのよ。……結果的に、呼び出した直後に半身を奪われたせいで、我のほうに記録能力はほとんど残らなかったわ」

「つまり、例えるなら今お前は、無茶な出費で経営困難になった上、古い重要な文献だけ盗まれた図書館か」

「的確だけど的確だけに腹立つのだわ我!」


 涙目で詰め寄ってくるセラの様子をケラケラと笑いながら、アータはセラへの問いかけを続けた。

 

「外の世界の記録能力が相手に持っていかれてるとなると、外の世界での俺たちの行動は、お前を盗もうとしたその相手に筒抜けになる。だからこうして、いくつもある手段の中でもお前は俺たちを自分の記録の中に引きずり込んだ」

「……」

「そこで、お前に一つ聞きたい。魔力さえあれば、外にこの世界の記録を呼び出すことはできるのか?」

「無理であるからして」

「やっぱり魔力だけじゃ無理か」

「バカ勇者の目論見は分かってるわ。外にいるのは魔力制限されていない頃のクラウス・フォン・シュヴェルツェン。貴方はアレに、この世界にいる魔力制限前の自分を外に召喚して戦わせる気でいる。貴方と魔王の実力は互角。だったら、当然二対一になれば貴方達が勝つからして」


 セラの言葉に耳を傾けながらも、アータは腕を組んで思案する。

 もともと魔力だけで中から召喚できるとは思っていなかった。何よりそれだけの魔力をかき集める方法も多くはない。外にいるクラウスはそれこそ、目の前で不遜な佇まいでいる世界最古の魔導書(アーティファクト)が、ほぼすべての魔力を使い切ることで召喚した化け物だ。それと渡り合う化け物を召喚するには、どう考えても魔力だけ(・・)じゃ足りない。

 

「じゃあ二つ目の質問だ。外の世界にいるクラウスを倒せば記録に戻るのか?」

「……それについては二つ回答があるわ。一つ目は、貴方の言う通り外にいるあの化け物を倒すこと。跡形もなく霧散させてしまえば魔力になって散るわ。もう一つは――」

「あいつをお前の記録の中に引きずり戻す」

「……わかってて聞くのは反則であるからして」


 アータの答えに深く肩を落としたセラは、アータの傍に立ち背を向ける。

 

「でも、二つ目は無理。一つ、あの化け物を引きずり戻せる隙が必要。二つ、引きずり戻せるほどの極大クラスの魔力が必要。三つ、あそこまでしっかりと現界している以上、この世界に引きずり込んでも自力で出てくる可能性がありえること」

「はっはっは。そうだな、自分から出てきそうだな」

「笑いごとじゃないからして! そもそも、召喚したのがもし貴方でも、それこそ自分からこの記録の中から出てくる可能性あるからして! 規格外であるからして! 一度でもそういうことができるという記録を作ってしまうと、貴方達化け物二人は何しでかすかわからないのだわ!」


 笑い声をあげるアータの頬を捻り上げる様にしがみ付いて威嚇してくるセラの首根っこを捕まえ、背中に背負う。じたばたもがくセラをそのままに倉庫街を出るために歩みを進めながら、アータは語った。

 

「お前は今回、特等席にいることになる。だから先に伝えておく」

「伝えるって何を――」


 背中に背負われてあがくことを止めたのか、セラは諦めた様にアータの言葉に反応する。だが、その後にアータが語る言葉を聞き、セラは顔面を蒼白にして口を開けた。その開いた口をパクパクとさせながらも、失った言葉はセラの口から出ることはない。

 

「――ってことだ。俺としてはこの記録世界の仕組み上、できると判断してる」

「……で、できるっていうか、えぇ、確かにできるわ。というか、そうね、この世界を利用しないとそんな方法できない。でも、それをやるなら聞かせて」

「いいぞ、なんだ?」

「貴方は、クラウス・フォン・シュヴェルツェンに――あの化け物に、勝てるの(・・・・)?」


 セラの言葉に、アータは足を止めた。そしてマフラーで口元を隠し、瞳を閉じた。

 そして、暗くなった倉庫街を後にして一言。

 

「俺にとっても、あのクソ魔王にとっても、敵は一人だけだ」




 ◇◆◇◆

 

 

 

 しばらくして夜も深くなったころ、アータは元の本の姿に戻ったセラをホルダーに直したまま、裏通りにある行きつけの酒場の前に来ていた。中から聞こえてくる賑やかな声と、その奥から漂ってくる不機嫌な魔力の気配にくっくっくと声を押し殺し、中に入る。

 賑わいもピークなのか、空いている席はパッと見渡したぐらいでは見つからない。仕事の終わった騎士達や、冒険者の面々、近くの工房の職人など多くの飲み仲間たちが騒ぐ中でも、入店したアータに気づく給仕の女性が笑みを浮かべて声をかけてきた。

 

「あ、いらっしゃいませー、何名様でしょうか?」

「連れがいるので。こう、黒髪で目つきが悪くて人付き合い悪そうな若い男来てませんか?」

「あぁあの方のお連れ様ですね。ご案内します。……ちょうど、機嫌悪そうで困ってたんです」

「だと思いました。待ち合わせの時間まではっきりとは伝えていなかったので」


 女性について行って案内された座席は、店の奥の座席。椅子に座って腕を組み、瞳を細めて睨み付けてくるのは、過去の自分。そのあまりな不機嫌さに、思わずアータは頬を緩めて噴き出す。こうもあの頃の自分はせっかちだったのかと。

 案内だけいてささっと居心地悪く戻っていった給仕に軽く手を振り、アータは過去の自分の前の席によっこらせと腰掛けた。

 そのまま押し殺した声で、目の前の不機嫌な自分に情報屋クリスとして問う。

 

「気に入ったでしょう、この店。私、クリス一押しの酒場ですよ」

「……はぁ。気に入ったよ気に入った。他の酒場もいくつか見てきたけど、この店が一番多種多様な職業の人間が来る」

「暮らした村の人間ぐらいしか知らなかった自分には人間観察のいい機会だ、って感じですね」

「お前のそういう何でも分かったようなところが嫌いなんだ俺は」

「あっはっは」

「そういうところだって俺は――いやもういい。なんとなく勝てる気がしない。それより、あんたの仲間はどうした?」

「情報収集中ですよ」


 そう答えると、顎を突き出してふざけてるのかと言わんばかりの鋭い視線に。冗談が通じない奴だなぁと思いながらも、それが過去の自分かとも思い、アータはその視線に肩を竦めて給仕の女性を呼ぶ。

 

「すまない、注文を!」

「は、はいただいま!」


 歩き回ってる給仕の女性が返事をしたかと思うと、店の奥のカウンターから新しい給仕の女性がパタパタと自分達のもとへと向かってくる。そうして自分達の座席の傍に立ち、

 

「お待たせ致しました。それで、ご注文、は……」


 とぎれとぎれに声の小さくなる給仕の女性にアータは笑顔を向ける。微笑ましさ三割増しで。その視線を受けた給仕姿の女性――アンリエッタは、頬を引くつかせて笑顔を歪めた。

 アンリエッタの引き攣った笑みを見て満足いったアータは、目の前で言葉を失って項垂れる過去の自分に声をかける。

 

「こんな感じです」

「いや、確かにあんた達が情報屋だってのは分かってたが……。魔族が人間に交じって酒場で給仕って」

「あ、給仕の子。悪いけど軽く腹に溜まるものを二人分。酒は彼も私もいらないから」

「……ふん!」


 振り下ろされたメニュー表をさっと躱す。だが、振り下ろした本人――アンリエッタは赤く染まる頬を羞恥で引き攣らせ、アータに顔面を突き付けてきた。

 

「あの、ですねアー……クリス。これは一体どういうことですかね!? なんで、なんで魔――フォン様のお屋敷でメイド長をしている私が、こんな人間界の隅っこにある酒場の下っ端給仕など……! わかりますわかります!? 私、メイド、長!」

「…………」

 

 マフラーを掴んで揺らしてくるアンリエッタに微笑みを向けながらも、アータは聞こえてくる歌声と喝采に視線を移す。そこでは、酒場の一角にあるピアノで一曲演奏しながら歌うフラウと、その傍で艶やかな踊りを見せるナクアの姿を確認。人々を虜にする人魚の歌。男性を魅了する舞。いずれもそのレベルは高い。

 一芸で抜きんでる彼女達の姿を確認した後、アンリエッタに視線を戻す。

 

「な、なんですかなんです?」

「…………」

「寂しげな無言で肩叩くのやめてくれませんかね、クリス! そこォ! そこのアータ様もしきりに頷かないでくれませんかね!? 違います、違いますからね! 私が無能なのではなく、人には向き不向きというものが――!」

「そこの新人、何お客様に突っかかってるの! 早く注文聞いて皿洗いに戻る!」

「はいすみません!」


 悔しそうに歯ぎしりをして酒場の奥に消えていくアンリエッタを見送り、アータは目の前に座る過去の自分に向き合った。過去の自分の探る視線を受け止め、マフラーで隠した棘付き首輪をつつきながらアータは瞳を閉じる。

 そしてたった一言を問いかけた。

 

「魔王と戦いたいかい?」


 と。

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