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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第四章 魔界図書館の蔵書は嗤う
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第六話 呼び出された幻影

 焼け崩れていた塔とそこに残る魔力をデッキブラシに吸わせていたアータは、高くなり始めた日を見上げながらちらりと背後に視線を移す。

 そこでは、意気投合してしまったらしいセラやアンリエッタ、ナクア達が塔の瓦礫に座って話し込んでいる。フラウはいまだに本の中らしい。セラの召喚する本の内容に耳を傾けて話こむ彼女達の姿を尻目に、アータはフラガラッハに溜まる魔力を感じながらも眉を顰める。

 

「どの程度まで溜まった、相棒」

『量だけで言うなら、この前のキメラ十体分程度の魔力ですの。ただこれ……せらたんの言う通り、ぶっぱしただけの魔力だから、密度はよくないんですのん』

「だと思ったよ。お前から感じる魔力の質が悪い。量だけそこそこの安酒みたいなもんだなこれは」

『せらたんのいう、あと少しでリソースが尽きるってのも嘘じゃないですのん』


 フラガラッハの言葉に、アータはデッキブラシを背に預け、口元に指を当てて思案に耽る。だが、アータには珍しいその様子に、背中のデッキブラシは困惑した様子で問いかけてきた。

 

『なにか考え事ですのん、あーたん?』

「壊しておいてあれだが、この塔。どこかで見た記憶があったからな」

『わたくし様おぼえてますのん。あーたんが今朝書庫で見てた文献の中にあった、ニムの塔ですのん』


 名を聞いてアータも納得いったように頷いた。今朝の魔王家の書庫の中で見かけた書籍の中に塔の名があった。

 

 ニムの塔。


 今から数百年前の歴史の中で魔界の端に作られた、世界を観察するための塔の名だ。曰く、発展の薄かった世界が空に浮かぶ魔力の塊――空島の調査のためだけに作り上げた、空にかける橋。装飾の少なさもまた、塔自身に歴史的価値を求めるものではなく、観察のために作られたが故。時間の流れの中で風化し、崩れ、世界からその痕跡をなくした今は亡き塔の名だ。

 

「確かに、文献に乗っていた塔の姿と目にしたものは似てたな。いや……そのものなのか」

『直接本人に聞いたらどうなんですのん? せらたんの能力の詳細』

「それもそうだな。おいセラ」


 ようやく本から出してもらったらしいフラウが、四つん這いで泣き崩れている傍でふんぞり返っていたセラが何事かとアータを見た。

 

「お前――」


 能力の詳細を教えてくれ、と言いかけた言葉を飲み込む。そのまますたすたとセラの前に立ったアータは、胸元ぐらいまでの位置にあるその小さな薄青いショートヘア―の頭をポンポン叩いて問いかけた。


「本来の姿はどんなだ? どうやって人の姿になってるんだ? もしかしてこいつもお前みたいになれるのか?」

「誰の頭を触ってるのよ誰の! それに、いい質問だわ、えぇいい質問よ。我の本来の姿は聞いて驚きなさい!」

「あー、やっぱり思ってた通り本型なのか。安直だな」

「我答えてなし! 我答えてなし!」


 執事服の襟をつかんで揺らしてくるセラの様子に肩を竦めていると、崩れ落ちていたフラウの介護をしていたアンリエッタやナクアもまた、アータに向かって唇を尖らせて来る。


「ちょっとアータ様、セラ様を困らせないでください。セラ様のお話は貴重なものが多いんですよ!」

「そうね。今はちょうど勇者様の旅話をきいていたところだもの。私も止められては困るわね」

「ふっふっふ。そういうことよあんぽんたん勇者。今我、大人気であるからして」


 胸を張ってふんぞり返るセラの姿は、心なしかサリーナの姿と重なる。重なるからこそ、アンリエッタもセラと簡単に打ち解け始めているのかもしれないが。とはいえ、アータは本来セラに問いかけるつもりだった言葉を飲み込んだのにも理由がある。

 先ほどの塔を消し飛ばした後から微かに感じとれる、粘りつくような視線。そして、そんな視線をまるで違う、異質な魔力の気配。それも、アンリエッタやフラウと共に談笑しているナクアの様子を見るに、彼女に気づけないレベルの。

 この場で気づけているのはアータ自身と、談笑しながらもちらりと自分に鋭い視線を向けてきたセラだけだ。

 たとえるなら、そう。

 

 虫かごの中で観察されているような、そんな気配。

 

 口元に手を当てて思案するアータの様子に、談笑を続けていたアンリエッタが物珍しそうに問う。

 

「アータ様、何か考え事です?」

「いや、相手の狙いが魔界図書館ではなくその司書だっていうなら、まだセラは狙われるわけだよな」

「……確かにその通りですね。それなら、ナクア様とアータ様のお二人で――」


 アンリエッタの言葉に、アータは鋭く目を細め、セラのほうを向いて答える。


「あぁ、二人で先にセラにトドメ差してしまうのが手っ取り早いよな」

「そうですね、こうバッサリ一発でトドメを――違います! そこでどうしてトドメ出てきましたか!?」

「狙いがセラなら、こっちでトドメ差せば相手の目的も奪えて万々歳だろ」

「その極論いつもどこから出てくるんです!? 魔族目線でもそんな無茶許されません! セラ様は世界でも貴重なアーティファクトなのですよ!?」

「おいセラ。ちょっとこっちに来てくれ。一度トドメ差してみるから」

「行くわけないでしょ介錯勇者! 何故我がトドメさされなきゃならないの!?」


 肩を抱いてナクアの背中に隠れていくセラが、吠えるようにして八重歯をむき出しにして威嚇してくる。アンリエッタもまた、セラを守らんとすべくその傍に駆け寄って両腕を広げてアピール。

 彼女達の様子に、アータは冗談だと言って肩を竦めた。

 

「毎回思うんですが、アータ様の言葉は冗談に聞こえないんです。聞いてます?」

「魔力なくなって本に戻ったら、ページ一枚ずつちぎるってのはどうだろう」

「貴方人の話聞いてませんよね!? だめったらダメです! ナクア様からも何とか言ってください!」

「だって、言って止まる人じゃないもの勇者様。それより、フラウちゃんが石化始めたので手伝ってほしいんだけど」

「うぉう!? ふ、ふふふフラウ様、まだ冒険始まったばかりです、まだ石化早いですから!」

「お、おおおお、お助け――」


 エビぞりで天に向かって手を伸ばし、フラウの全身が石化。


「アータ様、水! 水お願いします!」

「ほら」

「ほらって、これ、淹れ立てで持ってきた紅茶のボトル――いえ、今は背に腹は変えられません……!」


 手渡した熱々の紅茶の入ったボトルを、アンリエッタは遠慮なく石化したフラウにぶちまける。立ち登る湯気と拘り抜いた茶葉の香りがあたりに広がり、ついでにぶちまけられたフラウの身体もゆっくりと石化が解け――全身に滴る熱湯に大絶叫を上げてもがき出した。


「あつ、あつ、あつつついいい! あ、あああアンさん、ナクア様! たす、たすたすたす……!」

「アン、これで磨いてやれ」

「助かります! フラウ様、もう少しだけ我慢を、すぐに気持ちよくなりますから!」


 手渡したデッキブラシでもがき苦しむフラウを磨き始めたアンリエッタとナクアを一瞥しながらも、アータは近寄ってきたセラからの問いかけに答えた。


「貴方達って、いつもこんな無駄なことばっかりしてるわけ?」

「無駄かどうかなんて後で決めればいい。というか、いつもこんなことばかりしているのは知ってるだろ」

「それはそうだけども。流石の我も面食らったのだわ。これがほんとに、あの神様もどきを倒した魔王家の一行だなんて」


 神様もどき。それはすなわち、自分が初めて魔王家に来ていたころに起きた、エルフ族の元族長のエルニアが起こした事件の話だ。自分と魔王から奪った魔力で作り上げた神の模造品(ティルタニア)。規模で言うのであれば、間違いなく世界クラスの災害につながりかねない神の召喚。

 

「あんなものをひょいひょい召喚されちゃ、ゆっくり生活できないんだがな」

「てってれてー勇者」

「なんだよ」


 勇者って言葉の前に、何かしらつけないと呼べないのかと問いかけたくなるのを堪え、アータは三人から少し距離を取りながらも声をかけてきたセラの視線を受け止める。その視線は敵視ではなく、安堵にも似たようなものだ。

 

「悔しいけど、貴方のさっきの判断(・・・・・・)は正解よ」


 そう、三人には聞こえないような小さな声で呟いた。さっきの判断とは、自分がセラを呼んだあの時の話だ。セラの言葉に、携えているデッキブラシは何の話をしているかの理解が及ばずに押し黙るが、アータはこの意味を理解し、改めて問う。

 

試す(・・)、って言われたしな。で、そのうえで改めて聞くぞ」

「えぇ、理解してくれてるみたいだし、どうぞ」

魔力(リソース)、あとどれくらいでなくなるんだ?」

「今のペースで使い続けて、あと数時間よ。我は貴方と違ってドレインは使えないし、なくなったらそこまで。まぁ、それは我の半身にも同じことが言えるけど」

「それまでにお前やお前の半身が召喚したものはどうなる?」

「当然残るわよ。それはもう、そこに召喚してしまったものだもの」


 ふんぞり返るセラの様子を見て、アータは瞳を閉じる。

 セラは自分達がイラプセルの街にいた際に見知らぬ何者かに襲われた。その際に半身を奪われ、セラ自身の魔力はもう底を尽きかけている。だが、一度召喚したものは消えない。であれば当然。

 

「世界最古とまで呼ばれる魔導書(アーティファクト)のお前のリソースがなくなるほどの奴を、お前は最後に召喚したわけだよな」

「……」

「ついでに言うと、半身失った後に召喚して、制御がきかない――いや、もし俺の考えてる通りのものを召喚したのなら、制御を奪われた(・・・・・・・)んだな?」

「…………」

「そしてダメ押しに言うと、世界で起きた出来事全てを知ってるお前が、今の俺に(・・・・)止められないと思ってさえいる奴を、召喚したわけなんだな?」


 アータの問いかけにセラは応えない。だが、アータもセラもそこにいる誰よりも先に気づいた。

 自分達のいる森の広場から遥か先の空に、そいつがいる(・・・・・・)

  

「我は思ってたの。貴方と魔王は、あの神に負けると」


 遥か先の空で自分達を見つめる――いや、睨みつけさえするそいつに、セラは視線を外さずに語り続ける。

 

「絶対絶命の状況だった。アーティファクトによる魔力吸収は抗えないもの。加えて、大規模魔法による体力の吸収。仲間という名の人質。あの時の貴方や魔王は、確かにただの人であり、ただの魔族のレベルでしかない、吹けば飛ぶ存在だったわ。でも――」


 視線の先にいたそいつの口元が歪むのが分かった。普通の人間や魔族には目視できない距離だったとしても、アータにははっきりとその男の口が笑みを浮かべているのに気づいた。それを見たアータの身体も、ぶるりと震え、口元が歪む。

 

「アン、フラガラッハを俺に。ついでに、ナクア。すぐにここから二人とセラを連れて逃げろ」

「アータ様?」

「勇者様?」


 急なことに困惑するアンリエッタ達も、その場に走った熱気にも似た悍ましい殺気にようやく気付く。悲鳴を上げることもできずに腰を抜かしたアンリエッタとフラウを庇うようにナクアが戦闘態勢を取り、アンリエッタの手にしていたデッキブラシをアータに投げ渡した。

 

 そしてそんな中、遥か先にいるその男が被っていたフードを脱ぐ。


 露わになるその顔は、王者の風格に溢れる力強い瞳を持ち、銀色の髪を靡かせ、燃えるような深紅の角を携えていた。

 その雄々しき肉体は魔界無敵の異名を持ち、その全身に纏う魔力は近づくものすべてを灰燼に変え、開いた翼は、ドラゴンさえも委縮してしまう――魔人。

 

「我は見た。貴方がそれでもなお、神を倒す様を。神殺しの様を。だから貴方を呼んだの」




 そこにいた魔人こそ、魔界無敵の王。魔族の頂点――クラウス・フォン・シュヴェルツェン。


 


「あにゃたなら、あにょ幻影に――」

「噛むなよそこで。気合抜けるだろ」

「貴方なら、あの幻影にも勝てるんじゃないのかしらああああああああああああああああ!」


 真っ赤になった顔でやけくそに叫ぶセラの声と共に、そいつはアータに向かって飛び出してきた――。


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