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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第四章 魔界図書館の蔵書は嗤う
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第五話 試練の塔攻略開始

 セラの登場で賑やかになっていた一行を尻目に、アータは相変わらず自分達の目の前に立ち登っている巨大な塔を見上げたまま、セラに問う。


「で、この塔は何の意味があるんだ?」

「あ、そうだったわ。バカ勇者を試すんだった」


 そういってぽんっと手を打ったセラは、自分の傍にいたアンリエッタの腰に手を回して抱き寄せた。アンリエッタが小さな悲鳴を上げると同時に、セラの足元に転送用の魔法陣が描かれる。

 

「ちょっ、セラ様!? あ、ああああ、アータ様助け――」

 

 アンリエッタが慌てて助けを求める様にアータに手を伸ばしたが、伸ばされた手にアータは満面の笑顔で手を振って別れを告げた。次の瞬間には、呆然とするフラウとナクアをよそに、セラはアンリエッタを連れたままどこかに転移。目の前から消え去る。

 残されたフラウが両手で頬を押さえながら慌てて周囲を探す。

 

「あ、ああああ、アンさん! どこにいったのですわ!」

「ねぇ勇者様、見捨ててよかったの?」

「人聞きの悪い言い方するな。セラの奴は転移する前に言っただろ。俺を試すと。なら、この塔の中から洩れる獣の声と魔力量を感じれば自ずと――ほら」


 そういってアータは、塔の入り口の傍に幻影魔法が浮かび上がるのに気づく。現れた幻影は、四つん這いに崩れ落ちたアンリエッタを椅子にして座る悪女――セラの姿だ。そのしてやったり顔であごを上げて笑うセラと、その椅子になっているアンリエッタの姿にフラウが切ない叫びをあげる。ナクアは深い溜息をついて頭を抱えていた。

 そうして一行の目の前に現れたその幻影に映るセラは、口元に手を当てて不敵に笑う。

 

『フッフッフ……。この塔の名は試練の塔。バカ勇者、貴方もわかってると思うけど、人質を返してほしければ――』


 ドゴォンッ! っと、セラの語りが終わる前に、耳を覆ってなお衝撃に断ってもいられないほどの地響きが起きる。悲鳴を上げていたフラウや頭を抱えていたナクアも急なことにバランスを崩して地面に膝をつき、何事かと顔を上げた。

 塔の正面に映し出されていたセラの幻影も、慌てた様子でふらふらしながらと何事かと叫んでいる。

 彼女達の視線の先――塔の正面にいたのは、デッキブラシをぶんぶんと振り回して感触を確かめる執事服の勇者が一人。

 

『ちょっと! おばか勇者! 貴方今何したの! とんでもない揺れがこの塔で感知されてるんですけど!?』


 幻影に映るセラの姿がつかつかと素振りをしているアータの傍に近寄って怒鳴り散らす。セラの様子よりもなお、塔の背後で粉塵を上げ続ける森の姿を気にするフラウとナクアは、恐る恐る立ち上がり、塔の先の森の様子を確かめる。

 

 ――禿げていた。

 

 塔の真後ろの森が、何か超巨大なものが高速で転がり削ったように、森が禿げあがっていた。行く先に出来上がる抉れた歪な道の先には、振り飛ばされた(・・・・・・・)であろう塔の一階部分が崩れ落ちている。中にいただろう魔物達も力なく白目を向いて周辺で倒れている。元は魔力の塊。崩れた一階部分は顔面蒼白なフラウと乾いた笑い声をあげるナクアの目の前で、魔力になって霧散した。

 もう一度二人は怒鳴り声を上げるセラをよそに、目の前の塔を見上げる。心なしか、高さが一段低くなっていた。

 

 つまりは――。

 

「何したって、アンを助けたかったら塔のてっぺんに来い、とかそういう試練をしたいってわけだろ? 登るのは面倒だから、達磨落とし感覚でお前のいる場所まで吹っ飛ばそうとしてるだけだ――ょっと」


 ビュンッと振ってドゴォンッ!

 

 再び達磨落としのように飛んでいく塔の二階部分を真顔でフラウとナクアが見送る。森の地面を削り転がっていく塔の姿は実に切ない。

 

『ひいいいいっ!? あ、あああああアータ様! あの分かってます、わかってます!? 塔の上に私います、私居るんですけどぉ!?』

『あんた本当にバカでしょ!? これ、貴方の力を試すための塔! 塔の一階から吹っ飛ばすなんて真似禁止よ禁止!』

「注文がおおいな。わかったよ。一階から吹っ飛ばすのは禁止だな任せろその辺りは融通きかせよう」

『あ、ちょっとセラ様。ダメです、これ絶対ダメな奴です』


 トンッと跳躍。一つ上の階に向かってビュンッと振ってドゴォンッ!

 

『いやあああああああ!?』

『ばかでしょ、何回言ったかわからないけどバカでしょ貴方!? 誰が二階以降から吹っ飛ばしていいなんて言った!? 吹っ飛ばすのが禁止、外から塔を壊そうとするの禁止! やめなさい本当にやめなさい!』


 もはや悪女と椅子役なんて何のその。お互いを抱きしめ合って涙目で叫ぶセラとアンリエッタの様子に、アータはポリポリと頭を掻いて唇を尖らせる。

 

「文句が多いな本当に。ナクア、フラウ、少し手伝ってくれ」

「手伝うって……いや、勇者様。貴方の何を手伝うのこれ」

「あの、アータ。わらわの身体は達磨落としできませんのよ。というか、しないでくださいませね」

「心配ない。ちょっと小さな魔法唱えてほしいだけだ。フラガラッハ」

『わたくし様、今ちょっとあーたんが今度はどんなとんでもないこと考えたかわかったから嫌ですのん――おぎゃあ!?』


 フラガラッハが何か言う前に、真ん中から二つ折り。二つにしたデッキブラシそれぞれの内包魔力でデッキブラシを二つに変化。もう一度折って四つに。小気味良くぽきぽき折って数を増やしたデッキブラシを、塔の周囲をグルっと覆う様に地面に突き立てていく。

 

『あ、あああーたん! わたくしさま、そこまでぽきぽき折って分裂させると、内包魔力へるんですのん!』

「大丈夫。後でこの塔に使われた魔力全部お前にやるから」

『まじですのん?』

「まじ。だから、暫く熱いけど我慢な相棒」

『え?』

「ナクア、フラウ。ファイア」

「……えぇ。ファイア」

「ファイア、ですわ」


 塔の周囲をデッキブラシで囲いあげた後、アータは残った手持ちのデッキブラシをナクアとフラウの前に差し出し、ファイアを唱えさせる。ぼっと音を立てて火のついた相棒が大絶叫するが、アータはこれを肩に乗せたままつかつかと塔の入り口に近寄った。

 轟々と燃えるデッキブラシの姿と、周囲の塔を囲うデッキブラシの数。そして、そのデッキブラシがいつの間にか塔の中にまで続いていることに気づいたセラとアンリエッタの幻影が、近寄るアータの行く末を両手を広げてシャットダウン。その必死さは目を見張る。

 

『あの、わかってるけど聞くわばか勇者。その、火のついたデッキブラシでなにするつもり?』

『私知ってます。元が魔力の塊だから、その伝説のデッキブラシがよく燃えるってこと。で、その燃えやすいデッキブラシが、塔の周りと、塔の中にまで突き立ってるのを見れば、ここからアータ様が何しようとしてるかわかってます。わかってるが故に、言います』


 言わせる前に、アータはぽいっと燃えるデッキブラシを塔の中に投げ込んだ。

 時が止まったかのようにコマ送りになる世界の中で、幻影で映し出されたセラとアンリエッタが放り投げられた燃えるデッキブラシを目で追い、反射的に振り返り腕を伸ばす。だが、幻影にデッキブラシに触れるすべはない。涙煌めく涙が宙に消えると同時に、二人は見る。

 自分達を無表情に見下ろす勇者(アータ)の鼻が、吹きこぼれそうになる笑顔にわずかに揺れたことを。


 そうして投げ入れられたフラガラッハは、塔の中で一気に燃え上がっていった――。




 ◇◆◇◆



「ぜぇ、ぜぇ……、し、死ぬかと思いました……! あの塔の最上階まで燃え上がるなんて……」

「ほん、と……。我が甘かった、我が本当に甘かった……! 試す以前の問題だった……!」

「良かったな、二人とも無事で。なけなしの魔力で最上階から転移して助け出した俺に感謝してくれよ」

「「どの口が言う!?」」

「で、セラ。あのラミアの泥人形たちが言ってた魔女ってのが、お前なわけだな?」


 燃え上がって消し炭になった塔の炭を払いながら、アータは四つん這いになって倒れこんでいたセラに問いかけた。この問いに、息もさざらなセラはきつい視線でアータを睨み、ゆっくりと息を整えながら立ち上がる。

 

「……そうよ。あの泥人形を作ったのも我。設定を考えたのも我」

「セラ様、一体なんでそんな真似を……」

「そうですわ! そのせいでわらわ、ワイバーンの背から泥だらけで地面に落とされたり縄で縛られたりしましたのに!」


 フラウの泣き言には人差し指を突き付けてアンリエッタが黙らせる。その様子に満足げに頷くセラは、アータの前に出て胸を張った。

 

「決まってるわ。今の貴方に本当にアレ(・・)が止められるのか知りたかったの」

「私達は魔王様からの命でここにきてるの。魔界図書館が襲われた、ってね。そのあたり、説明してくれる、セラ?」


 フラウの物言いに腕を組んで傍観していたナクアが入る。だが、アータは説明を聞く以前に、セラの物言いから起きている事態に予想がついてしまった。ついてしまったが故に。

 

「……あの、アータ様? 口元、緩んでますよ。何か嬉しい事でもあるんです?」

「ん? あぁ、緩んでるか、俺?」

「えぇ、心なしか目尻も下がってます。珍しいですね、そんな笑顔のアータ様は」

「そうか、笑顔浮かべてるのか俺」

「えぇ、過去最大級に気持ちの悪い清々しい笑顔です。率直に似合いません」


 アンリエッタの辛辣な意見に肩を竦めながらも、アータは片手で口元を覆い、こぼれる笑顔を隠す。だが、そんなアータの様子を見ていたセラは、眉を顰め、不機嫌そうにナクアとアータを見て話を続ける。

 

「……魔界図書館が襲われたのは、貴方達がイリアスの街にちょうどいた頃。普段は元の我が別の空間に封印している図書館に、外部からの侵入者がきたわ」

「アーティファクトの封印を破って入ってきたっていうの?」

「そこで俺を見るな。俺も魔王もその時期は二人でイリアスにいたからな。というより、世界の全てを把握する魔界図書館の司書様なら、犯人が俺たちじゃないことなんて分かりきってるだろ」

「えぇ、だから困ってるのだわ。その犯人――視えないの(・・・・・)


 セラの言葉に、耳を傾けていたアンリエッタやフラウが息を飲み、問い返す。

 

「視えないって、この世界に起きている出来事はすべて記録されてるんですよね、セラ様は?」

「あったりまえよ。でも、そこにも一つ理由があるわ」


 そういって、セラは自身が召喚していた塔に近づいていきながら、魔界図書館に起きた出来事を語り始める。

 

「夜明けと同時に、封印していた空間への強引な介入に気づいたわ。高度な転移魔法を使って、封印空間そのものに入り込む手際。その危険度を感じたから、我もすぐに魔界図書館のある空間に入った。でも、それが相手の狙いだった」

「お前が空間に入ったところを待ち伏せた、か?」

「その通りよ。転送直後を襲われた我は、すぐに相手の力量を察した。結果的に我は半身を奪われ、相手もその半身を連れてすぐに空間から消えたわ」

「つまり、狙いは図書館そのものよりも、それを管理するお前自身だったってことだな」

「……半身を失った我の能力は低下してるわ。大抵の世界で起きたことなら把握できているけど、それももう、リソースの限界が来てる。単純に、あと少しで我の記録能力は大半の力を失うわ」


 当時のことがよほど悔しいのか、地団駄を踏むセラを見て、アンリエッタやナクアはかける声を探すように視線を地面に向けていた。だが、話の難解さに眉を顰めていたフラウが、唐突に何かを思いついたように手を打ち、ぱっと笑顔を輝かせる。

 

「まとめると、あと少しでセラ様、ただのちんちくりんってことですわね!」

「まそうだな」

「ふんっ!」


 フラウの発言に面白がったアータが同意の声を上げると同時に、フラウとアータの頭の真上に何の気配もなく巨大な本が召喚された。そしてその召喚された本は、真っ白なページを開いてそのまま一気に二人の脳天から落ちる。

 ぺちっという快音と共に落ちた巨大な本は、そのまま青筋を立てたセラの前にひとりでに浮かび上がった。何とも言えない表情のアンリエッタやナクア、ちゃっかり一撃を躱していたアータが、セラの前で開かれたその本のページを覗く。

 そこには、押し花ならぬ押し魔族にされた哀れなフラウが、本の中から必死に涙目で拳をページにたたきつけている姿だった。

 

「一応改めて言っておくけど我、世界最古の魔導書(アーティファクト)であるから」


 そう胸を張って語るセラは、開かれたページの中にいるフラウの姿に指を這わせ、そのまま彼女の顔に落書きを描いていく。ページに書かれただけの絵は、そのまま中にいるフラウの顔にまで綺麗に反映された。

 

『なにごとなんですの!? だしてくださいませ!』


 フラウのそんな言葉は、こちらの耳には届かない。ページの中で小さな吹き出しに描かれるだけだ。見たこともない――というより、魔界図書館と呼ばれるにふさわしい面白(さいあく)魔法の前に、アンリエッタは引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。

 セラはそのまま、フラウを封じ込めた本のサイズを小さくし、脇に抱えられるほどのサイズに。そのままぽいっとアンリエッタへ本を投げ渡した。

 

「あ、あのセラ様! さすがにフラウ様このままというのは何とも後味が悪いと言いますか……」

「心配しなくていいわよ。さっきも言ったけど、我の能力のリソースはもう限界寸前。ほとんどもう一人の我に力もっていかれちゃってるし。その魔法もすぐ解けるわ」

「そんなリソース足りない状態で、よくあんな無駄な塔召喚したり、フラウちゃんを閉じ込める魔法使ったりと遠慮がないのね」

「遠慮なんてするわけないじゃない。リソースが足りないのよ? どうあがいたって枯渇するってわかってるのに、ちまちま使ってどうするの。残り少ないならぜんつっぱで全崩壊。それがジャスティス」

 

 ナクアの嫌味節にすら、不敵に答えるセラの姿に思わずアータは共感するが、そのあとセラの口元が誰にも聞こえない声で『ぶっぱしたからあんなもの出ちゃったんだけど』と呟いたのだけは聞き逃さず、心に留めた――。


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