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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第四章 魔界図書館の蔵書は嗤う
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第二話 森の蛇は攫う

 風を裂き、海の遥か上空を渡るワイバーンの背に乗っていたアータは、自分の首を絞める細腕を見つめる。乗っているワイバーンの口から解放されたアンリエッタの腕だ。腕の主であるアンリエッタは、憤怒の表情でアータの首を絞めつけるようにしがみ付き、ワイバーンから落ちないようにしている。

 その怒りの理由は言わずもがな。

 

「あのですねアータ様! わかってますわかってますか!? 私は魔王家のメイド長なんです、その私が魔王様とお嬢様を置いて毎月のようにひょいひょい魔王家を開けるなど、あってはならないんです!」

「まぁ、毎月のように問題が起きてるからな。エルニアの巨神の件、人間界のキメラの件、ネリーの街の件。で、今回は噂に聞く魔界図書館の件と来た。俺とあの魔王が戦ってた時からこんなに問題が山積みだったのか?」

「馬鹿言わないでください。そんな問題ばかり起きていては、そもそも魔王様も四神将の皆様も貴方と戦う暇なんてあるわけないでしょう」


 アンリエッタの言葉にアータは肩を竦めて見せ、隣を飛ぶワイバーンの背にいるナクアに視線を向ける。ナクアはアータの言いたいことに気づいたのか、困ったように笑いながら口元に人差し指を当てて黙っている。

 その様に、アータは頭をポリポリと掻いて空の先を見つめた。

 

 勇者と魔王が手を組んだ。

 

 この事実は、エルニアの巨神の件と人間界のキメラの件で世界的に知れ渡り始めている。

 先の一年の月日は、魔界と人間界による戦争――魔王と勇者による戦いの月日だった。いたずらに戦禍を広げかねない決着のつかない戦いをなくすためにこそ、アータとクラウスは執事契約を通してその一年の戦いを終えた。良くも悪くも、先の一年は魔王と勇者のぶつかり合いによるものだけが、世界に溢れていたのだ。

 だが、それがどうだ。自分達が戦いを止めた後も――否、やめたからそこあふれ出てきたものが多い。多すぎる。

 

「……皮肉なもんだな」

「何か言いましたかアータ様?」

「いや、ワイバーンの口臭いなって」

「誰のせいでそうなったと思ってるんです!?」

「このワイバーンのせいだろ」

「ぬぐ……っ!」


 ぐうの音も出ずに項垂れるアンリエッタの様子を笑いながらも、隣のワイバーンの背に乗ったナクアが声をかけてきた。

 

「ねぇ勇者様。魔界図書館につく前に聞きたいのだけれど、今どの程度使えるの(・・・・)?」


 魔力制限下でどの程度の魔法が使えるのか。すなわち、魔界図書館で接敵した際にどの程度戦えるのかという話だ。アータは背中からこちらを伺うアンリエッタの様子に気づかないふりをしながらも、腰に差していたデッキブラシを目の前に持ってきて正直に答える。

 

「基本戦闘はドレインがメインだ。相手の魔力依存が大きい。ドレインで相手から奪った魔力は一度俺の身体に溜め、そのあとにフラガラッハへと供給している。正直、百吸収してフラガラッハに溜められるのはせいぜい十がいいところだ。俺自身に溜めようとすればすぐにゼロになる」

「ちょっと待ってくださいアータ様。百吸収して十って、それであの空島を押しつぶすような魔力どうやって溜めてたんです?」

「あの時は小さな空島一つの魔力でそのまま空に魔法陣を描いたからな。何より、人ひとりが持つ魔力と空島が持つ魔力じゃ桁が違う」

「変な話、勇者様がその気になって空島全部魔力に変えてフラガラッハに溜めたら――」


 ナクアの言葉にアンリエッタが息を飲むのがわかる。だが、アータはナクアの言葉を肯定も否定もせずに笑顔を返し、気づかれないように右腕を動かす。確かにナクアの言う通り、空島自体が持つ桁違いの魔力を一つにして溜めれば、首元のアーティファクトの制限があってもなお、全開で戦えるだろう。

 だが、その必要性を感じない。

 ナクア自身が最後まで言葉を続けなかったのは、彼女も理解しているからだ。

 

 勇者が全力全開で戦う。それは、再び勇者(アータ)魔王(クラウス)が対立するか。

 もしくは、それ以上の――。

 

「ねぇ、アータ様。わらわ、一つアータ様に聞きたいですわ」

「おい、そろそろ空から見える森が深くなってきたぞ」

「あの! わらわが話に入れるタイミング見計らって声かけたのを、無視するのはやめてほしいんですわ!」


 仕方なく声をかけてきた主――フラウのほうにアータは視線を向けた。視線の先でワイバーンにしがみ付いているフラウが、靡く金色の髪の毛を押さえながらアータとナクアを交互に見て問う。


「あの、アータ様。貴方って四神将の中でもナクア様には普通に話すんですの?」

「あ、それ私も地味に気になりました。四神将の皆様との執事勝負の際にも、アータ様とナクア様、結託してたりしましたよね?」

「執事勝負! それわらわ気になりますわ!」


 背後でしがみつくアンリエッタとフラウが問いかけたままに勝手な話題で盛り上がっていく。大体自分に対する不満や文句だが、アータはナクアと視線を交えて瞳を細めた。ナクアは一瞬だけ頬を紅潮させていたが、すぐに口元に手を当てて優雅に笑いだす。

 

「あ、ちょっとお二人とも、何見つめ合って笑ってるんです? 私とフラウ様にも事情の説明をしてください」

「そうですわ! こう、お二人の間にあるのはどっきどきのふっわふわ感ありますもの!」

「ちょっとフラウ様、そういうのではなく、私は純粋なお二人の関係性を……!」

「関係性って言われてもな」

「えぇ。一度だけ私、勇者様と一緒にお食事したことあるだけよ。ねぇ。ゆ、う、しゃ、さ、ま」


 そういってナクアは身に纏う紫のドレスのスリットに指を這わせながら、厚みのある唇を突き出して笑う。その妖艶な様に、そういった魅力の薄いフラウとアンリエッタはきつい視線でアータを睨んだ。

 彼女達の視線を流しながらも、アータはワイバーンの腹を蹴って降下を促しながらも、ナクアの言葉に続きをつける。

 

「こいつはな、魔王城を俺が落とした後、俺の動向を探る人間界の先兵としてイリアーナ王国に居た。で、俺の行きつけの酒場で男遊びを繰り返してたもんで、一度相手してやったんだよ」

「……それと仲が良いのに何の関係があるんです?」

「誰を基準に言ってるのか知らないが、他の四神将のメンツや魔王に比べて、ナクア自身が俺に敵対心を向けてないってのが理由だ。心当たり多すぎるだろ? 特にアン、お前は。それに、仲が良く見えるっていうなら、むしろお嬢様のほうがすごいだろ」

「うぐっ……! そ、それはたしかに……」


 苦虫を噛み潰したように顔を顰めるアンリエッタを、ナクアが意味深に笑っている。彼女の笑みの理由に気づくアータは、それを指摘するのは憚れたのでポリポリと頭を掻いて遥か下の森林を見る。

 鬱蒼と生い茂る森林の深さと、その先の濃い霧のかかった山脈をみながらも、アータは腰に差していたデッキブラシを手に取り、ワイバーンの背に立ち上がった。急なことにアータの首にしがみ付いていたアンリエッタは小さな悲鳴を上げながらも、アータにしがみ付いて離れない。


「あ、あああアータ様、急に立ち上がらないでください! っていうか、ワイバーンの背の上が狭くて、た、立たれるとバランスがっ!」

「そのまましがみ付いてりゃいいだろ。で、なぁフラウ」


 アンリエッタを一瞥したアータは、傍のワイバーンの上でしがみついていたフラウに声をかけた。アータの声に気づいたフラウが、靡く金色の髪を押さえながら小首をかしげる。


「はい?」

「落ちろ」

「え? でえええええええええ!?」


 満面の笑顔と共に、アータはフラウの乗っていたワイバーンの頭を、柄を伸ばしたデッキブラシで叩いた。かくんと意識を失ったワイバーンは、背に乗せていたフラウもろとも一瞬にして急降下。もろともアータやナクアの目の前で遥か下の森へと向かって落ちていく。その姿と宙に消えていく絶叫の涙を見送り、アータはいい仕事をしたといわんばかりに肩を鳴らす。

 

「ちょ、ちょちょちょ、アータ様!? 馬鹿を通り越して何やってるんです! 死にます、この高さから落ちたら死にま――」

「よいしょっと」

「へ?」


 落ちていくフラウを見ながら叫ぶアンリエッタを無視し、アータもまたワイバーンの背から飛んだ。しがみついていたアンリエッタもまた、例にもれずアータもろとも急降下。それでもなおしがみ付いた手を離さずに飛びもしないのは、彼女のテンパり具合が尋常ではないからか。

 空に残されたナクアだけが、落ちていくアータとアンリエッタを見下ろしながら訝し気に森を見つめ、わずかに口元を歪める。

 

「なるほど。魔王様が私とフラウちゃんを同行させた理由がこれってことね」


 呟くように残し、ナクアもまたワイバーンの背を蹴って飛んだ――。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

「っと」

「わきゃっ!?」


 首にしがみ付いて落ちていたアンリエッタを脇に抱き上げたアータは、地面にすとんと着地。衝撃どころか音一つ残さずに着地して見せたアータを、脇に抱き上げられたアンリエッタはげっそりとした表情で見上げた。そして、抜けかける魂と共に悪あがき。

 

「最近思ったんです。私、落下しすぎじゃないです……? ふわっと感に慣れ始めたのが我ながら最悪な気分ですが!」

「オチ要員だしな」

「落ち違いですから! というか、先に落ちたフラウ様は……!」

「みろ、あそこだ」


 そういってアータが指さした先に視線を向けたアンリエッタが息を飲む。そこにいたのは、身体の半分が靄のようなもので溶けかかったフラウの姿だった。ゆったりと揺れるようにして立ち上がっているそのフラウだったものは、不満げに瞳を細め、アータに問う。

 

『いつ、きづいた?』

「魔王家の中で俺を様付けで呼ぶのは、ここに居るアホだけだ」

『……』

「あの、アホって言いました、今私をアホって言いましたか!?」


 アンリエッタの抗議を無視したアータ他の目の前で、フラウだったものの姿が現れる。同時に、あたりの森の影から姿を現してきたのは、女性の上半身と蛇の下半身を持つ魔族――ラミアだ。その数はゆうに二十を超え、奥から現れたラミアが、既に捕らわれていたフラウの首元にナイフを突きつけている。

 

「あ、あああ、アータ! わらわをお助けなさい!」

「そのうちな」

「い、今すぐお助けなさいな!」


 涙目になって助けを求めるフラウに微笑みと肩を竦めるジェスチャーを返し、アータはラミア達を見渡した。

 彼女達の視線は殺気を漂わせ、きつくアータを睨む。だが、アータは彼女たちの視線よりも彼女達の僅かに痩せ細る身体を見てアンリエッタを脇に下ろした。

 ラミアたちが弓や剣を構えて自分達をじりじりと囲う中、アータはこんこんっとつま先で地面をつつき、背伸びをしながら問う。

 

「じゃあ、話し合いをしようか」

『話し合い? 違う、これは一方的な取引だ。貴様の仲間が殺されたくなければ――ん?』


 先ほどまでフラウの姿を借りていたラミアが、一瞬だけあたりを襲った小さな風に眉を寄せた。そして、一瞬だけ周囲のラミア達の様子を伺いながらも、目をぱちくりさせて何かに気づく。目の前にいるアータ達の姿を見て、恐る恐る指を指して数えた。

 一人、二人――三人。

 

『あれ?』


 もう一度目を見開いて、恐る恐る数えなおす。

 地面に座り込んだ赤髪メイドが一人。その横で立つ執事服姿の黒髪男が一人。さらにその傍で目をぱちくりさせる金髪人魚が一人(・・・・・・・)。合計三人。

 瞬間、アータに取引を持ち掛けようとしていたそのラミアは、背後を振り返った。

 

 そこにとらえていたはずの金髪人魚――フラウの姿がない。フラウを捕らえていたはずのラミアが腕に抱いているのは、いつの間にか入れ替わっている丸太(・・)だ。


「さて、もう一度言うぞ」


 ラミア達の間で驚きと畏怖が広がる中、透き通るような嬉しそうな声が響く。

 その声に、唇を震わせて振り返ったラミアは、鼻先数センチの距離に迫ったアータの笑顔を見て、未知の恐怖に顔を歪めた。

 

話し合い(めいれい)をしようか」

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