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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第四章 魔界図書館の蔵書は嗤う
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第一話 タウルス語検定の力

「だ、そうですお嬢様。じゃあ次は人間界のルールについて俺から説明を続けますよ」

「うむ!」

「待ってくださいアータ様、先に魔界の特殊地域に関わる地理の授業を――」


 神妙な面の魔王クラウスを置いて、アータとアンリエッタはその言葉に耳を貸すことなくサリーナの前で再び登壇し、授業を続けようとする。だが、ふいに耳に届く心地の良い歌声に気づいたアータは、眉を顰めて歌い主を睨んだ。

 だが、歌い主はアータの視線から顔をそらしたまま、歌うことをやめない。深い溜息をアータがついた時には、隣にいたアンリエッタと机に向かっていたサリーナがぱたりと崩れ落ちるようにして眠りに落ちた。

 

「……はぁ。おいクソ魔王。お前の要望で、こっちはお嬢様のために勉強の時間を作ってるんだ。おいそれとそれを邪魔されると困るんだが」

「わーたしだって邪魔なんぞしたいものか! ……いや、貴様がサリーナちゃんに根掘り葉掘り勉強教えてると思うと腹立つな」

「手鳥足取りだ。で、わざわざフラウの魔法で俺以外を眠らせてまで、何をしたいんだ?」


 ちらりとフラウを睨み付けると、彼女は乾いた笑い声をあげながら魔王の様子を伺い、項垂れる。

 

「仕方ないんですわ。魔王様の命令には逆らえませんもの。というか、わらわ、アータも眠らせるつもりだったんですが……」

「ぴんぴんしてるぞ」


 がっくりと落ち込むフラウをよそに、近づいてきたナクアが恍惚とした表情でアータのあごに手を這わせて来た。

 

「ハァハァ……。久しぶりね、勇者様。最近ずっと会えなくて勇者萌――心配してたのよ。どう、この後私と一緒に――」

 

 その瞳の奥の面倒臭そうな雰囲気に気づいたアータは、ナクアの言葉が続くより早く彼女の足の小指をデッキブラシで突いた。この一撃にナクアは小さく呻き、すぐに我に返ったようにアータから一歩離れ、優雅に髪をかき上げる。

 

「あら勇者様、お久しぶり」

「お前、まだ例の流行り病治り切ってないだろ」

「……クラウス様、続きをどうぞ」


 そっとアータのジト目から視線をそらしたナクアは、寝てしまったサリーナのほっぺをつついて満足そうに笑っていた魔王に続きを投げた。ナクアの言葉に一つ咳払いをするクラウスは、サリーナを抱き上げて頭を撫でながらもアータにきつい視線を向ける。

 

「魔界図書館の存在を貴様は知っているか、アホ勇者」

「知ってると思ったから、俺のところに来たんだろうが」


 魔界図書館。魔王家のあるこの大陸から遥か北西、魔界の奥地に位置する大図書館。人間界でもその名が知られる、世界最大のアーティファクトでもある。そのアーティファクトの力は、魔界で起きた全ての出来事を記録していると言われる、世界の歴史書ともいえる代物だ。

 世界の歴史を知る遺物であるが故に、ついた名が魔界図書館。

 

「直接目にしたことはないが、確か相当力のあるアーティファクトだろ?」

「うむ。最古ともいえるアーティファクトの一つである魔界図書館に、私達がイリアスへいた時期に侵入者が出た。勇者アータ、見てこ――ぬおおっ!?」


 魔王の言葉の先に気づいていたアータは、迷うことなくクラウスの脳天目がけてデッキブラシを振り下ろした。これに超反応を見せてステップで回避して見せた魔王が、慌てた様子で怒鳴りつけてくる。

 

「き、貴様はあほか勇者!? もうちょっと最後まで私の話を聞け!」

「聞いたところで結果は変わらないだろ。で、その図書館に行ってみてくればいいんだな、わかった」

「了承するのになぜ私の頭にデッキブラシを振り下ろした貴様!?」

「悪かった、次からは振り下ろすんじゃなくて貫きに行く」

「私が言ってるのそこじゃないからな!?」


 詰め寄ってくるクラウスの顔を押しのけながら、アータは教壇に広げていた資料を手早く片付け、ひとまとめにして魔王に押し付けた。

 アータ自身、魔界図書館に大いに興味がある。それもこれも、世界の歴史を知る最古のアーティファクトであるからこそだ。先日のイリアスの件で引っかかった世界規模の五芒星の狙いも含め、今後の動きのためにもいい機会だと。

 そうして迷いなくアータが部屋を後にしようとすると、サリーナを椅子に座らせた魔王クラウスが慌ててアータの肩を掴んで引き留める。

 

「ちょっと待て勇者、本当に貴様は話を聞かんな」

「言ってみてくるだけだろ。で、問題があれば魔界図書館ごと吹っ飛ばす、だなわかった任せろ」

「誰がそれだけ聞いて任せるか! あれは世界規模の貴重な財産だぞ!? まったく貴様という男は……。魔界図書館はここより遥か北西、ナクアの誇る偽獣兵団の管轄地。貴様の道中にナクアとフラウをつける」

「ナクアは分かるが、フラウはどうしてだ?」

「アータ、わらわのどこが不満ですわ!」


 頬を膨らませて講義の声を上げるフラウの足元は、魔法が溶けかかっているのか、人魚化が進んでいる。これに気づいて慌てて水、水と暴れ出すフラウの様子に、そういうところが不満なんだと頭を抱えて魔王に視線を戻した。

 

「魔界図書館の中は幻影魔法による迷路になっている。フラウの幻影魔法対策があれば、多少なりとも楽はできるだろう」

「……ったく」


 深い溜息をついたアータは、にこりと笑うナクアと、石化し始めたフラウの姿を見てもう一度だけ大きく頭を抱えた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 


 出かけ支度を済ませたアータは、ナクアとフラウと共に魔王家の外に出ていた。ケルベロス達のある小屋とは別方向に備え付けられたそこは、ドラゴニス率いる竜騎兵団のワイバーンが飼いならされている。いずれも人ひとりは軽く抱えて飛べそうなサイズのドラゴン達は、現れたアータにはきつい視線を向け、ナクアが手を振ると尻尾を振って頭を垂れてきた。

 アータは垂れた頭を遠慮なく踏みつけながら、ナクアに問う。

 

「ドラゴニスの兵団のワイバーンの割には、えらく懐かれてるみたいだなナクア」

「ここに居る間は私がこの子たちの世話をしているしね。というより、勇者様、なんで踏んでるの?」

「踏んでほしくて頭を差し出してきたわけじゃなかったのか」

「そんなワイバーンいないわよ」


 肩を竦めるナクアの前に、一体のワイバーンが息荒く嬉しそうに頭を差し出した。その期待するような視線を受けたナクアの顔が真顔になるのを押し殺して笑いながら、アータはサリーナを背中に抱え、アンリエッタを脇に抱えている魔王に視線だけ向ける。

 

「おいクソ魔王。黙っていってやる代わりに一つ条件を付ける」

「貴様、いざ行こうって瞬間でそれを言うか。まぁいい、言ってみろ」

「魔界図書館に例の件の調査に必要なものがあれば、もらってもいいか?」

「…………」


 例の件。先日のイリアスの街の遺跡の件だ。クラウスはアータの言葉に一瞬だけ逡巡し、だが深い溜息と共に頷く。

 

「……いいだろう。だが、貴重な書物が多い。いいな、魔界図書館の司書(・・)が良いといったものであれば、許可する。それ以外は持ち出すな」

「管理者でもいるのか、魔界図書館には」

「あぁ。魔界図書館(アーティファクト)の影響を受けた自分ルールで動き、人をひっかきまわし、他人の話を聞かない偏屈な司書がな」

「ハッ、最低だな」

「あれおかしいな、私の目の前に全く同じ人種のアホ勇者がいるんだけどなー」


 魔王の言葉は耳に入れず、アータはナクアとフラウと共にワイバーンの背に乗った。アータを背に乗せたワイバーンが実にもの言いたげな顔で首を曲げてこちらを睨んでくるが、アータはこれを特に気にもせず背の上で寛ぐ。隣を見ると、フラウはワイバーンの背になれないのか、悲鳴を上げながらその身体苦味ついていた。ナクアに至っては、先ほどの恍惚とした表情を浮かべたワイバーンに乗って、わずかに不満げな様子でこちらを睨んでくる。

 

「さて、それじゃあ行ってくる。人間界に行ってた時みたいに、お嬢様が勝手についてこないように気を付けろよクソ父親」

「ふん! 誰に物を言っている、今回はこの私が残るのだ、サリーナちゃんが勝手にどこかに行くわけないだろうが!」


 当のサリーナは魔王の背中の上で鼻提灯を作っており、魔王の脇に抱えられたアンリエッタもまだ目を回している。思いのほかフラウの幻影魔法が聞いているらしい。だが、いざワイバーンの背を蹴って飛び立とうとした瞬間、アータの乗るワイバーンがグイッと首を伸ばし、魔王の脇に抱えていたアンリエッタの上半身をぱくっと咥えた。

 

『んもんんんんん!? んもおおおおおおお!!』

 

 ワイバーンが咥えた衝撃で目が覚めたのか、ワイバーンの口から覗くアンリエッタの下半身がぴーんとのび、そのままじたばたと暴れ始める。必死になってワイバーンの口から抜け出そうと、アンリエッタの両腕がワイバーンの顎を掴んでもがく。メイド服のスカートに涎が染みつき、実に切ない姿でもがく様に、フラウとナクアが何とも言えない切ない表情を見せた。

 魔王はアンリエッタの姿に頭を抱え、そのままサリーナを連れて魔王家の中に踵を返して消えていく。

 アータはそんな魔王を一瞥しながらも、小首をかしげてアンリエッタを咥えてはしゃぐ自身のワイバーンに問いかけた。

 

「なんだ、お前腹でも減ってるのか? アンはあんまりおいしくないと思うが」

『んーんももぉ!? んんんもおおおおもももおおお!』

「わるい、タウルス語検定持ってるけど、訛りは対応しきれない」

『んんももも! んもおおおおお!』


 ワイバーンの口から洩れる声に返事を返していると、ワイバーンはアンリエッタを咥えたままアータのほうを向く。

 その目が――「男と二人旅はいやだ、こいつも連れていく」と訴えていると信じ、アータは満面の笑みで頷き返した。

 

「わかった好きにしていい」

『んもおおおおおおおおおお!』

「じゃあ行くぞ二人とも」

「「……はい」」


 実に神妙な面もちで、空に飛びあがるアータのワイバーンを追って、フラウとナクアのワイバーンもまた空に飛び上がっていった――。

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