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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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エピローグ 華の都の物語

 アータと魔王クラウスがイラプセルの街に戻ってきたころには、アンリエッタとアラクネリーのもとで既に街の住民達は皆、街に降りてきていた。誰もがイラプセルの街から空に向かって咲き誇っていた氷の雪月華を伝って街に降り立ち、咲き誇る雪月華を見上げていた。

 彼らが満足そうに雪月華を見上げる様を見たアータは、何かを思い出したように笑いながら、荒れていた息を整える。

 だが、傍で同じように息を整えた魔王は住民達を冷めた様に見つめてアータに問いかけた。

 

「奴等も操られていたとはいえ、さりーなちゃんに牙を向けたことに変わりはあるまい。アホ勇者よ、エルニアの時同様、直接奴らが牙を向けたお前に処遇は任せる」

「処遇ならもう終わらせてる」


 そういってアータがパチンと指を弾くと、雪月華を見上げていた住民達が一斉にアータのもとに駆け付け、王を見上げるようにしてしゃがみ込み、首を垂れる。そのあまりの統率の取れた動きと、頭を垂れた住民達のうなじで輝く魔紋を見た魔王クラウスは何とも言えない冷めた目で彼らを見つめ、アータへと視線を移す。

 視線の先にいるアータは頭を垂れた住民達を満足げに見下ろし、魔王に顎を上げて笑みを向けた。

 

「浄化のついでに、洗脳もしておいた」

「貴様本当に容赦ないな!?」

「さて、じゃああんた達に仕事を任せる。まずはそうだな――」


 魔王の視線を流しながらも、アータは手近な住民達にてきぱきと街中で崩れかかた場所の修理を割り当てていく。反抗的な目を向ける相手も少なく、住民の大半は自分達の住む土地の修復ならばと、指示に従い街の中へと次々に消えていった。

 そうして一通りの住民達が自分たちの傍を離れたところで、アンリエッタがメイドを引き連れてこちらに向かってきているのに気づいた。

 

「魔王様、アータ様、お帰りなさいませ。それで、いかがでしたか?」

「ふん。この私直々に出向いてやったのだ。結果は分かりきっているであろう! それより、サリーナちゃんどこかな?」

「…………」

「連中が隠れ家に使っていた島は消し飛ばした。連中が何をしようとしているかはある程度理解はできたが、正直情報は足りないな」


 アンリエッタが目線で説明をと訴えていたので、肩を竦めて答えた。魔王はアンリエッタの背後のメイド達の傍にサリーナの姿を見つけ、すぐに自分達に興味をなくしてサリーナのもとに飛んでいく。その姿を見送ったアータとアンリエッタは互いに顔を見合わせ、魔王につかまって涙目で助けを求めるサリーナの姿に深く肩を落とす。

 

「大事にならなければいいのですが……」


 アンリエッタの言葉に、アータはあえて言葉を返さなかった。潰した組織とそこにいた連中が残していた記録から描かれる超巨大な魔法陣。星そのものさえ飲み込みかねないほどの巨大魔法陣を描こうとする理由など、どうあがいても大事にならないはずがない。

 そしてもし、本当にそんな大事が起きた時、自分と魔王はそれを止めることができるのか。ドレインと先手を打って戦うやり方にも限界は当然ある。少なくとも、全力を出し切れない魔力制限下の状態では――、

 

「どうかしましたか、アータ様?」

「いや、我ながらよくできたなと思ってな」


 覗き込むようなアンリエッタの視線に、アータは考え事をやめて空を見上げる。はるか空に昇る太陽の光をその身で地下深くにある大地に届ける雪月華。そんな雪月華を同じように見上げたアンリエッタは、わずかに不満げに唇を尖らせた。

 

「……あの暴虐無人極まりないアータ様が、こんな素敵な華を咲かせられるなんて思ってませんでしたよ」

「雪月華は、俺がいた場所に咲いた華なんだよ。今も咲いてるかは知らないけどな」

「アータ様のいた場所です? そういえば、アータ様ってどこで生まれて――」

「アータ、アンリエッタ! たたたた助けてくれなのじゃああ!?」


 アンリエッタの言葉を遮る様に、サリーナの悲鳴が響き渡る。そこには魔王クラウスに抱きしめられて顔面に頬ずりされる哀れなサリーナの姿が。心底じたばたともがいて泣き叫ぶサリーナの姿に、アータとアンリエッタは肩を竦めて二人の間に割って入った――。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 街の騒ぎが収まり、夜に飲まれる暗さに包まれ始めた頃、貸し切りにした宿の湯船につかっていたアータは、隣で同じように湯船につかる魔王クラウスに問う。

 

「なんでまたお前まで入ってくるんだ?」

「それはこっちのセリフだアホ勇者。私は一日中半裸であの封印された遺跡を調査していたのだぞ、湯冷めしたから温まりに来たのだ」

「こっちだって同じだ。一日中面倒に巻き込まれていたから、俺も身体を休めに来たんだ。なのにお前がいたら心が休まらない」

「ふん!」

「ふん」


 互いに鼻を鳴らしてそっぽを向く。そうしてしばらく黙っていた二人だったが、クラウスはアータが隠していた右腕を睨むように見下ろして問う。

 

「……存外、無茶をやったようだな」

「…………」


 クラウスの言葉に、アータは溜息をついて湯船から右腕を引き上げた。その右腕には何かにしばりつけられたような真っ赤な痣ができている。脈打つような酷い痣に、クラウスは僅かに眉を顰めた。

 

「大地を消した代償というやつか。貴様がその気になればあの巨大な空島を消す以外の方法もあったであろうに」

「確かに消す以外の方法もあったが、消して見せなきゃ、あいつらはそれを信じられない(・・・・・・)だろ」

「……ふん。随分と魔族に甘くなったな、勇者」


 魔王の冷やかすような言葉には返事は返さない。何を言ったところで事実に変わりはないのだから。

 そうこうしてアータとクラウスが互いに街に初めて訪れた夜という静けさを堪能していると、脱衣所から小さな気配を感じた。その複数の気配にアータもクラウスも気づくが、それでも口を開かなかったのは、湯船の温かさと街を包む静かな幸せの気配のせいだろう。

 しばらくして脱衣所から姿を現したのは、タオルを全身に巻き付けたアラクネリーとサリーナ、そして彼女達に付き添って必死に身体を隠すアンリエッタだった。

 三人はすぐに湯船につかっていたアータとクラウスの姿を見つけ、各々の反応を示す。

 

「ほーら言った通りなのじゃ! 部屋にもいなかったから風呂じゃとな!」

「私の負け。昨日は夜屋根の上にいたから今日もそっちだと思った」

「あの、お願いですからお二人とも! いくら混浴といってもお二人も女性だという認識を持ってください!」


 とうっという掛け声とともに、サリーナとアラクネリーが湯船に飛んできたので、アータは黙って立ち上がる。そのまま、風呂に飛び込もうとしていた少女二人が湯船に落ちる前に、傍に置いてあったデッキブラシでひゅんっと風を切り、二人の全身を磨き上げた。すれ違いざまに完璧に全身を磨き上げられた二人はそのまま水柱を上げて湯船に着水。

 サリーナとアラクネリーは顔を見合わせて笑いながら、アータの両隣りに陣取った。

 

「ひょっほおお、アータアータ、全身ぴっかぴかなのじゃぞ!」

「あの一瞬の早業。私にも見えなかった」

「どうでもいいですがお嬢様もネリ―も、湯船に入る前に今後はしっかりと身体を洗ってください」

「おいあほ勇者貴様ァ! 何故裸のさりぃなちゃんの隣に当たり前のように座っておるか! というか、さりーなちゃん、だめだよだめだめ、勇者の隣なんてパパは許さな――なんで膝の上に座り込むかなサリーナちゃん!?」


 いつの間にか当たり前のように膝の上に座り込んでくるサリーナと、そこに突っかかってくる魔王の頭を押し返しながらアータは深い溜息をついた。アンリエッタもまた四人の傍に近寄ってきてアータを軽く睨む。

 その睨みの意味に肩を竦め、アータはアンリエッタへと話しかけた。

 

「恥ずかしがってたんじゃなかったのか?」

「お生憎ですが、ちゃんとタオルの下にも着込んでいますので。それに、お嬢様とアラクネリー様を二人だけでここに突撃させたらどんな問題に発展するかわかりませんから」

「一応言っておくと、俺、衣服の上からでも裸見える能力持ってるから。その名も裸眼」

「この場でそういうこと言います、言います!? み、見えてるなら見ないでください! というか、冗談ですよね絶対冗談ですよね貴方のソレ」

「…………」


 顔を赤く染めて身体を隠すアンリエッタから、アータは落ち着きをわずかに取り戻した魔王に視線を向けた。

 視線の意味に気づく魔王もまた、アンリエッタに応える。

 

「アンリエッタ、私も一応勇者と同じ能力持っているからな」

「お二人のそのわけのわからない超スペックどうにかならないんですかね!?」


 いちいち反応を返すアンリエッタの様子をサリーナ達と笑いながら、魔王家の一面はふと会話を止めて夜空を見上げた。

 この街に来た当初、街には朝と昼と夜という区別がつかないほど一日が夕焼けに満ちた空色だった。それは遥か空高くの空島と、島を囲っていた視覚結界による封印の効果だった。だが、もうこの街にそれはない。

 どこの世界とも同じように朝日が昇り、日が沈み、世界は暗黒に染まる。だが、暗闇に染まる街の中にも光り輝くものは数多くある。

 

「きれいですね、あの華は」

「ほんとじゃのぅ。夜でもあの華は輝いておるのじゃ」


 サリーナやアンリエッタが言う様に、暗闇の中でもかすかな光を集める雪月華が街に光を与えていた。そして、そんなサリーナ達の言葉を耳にしながらも、アラクネリーが同じように空を見上げたままアータに話しかける。

 

「アータ。ごめんなさい」

「ん?」

「さっき街の中見てきたけど、私の一番のお気に入りの場所壊れてた」


 壊れていたという言葉に、アータは微かに瞳を閉じ、思い当たった場所を問う。

 

「神殿の上か?」

「……ん。あの場所はこの街で一番高い場所。そこから見える街の景色が私の自慢」

「お前が爆弾で壊したもんな、神殿」

「…………」


 身も蓋もないアータの言葉に、アラクネリーは不満げに唇を尖らせて睨んでくる。その瞳に笑みを歪み返し、話を続ける。

 

「お気に入りの場所はなくなったけど、次来た時までには絶対見つける。だから――」

「別に急がなくていいぞ?」

「助けてくれて、ありがとう」


 表情の少なかったはずのアラクネリーは、はにかんだような笑顔を浮かべた。その屈託も迷いもない笑顔を見たアータと、それぞ横目で覗いていたアンリエッタだけは、小さく笑みを返す。

 その笑顔と言葉になにか一つぐらい返してやろうかと思い、アータは嫌がるサリーナにいちゃつこうとする魔王の名を呼ぶ。

 

「おいクソ魔王」

「なんだアホ勇者、私は今サリーナちゃんの柔肌観察に忙し――ん?」


 ほんの小さな魔法。突き出した左腕の人差し指に拳大ほどの氷を作り上げたアータは、魔王に顎を上げてやれるかと挑戦的な視線を向ける。魔王もこれに乗り、突き立てた人差し指に同じサイズの炎を作り上げた。

 

「ちょ、ちょっとアータ様、クラウス様? 一体何を……」


 アンリエッタの声を合図に、アータと魔王は人差し指に作り上げた小さな魔法を空に放つ。氷と炎は互いに反発しあう様に螺旋を描きながら空に上がり、夜空に飲み込まれた。サリーナやアラクネリーも何事かと空を見上げた瞬間、

 

 ぱぁんっと、音を立てて空に花が咲いた。

 


「――――」



 息を飲んだアラクネリーやサリーナ、アンリエッタ達の前で、アータと魔王の打ち上げた小さな氷と炎は夜空で弾け飛ぶ。その様は、雪月華の傍で咲き誇る小さな花のようで。炎によって砕けて散った氷の礫が空に花を咲かせてすぐに消えていく。

 アータと魔王は魅入る一同の姿に声を押し殺して笑い、中でも瞳を潤わせてしまうアラクネリーに、してやったり顔で声をかけた。

 

「どうだネリ―。花火ってやつだよこれが。まぁ、俺と魔王が戦ってた時に偶然できたお遊びみたいな魔法だけどな」

「……こういうの、ずるいとおもう」


 鼻を鳴らすアラクネリーの言葉に、アータと魔王は満足げに笑みを浮かべた。そうして消え行った花と街のあちこちから聞こえてくる物音に気付いた二人は、頷きあって立ち上がる。湯船から上がった二人は、互いにアンリエッタ達に背を向けたまま足早に歩き始めた。その様子を見たアンリエッタは、湯船の中から身を乗り出して二人の背に問いかける。

 

「アータ様、魔王様? どうかされましたか?」

「いや、失敗したしそろそろ上がろうと思ってな」

「……? ちょっとお待ちくださいお二人とも。なんだか――」


 次の瞬間、浴場の扉が乱暴に開かれた。そこから顔を出したのは、テノルと神殿の神官達だ。彼らの顔には一様に困惑と焦りが見え、アンリエッタは湯船に身を隠しながら現れた来訪者たちの様子に小首を傾げた。

 

「どうかなさいましたか皆さま? というか、浴場にそんな乱暴に入られては……!」

「た、たたたたたたたいへんです! そらから、空から急に氷の礫と火の玉が落ちてきて……! 町中のあちこちの建物に落下が! 火の手が上がって大混乱――のあっ!?」


 テノルが話を終えるより早く、アンリエッタとテノル達の間に氷の礫と火の玉が落ちてきた。人ひとりほどのサイズで落ちてきたそれらは、浴場の岩を砕きながら燃える。

 

「…………」

「…………」


 絶対零度の視線をソレに向けていたアンリエッタとアラクネリーは、すぐさまそれをやった犯人達に視線を向けた。だが、当の本人達――アータとクラウスは、既に着替えを済ませてランニング開始。


 ――完全に逃げ出した(スプリントフォーム)

 

「あ、ああああああのおバカお二人様は……! ネリ―(・・・)様、お嬢様、あのおバカお二人様を何としても捕らえますよ!」

「……っ、わぱっぱ!」

「にょっほおお、この時間から鬼ごっこというのはなかなかに燃えるのぅ!」


 湯船から飛び出す三人は、状況を理解していないだろうテノルや神官達を連れて、逃げ出した勇者と魔王の背を追う。

 

 

 この日、街は勇者と魔王を追いかける三人と住民達のにぎやかな笑い声で包まれた。街に初めて訪れた夜という名の暗闇はしかし、笑顔という名の明かりで照らされ、街の行く末を雪月華が見守る。その巨大な華は夜空でなお光輝き、見る者の視線を奪う。

 その街はまさに、雪月華の街(イラプセル)

 

 

 こうして、後に語り継がれる雪月華の都の物語は幕を閉じた。

 

 

 

 ――勇者と魔王の魔法がその街最初の火災事件を起こしたのはまた別の話。

 

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