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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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第二十三話 隠せぬものと決着

「な、ななななんあ!」

「にょっほおおおおお!」


 イリアスの街の遥か上空にある大地。落下する空島から距離の離れた大地に転移させられていたアンリエッタやサリーナ、アラクネリー達の前で見えたのは、信じられない光景だった。

 大陸ほどの超巨大な空島が大地に落ちていく様。どうあがいたってもう駄目だと絶望してもおかしくない景色を見つめていた三人の目に映ったのは、落下していた空島の周囲を回っていた小さな空島が描いた巨大な魔法陣。そして、その魔法陣が落下する空島を受け止める様。

 受け止めるだけに飽き足らず、押し返しさえして見せたその巨大な魔法陣は、そのまま誰かの意思に従う様に、受け止めた空島を包み込んでいき――強烈な衝撃を伴って島を消滅させた。

 空島一つが消えた衝撃は、遥かに距離を取っていたアンリエッタ達のもとにも空振となって突き抜け、立ってられない風圧の前にしゃがみ込むようにして一行は空を見上げる。

 

「のぅのぅアンリエッタ! あれってあれってもしかしなくても……!」


 満面の笑みで消えさった空島のあった先を指さし笑うサリーナの傍で、アンリエッタは震える唇と両足に力を込めて、乾いた笑い声をあげた。

 

「は、はは……。あ、あんなことできるのは、はい。お嬢様の想像通りですよきっと」

「にょっほおおお! あの巨大魔法陣、まるで父上殿のアーティファクトみたいだったのじゃああ!」

「ほ、ほんとうにもう、何度思ったかわかりませんが、あの方の無茶苦茶度合はもう……! でも……よかったぁ」


 気が抜けてしまったのか、その場に座り込んで腰を抜かすアンリエッタと、その傍で大興奮するサリーナをよそに、アラクネリーは一人、前に出る。

 操られていた街の住民達は何が起こったか理解できないままに、だが、いつも浮かんでいた空島が大魔法で消え去る様に一様に驚きを隠せずにいた。

 それは当然、イリアスの街で十年という月日を生きたアラクネリーも同じで。

 

「……すごい」


 それを見ていたアラクネリーは、そんな在り来たりな感想しか口にできなかった。何度思ったか知れない。だが、心の奥底から湧き上がるのはその感情だけだ。

 どこかで無理だと思っていたのだろうか。あんな状況で、なんの手立てもない状況で。あんな巨大なものを何とかする方法なんてないと。

 それでも、やって見せた。

 

「すごい。すごい、すごいすごいすごいすごい……!」


 興奮は止められない。自分でもわからないような湧き上がるものが、アラクネリーの小さな体の全身からあふれ出す。

 

「あれが、あれが! 魔王様と並ぶ――世界最強の勇者。あれが……!」


 もはや、動き始めた感情は止められない。今までの心が死んでいたかのようにさえ感じるほどの強い激情にアラクネリーは襲われる。そしてそんな感情の行き先は、傍に並び立って満面の笑みを浮かべたサリーナが宣言した。

 

「そうじゃ! あれが、あれこそがわしの執事なのじゃ!」

 

 アラクネリーはサリーナと顔を見合わせ、そして二人でともに同じようにキラキラと輝く笑顔をみせ、叫んだ。

 

「あれが、アータ!」





 ◆◇◆◇





「はっ……はははっ……」


 空を見上げたままのテノルは、口から洩れる笑い声を止めきることができなかった。身に纏っていた白法衣を、消し飛ばされた巨大な空島の余波が揺らす。

 

 イリアスの秘宝。

 姿形も知らないソレを封印し続けるために、何千年という月日で犠牲になった巫女達。彼らと同じ道を歩みつつある自分の娘(アラクネリー)。引き取った彼女を育てた親として、彼女が知りもせぬ秘宝のために命を捨てる、そのための努力を続けていた十年という月日の歯がゆさをテノルは思う。

 そしてその残り時間が少なくなった。

 少なくなったからこそ、この街を消す方法を選んだのだ。

 だが、そのための計画には、たった一つの問題があった。

 

 テノルは、視線の先でイリアスの街に落ちてきた巨大な空島を握りつぶした勇者の背を見て、震える息を吐き出した。

 

 秘宝の場所がわからない。

 それだけが、計画の根本だった。秘宝があり続けるからこそ、イリアスの街は在り、巫女は犠牲になる。だが、その秘宝がどこに隠されているかだけがどうしてもわからなかった。

 だからこそ、勇者と魔王が来たこのタイミングは逃せないタイミングだった。

 

 予測通り勇者は秘宝の存在に気づき、その場所がどこかを特定した。あとは、計画通り懐柔したイエティを攻め込ませ、盗み出したアーティファクトで空島の魔力を奪い、その力を使って住民を操り――勇者とその一行をこの街に閉じ込めたまま、消す。

 幾重にも罠を張り、全ての逃げ道を消し飛ばしたはずの勇者はだが、新しい道を勝手に作り上げてしまった。

 

 清々しいほどに、圧倒的な敗北の結果に、テノルは寄せていた皺を伸ばす勢いで笑い声をあげてしまった。

 そして、そんなテノルの笑い声を耳にしながらも、アータは使った大魔法の余波で痛みを増す右腕を振りながら、振り返る。

 

「さて、テノル。いい加減、この騒動に決着をつけようと思うんだが」

「その前に、一つ聞かせてください勇者殿」

「ん?」


 白法衣を脱ぎ捨て、神官服の姿になったテノルは、柔らかな笑みで問う。

 

「貴方は、どうしてこの街の秘宝に気づいたのですか?」

「あぁ――」


 テノルの問いかけに、アータは空から落ちてきた小さな菱形の赤い宝石を掴む。先ほどまで巨大な空島の魔力を吸い尽くしていたこの街のアーティファクトだ。そのアーティファクトには既に十分以上の魔力が溜まっているのか、魔力吸収の気配は微塵もない。この宝石を手にしたまま、アータはテノルの問いかけに答えていく。

 

「この街は、空から入る少ない光を増幅していると言ってたよな。このアーティファクトが作った視覚結界で」

「えぇ」

「俺たちが街に到着したのは朝の早い時間だった。そして、そのあとどれだけ時間がたってもこの街には一定の光に満ち溢れていた」


 そう言ってアータは、空から差し込む光を見上げながらテノルに近づき、その足元を軽くデッキブラシでつつく。

 

「違和感が形になったのはそのせいだ。どれだけの時間がたっても同じ光に照らされる街。じゃあ足元は?」

「……っ!?」


 テノルは何かに気づき、自らの足元に視線を向けた。空から差し込む光と、アータが寄せたデッキブラシの先に当たり前のようにあるものは――自らの影。


「そういうことだ。どれだけの時間がたってもどの場所に立っていても、この街でできる影は、常に同じ影を作っていた。その確認をするために、ワイト達には町中で棒立ちしてもらったけどな」

「こんな、足元の影だけで……」

「影が変わらないってことは、ただ光を増幅してるだけのものじゃない。そこにある魔力には、影で何かを隠そうとする意志を感じた。あとは、空を見上げるだけだ。影ができるために必要なのは光。常に影を作るためには光が必要だ。そして空にはその光を常に一定の場所に集める莫大な魔力を持った場所があった」

「――貴方が圧縮した、あの巨大な空島ですか」


 テノルの答えに、アータは満足いったように笑う。

 

「あの空島が光を集め、街を照らしていた。隠されたものが何か調べるには、まずはソコを何とかしなきゃならない。だから、実は最初からあの巨大な空島――消し飛ばそうと(・・・・・・・)思ってた(・・・・)んだ」


 そういってアータはちょろっと舌を出して頭を掻いて見せた。これにテノルは面食らったように言葉を失い、次の瞬間には破顔してしまう。

 我慢できなくなったテノルが笑う様に、アータは手にしていたアーティファクトを少しだけ強く握り、瞳を閉じる。

 そうしてテノルの笑い声がゆっくりと落ち着き、テノルはアータの前で大きな一呼吸と共に無防備をさらす。

 

「満足いきました勇者殿。さぁ、この戦いの――いえ、戦いにすらならなかったこの一件の決着は貴方の手で。出来れば、私の娘が来る前に」

「そうさせてもらう」


 アータもまた閉じていた瞳を鋭く開き、手にしていたフラガラッハを構えた。そして、そのままフラガラッハのブラシ先に鋭い魔力を集中させていく。

 

「最後に一つだけ言っておくぞ」

「……えぇ」


 覚悟を決めたように瞳を閉じたテノルの前で、アータは手にしたフラガラッハを大きく振りかぶり、

 

 



最初からお前が黒幕(・・・・・・・・・)――だろ?」





 そういって、アータはテノルの頬を薄く裂きながら、その背後にあった空間へとフラガラッハを突き立てた。

 次の瞬間、テノルの背後の空間が歪み、アータが突き立てたデッキブラシを躱すようにしてそこから黒法衣の男が飛び出す。だが、それでもアータの突き立てたデッキブラシは、飛び出した黒法衣の男の被っていた仮面を僅かに砕いた。

 テノルの背を蹴り飛ばすようにしてアータとの距離を取った黒法衣の男は、薄く裂けた頬の血を片腕で拭いながらも、動揺を露わにする。

 

『何故、私に気づけた?』


 その静かな怒りを込めた言葉に、アータは皮肉な笑顔を返して答える。

 

「雪山で挨拶しておいたつもりだが? ついでに言うと、テノルの額にも石をぶつけたからな。ちゃんと怪我を完治させずに俺に仕向けるから、正体がすぐにばれるんだよ三流」

『違う、私はなぜ今私がここに居ることに気づけたのかを聞いている』

「自分の首元に触れてみるんだな」


 そういってアータは黒法衣の男に向かってデッキブラシを薙ぐ。だが、男はすぐにその実態を煙へと変え、一気に空に飛びあがってこれを躱した。そうして男はアータを忌々しく睨み付けたまま、言われた通りに自らの首元に手を伸ばし、そこにあった糸くずに気づく。

 目にも見えぬほど細く、強靭で気づくことも困難なその糸は、一直線にアータの執事服のポケットに伸びているのにいまさらながらに男は気づいた。

 

『まさか、あの時すでに……』

「本命に悟らせないためには、自分は大丈夫だったと思わせることだ」


 アータの挑発に一瞬だけ黒法衣の男は隠しきれないほどの殺気を放つが、すぐにその気配を消しながら深々とアータに頭を下げて名乗りを上げる。

 

『いいでしょう、さすがは世界最強の勇者。この一件は確かに貴方の勝――』

「ああ、相手にならない程度には大勝利だよな俺の」

『…………。私の名前はアイン。蛇の使徒(ウロボロス)の第一位、アイン。いずれまた会いましょう、世界最強の勇者殿』

「じゃあ近いうちに挨拶に行くよ」

『…………』


 皮肉を返すと、黒法衣の男は最後に盛大な歯ぎしりを残して、空の中に消えていった。微かに残っていた男の魔力の気配もきれいさっぱりに消え、アータは凝り固まった肩を回しながら、呆然とするテノルを見つめ、フラガラッハに問う。

 

「相棒」

『なんなんですの? もうわたくし様魔力すっからかんなんですの。これっぽっちも――おぎゃああ!? なんで折るんですのなんで折るんですのん!?』

「いや、後始末つけようと思って」


 手のひらサイズに折ったデッキブラシの端を掌の中で握りつぶし、粉に変える。そうしてアータは粉に変えたフラガラッハの一部に数少ない魔力を与え、右腕に滲んだ血をこの粉に混ぜた。そしてそのまま、空いた指先で赤く染まる粉を伸ばしながら、呆然とするテノルの傍による。

 テノルもまた、先ほどまでわずかに瞳に宿っていた蒼い炎はすでに消えている。街の住民達を操っていた張本人である黒法衣の男が逃げたからだ。記憶が混乱しているのか、テノルはアータを見上げて困惑した表情を見せた。

 

「ゆ、勇者殿。私は、一体何を……?」

「心配ない。さっきの黒法衣の男にお前、ずっと操られてたんだよ」

「私が? 操られて……? い、いや、操られてはいたが、私は確かに巫女達のためにこの街を――何をやってるんですか勇者殿?」


 座り込んでいるテノルの背後に回ったアータは、ポケットから取り出したアラクネリーの糸でテノルの腕を後ろで縛り上げて身動きを奪う。そして、片腕でテノルの首を後ろから掴み、舌なめずり。

 

「いや、お前さっき自分で言ってただろ? この一件の決着を俺の手で、って」

「言った!? いや、言いました、言いましたが! 確かに、半ば操られているような状態で言いはしましたが!」

「操られてたとはいえ、お前、自分で覚えてるだろ。この街にしたこと。ネリ―にしたこと」

「お、覚えてますとも、えぇ覚えてますとも! あの黒法衣の男に唆され、私は娘のためにこの街を消そうと――」

「やったことには責任が伴う。だから、これで決着をつけてやるって言ってるんだ」

「わ、わかっておりますとも、この老い耄れ神官の命一つで決着を――」


 べちゃっ、と。テノルが最後まで言葉を続けるより早く、アータはフラガラッハの粉に血を混ぜた赤く染まる掌をテノルの頭に乗せた。

 

「……あの、勇者殿? これはいったい……」

「老い耄れの命一つだろ。今からお前につけるのは、イエティ族やキメラで練習して完成させた、俺特性の完全版絶対魔紋(ソリュートサイン)だ。大丈夫、痛くはないけど、今後一切俺に対する拒否権なくなるだけだから。死んだほうがましだって思うような目に何度も合わせるから、よろしく」

「あの、それは老い耄れには辛――やめてえええええええええええ!?」



 過ぎ去った脅威の前で光差すイリアスの街の中央で、テノルの叫び声が木霊する。

 この後、大地に避難していたアンリエッタ達が悲鳴を聞きつけて戻ってくるまで、アータは服従させたテノルに凝り固まった肩を揉ませ続けたのだった――。


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