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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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第二十二話 命の行き先は

 解放されたサリーナが傍に駆け寄り、アータは迫った一際大きな破片を蹴り砕きながらも、呆然とするテノルに視線を向けた。

 

「空島の崩壊までもう時間がないな。テノル、街の住民を逃がすつもりもイエティ達を逃がすつもりもないか?」

「いいえ、逃がしますよ私は(・・・・・・・・)。それがイエティ族達に力を借りた条件でもありますからな」

「どおりで、お前の実体はここにないわけか。大方、大地の上で大掛かりな転移魔法の準備中ってか? お前がさっき見せた影を使った転移魔法なら、街の住人はおろか、イエティ達もろともこの街から纏めて逃がすこともできるだろうからな」


 腕を組んで気楽な表情で語るアータの様子に、テノルは眉を寄せて唸る。


「……そこまでわかっていてなぜ、貴方は逃げない? いまさら何をあがいたところで、あの巨大な空島はこのイリアスの街を砕く。力任せに砕けるほどあの大地は小さくはない。ならばこそ、そこにいる皆さまを連れて逃げるのが貴方の役目でしょう?」


 理解できない。そんな小さな呟きと共にテノルに向けられた言葉に、アータは空を覆い尽くす空島を見上げて答えた。

 

「お前、俺たちを本気で(・・・)消す気がないだろ」


 アータの指摘に、テノルは瞳を見開き、冷や汗をぬぐうことを忘れた。そんなテノルの様子を見ながらも、アータはアンリエッタに渡していた連絡用の魔水晶をポケットから取り出し、手の上でもてあそびながら続ける。


「知りも知らない秘宝を葬り去ることで、巫女の役目を終わらせる。ネリーを救う。だが、お前、この街を捨てきれてないだろ」

「知ったような口ぶりで何を言い出す?」

「以前隷属の魔紋でアン達がエルフ族に操られた時があったが、あの時のこいつらは文字通り、自分の身など気にしないほどの無理やりな隷属があった。けど、戦ってればわかる。こいつらは俺を倒そうとしているわけじゃなく、時間を稼いでいるだけだ」

「確信もなく、よくもそんなぺらぺらと想像で語れますね貴方は」


 吐き捨てるように呟いたテノルの言葉に、アータは肩をすくめながら、背後で座り込んでいるネリーとサリーナに軽く笑みを向けた。


「そりゃな。その気になって俺を殺そうとするなら、ネリーやお嬢様を操ってた時みたいに、全員に爆弾でもつけて突撃させればいいからな。一人一人に爆弾がついてて、本気で俺を殺しにかかってこられたら面倒だぞ」

「そんな真似はーーッ!」

「できないから、もろとも消す気はないんだろ、って言ってんだ」


 ピクリと、テノルの皺が寄る。そのもの言いたげな表情と、彼自身の瞳に宿っている蒼い炎を睨んだアータは、背後で唇を噛むアラクネリーをちらりと見つめて困ったように笑った。

 

「テノル、言ったなお前は。知りもしない秘宝(もの)のために使い捨てられた命の行き先はどこにあるって」

「それがいったい何だというのですか」


 操られている住民達は、テノルの叫びに似た声に同調するように動かない。アータは住人たちの様子をちらりと見ながらも、テノルの目の前まで迫り、顔面を突き付けて睨み返す。


「そんなの決まってるだろ。命の行き先は、ここにある」

「……っ」


 アータの静かな怒りを込めた言葉に、テノルは僅かに息を飲む。

 街の上に迫る巨大な空島はもう、裂け目の大地目前まで迫っている。大地に空島が落ちた時点で、イリアスの街は終わる。その長い歴史も。巫女達が尽くしてきた歴史も。守り続けた秘宝も。何もかもが巨大な空島に粉砕され、暗黒の底に落ちる。イリアスの街の命は――終わる。

 だが、アータはそんなイリアスの残り短い命をテノルに――アラクネリーへと向けた言葉に変えた。

 

「秘宝のことを知ろうが知るまいが、巫女達は進んだ。彼女達はゴールを目指したわけじゃない、あんた達の先の道を繋いだんだろ」


 アータの言葉に、テノルは蒼の炎の灯る瞳を揺らせる。

 

「命の行き先が知りたいなら、あんた達が繋げ。魔王でもない、俺でもない、アンでもない、お嬢様でもない。この街で生まれ育った、あんた達が繋げ」

「ち、がう……! ちがう! ここが、こここそが命の果てだ! 何千と積み重ねた命の果てだからこそ! 次の命を守るために、この先の道を壊すしか――」


 切羽詰まったテノルの叫びに、アータはきつくしていた視線を緩めて頬を緩めた。

 先ほどまでの緊迫感など捨て去った、気楽な調子でアータは次の一言を紡ぐ。


「そうだな、じゃあ一回壊してから次の道を探すか」

「――はっ?」


 テノルやアラクネリーがアータの言葉に絶句すると同時に、それまでわずかにイリアスの街にかかっていたはずの光が消えた。月明りといっても過言ではなかった光はほぼなくなり、一瞬にしてイリアスの街全体が闇に覆われる。それは当然、日の光すら届かないほどに大地に落下してきた巨大な空島の影響だ。

 そのあまりの圧倒感に、テノルやアンリエッタ、アラクネリーやサリーナも全員が震える表情で空を見上げて言葉をなくす。

 だが、そんな中でアータの手にしていた連絡用の水晶から声が届いた。

 

『勇者の旦那ぁ! おっそくなりやした! 時間稼ぎ有難うございますぜ!』

「遅いぞ。じゃあ、手筈通り一気に済ませる」


 魔水晶越しに届く声は、街の中に配備していた不死軍団の面々と軍団長トワイトの声だ。この声に反応したアンリエッタは、イエティ族達を整列させたまま、慌てた様子でアータの元に近寄ってくる。

 

「アータ様! 先ほどの声って、っていうか時間稼ぎっていったいどういうことです!?」

「悪いがアン、お嬢様とネリ―を頼む」


 詰め寄ってきたアンリエッタに、アータは軽く悪戯がばれたような笑顔を返す。この笑顔を見たアンリエッタは僅かに反論しそうになりながらも、周囲の住民達とサリーナ、アラクネリー、そして眼前に迫りつつある空島を見て言葉を飲み込んだ。そして、僅かに不安げに、だがそれを精一杯の強気でごまかしてアータを指さした。

 

「わかりました。その代わり、とびっきりすごいのを見せないと承知しませんから! 言っておきますが、普段から貴方のトンデモ行動見てる私の驚き指数高いですからね!?」

「わかった。それじゃ、ご期待に応えますかね」

「アータ」


 アンリエッタの言葉に肩を竦め返すと、デッキブラシを抱きかかえたままのアラクネリーがサリーナと共に近寄ってくる。アラクネリーの困惑に揺れる視線と、サリーナの期待に輝く視線を受け止めたアータは、二人の頭を撫でて口端を釣り上げた。

 そして、ネリ―が言葉なく差し出したデッキブラシを受け取り、アータは瞳を閉じて思う。

 

 

 ――みんなを助けて笑顔にしてくれる、勇者の執事が欲しい――

 

 

 いつの間にか、あの時見た幼い少女(サリーナ)の願いが、アータ・クリス・クルーレという人間の行動原理になったんだなと自嘲した。

 そうしてアータは、空を覆い尽くす巨大な空島を見上げて叫んだ。

 

「テノルッ!」

「っ!?」

「イエティや住民達を逃がす影魔法(シャドウ)、もう使えるだろ! お前も俺も、この街があの空島の影で覆い尽くされる瞬間(・・・・・・・・・)を待ってたはずだ!」

「――っ、言われずとも! 転移魔法、影の世界線(フィールドオブシャドウ)ッ!」


 次の瞬間、テノルが唱えた呪文と共にイリアスの街全土を覆う影の中に、操られている住民達が一斉に飲み込まれ始める。整列したままのイエティ達もまた、影に飲み込まれ始めた。

 影の世界線(フィールドオブシャドウ)。転移魔法の一種でもあり、魔力を含む影をゲートにして指定している転送陣へと転移させる高等魔法。テノルが街の住民達を避難させるために用意していた魔法だ。街全体の広範囲を覆うためにこそ、空島の陰で街が覆われるまでの時間を待って。


「フラガラッハッ!」

『わかってますのん! 浄化の子守部(ナーサリーライム)!』


 そしてまた、テノルの発動した魔法と同時に、アータも準備を進めていた魔法をフラガラッハを介して発動させる。

 不死軍団軍団長トワイトとその部下達が、イリアスの街の各地で突き立てたデッキブラシ同士の魔力を繋ぐ。街の頂点同士をつなぐようにして、イリアスの街全土に描かれたのは巨大な浄化魔法陣。淡い輝きを増した魔法陣はそのまま、影に飲み込まれて転移されていく住人達を一斉に飲み込み、彼らの隷属を一気に浄化していく。転移中で逃げ場もない住民達は一人、また一人と意識を取り戻し、困惑に驚きを隠せないまま転移されていった。

 アンリエッタやアラクネリー、サリーナ達もまたテノルの発動した影魔法で転移されていく。最後まで彼女達が向ける視線を背中で受け止めながら、アータはイリアスの街にたった一人、残る。

 魔法の発動に協力させたトワイト達もまた、影の世界線に飲み込まれて街から転移され、文字通り、イリアスの街から完全に人の気配は消える。

 営みも光もない暗黒の世界で一人、アータはフラガラッハを肩に乗せて空を見上げ、不敵に笑う。


 だが、

 

「貴方、まさか初めから住民達を一斉に浄化するために、待っていたのですか?」


 ふいに掛けられた言葉に、アータは振り返らない。もとより、最後を見届けるためにこそ大神官テノルは、住民達を転送した代償に、自身の実体をイリアスの街に転移させたのだから。

 そうしてアータは、テノルの問いに空を見上げたまま応える。


「いいや、ちょっとだけ違う。今の魔法、浄化は二の次で、実は転移された全員から魔力をドレインさせてもらってる」

「……いくら街の住人やイエティ達の魔力をかき集めたところで、もうあの空島を止めることは――」


 テノルの言葉を最後まで聞くより早く、アータは耳を焼くような轟音を立てる空島を見上げたまま、地面にフラガラッハを突き立てた。輝きを放っていたイリアスの街全土に広がる魔法陣は一瞬にしてフラガラッハの中に吸い込まれて行き、そのみすぼらしいデッキブラシは強烈な輝きを増す。

 暗黒の中で一層輝きを増すそのデッキブラシを正面で浮遊させ、魔力を右腕に集中させていく。

 

「悪いがテノル。大地の裂け目で僅かな光を享受し生きるイリアスの街は、今日俺が消し飛ばす。だから――」

 

 テノルはもはや、街の崩壊を受け入れた様子で顔の前で手を組んだ。

 


「新しい街の名前、考えておけよ」

 


 そして、アータは唱える。

 ――今朝、ネリ―と戦った時からずっと、自分があの空島を消し飛ばす(・・・・・・・・・・)ために準備していた大魔法を。





絶対圧縮(アブソリュートプレス)――ッ!」





 ぱぁん、と。

 甲高い音を立ててイリアスの街全てを覆う落ちてきていた巨大な空島を囲うほどの、超超巨大な魔法陣が描かれた。その魔法陣に込められた圧倒的な魔力は落下してきていた巨大な空島を受け止めて尚、強烈な光を放つ。

 大陸といっても差し支えのないはずの巨大な空島を圧倒的な魔力で押し返す魔法陣。

 これを見上げていたテノルは、祈っていた両手を離して驚愕に目を見開く。


 

「ば、馬鹿な!? あのサイズの、それこそ小さな大陸レベルの巨大な空島を押し返すほどの超巨大魔法陣!? ありえない、そんなものを描く時間がいつあったというのか!?」



 テノルの叫びの前で、アータは左腕でフラガラッハから集めた魔力を、掲げた右腕に集中し、魔法陣を制御する。魔力制限下で発動した大魔法に、首輪が締め付けを強め、呼吸を阻害してくるが、そんなものは意に介さずに右腕にドレインした全ての魔力を集中する。

 だが、受け止めた空島の質量はそれでもなお莫大なエネルギーとなってアータの身体を襲っていく。掲げた右腕が軋む音を立てるが、アータはそれでもなお不敵な笑みを崩さないままに右掌に力を込めていく。

 そんなアータの姿を震える身体で見つめながら、テノルはもう一度空を見上げてあることに気づく。

 

「空の――時間がおかしい……!?」


 空の時間。大地の裂け目にあるこの街は常に一定量の光で照らされた街だ。そんな町の住民達は皆、落下してきている巨大な空島の周囲を一定時間で回っていた小さな空島の位置で、一日の時間を知る。

 テノルがこの街で騒ぎを起こしたのは、今朝早い時間だ。それからまだ一日と経っていないのに、見上げた先のいつもの小さな空島は、既に巨大な空島を一周して――。

 

「……っ! ま、まさか……!?」


 そうしてテノルは気づく。

 今朝。そう今朝だ。今朝、テノルはアータとアラクネリーの戦いを見た。その時を思い出す。あの時あの瞬間何が起きたのか。

 

 勇者がアラクネリーの魔力を使って空島に魔法陣を描き、あの時計代わりにしていた小さな空島(・・・・・)を消し飛ばした。

 落下中の巨大な空島の周囲を、常に毎日一定間隔できれいに回るあの小さな空島を。

 そして、消し飛ばした小さな空島の代わりは、消し飛ばした本人(アータ)が新しく空に上げた(・・・・・)ものだ。


「あ、ありえない。ありえない……! 勇者殿、貴方はまさか、あの時点で……!」


 テノルの言葉に、アータは掌の中で爆発的に増加していく魔力を集中させながら答えた。

 

「言っただろ。時間さえあれば(・・・・・・・)、やってやるってな」

「貴方が空に上げたあの小さな空島もどき(・・・・・)は、初めからあの巨大な空島への超巨大魔法陣を描くための……!」

「そして、魔力の不足はその小さな空島を圧縮した際の余剰魔力のドレインと、この街の住民達の魔力で」

「いや、それでも! それでもなお、いくら勇者といえど! いくら魔王といえど! あんな大陸を……なっ!?」


 テノルの視線の先で、超巨大な魔法陣に落下を防がれていた巨大な空島が、歪な音を立てた。

 決して耳にすることのない――否。決して耳にすることがあってはならないほどの、全ての理不尽をさらなる理不尽で握りつぶすような歪な音を。


 

「ぐ、お、おおおおぉおぉぉッ!」



 そして、その音の原因を作るアータは、額に血管を浮かばせる勢いで、右腕に力を込めていく。あまりの力に右腕のいたるところから血が噴き出そうが、それでもアータは力を緩めることなく、空島に向けた掌に載せる。


 

「お、おおおおおぉぉッ!」



 世界の押し潰れる音が大地の裂け目の中で木霊していく。

 ありえないはずだった。あってはならないはずだった。疑う余地もない、街の終わりを見届けるつもりだった。

 だが、イリアスの街にその身を捧げるつもりで残ったテノルの目に映ったのは、街の終わりではなかった。

 

 

 

 

「ッ、おあああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 

 


 イリアスの街の中央。暗黒に染まった世界の中央で、テノルは見る。

 なんてことはない人間の細い右腕だ。だが、その右腕は力強く、雄々しく、疑いもなく空に伸ばされ――何者をも寄せ付けない世界最強の拳を握っていた。

 

 

 そして、見上げた空の先は、暗黒を脱ぎ去った。

 たった一人の人間の、たったちっぽけな最強の拳の中に、イリアスの街を襲った巨大な空島(ぜつぼう)は押し潰された。

 見上げた空からゆっくりと差し込むのは、勇者に降り注ぐ光の道。

 

 

 あぁ、と。テノルは瞳に溢れた涙と共に悟る。

 

 

 あれが、命の行き先なのか、と。

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