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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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第十二話 夜に歪む笑み

「ふぅ……」


 時間にすれば既に夜も深い。

 だが、それでもこの街は全体を覆うように守る視覚結界によって、差し込む僅かな光を増幅し、夕焼け空のような形で照らされている。独特の静けさはあっても、暗闇のない街。

 温泉を出て既に数時間が経過しており、アンリエッタやサリーナ達は既に自室で寝息を立てている。アラクネリーは既に戻ったのか、姿はなくなっており、魔王は蹴り落とした地底深くからまだ戻ってきてはいない。戻ってこなくてもいいが。

 そんな中で執事服を着こみ、宿の屋根の上で胡坐をかいていたアータは空を見上げていた。

 

『寝ないんですの、あーたん』

「それをお前が俺に聞くか?」

『気の休まりの少なかったこの数年に比べたら、今はすごく落ち着いてるんですの。寝てもいいんですのん』


 肩に立てかけていたフラガラッハの問いかけに鼻を鳴らしてそのつもりがない意思を伝え、アータは宿の上から町中を見渡す。立たせていたワイト達は交代の時間なのか、入れ替わっている姿もちらほら見える。その姿を見つめながら、アータは睨むようにして空を見上げた。

 

「視覚結界を通して見上げると、深夜だってのにこの距離から明るい空が見えるってのは不思議なもんだな」

『あーたんが眠そうにしないから、余計に今が夜だってこと忘れそうなんですの』

「みろ、今朝ここに来たときと同じ空島が浮かんでるだろ。あの空島の隙間から光が入ってきてるんだな」

『確かに浮かんでますのん』


 見上げた先にある空島は、輪っかのように大陸中央に大きな穴の開いた島だった。空島はいずれも非常に強い磁場と魔力を持ち、重力に反発するようにして空に浮いている。魔王城があった島に関していえば、魔王の手によって物理的に浮かぶように作られていたが、通常の空島はちょっとやそっとのことでは落ちない。

 それは空島自身が蓄える魔力の量が膨大であることに大きく起因しているが、なぜそうであるかの理由は世界に知る者はいない。

 ただ昔から、空島はそこにあったという事実だけがあり、いずれの空島もただゆっくりと空を漂い続けているだけだ。

 

「……なるほど」

『どうかしたんですの、あーたん』


 フラガラッハの問いかけを耳にしながらも、アータは空に浮かぶ輪っか型の空島の動きを見て立ち上がった。そのままフラガラッハを無言で手に取ると、屋敷の屋根から飛び降り、そのまま鼻歌交じりに宿の門を抜けて街へと歩き始める。

 昼間と変わらない影を連れて歩くアータに、背中に携えられたフラガラッハは不機嫌そうに問い続けてきた。


『あーたん! わたくし様にも教えるんですの! 何かわかったんですの、この街の違和感!』

「それを確かめに行く。……お、あの人は」

「おや?」


 宿を出て大通りに差し掛かったところで、神殿のあるほうから歩いてくる人の姿に気づいた。相手もアータの姿に気づき、一瞬だけ眉を寄せるがすぐに柔和な笑みへと変えて近寄ってくる。

 

「こんなところでこんな真夜中に何をされておられるのですかな、勇者様」

「何って、そんなの悪いことに決まってるだろ」

「どの口で言うんですかのそれは!? 貴方がそれを言い始めると魔族であるこの街の皆は誰も安心できないんですがな!?」

「そりゃそうだな」


 そういって叫ぶのは、長い神官帽をかぶった年老いた神官――テノルだ。神殿からの帰りなのか、脇から手提げ袋を抱えるテノルは、わずかに曲がった腰を伸ばしながらもアータの姿にわずかに眉を顰めた。

 

「それで、こんな夜も遅くに何をされておられるのですかな?」

「だから悪いことだって。神殿にでも行って御神体とでもやらを盗もうかと思ってた」

「……半ば冗談に聞こえないからたちが悪いですな、貴方様の言葉は」

「まぁ、御神体に興味はあるが、盗むつもりはないさ。それに、盗めばネリ―が奪い返しに来るんだろ?」

「……ついて来て下さい」


 テノルはアータの挑発するような言葉に一瞬だけもの言いたげな表情を見せるが、すぐにアータを手招きして通りを歩き始めた。

 

「あの子は、この街の――あの!? ついて来て下さいって言いましたぞ!? 何故スルーして裏通りに入っていこうとしてるんですかな!?」

「え、俺に言ってたの? てっきりあんたにしか見えない何かに話しかけてるのかと」

「ぐぬぬぬ……!」


 手招きを無視して裏通りに入っていこうとしていたアータを、慌ててテノルが呼び止める。その顔が紅潮し、鼻息荒くついて来てくれと訴えているのに気づき、アータは深い溜息と共に仕方なく踵を返してテノルの背を追いかける。

 そうして並んで歩くうちに、テノルが帽子の崩れを直しながら、語り始めた。

 

「あの子は、この街の宝です」

「巫女って言ってたな」

「えぇ。あの子はみなしごで、気づいたころにあの神殿の前におりました。ナクア様と私共神官の皆で引き取り、彼女は今、この街の唯一の巫女として生きております」

「具体的に巫女ってのは何をしてるんだ?」

「昼間にも魔王様の前でお伝えしましたが、御神体――いえ、どうせ見た後でしょうから言いますが、アーティファクトへ舞を納めております」

「ばれてるならはっきり聞くが、あんなことを続けさせてると死ぬぞ(・・・)?」

「…………」


 テノルが押し黙る。その様子に気づきつつも、アータはさらに言葉を続けていく。

 

「アーティファクトの反発もそうだが、あの舞の魔力消耗が尋常じゃない。本来数十人単位の巫女で負担を分散してやってるものじゃないのか? あのペースだと……あと数回後には生命力を抜かれ始めるぞ」

「……そこまで、わかるんですな」

「直に見たし、何より俺はアーティファクトに魔力を吸い取られる経験者(・・・)だからな」


 歩みを止めて立ち止まったテノルは、アータの前で振り返り困ったように笑っている。

 

「あの子は、それでもやめはしません。私共が止めようと、彼女は止まらない。まるで感情などないかのように……。だったら、私共も覚悟を決めてあの子に付き合うだけですからな」


 裏通りを抜けた先で、テノルが壁に身を寄せて手招きしてきた。これにアータも黙って近寄り、塀にできた小さな穴からそこを覗く。

 覗いた先の小さな広場では、アラクネリーが神殿で見せた舞の練習をしていたのだ。

 その真剣な様子を見ながらも、アータの隣でテノルもまたアラクネリーの様子を覗き見ながら語り続ける。娘を見守る父のような慈愛に満ちた視線で。

 

「毎晩毎晩、彼女はこうして舞の練習を続けております。あの子はそういう姿を私共には見せませんから、この場所のことは内緒で――あれ? ちょっと、勇者様?」


 壁に顔を寄せていたテノルがそこを見ると、隣にいたはずのアータの姿は既にそこにはない。振り返って背後を探すが、いない。

 そうして気づく。


「ま、まさか……!」


 冷や汗だらだらに、手にしていた手提げ袋を落とす勢いで壁にへばりついてそこを見たテノルは、視線の先で内緒の特訓に励むアラクネリーに片手を上げて元気よく近寄っていく勇者の姿を発見。

 

「私達が静かに見守った十年があああああああああああああ!?」


 そうして神官テノルは、曲がった腰も逆に折れるほどのエビぞりになって叫んだ――。

 

 


 ◇◆◇◆

 

 

 

 テノルを置いてネリ―のもとに遠慮なく向かっていったアータは、その舞を見ながら口端を釣り上げた。

 神殿で見た時と同じように洗練された動きと、一つ一つの動作に魔力を込めた力ある舞。着ている服こそ神殿で見た巫女姿ではないとはいえ、いつもと変わらぬ長いマフラーもまた風に揺れるようにして舞う。

 そんな舞が一つ落ち着いたところで、アータはずかずかと近づいて片手を上げた。


「よう、励んでるなネリ―」


 そういってアータは、額にわずかな汗を滲ませて舞っていたアラクネリーに声をかける。ネリ―はこれを不審そうに睨みながらも、唇を尖らせて応えた。


「まさか声かけてくるとは思ってなぱっぱ」

「気づかれてるのに声かけないのも薄情だろ。あともうそれ慣れたからな?」

「……十年間気づかないフリしてくれてたのに」

「え、なんだって?」

「十年間気づかないフリしてたのに」

「え、なんだって?」

「絶対聞こえてる!!」


 かみつかん勢いで詰め寄ってくるアラクネリーの姿に、アータはいたずらっ子のような笑みを返す。そしてその不貞腐れたような姿を見ながら思う。テノルはネリ―を感情がないようだと言ったが、そんなことないじゃないかと。

 そしてもう一つ思う。御神体への奉納――アーティファクトの暴走する魔力を舞を通して自身の魔力での封印。その結果を目の前の少女が理解していないはずはない。むしろ理解しているからこそ――。

 思い付いたことにアータが僅かに目じりを下げると、手にしたフラガラッハが呆れたように声をかけた。

 

『あーたん……。それはさすがになんですの……』

「うるさい。それに、どうせ必要なことだ」


 フラガラッハの戒めの声にアータは鼻を鳴らしながら、アラクネリーに問う。

 

「で、舞の練習はどうなんだ?」

「……別にどうってことない。今日は不覚」

「ふーん、そんなもんか」

「いつもの私なら――ッ!?」


 そっぽを向いていたアラクネリーは、眼前に迫った理解の及ばない速度で迫ったソレを、直感だけで飛びずさって躱す。アラクネリー自身でも辛うじて理解できたのは、わずかな痛みを感じた頬をさすり、手のひらに薄く血が伸びていることだけだ。

 そうして忘れていた呼吸のために息荒く目を見開いてアラクネリーはそこを見た。

 

 

 ――化け物がいる。

 

 

 アラクネリーの視線の先で、アータはアラクネリーの顔面へと突き立てていたデッキブラシを肩に預け直す。アラクネリーに向けた一瞬の殺気に反応した彼女の強靭な糸は、確かにアータの身体に絡みついていた。しかし、そんなもの最初からなかったかのようにアータはこれを引きちぎりながら動く。

 そうしてアータはいまだ肩で息をするアラクネリーを見下ろしながら歪に笑った。

 

「ネリ―。お前、露天風呂で言ってたよな。強さの理由が知りたいって」

「……っ、それが、何!?」

「いや、言葉で伝えるのは難しいからな」


 睨み付けてくるアラクネリ―に向けて、アータはぱちんと指を弾いた。たったそれだけの所作で生まれた竜巻は、混乱したままのアラクネリーを襲っていく。荒くれる暴風はアラクネリーの小さな体を容赦なく襲い、だがアラクネリーは首に巻いていたマフラーを手にして振り回す。暴風の中で生まれた小さな竜巻は次第に暴風の力強さを奪い、消し飛ばした。

 大小の切り傷に顔を顰めながらも、アラクネリーは両手でマフラーを構えてアータをもの言いたげに睨む。

 そしてアータは、その視線にデッキブラシを突き付けて宣言した。

 

「いい機会だ。俺とやってみるか、ネリ―」


 と。

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