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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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第八話 街の闇はケタケタ笑う

 神殿を後にしたアータは、街中を散策しながら思う。

 

「場所が場所だけにもっと静かな場所かと思っていたが、思っている以上ににぎやかな街だなここは」


 通りは広く、行きかう魔族達は人間であるアータを興味深そうに一瞥はするが、そこに敵意のようなものは感じない。ざっと左右を見渡せば、観光地と言われても見分けがつかないほどの屋台や店も並ぶ。並ぶ食べ物については触れないが、賑わいは感嘆するほどだ。

 軒先に商品を並べた土産物屋を見つけて、アータは足取り軽く並ぶ商品を見るが、思いのほか凝ったアクセサリーが多い。

 

『この街だけで見れば、人間界とそう変わらないんですの』

「まぁそうだな」


 空から入る赤みのある光が街全体を照らしているせいか、この街自体の活気にも大きく干渉しているようにさえ感じる。とはいえ、いい加減差し込んでくる光で目の前に伸びる影に気づいたアータは、物色していたアクセサリーを元に戻してその場を後にする。

 そうして再び人込みに紛れるようにして歩き始めたアータに、携えていたフラガラッハが小声で話しかけてきた。

 

『……あーたん、ついて来てるんですのん』

「おう、わかってる」


 振り返りはせず、アータはフラガラッハの声に応えた。神殿を出てからずっと感じていた気配は、一定距離を保ったままずっと自分を追いかけてきている。当然その気配が誰のものかはわかっているが、気づかないふりで歩みは進める。

 だが、

 

「……増え始めたなぁ」

『それだけあーたんが嫌われてるんですの』

「ごもっともで。っと、おっちゃん、そこの油とでかい鍋をくれ。それそれ、そのかなり深いタイプのでかい鍋。あと火打石も」

「あいよ! こんな量の油買って平気かい兄ちゃん」

「あぁ、ちょっとおいしいもの作ろうと思ってな」


 手近の店で膝丈ほどの大きめの鍋とそこに入れる油を似て入れたアータは、軽々と背に鍋と油の入った袋を携えて歩みを進めた。

 細い通りに入っていくたびに、感じていた気配は一つ、また一つと増えていく。神殿を出てすぐに感じていた気配に比べても、増えていく気配の主たちは敵視を隠すつもりもないほどの殺気を滲ませてた。

 当然、行きかう魔族達は殺気を感じ取れてはいないが、何かしらの違和感を感じて皆が不安げに顔を顰めながら歩みを進めている。

 十を超えた気配を感じ始めた時から、アータは周りの魔族達に殺意が向かないようゆっくりと細い道へと入っていく。一つ角を曲がれば、さらに細い路地が。さらに先に進めば薄暗さが。そして最後の角を下っていくと、開けた行き止まりが。

 そうして立ち止まったアータは、ため息交じりに振り返って袋小路に集まった彼らに向き合った。

 

「で、何の用だ。わざわざ人目につかないところに来てやったんだから、挨拶ぐらいよろしく」

「勇者――だな?」


 振り返った先にいたのは、骨だった。

 正確には、骨の骸――ワイトの戦士達だ。肉はなく、不死の魔物の一角、ワイト。肉体を持たないが故にパワーはないが、素早い動きと魔力さえあれば何度でも立ち上がって迫ってくる、人間界でも恐れられる化け物。浄化や封印をしなければ止めることができない魔物だ。

 そのワイト達は、それぞれが剣や斧、槍などの武器を手にしてアータを囲っている。

 彼らの姿を見て、アータは手にしていた鍋や油を脇に置いて、顎に手を当て思案。

 しばらく眉間を揉んで思案を続け、ようやくアータはぱっと笑顔を浮かべてぱちんと指を弾いた。

 

「一年前、魔王城に行く前の嘆きの森で戦ったホワイト君?」

「ちがぁう! 半年以上も前に人間界の古戦場で戦った不死軍団軍団長、ワイト族のトワイト様だ!」

「じゃあ知らないな。人違いってことで」

「おいちょっ、待てこら! 人違いじゃないだろうが貴様!」


 踵を返して去ろうとしたアータを、慌てて飛び出してきたワイトが呼び止める。その切なげな叫びにアータは仕方なくため息をついて立ち止まり、腕を組んで彼らに再び向き合った。

 

「で、何の用だ。こちとら魔王とも停戦の契約をしているし、手を出されなければ何もしないんだが」

「知っている。それに――魔法が使えないんだってな?」

「あぁ、使えないぞ」

「あれ、なんでそんな軽い感じ? 骨だけに?」

「で、それがどうした」

「突っ込みなしかクソ勇者め! あの時の戦いでは、貴様に氷漬けにされたせいで敗北を喫したが、魔法が使えないとあれば話は別だ! 我々の不死性を身をもって知ってもらおうか! かかれ!」


 一斉に飛びかかってきた骸たちに、アータは溜息と共に背後の壁の上からこちらに来ようとしていた彼女(・・)に問題ないと片手をあげて静止を促す。そして、向かってくる骸たちへと笑みを歪めて、アータもまたデッキブラシに手をかけた――。

 


 

 ◆◇◆◇

 


 

「で、だ。そういうわけで俺は今、魔王家で執事をしている」

「へぇ、そうなんですね勇者の旦那! さっすが、最強の勇者は俺たちワイトなんかたぁ、格が違いますわぁ!」


 地面に突き立てたデッキブラシと、その上に載っている不死軍団軍団長――トワイトという名のワイト族の頭蓋骨がケタケタと笑う。アータの背後にはぼろぼろに砕け散ったワイト達の骨が積み上げられ、頭蓋骨だけがきれいにデッキブラシを囲うように並べられている。

 向かってきたワイト達から根こそぎドレインで魔力を奪い、会話ができる程度にだけ頭蓋骨を取ってこうして談話中だ。肉体がない不死性もあって、遠慮なく無茶苦茶はできる。

 

「それでなんですがね、勇者の旦那」

「どうかしたのか? っちちち」

「いや、挑んで返り討ちにあっておいてなんなんですがね、一つ聞きたいことが……」

「あぁいいぞ。あ、いや待て。もう少し火をくべる」


 そういってアータは背後でボロボロに砕け散っていたワイト達だった骨を、突き立てたデッキブラシの傍で轟々と燃え上がる炎の中に次々投入していく。

 

「やっぱり先に聞きますぜ! あのぉ! なんで俺様の真下で火が燃え上がってるんですかぃ!?」

「そりゃたき火してるからなフラガラッハとお前らの骨で」

「だーれか助けてぇ!」


 突き立てたフラガラッハとその周辺にちりばめられたワイトの骨に、先ほど街で購入した火打石で火をつけて燃やしている最中。軍団長トワイトの頭は燃え盛る炎の上で。それ以外のワイト族の頭は、炎の目の前にきれいにそろえて身動きできない状態。

 彼らが恐怖にカタカタと震えるさまに満足いったアータは、脇に置いていた大きな鍋に油を注いでいく。

 

「それでさ、一つ取引があるんだが」

「はいはいはい! なんですかなんでしょうえぇなんですか!」


 調子のよい小物気質なトワイトの声に、アータは笑みを返しながら火の上に鍋を置いてぐつぐつと温めていく。ぱちぱちと弾ける油の音を耳にしながらも、アータはポケットから取り出した小さな羽ペンをくるくると回す。

 

「不死軍団っていうからには、それなりの規模だったわけだろう? 四神将のどの軍団に所属していたんだ?」

「へ、へぇ! ナクア様率いる偽獣兵団の先方を任されていました!」

「アトラの? そいつはちょうどよかった。あいつなら話が通じそうだ」

「は、話ですかい? いいやそれよりも、そろそろ助け――」

「で、本題はこれからだ。この街にいる間でいい、俺に協力しないか?」

「へ?」


 怪訝そうな顔をするワイト達の様子を見ながらも、アータは油の温度を確かめながら語る。

 

「俺としては面倒事を起こしたくない。だが、お前らみたいに面倒事の種はこの街には多い。だからあらかじめ一番最初に襲ってきた連中と手を組もうと思ってたんだよ」

「それで、俺たちと……?」

「あぁ。何せ、俺のことを勇者だと知って挑んでくるような猛者だろ。結果は無残だが、お前らのその不死性は脅威だ。ほかにも俺を狙ってる連中が多いが、お前らと手を組めばたいてい何とかできそうだからな。わかるか? かってるんだよ、俺はお前らのことを」


 探るような声のトワイトに、アータは軽い調子で彼らを乗せるように答えた。これを聞いたワイト達はカタカタと笑いながら大きく頷いていく。

 

「ひっひっひ! そうさそうとも! 我ら不死軍団の力は侮られるようなものじゃない! とはいえ、魔王様やナクア様を裏切るような真似は――」

「何言ってるんだ、それこそ俺は魔王家の人間だぞ。裏切るどころか、魔王直属みたいなものだろうに」

「ハッ、たしかに……!」


 考えるしぐさを見せるトワイトの頭を、アータはデッキブラシから取り外して地面に置いた。そうしてトワイトが他のワイト達と話し込み始めるのをよそに、アータは轟々と燃え上がっていたフラガラッハを一振りして炎を振り払い、

 

『あーたん!? わたくし様しょっきん! なんでわたくし様を燃や――おぎゃあああ!?』

「あぁ悪い、ちょっと体半分もらうぞ」

『先に言うんですの、先に言うんですのよそういうことは!?』


 ぽきっと真っ二つに折ったフラガラッハの木の棒(とうしん)を、ポケットから取り出した小さなナイフでゴリゴリと削りながら煮えたぎる鍋の中にすりおろしていく。透明だった油は真っ赤に染まっていき、ぐつぐつと煮えたぎり始めた。そうして準備を整えたアータが振り返ると、地面に置いてあった骸たちの顔がこちらに剥いていることに気づいて、笑みを浮かべる。

 

「勇者の旦那。いいでしょう、俺様たち不死軍団はこの街にいる間はあんたの下につく!」


 その迷いのない返答に、アータは静かに頷いて彼らに向かって手を差し伸べた。

 

「いい判断だ。改めて名乗るが、俺の名前はアータ。アータ・クリス・クルーレ。よろしくなトワイト」

「俺様の名はトワイト。不死軍団軍団長、流れのトワイト! 俺様たちに任せときゃ――あの、何してるんですかい、俺様の頭を掴んで」

「俺の下についてくれるってことだからさ、お前らに少し力をつけさせようかなと」

「へ、へぇ。それでその、あの、なんで俺様の頭の真下に煮えたぎった鍋があるのかなと」


 震える声でケタケタと音を立てる骸の頭に、アータは満面の笑みを返す。


「今のままじゃお前らの魔力が足りないからな。さっきお前らからドレインした魔力に、フラガラッハの自動修復効果を少し混ぜた特製の鍋だ。これでお前らワイトを素揚げすることで、魔力強度と骨そのものの強度を上げる」

「いま素揚げって言ったねぇ素揚げって言いましたか勇者の旦那ァ!?」

「大丈夫だ。骨だけなら大してつらくないさきっと」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って、俺様達確かに不死身だけどその分そういう特殊な扱――」


 ぼちゃん。

 

「どあちゃあああ!?」




 ◇◆◇◆


 

 

「……あの、アータ様。聞いていいですか?」

「ちょっと待ってくれ、今最後の肋骨が揚がったところだから。ほれ」


 鍋からこんがり上がった骨を、アータは背後で整列するワイトに投げ渡した。受け取った揚げたて肋骨を体にはめ込んだワイトは嬉しそうにケタケタ笑い声をあげて並んでいく。

 

「で、なんだっけアン」

「人通りの少ない路地裏から煙が上がってるから、もしかしてと思って飛んできたんですが……、なんですか後ろのソレ」


 頬を引くつかせるアンリエッタが指さした先――アータの背後には、黄金色に光る香ばしい香りのワイト達が並んでいた。その数四十体。途中から油汚れで少し黒く汚れてしまっているが、おおむね綺麗な素揚げで完成している。

 彼らは背筋をぴしりと伸ばして整列した軍隊然とした様子で、アータの背後に並び立つ。

 

「何って……。ワイト族の素揚げ、伝説の剣添え?」

「貴方目を離したたった数時間で、一体何やらかせばそんな恐ろしい食べ物作り上げるんですかねぇ!?」

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