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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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第二話 木霊する叫び声

 転送直後に感じる肌寒さと、背後から自分に振り下ろされた巨大なハンマーに、だがしかしアータは特に気にもせずに顎に手を当てて辺りを睨む。

 ごんっという鈍い音と共に振り落とされた人ひとり押しつぶすほどの巨大なハンマーは、その役目を果たすことなくアータの脳天に直撃したところで砕け散った。


『なんだとッ!?』


 転送直後のアータを狙ったハンマーの持ち主は驚愕の声をあげながらも、ハンマーだったものを投げ捨てて素早くその場を飛びずさるが、

 

『アガッ!?』

「さて、いくつか聞かせてくれ」


 投げ捨てられたハンマーの柄を手にしたアータは、来襲者の顔面に強烈な蹴りを決め、仰向けに押し倒した。そのまま鋼鉄製のハンマーの柄を三等分に折り、来襲者――イエティの両腕と首をハンマーの柄を使って地面に固定する。

 イエティの腹を片足でゆっくりと押しつぶしながら、アータは改めて周囲とその相手の姿を見る。

 場所は非常に広い開けた洞窟の中。アータの身長の三倍はあろうかという高さに、周囲にはたいまつも灯されて明るい。雪山の中にできた洞窟なのか、時折吹き込んでくる冷風は普通の人間には肌を刺すような冷たさだ。

 そして、そんな洞窟の中でアータを襲ってきたイエティ。その身体はサイクロプスほどの巨体。アンバランスに長い両腕と全身を真っ白に染める長い体毛。極寒の雪山で寒さを凌ぐためだろう。だが、それ以上に驚きなのは彼らが防具や武器を携えていることだった。

 目にするイエティは、兜と胸当てに拗ね当てをつけている。鋼製のものだ。サイクロプスも武器や防具を用いるが、彼らのソレは木材や皮で作られたものだ。製鉄技術があるわけでもないイエティが自身の巨体にあった防具や武器を持っている事実に、アータは瞳を細めて足元のイエティを見下ろす。

 

「正直に答えてくれれば何もしない」

『ふん、何が知りたい?』

「お、素直だな。助かる。俺も乱暴なことはしたくないからな」


 アータの視線から顔をそらしたイエティは不満げに口元を歪めるが、アータはそんなことを気にもせずに問いかける。


「一つ。俺より前に三人ここにやってきたはずだが、見かけたか?」

『さっきここに来た連中なら、俺様の仲間が奥に連れて行った』

「なるほど。この奥か」

『ふっふっふ。この洞窟は入り組んだような迷宮になっている。俺様達イエティ族にしかわからないような迷宮に――おい何をしてる?』

「いや、そんな真っ白な毛皮着て暑いだろうなって思って、毟ってる」

『ちょ、ヤメ、ヤメろォ!?』


 呼吸荒くもがくイエティの足元から、アータはぶちぶちと体毛を毟り取っていく。一本一本の毛は掌ほどもある実に長いもので、さらに肌触りは羊毛のように柔らかで繊細だ。掌の上でフカフカと揺れるその体毛は、出すところに出せば実にいい値段になるかもしれない。

 

『ちょ、おい止めろっ! 足元が、足元がひんやりと!?』

「あぁ悪い、質問の途中だった。二つ目、その武器と防具はどこから手に入れた?」

『ちょっと待て! 正直に答えたら手は出さな――ウギャアアアアアアア!?』

「あ、ごめん。お腹の毛は敏感だったか? お、こんなところにちょうどいい窪みが。ほい」


 ズボッ。

 

『イギャアアアアアアアアア!? 俺様のへそに何かが刺さったぁあああ!?』

『あーたん! とんでもないところに刺さないんでほしいんですのぉ!』

「まぁ答えたくないならいいさ」


 イエティのヘソにフラガラッハを突き立て、その全身の体毛を毟りながらアータは洞窟の奥に視線を向ける。目を凝らしてみれば、先にこちらに飛んだアラクネリーが洞窟の奥へと向かって糸を残していっているのに気づく。

 ついでに言うと、今朝に落とし穴にはまったアンリエッタの僅かな臭いも鼻に届く。血の匂いは――ない(・・)

 

「まだ無事そうだな。急ぐぞ、フラガラッハ」

『あーたん、足元で裸に毟ったイエティが泣いてるんですの』


 背中に携えなおしたフラガラッハが哀愁漂う声で語るが、アータは特に気にもせずに毟り取ったイエティの体毛を荷物から取り出した袋に詰めこむ。そうして足元で拘束されたまま泣き笑いをするイエティに親指を立て、

 

「正直に答えてくれてありがとう。あと、体毛もくれて助かった。それと、心配ない。すぐに仲間も全員剥いてやる(・・・・・・・)から」

『みんな逃げてぇええええええええええ!』


 アータの言葉の意味に気づいたイエティは、洞窟の奥にいる仲間に向かって最後の絶叫を上げた――。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「ん? アンリエッタ、アラクネリー。今何か聞こえなかったかの?」

「聞こえてませんよ! というか、今のこの状況じゃ聞こえません全然!」

「私は聞こえた。ふふん」

「どや顔してる暇があったら、そこのイエティお願いします!」


 サリーナを背後に庇ったまま、アンリエッタは土魔法で洞窟の壁を隆起させてイエティからの一撃を防ぎ、周囲を見渡して身を震わせた。

 

 ――イエティの棲み処。

 

 召喚され連れてこられたそこは、洞窟内でも大きく開いた場所だった。辺りの巣穴らしき穴からは次々と腹をすかせたイエティ達が出てきており、既に自分たちの周囲は数えるのも億劫なほどのイエティ達がいる。どれもこれもアンリエッタ達の二倍はある巨体で、ハンマーや斧、剣まで手にしている。

 それでもなお、アンリエッタとサリーナがいまだ無事な理由はただ一つ。

 二人よりも前でイエティと無表情で戦うアラクネリーの存在だ。

 サリーナと同じほどの小さな背丈に腰まで延びる長い黒髪をなびかせ、彼女は首に幾重にも巻いていたマフラーでイエティ達の攻撃を軽々といなしていく。振り下ろされるハンマーも、薙ぎ払われる剣も、飛んでくる槍さえも彼女の編み込んだマフラーは変幻自在に防いだ。

 何より驚嘆するのは、その強さではなく――彼女の動かない感情だ。

 恐怖も戦慄も愉悦も怒りも高揚もなく、表情一つ変えずに淡々とイエティ達をのしていくその様に、アンリエッタはサリーナを庇いながらも不思議な不安を持つ。

 

 これが次期四神将の一角かと。

 

「すごいのぅアラクネリーは!」

「えぇ、ほんとうに」


 時折自分達に迫るイエティを隆起させた洞窟の壁で防ぎながら、アンリエッタはサリーナの驚嘆の声に相槌を入れた。アンリエッタ自身、戦場で前線に立ったことはないが、魔王家のメイド長であるがゆえに四神将の面々の強さはよく知っている。

 彼らの戦いには何かしらの信念がある。魔王への忠誠でもあれば、己の欲でもある。だが、アラクネリーは違う。

 彼女の戦いには、何も感じられない。

 淡々と飛び込んでくるイエティ達の攻撃をいなし、蜘蛛の糸で縛り上げ、ぽいっと脇に捨てる。それこそ超機械的に。リズムを刻む勢いで。

 

 受け止め、縛り、捨てる、ぽいっ。

 受け止め、縛り、捨てる、ぽいっ。

 受け止め、縛り、捨てる、ぽいっ。

 受け止め、縛り、捨てる、ぽいっ。

 受け止め、縛り、捨てる、毟る、ぽいっ。

 受け止め、縛り、捨てる、毟る、ぽいっ。毟――、

 

「ネリ―、このペースで残りも頼む」

「あいあいさー」

「そこでいつの間にやら、一体何やってるんですかねアータ様は!?」


 イエティ達を投げ捨てていく端で、縛り上げられたイエティの体毛を毟っていたアータの頭目がけてアンリエッタは手荷物を投げつけた。

 これを受け止めたアータは、毟り取ったフカフカのイエティの体毛をアンリエッタの手荷物の中に押し込みながら答える。

 

「こいつらの毛を使えば上質な防寒具も作れる。あともう少しで人数分揃うからお嬢様もアンも手伝ってくれ」

「にょっほお! 楽しそうなのじゃ、わしもどれ、一気にこう、むしゃあああっと!」

『おぎゃああああああああああああああ!?』


 アラクネリーに挑む先から敗北し、いつの間にか現れていたアータとサリーナのもとでイエティ達は裸に剥かれていった。蜘蛛の糸で身動きの取れないイエティ達のその巨体は、アータの傍で美しい白色だった姿を捨てて泣き崩れている。彼らの悲壮な背中を見たアンリエッタは、瞳を細めながらアータとサリーナの傍に近寄った。


「全く、いつの間に追いついたんですかアータ様」

「ん? ネリ―の残した糸とお前の臭いを追って、一直線に来た」

「誰のせいで臭いが残ってると思ってるんですか!?」


 アラクネリーに投げ捨てられたイエティ達の毛を毟りながら、アータは背後の壁を指さした。そこには大穴が無造作に開いており、文字通り一直線にやってきたことにアンリエッタは深く頭を抱える。

 そんな彼女の様子に、アータは顎でくいっとアラクネリーが投げ捨ててきたイエティのほうをアンリエッタに促す。

 アンリエッタはこれを不満げに睨みながらも、イエティの頭に生えた一本の長い毛を鷲掴みにし、ストレスのままに全力で引っこ抜く。

 

 すぽんっ、と。

 小気味良い音を立てて抜けた毛に、アンリエッタはぶるっと体を震わせて口端を歪めた。


 ――超楽しい。

 

 抜き去った一本の毛を握りしめるアンリエッタは顔を伏せ、傍で嬉々として縛り上げているイエティ達の体毛を毟っていくアータとサリーナの名を呼んだ。

 

「アータ様、お嬢様――」

「おう、なんだ?」

「なんじゃアンリエッタ!」


 アータとサリーナは、肩を震わせながら顔を上げたアンリエッタを見て、互いに顔を見合わせて笑みを歪める。そんな彼らに向かって、アンリエッタもまたわずかに頬を赤く興奮に染めて宣言した。


「一人当たりのノルマは十体分で。アラクネリー様は、逃げようとしているイエティを一体も逃さず捕らえてください!」

「合点承知の助」


 もはや向かってくることをやめ、洞窟の端で身を寄せ合って恐怖に震えるイエティ達の群れに向かって、アラクネリーは飛ぶ。それは完全な捕食者のソレで。

 

 

 この日、イリアス郊外の豪雪地域にあったイエティの巣から、悲しみの嗚咽に満ちた叫び声が世界にこだました――。

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