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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第三章 蜘蛛の巫女とイリアスの秘宝
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第一話 出発まじやばくね

「のぅのぅアンリエッタ、アラクネリー。イリアスの街とはどんなところなのじゃ? ここからどれくらいかかるのじゃ?」


 旅支度を整えたサリーナは、身軽な黒のドレスにアータからプレゼントされていた大きな赤いキノコ帽をかぶってアンリエッタの腰元に抱き着く。アンリエッタはいつもと変わらぬメイド服に身を包みながらも、腰まで延びる赤髪を揺らせながらサリーナの問いかけに答えた。

 

「数万年前に起きたという大陸の大変動によってできた大地の裂け目――通称、星の入口(グランドオリオン)。大陸変動の爪痕は世界各地にありますが、その中でも最も規模の大きなものです。そんな裂け目の中に作られたとある理由でも有名な街です」

「理由?」

「えぇ。裂け目の周囲には大小さまざまな空島があり、裂け目から上がってくる上昇気流は上空の空島によって不規則に変化します。結果的に、イリアスの街を囲う大地では異常な気象が続いているんです。まぁ、それがあの街をそのまま外敵から守る力にもなっているんですよ」


 魔王家玄関口で人差し指を立てて語ったアンリエッタの言葉に、サリーナは瞳を輝かせながらも傍にいるアラクネリーの手を取ってぶんぶん振る。

 

「ほへー! すごいのぅアラクネリー、お主の故郷は!」

「それほどでもない」


 わずかに自慢げに顎が上がっているのに気づきながらも、アータは特に旅の支度もないいつもの執事服にデッキブラシを携えた姿で、アンリエッタに耳打ちした。

 

「で、そんな異常気象で覆われている街に歩いていくのか?」

「馬鹿言わないでください。あの町周辺の異常気象はそれこそ天変地異といっても差し支えのないレベルの災害です。アラクネリー様達が普段から魔王家との行き来に使っている転送陣で移動します」


 そういってアンリエッタは魔王家玄関の正面に小さな青色の水晶を置いた。この水晶から漏れ出した魔力はその場にイリアスの街への転送陣を描いていき、四人の前に転送魔法が完成する。

 

「転送先にこちらと同じ転送陣が用意されています。これを使えば通常の転送魔法より長距離を、同じ場所に向かって飛ぶことができます。ただ――」

「量産できるものじゃないな。この水晶に込められた魔力量が馬鹿でかい。大方魔王が用意したんだろ?」

「えぇその通りで……ちょっと、その水晶は貴重なんですからデッキブラシでつつかないでください! われちゃったらどうするんですか!?」


 アンリエッタにしがみ付かれるのを無視して、水晶をつつきながらフラガラッハを通して転送陣の構成式を把握。だが、その転送陣が指定している転送先の情報に気づいたアータは、顎に手を当てて眉を顰める。

 水晶をつつくのをやめたアータを見て、しがみついていたアンリエッタは深い溜息と共にサリーナとアラクネリーのほうへ向いた。

 

「まったくもう。では皆さま、魔王様がイリアスの街でお待ちです」

「にょっほおおお! 楽しみじゃのう、アラクネリー、向こうについたら案内してほしいのじゃ!」

「しょうがない。私のお気に入りの場所に連れていく」

「お二人とも、はしゃぎすぎないでくださいませ。アータ様、お嬢様達の荷物をお願いしますね」


 そういってアンリエッタがサリーナを連れて転送陣の上に載る。そのまま輝きを増していく転送陣の魔力を感じながら、アータは転送陣の転送先についてアンリエッタに問いかけるが、

 

「おいアン、少し待て。転送陣から感じる転送先の場所はイリアスの街じゃなさそうだ」

「何馬鹿言ってるんですか。馬鹿言ってないでさっさと行きますよ」


 冷めた視線だけで一瞥してきたアンリエッタは、隣でうきうき状態のサリーナと共に光に包まれて転送された。そうして残されたアータが頭を掻くと、傍にいたアラクネリーが何かを思い出したように手を打つ。

 

「あ、忘れてた。魔王様が言ってた。転送陣は最初に勇者を飛ばせって」


 そう口にしたアラクネリーはちらりとアータを一瞥。転送陣を見て転送されてしまったサリーナとアンリエッタの行く先を一瞥。

 もう一度だけ、アラクネリーはアータを一瞥。二度見。

 マフラーで隠れたアラクネリーの小さな唇が大きく開き、面倒くさそうな細い目も見開いた彼女は一言。

 

「やばくね?」

「あぁ、やばいな」


 また魔王が何かしらやらかしたのかと、アータは冷めた視線で転送陣を睨むが、事の重大さに気づいたアラクネリーは既に転送陣の中にスタンバイ。

 

「私、先に行く」

「おう、俺も荷物もっていくから二人のことは任せる」


 再び輝きを増した転送陣によって、アラクネリーもまたアンリエッタ達を追うようにして転送されて行った。転送先が気にはなるが、次期四神将の一角ともいわれるアラクネリーが早々に追いかけていったのでまぁいいかと、アータは置いて行かれている荷物を手に取る。

 大半がサリーナの荷物だが、その中の一つの小さなバッグに入っていた魔水晶が点滅しているのに気づき、手に取った。

 そして、点滅している魔水晶を小突くと、アータの正面に小さな映像魔法が映し出される。

 

『さりーなっちゅわあああん! 元気にしてたかーい、寂しくなかったかーい! パパですよ!』

「元気だし寂しくないが?」

『…………』



 ――プツッ。


 

『あーたん、あの……』


 この世の終わりとも思えるような神妙な声で名を呼ぶフラガラッハに応えず、アータは再び掌の上の魔水晶を叩く。

 再び正面に映しだされたのは、屋内の暖炉の前で四つん這いになって崩れ落ちている魔王の尻だった。

 

『ぬおおおおお……! なぜだ、どうしてあのアホ勇者がでる!? まさか、まさか……! この時期に私をはめた真の理由はサリーナちゃんを独占するた――ハッ!?』



 ――プツッ。


 

 視線が合ったので再び切る。だが、すぐにけたたましく震えながら光る魔水晶に、深い溜息と共にこれを叩いて魔王からの連絡をつなげた。

 そうしてアータが掌に載せていた魔水晶から、目の前に魔王の姿が映し出された。その頭の両角は暖炉の火が燃え移っている。その顔は焦りからか、映像越しだというのに今にもこちらに出てきそうな勢いでアータに噛みついてきた。

 

『なぜ貴様が魔王家の前にいる! さりーなちゃんはどうしたのだ!?』

「ちょっとまて。この連絡用の魔水晶で撮ったお前の情けない姿を別の魔水晶に移し替えて、魔界中に発信するから」

『アホなのか貴様は!? えぇい、今はそれどころではない! サリーナちゃん達はどうしたのだこのアホ勇者!』


 サリーナの荷物から余った魔水晶を取り出し、アータはフラガラッハを使って先ほどの映像を別の魔水晶にコピーしながら答える。

 

「意気揚々と転送魔法でイリアスの街――にいったつもりだと思うが」

『おおおおおおッ……! おい勇者今すぐ追いかけろ貴様!』

「毎回毎回、ろくなことしないなクソ魔王。で、本当は(・・・)俺だけイリアスの街じゃないどこに(・・・)転送しようとしてたんだよ?」

『イリアスの街郊外の豪雪地域にある、冬眠開けで腹を空かしたイエティ達の巣だ、はっはっは! どうするんだアホ勇者貴様! サリーナちゃんがイエティに食――』


 メキっと、魔王の映っていた魔水晶を握りつぶす。そうしてアータは、コピーの終わった魔水晶をそのままサリーナの荷物の中に直しこみ、荷物を背負った。

 

 イエティ。

 

 魔界の雪山に住む、巨人族やサイクロプス達同様に割と巨大なタイプの魔族だ。極寒の中でも動きが鈍らぬよう剛毛で覆われた巨体に、一薙ぎで岩を砕くような腕力。サイクロプスよりも知能が高く、肉食。魔王が言うように、ほったらかしのままだとサリーナやアンリエッタの身は危ないこともあるかもしれない。

 毎度毎度で面倒事を起こす魔王クラウスに深い溜息をつくアータだったが、携えているフラガラッハが思い出したように問いかけてきた。

 

『あーたん、極寒地域っていってたんですの。ひょっとしたらアレ(・・)試せるかもなんですの』

「確かに。追いかけて機会があれば試してみるか」


 荷物をもって転送陣の上に載ったアータは、上着の裾をめくって両腕の状態を確かめる。アーティファクトを壊した際の呪いももうほぼ完治してきた。期間的には二ヵ月程度かかってしまったが、永遠にこの身を蝕むというレベルではないらしい。

 首を絞める首輪に触ってみるが、相変わらずアータ自身の魔力を常に吸収し続けている。だが、ここまでの二ヵ月で把握したこともある。

 

 一つ目は、この首輪が吸収する魔力はアータ自身のものだけであるということ。

 二つ目は、この首輪と同じ魔法体系でもある吸収魔法(ドレイン)は、ほかの魔法に比べても制限が緩いということ。

 

 すなわち、フラガラッハの能力の一つでもある吸収魔法(ドレイン)で得た魔力をフラガラッハ自身に溜めれば、それを介してある程度の魔法は行使できるということ。そして、それはフラガラッハだけでなく、自分が乗っている転送陣や先ほどの連絡用魔水晶など、元々別の魔力から作られた魔法の行使にも大した制限はないということだ。

 実際に自身の魔力をゼロにするだけでなく、自分自身が触るすべての魔力をゼロにしてしまうような代物であれば、それこそ魔法完全無効化という切り札にさえなってしまう。

 

「何を考えてこんな代物が作られたのかは知らないが……まぁいいか。行くぞ、相棒」

『いかずに放置すれば面倒事へるんじゃないんですの?』

 

 フラガラッハの問いかけに、アータは自嘲したように頬を緩めた。

 

「うるさい。行かずに起きる面倒事と、行って起きる面倒事なら、今の俺は(・・・・)後者を選ぶ」


 フラガラッハのもの言いたげな笑い声が聞こえ、腹いせに真っ二つに折り、アータは先に向かったサリーナ達を追うようにして転送された――。

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