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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第二十六話 長い夜の終わり

「どうするつもりだ、勇者」

「いやなに、少し聞きたいことと伝えたいことがあってさ」


 傍に並び立つイエルダ大臣と共に、アータは外壁外に落ちてきていた城の中にいた。今回の勇者暗殺未遂の中で捕まえたディアーヌは、城にある牢獄の中で磔にされている。その視線は敗北者のソレとは思えぬほど強く輝いたまま、檻の外にいるアータやイエルダ達を睨み付けていた。

 アータはイエルダから鍵を受け取ると檻の中に入り、ディアーヌの前で腰を下ろす。

 

「ふん。計画に誤算はつきものですが、貴方ほどめちゃめちゃな誤算は初めてですよ勇者」

「おほめに預かり光栄だ。で、どこからの入れ知恵だったんだ?」


 ディアーヌはアータの問いかけに表情は全く崩さない。その胡散臭い笑みに、アータもまた胡散臭いままの笑みで問いかけ続ける。

 

「いくらなんでもお前の資産だけであんな化け物が作れるわけがない。いや、作るだけならできるかもしれないが、あんな戦争を起こすような数は作れない」

「作れるかもしれませんよ? まぁ、作れたとしても魔水晶が壊れてしまっては操れませんが――」

「俺たちがここに来る途中で襲ってきたウルフの群れ」


 ピクリと、ディアーヌの眉が動いたのをアータは見逃さなかった。

 

「随分と統率の取れた動きだったから、覚えてるんだよ。その数に任せて周囲を囲い、一体一体が相手の死角を狙うようなあの戦い方。雄たけびと視線だけで互いの位置を察しながら戦うあの様」

「それがいったい何だと?」

「いやなに。闘技会でも似たような戦い方をしていた魔物使いがいたなと。あぁそうだ、城で俺が相手をしていたキメラ達も同じように、俺を囲ってきたな(・・・・・・)

「大した偶然ですね」

「そうだな。大した偶然だ。で、その偶然ついでに――ほら」

 

 アータは笑顔を向けて背後に隠していたそれをディアーヌの前に差し出した。

 差し出されたそれを見た瞬間、ディアーヌは正しい意味で――完全敗北を悟る。

 

「こんなところにこんなものがある偶然だ。これなんだとおもう?」

「き、きさま、まさか初めから……!」


 差し出したそれは、先ほどの戦いでアータがディアーヌの目の前で砕いたはずの魔水晶だった。傷一つない綺麗なその魔水晶を見たディアーヌは声を震わせながらアータの笑顔の前で真っ青になっていく。

 

神の作った代物(アーティファクト)を壊すのは俺でも簡単じゃない。だから、あの時お前の目の前で壊したのは偽物(・・)だ」

「あの勇者役が私から魔水晶を奪った時に入れ替えたのか……!?」

「そういうこと。で、まぁ手に入れたら使ってみたいだろ。で、そこのイエルダ大臣にさっき使ってみてもらったが――案の定、キメラの制御なんてできやしなかった。ここまでわかれば、簡単だろ。キメラを操っていた共犯者は別にいるって」

「…………」

「まぁ、助けにも来ないところを見ると見捨てられたみたいだがな」


 押し黙って黙秘を続けるディアーヌの前で、アータは手にしていた魔水晶を牢屋の外にいるイエルダのもとに投げ渡した。慌ててこれを受け取るイエルダを置いて、アータは小さな声でディアーヌへ声をかけながら懐の中からもう一つのソレを取り出してちらりと見せる。

 

「あぁあと、これも」

「……ッ!? ちょ、ちょっと待て。そ、それは……!」


 アータがちらりと見せたソレに、ディアーヌは魔水晶を見せつけられたよりもはるかに狼狽しながらアータに顔を突き付けた。その絶望の表情にアータは満足いったように頷き、イエルダに見えぬよう取り出したソレを再び懐に戻す。


「そういうこと。あの時も言っただろ、止めとけって」


 そういって踵を消したアータの背後で、ディアーヌは茫然としたまま壁に背を預けて乾いた笑い声をあげた――。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 騒ぎの落ち着きを感じた民衆たちは、次々と戦いのあった外壁に集まり始めた。イエルダ大臣の手によって先ほどの戦いは勇者と魔王の共闘という形で民衆に伝えられ、彼らの多くはその戦いに興奮を隠せずに大騒ぎを続けている。

 彼らの興奮を鎮めるために傷だらけの騎士達や冒険者たちが並び立つように壁を作って、外壁外に民衆が出ないよう支えていた。

 その様子を見ていたフェルグス王は、城の中から出てきたイエルダ大臣とアータの姿を見つけ、困ったように笑いながら声をかけてくる。

 

「用はすんだのか、勇者」

「あぁ。後のことは悪いが任せるよ。聞いたところで、政治的な問題相手には今の俺の立場じゃ何もできない。何せ、魔王の娘の専属執事だからな」

「がっはっは! 世界最強の勇者が今はただの執事か! 楽しんでおるなぁ!」

「楽しんでるように見えるのかよ、あんたには」

「見えてなかったらそんなこと言わんだろうが」


 豪快に笑うフェルグス王の様子に、アータは肩を竦めながらも脇に抱えていた魔水晶をイエルダに手渡す。

 

「悪いけど、この魔水晶の管理は任せる」

「面倒事ばかり押し付けおって……。大体、なぜこんな外壁の外に城を落としおったのだ? お陰で城内の荒れようは口にできんレベルだぞ」

「まぁついでだったしな。それに、これからは魔族との戦いも減るんだ。もう外壁で覆う(・・・・・)必要はないだろ」

「……ふん」


 不満げに鼻を鳴らすイエルダは、そのまま城の中に戻っていく。

 これを控えの騎士たちと共に見送ったフェルグス王は、背を向けてアンリエッタ達のもとへと向かおうとするアータに問いかけた。

 

「本当に報酬はいらんのか? イリアーナの秘薬が魔族達の流行り病のために必要だったのだろう?」

「病の件なら原因も既に分かってる。何より、今回の事件は良くも悪くも一石四鳥みたいなもんだ。……だが、あぁそうだ。一つだけ欲しいものがあった」

「ほう? 珍しいな、お前がほしいものがあるとは」

「別に、ごたごたで買う時間がなかったからだよ」


 顎に手を当ててニヤリと笑うフェルグス王の前で頭をかくアータは、人間界に戻ってくる以前のある約束を思い出し、一つの品物を王に願った。

 この品を聞いたフェルグスは一瞬だけ目を丸くし、だがアータに理由は問わず、傍にいた騎士を使いに走らせる。

 騎士の走りさる姿を見送りつつも、フェルグスは目尻を下げて怪しく微笑んだ。

 

「やっぱり楽しんでおるではないか。がっはっは!」

「うるさい。仕方ないだろ、約束は守る(・・・・・)って信じてもらってるからな」


 笑うフェルグス王の前で頭をかいていたアータは、自分たちのもとに近寄ってくるアンリエッタ達の姿に気づく。

 

「アータ様、そろそろ人間達があそこを超えてきそうです。ばれるのも面倒ですし、ドラゴニス様に乗ってすぐにここを離れましょう」

「わかった。けどその前に――」


 ちらりとドラゴニスとアルゴロスに視線を向けると、二人はそれぞれ人の姿のままフェルグス王の前に出てくる。そうして彼らは、フェルグス王の前で堂々と仁王立ち。人の姿といえど、そこらの人間より一回り近い彼らの行動に驚きの声を上げようとするアンリエッタを片手で制したアータは、フェルグス王に視線をやる。

 これに気づいたフェルグス王は前に出ようとする騎士を下がらせ、目の前で立つ二人に問いかける。

 

「我が名は、フェルグス・イリアーナ十三世。貴公らの用件は何か」


 フェルグス王の問いかけに、アルゴロスとドラゴニスは顔を上げて名乗りを上げた。

 

「魔王軍、四神将の一角。アルゴロスッス」

「同じく魔王軍、四神将の一角。ドラゴニス。今宵は人の王――フェルグスへ、魔王クラウス様より頂戴しているものを届けに参った次第でありますのぉ」


 そういってドラゴニスは懐から一枚の書簡を取り出し、フェルグス王に差し出した。

 これを受け取ったフェルグス王はその中身に目を通して一瞬だけ驚きを露わにするが、すぐに深い笑みを浮かべて書簡を懐に収める。

 

「いいだろう、魔王からの正式な停戦の書状(・・・・・・・・)、確かに受け取った。イリアーナ王国はフェルグスの名において、魔界との停戦を約束しよう。それと――」


 騎士たちの見ている前で、フェルグス王はドラゴニスやアルゴロスの前で頭を下げた。


 敵対していたはずの魔族に、人間の王が頭を下げる。

 

 この意味を、民衆の前ではなく今ここに居るアータ達の前で見せる意味を、誰もが理解した。

 

「国を代表して、感謝する」


 その言葉に、アルゴロスとドラゴニスは反応に困るといった様子でそっぽを向き、背後でアンリエッタの口元を押さえていたアータに不満げな視線を向けてきた。魔族である彼らにとって、敵対していた相手へこうして頭を下げて感謝を示すという行為が理解できないものだったらしい。

 仕方なくアータは溜息をつきながらも、フェルグス王の言葉に一言を返した。

 

「次があったら、精々力を貸してくれ」

「がっはっは! それがお前の言うことか、勇者よ!」


 その笑い声に頭を抱えている間に、アンリエッタやドラゴニス達は既に帰る支度をはじめてしまった。白竜へと姿を戻していくドラゴニスと、その背にサリーナやフラウたちが乗っていくのを見送りつつも、アータは駆け足で戻ってきた騎士から大きめの包みを一つ受け取った。

 包みを開いて中身を確認したアータは、笑い続けるフェルグス王に薄く笑みを見せる。

 

「確かに受け取った。助かるよ」

「なんの。そんなものだけで今回の騒動に区切りをつけられるのなら安いものだ!」

「悪いが後始末は任せる。そのうちまた来る」

「次はせいぜい、遊びに来い」


 フェルグス王の言葉に瞳を伏せてアータは振り返る。

 その先には、自分をまだかといわんばかりに待つアンリエッタと、その背後で深々と息を吐き出す巨大な白竜。その背に乗るアルゴロスやフラウ、サリーナの姿もある。サリーナに関してはアルゴロスに抱え上げられ、渋々といった様子だった。彼らの様子にアータは盛大に肩を竦めつつ、彼らのもとへと歩みを進める。

 だが、

 

「アータ様!」


 王国に戻ってきてから聞きなれてしまったその騎士の声を耳にしながらも、アータは振り返らずにドラゴニス達のもとへと歩みを進めた。

 

「ちょ、なんで無視するんですか!? 僕の声聞こえてますよね、聞こえてるんですよね!?」


 呼び止める声が近づき、ドラゴニスの背に乗ろうとするアータをアンリエッタが困惑気味に呼び止める。

 

「……いいんです? ものすごい剣幕で呼んでますけど。タルタナ様がふらふら走りながらこっちに来てますけど」

「え、なにが?」

「あなた本当に鬼ですね!? いいですよもう、アータ様がそれでいいんなら、えぇいいのなら!」


 アータの頭をひっぱたいたアンリエッタは、アータを押し飛ばすようにしてドラゴニスの背に乗っていった。ひっぱたかれた頭を撫でながらアータもドラゴニスの背に乗り、

 

「んじゃいくか」


 何事もなかったかのような一言で、ドラゴニスは無言のままその巨大な翼を羽ばたかせた。

 一薙ぎでドラゴニスの巨体は魔王家の面々を乗せたまま楽々と空に浮かび上がり、そのままゆっくりと上昇していく。その羽ばたきが起こす風に近くにいたフェルグス王や騎士達が膝をついて耐える中、タルタナだけがレイピアを地面に突き刺しながら寄ってくる。

 

「アータ様! また僕たちにお礼さえ言わせないつもりですか!?」


 タルタナの悲鳴にも似た叫びに、魔王家の面々はアータに視線を向けるが、アータはその声に気づかぬ振りをしたまま瞳を閉じていた。

 

「とまれ、この……止まれって! また好き勝手やって勝手にいくつもりですか、貴方は!?」


 そのままドラゴニスは上昇を続けていき、無視を続けるアータに業を煮やしたタルタナは、手にしていたレイピアを投げ捨てるようにして叫ぶ。




「聞けって言ってるだろうがクソ魔王(・・・・)!」




 届いた声に魔王家の面々が驚きを隠せずにいる中、アータだけはは思わずくくっと小さく笑う。

 その声にアータは、ようやくかといった気持ちで立ち上がり、遥か大地に小さく見えるタルタナを見た。


 視線の先にいたタルタナの顔は怒りと憎しみと張り上げる声に伴う興奮と、ほんのわずかな感謝を乗せた表情で――。

 

「次に追いついた時は、あんたが満足する時間(さけ)でもてなしてやる! だから、任せとけ(・・・・)!」


 タルタナの強い決意のこもった言葉に、アータは少しだけ頬を緩め、返答した。

 

「いいだろうアホ勇者(・・・・)! 貴様こそ精々その時まで、任せたぞ(・・・・)!」


 アータの残した言葉に、タルタナは身体を震わせ――大きく頷いた。

 その姿を見てアータは、再びドラゴニスの背に身体を預ける。

 

 そうして膝の上に座ってくるサリーナを落とさぬよう支え、背後で静かに歌い始めるフラウの声に耳を澄ませた。

 隣で座るアンリエッタだけがタルタナと交わした言葉の意味を理解し、物知り顔で笑うのにだけデコピンを食らわせ、アータは空を見上げる。

 

 

 事件の終わりを告げるような真っ赤な朝日が、空へと昇る魔王家の面々を照らしあげていった――。


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