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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第二十五話 差し出された掌

 数では勝てない。

 

 空で舞う巨大なキメラの背に乗っていたディアーヌは、下唇を噛みながら思う。

 キメラの群れさえいれば、勇者暗殺と魔族への反感を買うことなど造作もないと思っていた。大枚をはたいて作り上げたキメラの回復力の高さに、あらゆる傷を癒すとまで言われるイリアーナの秘薬を使うことで、無敵の軍団を作り上げたつもりだった。

 だが、その軍団は計画に割り込んできた勇者に阻まれている。

 数じゃ足止めはできない。ならば――質で抗うしかない。


「……ッ、やはり貴様という存在が最も、私たちの計画の中の障害たり得るようだ!」


 遥か下の大地で不敵に笑う魔王を忌々しく睨み付けながらも、ディアーヌは手にしていた魔水晶を空へと掲げて叫ぶ。

 

「ならば、この国ごと滅ぼし、私達の計画(・・・・・)の礎としてやろう!」



 ◆◇◆◇



 ディアーヌの言葉と、掲げた魔水晶の魔力の収束を感じたアータはディアーヌに見えない位置で口元を緩めた。その笑みが愉悦であることを知らぬディアーヌは、魔水晶に己の魔力を限界まで注ぎあげていき、たった今アータの一撃で消し飛ばされていたキメラの群れや、ドラゴニス達に蹂躙されていたキメラ達を瞬く間に吸い寄せていく。

 まるでそこにブラックホールでもできたかのように吸い寄せられていくキメラ達は、ディアーヌの乗るキメラの身体へと寄せ付けられた。

 そして、耳に届いていくのは骨が砕け、肉が軋み、鮮血が噴き出す悍ましい音。

 瞬く間にディアーヌの駆るキメラのその身体は大きく姿を変えていき、気づけばその肉体は空で舞うドラゴニスを超え、城砦ともいえるほどの巨体へと姿を変えた。

 その背で高らかに笑うディアーヌは、アータに向けて叫ぶ。

 

「はは、ははは! さぁ、ここからが本番――」


 次の瞬間、ディアーヌは自らの頭の上をよぎった影に思わず振り返った。

 

「遅いッ!」


 振り返ったディアーヌがその声を耳にした瞬間には、既に勇者(タルタナ)がディアーヌの懐へ飛び込む。そのまま、後手を悟ったディアーヌが慌てて飛びずさろうとするが、タルタナはこれよりも早くレイピアに乗せた冷気を振り抜き、ディアーヌの両足をキメラの頭へと氷漬けにして動きを奪った。

 そしてそのまま、ディアーヌが手にしていた魔水晶を奪い取り、キメラの頭を蹴って跳躍。

 

「貴様、それを返せ!」

「良くも悪くも、魔王(アータ)に気を取られすぎなんですよ、貴方は!」

 

 ディアーヌの憤怒の表情にタルタナは舌を出して笑い、そのまま自分を空に飛ばしたドラゴニスの背に着地。タルタナが背の上で立ち上がるのをちらりと見たドラゴニスは、キメラの正面で大きく羽ばたきながら笑い声をあげた。

 

『ほっほっほ、だるだるなその腹の肉がお主の敗因ですのぉ』

「たかが、ドラゴン族風情が……! この私を――」

「よいしょっと」

「へ?」


 魔法で自身の足の氷を溶かしたディアーヌがドラゴニス達に向かって魔法を唱えようとした瞬間、ドラゴニスとキメラの前の宙で浮かぶ魔王(アータ)の姿に気づく。これにはディアーヌはおろか、タルタナも絶句してアータの背を見つめた。

 

「ちょ、きさ、ど、どうやって空を飛んでいる……!?」

「飛んでるんじゃない、滞空してるだけだ。それに、魔王なんだからこれぐらい魔法使わなくても造作もないだろ」

「貴方魔王じゃないですよね!? っていうか、あ、あれ!? 今僕が手にした魔水晶――あ」


 風に揺れるマントと共に胸を張るアータの姿に、背後にいるタルタナの声色も強くなる。だが、すぐにタルタナは自分がたった今手にしたはずの魔水晶がアータの脇に挟まっているのに気づき、盛大に頭を抱えた。

 

「さて、ディアーヌ。この魔水晶がキメラ達の制御に一役買っているのを、私たちが見逃すと思っていたのか?」

「ぐ、ぐぐ……!」

「正直、いつでもこれを奪う機会はあったのだ。だが、どうせ貴様にしか扱えないような処理をしているのだろう? でなければ、そんな自信満々に表に出てきて、いかにもこれがキメラ制御の秘密ですと言わんばかりなアピールはしないだろうからな」


 アータの言葉に、ディアーヌはきつく寄せていた眉を緩め、小さく笑いながら提案をしてくる。

 

「……そこまでわかっているのなら話は早い。どうだ、キメラの強さは理解してもらえたはずだ。勇者暗殺はならずとも、貴様とこのキメラの力があれば――」

「滅ぼせるぞと、そう言いたそうだな」


 何を、とはアータは口にしなかった。

 

「そうだ。今ならまだ間に合う。貴様たちの和平など何の意味も持たない。それこそ、世界は一つに統一されなければ(・・・・・・・・)ならないのだ!」

「よしわかった、乗ろう。これ返せばいいのかな。ほれ」

「ちょっ!?」


 タルタナやドラゴニス達が絶句するその目の前で、アータは脇に抱えていた魔水晶を迷いなくディアーヌのもとへと投げた。一瞬だけディアーヌはこれに驚くが、すぐさま破顔して投げられた魔水晶を受け取るべく両手を伸ばし、

 

 

 

 ぴょこんっ――と。

 

 

 

 ディアーヌの両手に魔水晶が届くその瞬間、不釣り合いな音と共にディアーヌの乗るキメラの頭からデッキブラシが生えた(・・・)

 唐突に突き出したそのデッキブラシはそのまま魔水晶を弾き、ディアーヌの目の前で魔水晶は再び宙に舞う。これを追うようにしてディアーヌはその巨体と共に飛んで再び手を伸ばし、だが、伸ばした掌が魔水晶に触れるその目の前で、アータが大きくデッキブラシを振りかぶっているのに気づいて絶句。

 

「やめっ――」


 このディアーヌの今にも泣きそうな表情に、アータは満面の笑みを浮かべた。


「それが、希望が絶望に代わる瞬間の感情だ。お前が民衆に(・・・)与えよう(・・・・)とした(・・・)感情(・・)だよ。これから一生――覚えておけ」


 静かな怒りと共に、アータは大きく振りかぶったデッキブラシを、ディアーヌの目の前にある魔水晶目がけて振り抜いた。

 パリンという甲高い破裂音と共に、ディアーヌが伸ばした掌の目の前で魔水晶は砕け散る。絶叫にならぬ声で叫ぶディアーヌを尻目に、アータは背後にいたタルタナにドラゴニスや、大地にいるアルゴロスにアンリエッタ、イエルダ大臣たちに向かって叫ぶ。

 

「根こそぎ魔力を用意しろ! 予定通りこのキメラを封印するぞ!」


 この言葉と同時に、アータは振り抜いたデッキブラシを目の前に構えた。

 

『あーたん! あっちでキメラ達から奪った魔力も再生に一気に使うんですの! せっかくドレインした魔力、こんな形で使っていいんですの!?』

「問題ない。どうせドレインで奪った魔力は半刻も持たない間に首輪(アーティファクト)に吸収される。今も絶賛吸収中で首が痛い」

『……じゃあ、予定通りやりますの!』


 構えたデッキブラシが強烈な光を放ち、そのブラシに大量の魔力が集中していく。

 封印されていた際に、中にいたキメラ達から根こそぎドレインしておいた魔力の全てを出し尽くす勢いのソレを受け、先ほどキメラの頭に映えたデッキブラシもまた、赤熱に発光していく。

 それだけではない。宙でたたずむ巨大なキメラの全身から次々とデッキブラシが生えていき、そのどれもが強烈な発光を放っていく。

 

『GUOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAA!!』


 もはや魔水晶の拘束もなくなった巨大なキメラは、自分の身体に生えていく得体のしれないソレと、自分の身体から魔力を奪い尽くすように輝く光に悲鳴に似た雄たけびを上げた。そうしてその鋭い視線は、すぐ顔の目の前でたたずむアータへと向けられる。

 

『GUOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAA!!』


 次の瞬間、キメラの喉の奥から再び業火が放たれた。だが、アータはこれを待っていましたといわんばかりに背に預けているマントで仰ぎ返す。

 放たれたはずの業火はそのまま勢いを増してキメラの全身を襲い返した。灼熱の業火は轟々とキメラの全身を焼き尽くし、キメラ自身もその熱に雄たけびをあげながら宙でもがき続ける。

 だが、キメラの全身を襲ったその業火は収まることを知らず、それどころから遥かに強くなりながら燃え上がっていく。焼けただれる肉体は、その再生力で再び元の姿に戻り、だが際限なく燃やし尽くされていく。

 キメラのその姿を見ながらもさらに上空へと飛び上がって右拳を振りかぶっていたアータは、自分を忌々しく睨み付けるその視線に向かって答えた。

 

「お前の身体に生えたソレは実によく燃えるからな。だが、心配しなくていいさ。じきに薬の効果が切れて(・・・・・・・・)再生できなくなる」


 次の瞬間、アータは振り被った拳で轟々と燃え上がりながら叫ぶキメラを大地に向かって殴り飛ばした。質量さの全く違うはずのその一撃はしかし、空を舞うその巨体を遠慮なく吹き飛ばし、遥か下の大地にめり込むような形で落ちる。土煙を上げて揺れる大地は、大きく隆起しながらも、いまだに燃え続けるキメラのうごめく体を抑え込んだ。

 そしてそのキメラの周囲に六本のデッキブラシが上空から大地に向かって突き刺さり、それぞれのデッキブラシに仲間たちが集まる。


 

 人間界の勇者役――タルタナ。

 イリアーナ王国の魔導士――イエルダ大臣。

 魔王軍智将――ドラゴニス。

 魔王軍勇将――アルゴロス。

 名前が省略される人――アンリエッタ。

 そして、最悪の魔王役――アータ。

 


「アータ様! 今、今明らかに貴方空で飛んでましたよね!? 先日も言いましたが、人間は空飛ぶのはダメですって!」

「いいだろ別に。そのおかげで魔王っぽさ出てただろ。……あ、いや待て、翼がなかったのかしまった。おっさん、幻燈魔法にはちゃんと翼つけておいてくれ」

「おっさんはやめろ勇者。それに、先ほどから国の大臣である私を使いすぎだ。幻燈魔法に封印魔法に――いかん、魔力がもう……」

「ハゲ散らかしていいからひねり出すッス! もとはといえば人間が起こした不始末ッスよ! なんならドラゴニスの白髭植えてやりますよって!」

「ほっほっほ、そこでわしに振ってくるんですかのォ。誰が人間なんぞにこの高貴なドラゴンの髭を渡すもんですかのぉ!」

「ちょっと貴方たち! くだらないこと言ってないで封印魔法行きますよ! 僕しか真面目に魔力込めてないんですが何故!?」


 キメラを囲うようにして配置されるデッキブラシに、それぞれが魔力を灯していく。アータだけは魔力がなく、デッキブラシ(フラガラッハ)にため込んだ魔力を使う。そうしてもがき苦しむキメラのいる大地に刻まれていくのは、それぞれのデッキブラシを頂点とした――六芒星。

 それぞれが注ぐ魔力の量に描かれた魔法陣の光は夜空を染め上げるほどに輝きを増していき、

 


六芒監獄(ヘキサグラム・プリズン)ッ!」



 暗黒に染まってさえいた世界を焼き尽くすような光が六芒星からあふれ出し、伸びていく光の帯はそのまま大地でもがくキメラを縛り付け、飲み込んでいく。

 絶命の悲鳴にさえ聞こえる最後の雄叫びを残し、キメラは六坊の光の前に埋め尽くされ――世界から消えた。

 

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 

「おっさん達」

「……もうおっさんでいい。それより、脇に抱えているその男は――」


 アータは大地に座り込んで息を整えるイエルダと、その横で焼き尽くされた大地を見つめていたフェルグス王の前に、ディアーヌを転がした。その顔は既に恐怖に染まったまま気を失ってしまっている。

 ディアーヌのその姿と、魔王のような服装に身を包むアータの焼けただれた腕に気づいたイエルダとフェルグス王は、渋い顔で問う。

 

「勇者、その傷は――」

「ん? あぁ、先日無理をした影響だ。呪いのようなものらしくてな。アーティファクトの類に触れると、こうなる」

「解呪は――効かんなこれは。いったい何をすればこんなとんでもない呪いに苛まれる」

「さぁね。それより、幻燈魔法であと一つだけ映し出すことはできるか?」

「馬鹿を言え。先ほどの戦いの全てを無理矢理敵の幻燈魔法を書き換えながら民衆に見せていたのだぞ? もうこれっぽっちも魔力など……」

「ほら、魔力の使い過ぎでハゲ散らかしても大丈夫なように、ドラゴニスの髭むしり取ってきたから。これやるから頼む」

「貴様私のことを何だと思ってる!? やめろ、その白いひげを私の頭に植えようとするな!」




 ◇◆◇◆



 タルタナは握っていたデッキブラシから手を放して呆然と空を見上げていた。

 身体中は傷だらけだ。切り傷擦り傷焼け跡にあざまであり、立ってるのも億劫なほどの傷だらけの身体だった。それだけじゃない。魔力も根こそぎ使い果たした。城での戦いで空っぽになったとさえ思っていた魔力は、この外壁の戦いでさらに使い果たし、今の自分には何一つの魔法さえ使えない。

 全部を使い果たした空っぽな身体にはだが、不思議な高揚感だけが残っていた。

 深い息を吐き出して思う。

 

 心が軽い。

 

 命を狙われていたのは、勇者役である自分だった。そのためにこんなにもめちゃくちゃな事件が起き、多くを巻き込んだ。

 だというのに、晴れ晴れとした心はタルタナに訴え続けている。勇者という肩書の役割を経て初めて感じた感情は、心地よいものだったと。

 

 そうして夜空を見上げていると、自分のもとに近づいてくる魔王(アータ)に気づいた。

 その顔には疲れ一つ見せず、背後に魔王の仲間たちを連れて。

 堂々と大地を踏みしめ、不敵に笑いながら差し出されたその掌を見て、タルタナは小さく笑った。

 

 届かないと思っていた。

 一年も昔、魔王軍に蹂躙された街の中から生き残った人々を助け出し、圧倒的なその力で魔王軍を粉砕し、退けたその背中をタルタナは覚えている。その圧倒的強さに畏怖し、自由奔放な振る舞いに憧れて追いかけてきたからこそ――。

 

 タルタナは差し出された掌に、長い月日の感慨と共に、手を差し出した。

 そして、差し出された掌を見た魔王(アータ)は困ったように笑い――、

 


「あ、悪い。そこに刺さってるデッキブラシ返してほしかっただけなんだけど」

「感動のラストシーンでそこォ!?」



 勇者役(タルタナ)魔王役(アータ)の顔を突き合わせるようなその姿は、夜空に映し出された幻燈を通して民衆たちの中に広がっていった――。


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