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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第二十三話 戦力差

 誰もが空で再生される幻燈魔法に固唾を飲みながらも目が離せない。

 真夜中の首都イルナディアを襲ったキメラの化け物。荒らされたイルナディア最大の外壁の悲惨な光景と、つい先ほど耳を覆うような爆音とともに世界から消え去ってしまった城の様子。

 キメラ達と戦う騎士や冒険者の姿と、立ち向かう勇者の姿。

 そんなとき、逃げ惑うしかなかった民衆の目に映ったのが、たった今空で再生される幻燈だった。

 

 魔王軍が攻めてきた――。

 

 幻燈に映るキメラ達の群れとそれを迎え撃つ勇者や騎士たちの姿は、民衆たちの間で反魔族感情を強く煽る。

 魔王と勇者は和平を結んだ。そんな噂が広がっていた首都に住む民衆にとって、夜空で繰り広げられるキメラと勇者たちの戦いはそれこそ、彼らの困惑と怒りを煽っていたはずだった。

 だが、それも今は違う。


「どうなって、るんだ……?」


 逃げることを忘れて立ち止まって空を見上げる民衆の一人が呟いた。

 その言葉を肯定するかのように、空を見上げる老若男女問わずの民衆は、幻燈の中で姿を現した魔王の姿を見て言葉を失う。

 史上最強の勇者と互角に戦う、魔界無敵の魔王。

 腕を組んで不敵に世界を見下ろすその魔王の姿に、人々は畏怖するよりも別の感情に襲われていく。

 

「何を――するつもりなんだ!?」


 それは敵対する種族無敵の王への恐怖よりも――、不思議な高揚感を持った期待にも似た感情で。




 ◇◆◇◆


 

 

 空を割って現れた魔王(アータ)の姿にその場にいた人間達が言葉を失う中、サリーナを含む魔王家の面々だけが、現れたアータの背後でさらに広がっていく裂け目に、魔王(アータ)が次に何をしでかそうとしているかを理解した。

 そして、その意味を知ると同時にアンリエッタはアルゴロスとドラゴニスに叫ぶようにして告げる。

 

「皆さま、すぐに下が――!?」

「んなっ!?」


 アンリエッタやフェルグス王、その場にいた騎士や冒険者一同だけでなく、一際大きなキメラの背に乗っていたディアーヌすら、そこから現れたソレに悲鳴を上げるようにして絶句した。

 打ち上げられた魚の如く口をパクパクさせるディアーヌは、ソレを引きずり出したアータを驚愕の視線で睨みつけてくる。

 そんな視線を受けるアータは、口端を釣り上げながら溢れんばかりの笑みを止めることができずに、魔王になりきって語った。

 

「出てきたついでだ。名も知らぬ反逆の徒よ。せいぜい、自慢のおもちゃが潰されぬよう、逃がしておけよ?」

「き、貴様は馬鹿なのか!? こ、ここは外壁外だぞ! そこにそんなものを――」

「しらん。何せ今の俺は、魔王(・・)だから! はっはっは! ……責任は全部あいつってことで」


 狼狽しながらも空高く逃げていくディアーヌとそのキメラをよそに、アータは地面で未だ呆然としているアンリエッタやタルタナ達にさっさと逃げないと遠慮なく巻き込むと視線でだけ訴える。これに気づいた彼らが慌ててその場を逃げ出すのを声を押し殺して笑いつつ、先ほどまで自分を封印していた空間にあったソレを、引きずり出していく。

 空の割れ目は引きずり出されるソレでいびつな音を立てながら砕けていき、しまいには山一つ飲み込まんとする巨大な裂け目へと姿を変え――、

 

「よいっしょっと」


 まるで引っ越しでもするかのような気の抜ける掛け声とともに、ソレ――イリアーナ城がその場に落ちてきた。

 

 落城。

 それは文字通り、空から城が落ちてくる(・・・・・・・・・・)光景。

 

 まるでこの世とは思えないようなその光景に民衆は茫然とするが、現地にいるアンリエッタやフェルグス王達はそれどころではない。原形をとどめたまま落下してきた城はそのまま大地にめり込むようにして大爆音とともに大地を粉砕し、吹き上がる暴風は遠慮なく逃げ遅れた騎士や冒険者たちを吹き飛ばしていく。

 封印空間から無理矢理引き出された城は、落下と同時に脆くなった塔や外壁が崩れ落ち、一同を襲っていく。

 

「ちょ、ちょっと魔王(アータ)様! まだ私達逃げきれてな――いぎゃああああああああ!?」

「ドラゴニス! アンリエッタさん粉塵に巻き込まれましたよって!」

「それどころじゃありませんのぉ! こっち、こっち城の外壁落ちてきますぞおおお!?」

「にょっほおおおおお! 大興奮なのじゃああ!」

「そこの小さい子! 危ないから僕の後ろに下がってください、氷結魔法で何とか防ぎ――おごん!?」

「がっはっは! イエルダ、城が外壁外に落ちたぞ! こりゃあ、外壁構築の事業を一から見直しだなぁ!」

「あ……んの大馬鹿勇者めが……! いくらなんでも登場を派手にやりすぎだ!」


 それぞれが巻き込まれていく一同は、一人のままでは助からないと確信し慌てて合流していく。そこに人間も魔族もない危機的状況なだけに、誰もが表れた魔王を怒りで睨みつけながらも、互いに背を預けて現れた城を見る。

 今の一撃で、先ほどまでサリーナたちを囲っていたキメラ達はすべて城の下に押しつぶされ、もはや見る影もない。

 ようやく粉塵が落ち着いたかというところで、アータもゆっくりと地面に降り立ち、一同のもとに片手をあげながら軽い調子で声をかけた。

 

「無事だな、よし問題なし。それじゃあ行くぞ」

「問題大ありなんですが!? 一体なんてことしてくれるんですかアー……魔王様!」


 粉塵の中から煤汚れたメイド服を叩いて登場するアンリエッタの怒声に、アータは頭に乗せているキメラの角の配置を調整しながらも答える。

 

「あの空間に城を置いたままってわけにもいかないだろ。折角外にフラガラッハの身体で目印を作って、中にいたキメラ達の魔力を使って召喚したんだ。ついでにアレもとおもって」

「あぁやっぱりそういうことだったんですのぉ。それよりクソ勇――クソ魔――魔王様」


 いつものようにクソ勇者と呼べないドラゴニスが、自慢の長い顎鬚を力強く握りながらもアータに顎でくいっとそこを示す。

 そこにいたのは、満面の笑みを浮かべるサリーナと、彼女を守る様にしてレイピアを構えていたタルタナだ。

 

「よう、久しぶりだなクソ勇者。どうしたその頭のたんこぶ。誰かに脳天でもどつかれたか?」

「だ……誰のせいですか誰の! ――いや、誰のせいだ誰の! いくらなんでも無茶苦茶すぎるだろうがのクソ魔王!」


 アータの姿と今の状況に、タルタナもようやくアータが何を考えていたのかを理解し、勇者役に努める(・・・・・・・)。アータ自身、タルタナの言葉を耳にして笑みをこぼしてしまい、思う。自分と魔王はいつもこんな感じなのかと。

 いがみ合うようにして顔を突き付け合うアータとタルタナは、互いに罵り合いながらも、不敵な笑みは崩さない。

 だが、すぐにアータの羽織るマント(カーテン)をサリーナがしたり顔で引っ張っているのに気づき、アータは彼女に視線を向けた。

 

「にゅっふっふ。わかっておる、わかっておるともわしは! じゃから、ほれほれ? 言っていいんじゃぞ、ばっちこい!」

「…………」

「なぁにをしておるのじゃ! いつでもわしかもーん!」


 鼻息荒く両手で手招きしているサリーナの様子に、アータは頬をかきながら周囲の魔王家の面々を見るが、彼らはただ目で訴えるだけだ。

 魔王役なら、魔王らしく振舞えと。

 その視線に、アータは勇者を始めて以来の難題だなと眉間を揉む。だが、夜空の幻燈には魔王クラウス本人に置き換えて再生しているわけで、どうせなら魔王の評判が民衆の中で最低なロリコンになるレベルでやってしまおうと、気合を入れた。

 そうしてアータは、魔王家での魔王クラウスの姿を思い出しながらも、満面の笑みでサリーナを抱きしめ叫ぶ。

 

「……さ、りーなちゅわああん! だぁいじょうぶだったかい!? 怪我なんてしてないかい、怪我してたらパパがケガさせたやつ叩きのめしてあげるからね!」

「にょっほおおおおあああ!? や、やっぱりアータでもこれはいやじゃったのじゃあああああああああ!」

「一世一代の決意の行動にいまさら!?」

「サリーナちゃんって呼ばれたかっただけじゃったのに!」

「……こほん。じゃあサリーナちゃん、あっちの毛むくじゃらのおっさん達と一緒に離れておくんだ」

「誰が毛むくじゃらだ魔王」


 アンリエッタの背に泣きながら隠れていったサリーナを見送っていると、近寄ってきていたフェルグス王とイエルダ大臣のかけてきた声にアータは不満げに鼻を鳴らす。

 

「ふん。人間どもがだらしないから来てやったぞ。こんな下らん内部崩壊を、魔王軍のせいにされたのではたまったものではないのでな」


 皮肉ともいえるアータの言葉にイエルダ大臣は小言を告げようとしたが、これをフェルグス王が片手で制し、豪快に笑いながらも宣言した。

 

「張り切ってるじゃないか! ならば、勇者よ、フェルグス王の名において貴様に、魔王との共闘を言い渡す! 見事逆賊、ディアーヌを打ち取って見せよ!」

「はっ!」


 王の宣言に、タルタナは怪我を押して空を見上げた。

 外壁に落ちてきた城の上でたたずんでいるのは、先ほどよりもさらに巨大になったキメラと、その周囲を囲う数十頭のキメラの群れ。そして、ゆっくりとあたりの大地の中から這い出てきた押しつぶされていたはずのキメラ百頭。

 あいも変わらず圧倒的な戦力差だ。

 だが、それでも空に浮かぶディアーヌは今の状況を忌々しく睨み付けながら、大地にいるアータ達を指さし叫ぶ。

 

「私の計画にここまでふざけたやり方で横やりを入れて……! いいだろう、そんなに抗いたくば、抗って見せてもらおう! 殺せはせずとも、この無敵のキメラ軍団の前にどこまで抗えるのかを!」


 ディアーヌの掲げる魔水晶の輝きが、周囲で復活しつつあったキメラ達の魔力をさらに強大なものにしていく。

 イリアーナ城にはびこったそのキメラの群れたちの世界を揺らすような大咆哮を耳にしながらも、アータはタルタナの傍に並び立って笑った。

 

「おいクソ勇者。貴様とこうして並び立って戦う日がくるとはな」

「あんたに言われたくないよクソ魔王。こっちはあの日からずっと、追いかけ続けてやっとだ(・・・・)


 次の瞬間、並び立つアータとタルタナのもとへと四体のキメラが飛び込んできた。これを迎え撃とうとタルタナはレイピアを抜くが、アータはこれを手で制して彼らの名を呼んだ。

 

アルゴロス(・・・・・)ドラゴニス(・・・・・)


 次の瞬間、二人の背後から飛び込んできたソレが、二人に迫っていたキメラを造作もなく捻じ伏せた。

 瞬きなくとも見逃すほどのその速度の前に、土煙が風圧で巻き上げられていく。


 ゆっくりとその粉塵が晴れ、その場にいたフェルグス王やイエルダを含む人間達は、アータとタルタナの前に姿を現したその二体を見て言葉を失う。

 

 巨体。

 キメラほどではないにしろ、人間の背を超え、身の丈ほどもある棍棒でキメラを叩き潰した屈強な巨人の戦士。短い金色の髪の毛をかきながらも、自分たちの様子を伺うキメラ達を額にある三つ目が睨む。人間時の姿で身にまとっていた鎧は脱ぎ捨て、自身の筋骨隆々の肉体だけでキメラを圧倒する勇将。


 並び立つは、伝説。

 白銀ともとれる鱗を身にまとい、キメラよりもさらに巨大なその四足を持つ肉体と強靭な尾は、飛び込んできたキメラを造作もなく跳ね飛ばし、キメラの放つ炎よりなお圧倒的な炎を携える顎がキメラの肉体をかみ砕く。広い世界でもなお、生きる伝説と誰もが信じ、畏怖する神龍たる智将。

 

 勇将のアルゴロス。

 智将のドラゴニス。


『ここに、魔王様』

「逃げ遅れた人間どもは任せる。勇者との共闘だ。存分に貴様ら四神将の力を見せつけてやるがいい」

『御意!』


 魔王直属最強の四魔人。

 その圧倒的存在感は逃げ遅れていた騎士や冒険者たちも思わず身震いし、空にいたディアーヌもまた、ようやく自分の選んだ選択の根本的な破綻を理解し始めた。

 圧倒的戦力差は自らにあった。数百体のキメラ対勇者とその一行という差が。


 ――否。


 圧倒的戦力差など、もとから勇者側(アータ)にあったのだと。


 魔王役(アータ)勇者役(タルタナ)は並び立ち、アルゴロスとドラゴニスが二人に傅くように道を譲っていく。その様をその場にいる誰もが息を飲んで見守り、幻燈によってそれを眺める民衆たちもまた、身体の奥から湧き出すような高揚感に堪えながら、待つ。

 そうして魔王役(アータ)勇者役(タルタナ)は空を舞うキメラへと向かって、デッキブラシとレイピアを向けた。

 

「行くぞアホ勇者」

「行くぞクソ魔王」

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