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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第二十一話 勇者殺しの宣言を

「すみません、遅くなりました!」


 フェルグス王達と共に街の門へとやってきたアンリエッタの目に映ったのは、荒れ果てた外壁とキメラへと立ち向かう騎士達や冒険者達の姿だった。

 外壁にはすでにキメラの放つ炎が燃え移っており、一部の騎士たちは消火活動と住民たちの避難誘導に努め、残った騎士や冒険者たちは五匹のキメラと立ち向かっている。

 キメラの雄叫びや悲鳴に紛れて聞こえてくるのは、歌声。

 この場に似つかわしくないその絶世ともいえる美声で紡がれる歌を耳にしたキメラはその場に硬直し、動きを取ることもできなくなっていく。

 そうして動きの止まったキメラを、騎士団や冒険者たちの放つ氷結魔法や石化魔法が仕留めていく。

 

「……ここまでイレギュラーな状況下で、あそこまで統率が取れるとは。誰が指揮しておる?」

「あそこにいる白髭の魔導士のようですぞ、フェルグス王」


 そういってフェルグス王に肩を貸すイエルダが、騎士達の背後に控えて少女と冒険者たちへと指示を出す白髭の魔導士を指さした。

 白髭の魔導士――ドラゴニスの指示のもと、猛攻をアルゴロスと冒険者や騎士たちが凌ぎ、フラウの歌声でキメラの動きを奪い、ドラゴニスの魔法がキメラ達を氷結石化していく。自己修復機能を持つキメラに対して、非常に効果的な戦い方でキメラ達を一匹たりとも街の中に入れない。

 その戦いの様にフェルグス王やイエルダは息を飲みつつも、傍にいたアンリエッタはサリーナとタルタナを連れてドラゴニスのもとへと走った。

 

「ドラゴニス様、こちらも今戻りました。現状は言うまでもなさそうですね」


 アンリエッタの言葉に、最後の一匹だったキメラを氷結させたドラゴニスは人型の姿のまま、顎鬚を撫で上げて笑う。

 

「えぇ、言うまでもなく――このままでは勝てませんな(・・・・・・)


 ドラゴニスが言葉を発すると同時に、たった今目の前で氷結、石化させたキメラ達が再び元の姿へと戻った。氷結していたものは熱を発して自身の身体を溶かし、石化していたものは自身の身体を砕いて自己修復していく。

 そのあまりにも成す術のない回復、対応能力に前衛を守る騎士達や冒険者たちの間でも動揺が広がっていった。

 

「アンリエッタさん、ドラゴニス! このままじゃじり貧ッスよ! あのクソ勇――執事はまだなんすか!?」


 誰よりも前衛でキメラ相手にも引けを取らずに戦っていた人型のアルゴロスも、背後にいるドラゴニスたちを守る様に棍棒を構え、叫ぶ。

 その様子を見ていたタルタナは、怪我の痛みを押しながらも腰からレイピアを抜き、ドラゴニスたちの前に立った。

 

「僕が時間を稼ぎます。その間にみなさんはフェルグス王や街の人たちを連れて安全なところに逃げてください」


 力なくレイピアを構えるタルタナの様子に、サリーナがアンリエッタの腕を引く。そんなサリーナの横顔が不満げにゆがんでいるのに気づいたアンリエッタは、タルタナの背に問う。

 

「下がってろ、ではなく、逃げろ、なのです?」

「当たり前じゃないですか。このままここにいたら全滅です。今の僕でも、皆さんが逃げる時間ぐらいなら稼げる……!」


 そういって、タルタナは構えたレイピアに冷気を宿し、飛び込んできたキメラの一撃を細身のレイピアで受け流し、キメラの足を凍らせる。大地を抉るような一撃は、受け流したタルタナの右肩を裂き、思わず膝をついてしまう。

 すぐさまキメラの第二撃がタルタナに迫るが、これをアルゴロスが横っ面をその巨大な棍棒で殴りつけて弾き飛ばした。

 荒れる息を整えるタルタナは、自分を見下ろすアルゴロスを一瞥しながらも、レイピアを杖にして何とか立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。貴方たちは、一体……」


 そういってタルタナはアルゴロス、ドラゴニス、フラウ、サリーナたちを見る。四人はそれぞれが魔法で人の姿の状態。ここにいる誰にも、アンリエッタ以外が魔族だということはばれていない。

 

「ありがとう、ございます。でも、このまま戦ってちゃ巻き込まれます。すぐに――」


 逃げてくれと、タルタナが口を開こうとした瞬間、アンリエッタの傍にいたサリーナがタルタナの口を人差し指で抑え込んだ。

 困惑するタルタナを見上げるサリーナは、たった一言をタルタナにぶつける。

 

「お主は、勇者役(・・・)なんじゃろう?」


 勇者役。

 その一言に、タルタナは文字通り息を飲んだ。

 

「アータは、お主に勇者役を任せたといったのじゃ」

「それ、は……」

魔王の娘(・・・・)であるわしにでもわかる。おぬしは、最初から勝てない(・・・・)しか思ってないのじゃ!」


 サリーナの言葉に、タルタナは言葉を返せない。そんなタルタナに、不満げにサリーナはまくし立てていった。

 

「周りはまだ立ち上がってるのに、なぜ勇者役のお主が最初に諦めるのじゃ! そんなんじゃぜーったい、ぜーったいお主なんかじゃ父上殿やアータに勝てないんじゃもーん!」


 目いっぱいに頬を膨らませて拗ねるように叫ぶサリーナの首根っこを、アンリエッタが苦笑交じりに摘み上げる。呆然とするタルタナをよそに、サリーナは自分を抱えるアンリエッタの腕の中で暴れ始めた。


「お嬢様、あのお二人を比較に出すのはやめてあげてください」

「にょにょ、放すのじゃアンリエッタ! あのアータもどきにまだまだ言いたいことがいっぱいあるのじゃわしは!」

「いえ、最初の一言で十分に必殺だったんで心配いりません」

「いーやーじゃー!」

「ちょっとアルゴロス様、ドラゴニス様、お嬢様押さえつけるの手伝ってください!」

「仕方ないですのぉ」

「しょうがないッスね」


 一人の幼い銀髪少女を大人三人がかりで押さえつけるさまを、タルタナは茫然と見つめる。

 事態は何一つ好転していない。だというのに、目の前の彼らの様子に絶望など全く見えない。その理由がタルタナには理解できない。

 

「なんで、そんな笑ってられるんですか。見てください、まだキメラがあんなにいっぱいいるのに――。いる、の、に――」

「いっぱいって、たった五匹程度じゃないですか。それに、他のキメラはきっとアータ様が足止め――」


 振り返った先で、タルタナやアンリエッタ、ドラゴニスたちはキメラの数を数える。

 一、十、二十、五十、百――以下略。

 近寄ってきていたフェルグス王やイエルダ大臣、その場にいる誰もが絶句して見上げる。

 空に開いた空間から、キメラの群れが絶賛召喚中。

 

 空に舞うひと際大きなキメラの一体を見上げたアンリエッタやタルタナ一同は、現実逃避に笑顔を浮かべ、

 

「よしタル――勇者様、あとは任せました。逃げる時間稼ぐって言ってましたよねあとは全力でキメラの餌になってください」

「ちょっとアンリエッタさん!? あれ、あの数は話が違います! 明らかに百超えてますよね!? てかキメラの餌って!」

「フラウ様も足止めお任せします。私たちが逃げ切るまで歌っててください。アルゴロス様はフラウ様とサリーナ様を抱えてください」

「らーらららら!」

「さっきいいこと言ってたの貴方たちで――うおっ!?」

「にょわっ!?」

「お嬢様!?」


 慌てふためくアンリエッタの腕をすり抜け、空で舞っていたキメラの口から伸びた触手がタルタナとサリーナを縛り上げて一気に空へと運んでいく。

 そのあまりの強烈な締め付けにサリーナとタルタナは苦しみに顔を歪めながらも、キメラの口元寸前で停止させられ、その頭部に佇むディアーヌの下卑た視線に晒された。

 

「やぁ勇者殿(・・・)。先ほどぶりかな」

「ディアーヌ様――いや、ディアーヌ……!」

「はっはっは。いやはや、こうやって見ると実に計画通りに事が運んだものだ」


 空飛ぶキメラの顔面で触手にとらえられたサリーナとタルタナの前で、ディアーヌは指を弾いた。その瞬間、周囲に召喚されていたキメラの一部が夜空に幻燈を映し出していく。

 そこに映し出されたのは、たった今捕らわれているタルタナとサリーナの姿だった。ご丁寧に、キメラの頭部に立つディアーヌの姿は消えて。

 

「どういう、つもりですか、ディアーヌ!」

「叫んでもあの幻燈に声は乗りませんよ。文字通りあの空に映し出したのは、人々の絶望を煽るためですから」

「絶望を煽る……!?」

「ここまでして、まだ理解に至らない辺り、やはり君では彼の代役は無理なようです」


 そういってディアーヌは手にしている魔水晶に魔力を与え、キメラ達にアンリエッタ達を囲わせていく。フラウがその歌で何とか足止めしようとするが、キメラ達の数に任せた咆哮がフラウの歌をかき消していき、効果がない。

 キメラ五体相手に苦戦を強いられたアンリエッタ達に、百体という数へと抗う術はない。

 そう確信しているディアーヌは勝利の笑みとともに語り始める。

 

「彼が、勇者の代役を立てると王に手紙を出した時にこの計画を思いついたんですよ。魔王軍との戦争が終われば私達武器商人は終わりだ。ではどうすれば、戦争を続けられるのか?」

「……戦う理由を作ろうとしたんでしょう、勇者暗殺を通して!」

「はははっ、そうですとも。魔王軍との停戦が決まったその矢先に、魔王軍の手によって勇者が白昼堂々暗殺される。これほどまでに、人々の感情を煽るものはありません。ですが、それだけでは駄目なのですよ」


 舌なめずりをするディアーヌに促されるようにして、サリーナとタルタナを縛る触手の縛り付けが強まり、二人はうめき声をあげる。

 

「勇者を暗殺できたとして、魔王の相手はどうすればいい? 彼にしか魔王は止められず、だがその彼を殺さなければ戦争がはじまらない」

「お主、なんかに! アータが負けるわけが、ないのじゃ!」

「その通り! いくらこれだけの戦力を集めても、彼は暗殺できない! ははっ! じゃあどうすればいいか!」

「もったいぶるんじゃない……! 貴方の狙いはいったい……!」

「ここまで揃って、まだわからないかね? 勇者の暗殺(・・・・・)、だよ」


 勇者の、暗殺。

 

 その言葉を聞いてようやくタルタナは理解した。

 なぜ騎士団の中でも実力はそれほど高くない自分が勇者の代わりに選ばれたのか。

 なぜこの時期に闘技会への参加を依頼されたのか。

 なぜこのタイミングでキメラはこの街を襲い始めたのか。

 

 すべては、誰もが顔を知る勇者(じぶん)を、今ここで暗殺するため。


「理解してくれたようで何より。彼より弱く取り込みやすい誰かを立て。その誰かを闘技会を通して衆目に晒し顔を覚えさせ。誰もが顔を覚えた勇者をキメラと戦わせ。そうして、こうやって町全体に見える幻燈に映し――食い殺す」

「――――っ」


 ディアーヌの言葉に、タルタナは力なく唇を噛みしめる。

 

「本物は早い段階で狙いがお前であることに気づいたようで、途中で君とすれ変わるつもりで闘技会にまで参加していたようだよ。お陰で、明日の白昼に実行予定だった計画も、こんな夜中に急がなくてはならなくなったからね」

「あの人は、どうした……!?」

「死なれては困るからね。無限に復活し続けるキメラと、絶対脱出不可能な封印空間で戯れている頃さ」


 言葉を失うタルタナの様子に満足いったのか、ディアーヌは世界に響くような高笑いをあげ、両腕を夜空に浮かぶ幻燈へと向けて広げて叫ぶ。

 

「さぁ、始めようか! 魔族と人間の平和を吹き飛ばすほどの惨劇を! 勇者殺しを!」


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