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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第十八話 秘薬

 城に到着したアータ達の目の前にまず広がったのは、凄惨な光景だった。

 荒れ果てた城門は言うもがな、傷ついた騎士たちがそこらかしこに倒れ、氷漬けにされた城内を襲ったであろうキメラの姿もある。彫像へと変えられているキメラに触れるアータは、氷結されたままキメラが封印されていることに気づき、静かに頷く。

 氷結魔法の得意なタルタナと、王国最高峰の封印魔法使いであるイエルダ大臣の仕業であることを理解し、アータは後ろに控えていたサリーナとアンリエッタへと視線を向けた。

 

「アン、多少の魔法は使えるんだろ?」

「えぇ。とはいえ、今の姿ではそれほど大きな魔法は使えません。こんな化け物相手にしろなんて言われなければ大丈夫ですが……」

「んーむ、うちのけーちゃんと同じぐらいの大きさじゃのぅ!」


 ぺたぺたとキメラの彫像を触って嘆息するサリーナの様子に、アータとアンリエッタは顔を見合わせ苦笑い。そこらの騎士じゃ手も足も出ないような化け物の類で張るが、普段からキメラと同サイズのケルベロスを飼っているサリーナにとってはペットのソレと変わらないらしい。

 サリーナの様子に心強さを感じながらも、アータは城の中から聞こえてくる叫び声や魔法による爆音に気づき、二人を背後に隠したまま携えたデッキブラシを手に取った。

 そうして油断なく構えたその瞬間、城の壁をぶち破る様にしてタルタナが吹き飛ばされてくる。まるで蹴り飛ばされた石ころのように弾き飛んでいくタルタナの姿と、同じく城壁に開けられた巨大な穴から王を連れて飛び出すイエルダ。彼らを追う様にして飛び出してきた2体のキメラに気づき、アータは手にしていたフラガラッハをイエルダ達に迫った手前のキメラに向けて投擲。

 鋭い勢いで飛んでいくフラガラッハはそのままキメラの腹に突き刺さり、キメラはうめき声と共にそのまま地面に地響きを立てて落ちた。

 

「勇者……!?」


 フェルグス王とイエルダ大臣の驚く様子と同時に、彼らに迫っていたもう一匹のキメラが突然の乱入者であるアータ達に視線を向け、牙を立てた。

 そうしてそのままキメラは巨大な翼を羽ばたかせ、一直線にアータのもとへと向かってくる。

 

「アン、お嬢様を連れてタルタナやフェルグスのおっさん達のところへ行け。俺もすぐ行く。後は予定通りに動くぞ」

「わかりました……! お嬢様、離れますよ!」

「アータ、怪我をしてはならんからのっ!」


 サリーナを抱きかかえるようにしてアンリエッタがその場を駆け出すと同時に、アータは迫り来たキメラへと向かって跳躍。宙でくるりと身体を反転させると、そのまま大口を開けたキメラの横っ面に強烈な蹴りを決めた。一撃必殺を込めたその蹴りの一撃で、迫ってきていたキメラの頭部ははじけ飛び、頭部を失ったキメラの肉体だけが無造作に地面に転げて落ちていく。

 着地したアータはキメラの巨体を一瞥しつつも、再び手元にフラガラッハを召喚し、タルタナ達が弾き飛ばされてきた城門の大穴の前に飛んだ。

 そうして背後で呻き声を上げるタルタナやフェルグス王、彼らに合流したアンリエッタ達を守る様に前に出たアータの視線に映ったのは、さらに2体のキメラを従えて現れた一人の男だった。

 

「私が大金をはたいて生み出したキメラの反応が消えたかと思えば、貴方ですかアータ」

「そっちこそ、でかい穴から漂ってくる鼻の曲がる腐敗臭が何かと思ってきてみれば、あんたか、ディアーヌ大臣」


 丸々と太った体とそれを覆う豪華なアクセサリー。杖で地面をつきながらも、手にしているどす黒い魔力を放つ魔水晶。

 イリアーナ王国国王フェルグスの側近の一人。武器商人ディアーヌ。

 その緩み切ったいやらしい笑顔を冷めた様に見つめながら、アータは手にしたらフラガラッハを肩に乗せて問う。

 

「どうした、ここにきて野心でも出たか? それとも、自慢のペットで火遊びしたいなら俺が遊んでやってもいいが?」

「ハハッ。貴方相手に火遊びなんてとんでもない。それに、予定通り事は運んでいますので」


 そういってディアーヌは懐から小さな真っ赤な液体の入った小瓶を取り出したかと思うと、それを傍にいたキメラの口の中に放り投げた。この様子に気づいたアータの背後にいるイエルダが、慌ててアータに叫び声をあげる。

 

「勇者! すぐにそのキメラを始末しろ! 奴がそいつに与えたのはイリアーナの秘薬(・・・・・・・)だ!」

「もう遅い!」

「おいやめとけ」


 イエルダの言葉にアータは呆れたようにディアーヌへ静止を呼びかけたが、時すでに遅く黙って変異していくキメラを睨む。

 

 ――イリアーナの秘薬。

 

 与えたもののありとあらゆる病とありとあらゆる傷を癒すといわれる、年に一度だけ咲くイリアーナの花を煎じて作られる薬だ。その効果のほどを直接目にしたことはないが、目の前で与えられたキメラの目が赤く色づいていく様に、手にするフラガラッハが慌てた様子で語る。

 

『あーたん、あれ。も、もしかして……!?』

「だからやめとけって言ったんだがな」


 呆れ交じりにキメラの脳天目がけて、アータは手近にあった騎士のものだっただろう剣を一直線に投げた。空を切り裂いて飛ぶその剣は、音さえも残さない勢いでキメラの顔面を両断し、そのまま城内部の壁に轟音と共に突き刺さる。

 だが、

 

「そういうことですよ、勇者アータ。もともとキメラが持っていた自己修復機能は、イリアーナの秘薬によって完全な形へと昇華される!」


 両断したはずの頭部は、瞬く間に細胞同士が絡み合い、一つに戻る。自己修復機能というレベルで見れば、もはやそれはフラガラッハや首元で光る首輪のようなアーティファクトさえも凌駕する驚異的な速度だ。それどころか、さらに目の前のキメラは傍で控えるディアーヌの持つ水晶に導かれるようにして、周囲で倒れていた2体のキメラと、傍にいたいったいのキメラを吸い寄せていく。

 

「……! アータ様、これって……!」


 アンリエッタの悲鳴に似た声を耳にしながらも、アータはディアーヌとその傍で3体のキメラを取り込んだ化け物から目を離さない。

 肉と骨が絡みつき、砕き合い、新しく構成されていくその不快な音を耳にしながらも、アータは隣に息を切らせながら並び立ったタルタナにちらりと視線を向けた。既にキメラ相手に数戦こなしたとみられる傷跡がタルタナの全身を蝕んでいる。

 鎧を着こむ暇なく戦った跡とみられる背中の大きなひっかき傷を見たアータは、レイピアを地面につくようにして立つタルタナに問いかけた。

 

「戦う気力はあるんだな」

「っ、当たり前ですよ……! あのキメラ、僕の仲間にまで手を出して……!」

「仲間、か」


 仲間という言葉に、アータは僅かに頬を綻ばせた。魔王と戦い続けた一年間の中では一度も感じたことのなかったその言葉を噛みしめながらも、アータは目の前でさらに巨大化したキメラとその頭に降り立ち下品に笑うディアーヌを一瞥する。


「だからここは僕に任せてください……!」

「いや、悪いがここは俺に任せろ。その代りお前には、勇者役を任せる(・・・・・・・)

「え――おふっ!?」


 息も絶え絶えに首を傾げるタルタナを、アータは背後にいたアンリエッタの元まで乱暴に蹴り飛ばした。

 

「ちょっと、アータ様!?」


 アンリエッタの叫び声より早く、アータは自分の脳天目がけて振り下ろされたキメラの一撃を寸前で躱す。だが、地面を抉る一撃の直後、半歩下がったアータの目の前でキメラがその大口を開いた。


 大きい一撃が来る。


 だが、背後にいるサリーナやアンリエッタ達を庇う様にアータはその場を逃げず、キメラの喉奥から放たれた強大な業火に向かってデッキブラシ(フラガラッハ)を振り下ろす。

 火炎球では生ぬるい、まさに地獄の噴火ともいわんばかりの業火がそこら中のすべてを根こそぎ焼き尽くすような熱と勢いをもってあふれ出す。

 アータよりもさらに遠くの背後にいたサリーナたちのもとにさえその熱は届き、驚きとあまりの熱に反射的に顔を覆いながらも彼らは叫び声をあげた。


「うおおおお!?」

「のおああああ!?」


 城門で戦った時よりも遥かに強力なその一撃は、アータの振り下ろしたフラガラッハの一撃で真っ二つに裂かれた。しかし、その余波はそのまま周囲の木々を焼き払い、城壁すらなぎ倒しながら街まで業火を届かせていく。一瞬にして破壊あとすら残さぬ焦土と化した周囲の姿に一同は絶句してしまう。

 そして、アンリエッタやサリーナ、フェルグス王たちは驚愕の様子でその一撃を薙ぎ払ったアータへと視線を向けた。

 

「アータっ!?」


 サリーナの悲鳴にも似た声に、アータは業火の燃え移った上着を脱ぎ捨てながらも、その場に膝をつく。そうしてアータは肩で息をしながらキメラを睨み付けた。


「はぁ、はぁ、はぁ……。強敵……だな! だが……ッ!」

「ほほう?」


 地面に膝をついて肩で息をするアータを一瞥しながらも、キメラに乗るディアーヌはキメラもまた膝をついたことにかすかに驚きを露わにした。

 

「今の一撃を防ぎながら、私のキメラへ一撃を決めるとは、いやはやさすがは最強の勇者との呼び声に感嘆するばかりです」


 ぱん、ぱん、ぱんと下卑た笑い声をあげながら拍手をするディアーヌを一瞬だけ冷めた様に睨みながらも、アータは荒れる息を落ちつけながら立ち上がる。そうして心配そうに自分を見つめるサリーナやアンリエッタにだけ見えるような位置で心配ないとだけ口元を動かし、ディアーヌへ向けてデッキブラシを突き付けた。

 

「はぁ、はぁ……。あいにくと、一発じゃなくて十発ボディ(・・・・・)に決めてやった」

「……強がりですか」


 アータの強気の言葉に、ディアーヌは不快げに笑みを崩しながらも、手にした水晶に魔力を込めていく。その様子を見送りながらも、アータは振り返りもせずに後ろにいるサリーナやアンリエッタに声をかけた。


「お嬢様、アン。タルタナとそこにいるオッサン二人を連れて門へ逃げろ。時間は稼ぐ」

「じゃが、アータ……!」

「わかりました! せいぜい時間は稼いでください、アータ様!」

「アンリエッタ!? 待つのじゃ、アータが苦戦を……!」


 喚くサリーナを脇に抱きかかえたアンリエッタは、一瞬だけアータと視線を交わらせる。その瞳が放つ光の強さに、アータは伝わったな(・・・・・)と確信を持った。そうしてフェルグス王やイエルダ大臣がタルタナを抱え、アンリエッタはサリーナを連れてその場を去っていくのを背後で感じながら、アータはディアーヌへ突き付けていたデッキブラシを下段に構え、不敵に笑う。

 アータの浮かべた笑みに、ディアーヌは勝利に浸る様に顎をあげ、キメラの上からアータを見下ろして下卑た笑い声を上げた。

 

「ははっ、いいのかねアータ。彼らと協力すれば、今の魔力ゼロの君でもこの不死のキメラに対抗する術があっただろうに」

「本当に不死かは試してみればわかる。それに、実はさっきの薬――イリアーナの秘薬じゃなくて俺が昨日のうちにすり替えた別物だ。すぐに効果切れるぞ」

「……下らん軽口を! いいでしょう、いずれにせよ貴方は私の計画における障害の一つ(・・・・・)でしかない! 存分に抗ってもらいましょう!」


 ディアーヌの狩るキメラの雄たけびと共に、アータは歪な笑みを浮かべたままキメラへ向かって飛び込んでいった――。

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