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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第十七話 暗躍する者たち

「にょっほおおお、アータ発見なのじゃ!」

「どうもお嬢様。元気そうで何よりです。アン、みんなを見つけてくれて助かった」

「どういたしまして。で、事情説明からまず始めてくれるんですよね?」


 飛びついてきたサリーナの頭を撫でながら、アータはむっつり顔で睨み付けてくるアンリエッタと、彼女の後ろで控えたアルゴロスとドラゴニスの姿を見つめた。アータもまた、背後に連れたフラウと共にその場に腰を下ろし、深く息を吐き出す。

 夜風に吹き曝しになっているここは、城下町を囲う巨大な壁の上。先ほどキメラが暴れた門前近くの壁の上だ。

 いつもなら見張りの兵士たちを見かけるはずのその場は、先ほどの騒ぎのせいでその姿も見せていない静かな場所。

 

「わざわざそっちから接触してきたんス。何かしらあっての理由があるんスよね、クソ勇者?」

「あぁ、ほれ。差し入れ」


 ドカッと腰を下ろして睨み付けてくるアルゴロスとアンリエッタに、アータは手にしていた串に刺した焼いた肉を投げ渡した。慌ててこれを受け取ったアルゴロスとアンリエッタは肉の香ばしさに頬を緩めながらも、再びキッと目つきをきつくする。

 

「あの、一体なんですこれ。まさかこんなものを渡すためにわざわざ私に街中を走らせたんですか?」

「いや、長くなりそうだったからただの差し入れだぞ。うまいぞそれ」

「にょっほぉおお! これ本当にうまいのぅ、アータ!」


 腰を下ろしたアータの膝の上で既に肉に噛みついていたサリーナの喜びの声に、アンリエッタとアルゴロスは互いに顔を見合わせ、渋々といった様子で肉に噛みつく。だが、ひと噛みしたところでその旨みに気づいたのか、驚いたように笑顔を見せた。

 

「確かに、口にしたことのない味でおいしいですね」

「アンリエッタさんの言う通りッス。これ、魔界では食べたことのない歯ごたえと旨みが広がるッス」

「アータ様、これ何のお肉なんです?」

「ん? さっき下で相手してたキメラの肉」

「「ッブフォオオッ!?」」

「嘘だけどな」


 噴出してむせる二人をよそにアータは、先ほどキメラが暴れまわっていた門前を注意深く見守るドラゴニスの問いかけに耳を傾けた。

 

「おかしな魔力を感じたので、こうしてアルゴロスとサリーナ様をお連れして様子を見ていましたがのぉ、随分めちゃめちゃな生き物を作っておりましたなぁ」

「やっぱり見に来てたか。で、四神将の智将であるお前の意見を聞きたいんだが、連中の中に魔王軍(・・・)はいたか?」

「おりませんのぉ」


 アータの問いかけに、ドラゴニスはきっぱりと答えた。その力強さにアータは肩を竦めながらも肉を頬張る。

 

「お前らと戦っていた俺には、魔王軍と通常の魔物の違いはある程度わかる。けど、一般人はそうじゃない。この騒ぎもまた、誰かの手によって魔王軍の仕業(・・・・・・)にされる」


 アータの言葉にアンリエッタとアルゴロスが首を傾げる傍で、ドラゴニスだけが伸びた白髭を撫でながら夜空を見上げた。その瞳にわずかな苛立ちを込めて、ドラゴニスは苦笑するように口を開く。

 

「なるほど。それがシナリオですかなぁ」

「あぁ。あいにくと、こういうやり方はお前たち魔族より人間のほうがよっぽど最低だ」

「ふぉっふぉっふぉ。なるほどなるほど」

「あのお二人とも。私達にもわかる様にお話しください。あと、もしかして……」


 アンリエッタがアータとドラゴニスを一瞥しながらも、アータの背後で委縮したまま立っている金髪の女――フラウの姿を見て笑顔を浮かべた。

 

「フラウ、様です?」

「は、はいアンさん。あの、ひょっとしてそちらお二人と、その、アータの膝の上のこの方は――」

「おっ、初めて見る顔ッスね。俺はクラウス様直属四神将の一角、アルゴロスッス」

「ふぉっふぉっふぉ。わしはクラウス様直属四神将、ドラゴニスですのぉ、人魚のお嬢さん」

「あ、あのあの、わらわはナクア様直属親衛隊に所属していた人魚族の娘、フラウですわ! 初めまして、アルゴロスッス様とドラゴニス様」

「いやあの、アルゴロスッスじゃなくて、アルゴロスっす」

「アルゴロスっす?」

「……もういいッス」


 アルゴロスの肩が落ちる様子にアータが噴き出すと、膝の中にいたサリーナが立ち上がり、背後にいたフラウに指を突き付けて顎を突き出し、宣言した。

 

「わしの名は、サリーナ・フォン・シュヴェルツェン! わしこそが――」

「きゃあああかわいいい! 魔王様のご息女は魔界きっての美しさと謳われておりましたが、本当にかわいいんですわ! あの、わらわはフラウ・フランソワ・アルフレーラ! あのあの、よろしくお願いしますわ、サリーナ様!」

「う、うむ、あのその、あ、ああああ、アータっ!」


 サリーナを近くで見ていて気付いたことだが、彼女は自分のものに対する執着心や愛着が強く、初対面の相手や自分にとってライバルとなるような相手にはすぐに出鼻をくじきにかかる。今回もこうしてフラウを何かしらのライバルと感じて、その出鼻をくじくべく胸を張った挨拶をしようとした。のだが、飛びついて頬ずりするフラウの前にかつてない涙目でサリーナは助けを求めた。

 苦笑交じりにサリーナに抱き着いて頬ずりするフラウの頭を鷲掴みして引きはがしたアータは、そのままフラウをここにいる四名の前に差し出して語る。


「挨拶もほどほどだけど。彼女は人魚族のフラウ・フランソワ・アルフレーラ。彼女を魔王家のメイドとして雇ってほしい」

「あ、アータアータ! どういうことなんじゃの!?」

「深い意味はないですよお嬢様。ただ、彼女の人魚としての力は何かと便利ですし」

「むむむっ、アンリエッタ!」

「確かに先日の事件の件で、屋敷のメイドの手が足りない状況もあります。ですが、本来数百万の魔族による筆記試験、実技試験、圧迫面接を経たうえで、最終的にくじ引きで当たったもののみが働ける、運も実力も根性も必要な場です。それをおいそれと――」


 否定の言葉を口にしようとしたアンリエッタの傍に立ったアータは、アルゴロスとドラゴニスも手招きしたうえで彼らのささやくような小声で伝える。

 

「見てたならわかるだろ。人魚族特有のあの強力な幻影系の歌声なら、お嬢様の安眠と寝起きに十分な対策がとれる。アルゴロス、ドラゴニス。お前らもこの街に来てから何度か既に経験済みだろう? わかるか? 彼女がいれば、お嬢様の例の癇癪におびえる必要はない」


 アータの提案に一同は大きく頷き、フラウに向かって満面の笑顔を向けた。

 

「フラウ様、えぇフラウ様。貴女の魔王家への就職を私達が魔王様に推薦させていただきますね」

「ほ、本当ですか!? う、うぅ、これでわらわも両親に顔向けできますわ」


 泣き崩れるフラウをアンリエッタが介抱する傍で、サリーナがむすっとしたままの様子に、アータは彼女の頭を撫でながら宥めさせる。

 

「まーた、わし専用執事のお主の周りにおなごが増えるのじゃの」

「心配いりませんよお嬢様。俺がお嬢様の執事であることには何一つ変わりありませんしね」

「う、うむ! そうじゃな、何をおいてもお主はわし専用執事じゃからの!」


 満面の笑みを浮かべるサリーナの様子に満足しながらも、アータは近寄ってきたアルゴロスとドラゴニスが向ける視線の先へ、自身も目を向けた。

 

「それでクソ勇者。状況、どうなってんすか」

「アルゴロスの言う通りですのぉ。それに、あのキメラの回復力にどう対処したんですかの?」

「回復力が化け物でも、動けなきゃ大した意味はない。騎士団にいた魔術師達に封印魔法をかけさせて、そのまま海溝に転送してもらった。水圧で動けもしないだろうし、フラウに手を回してもらって人魚族が見張ってくれている」


 アータの言葉に、ドラゴニスは顎に手を当てて思案する。


「ふむふむ。ですが、そう何度も使える手ではなさそうですなぁ。あのレベルの魔物相手では、封印魔法も転送魔法も必要な魔力が莫大でしょう。あと2、3匹出てきたら――大混乱になりますぞ?」

「だから、お前らを探してた。そろそろ一般人たちの間で魔王軍が攻めてきたと騒ぎが起き始めるだろう? そうなったら、俺と魔王の間で結んだ契約の意味がない。俺としても、人間の側(・・・・)から戦争を起こさせたくはない」

「それで?」

「今この街には、お前らがいる。フラウがいる。俺がいる。そして、勇者役の人間がいる。誰が作ったシナリオか知らないが、存分に利用させてもらおう」


 そうしてアータは、その場に集まっている魔王軍重鎮ともいえるメンバーを集め、彼らにその新しく書き換えたシナリを伝えていく。

 次第に愉悦の笑みを浮かべるアルゴロスとドラゴニスと、その傍で呆れたようにアンリエッタとフラウがため息をついた。事態をあまり理解できていないサリーナは小首をかしげるが、そこはそれとしておいておき、アータは背伸びをしながら立ち上がる。

 夜も深くなってきたというのに、聞こえてくる城からの悲鳴と壁の周囲に集まってきたキメラの群れ(・・・・・・)の姿に、一刻の猶予もなくなり始めた。

 

「ってわけだ。俺は変装道具をもって準備ができ次第、城にいるタルタナのところに向かう。お嬢様とアンは俺と一緒に、アルゴロス達はここでキメラの相手を頼む」


 立ち上がったアータは渋々といった形で頷いたアルゴロスとドラゴニスをしり目に、サリーナを背中に抱きかかえ、空いた手でデッキブラシを手に取った。そのままデッキブラシを器用にアンリエッタのメイド服の裾に通し、持ち上げる。さながら案山子の如く片手で抱え上げられたアンリエッタは、ガサゴソと逃げ出そうとするが、全く自由の利かない状態に顔を真っ青にしていく。

 そんなアンリエッタをよそに、アータの背にしがみ付いたサリーナは嬉しそうにはしゃいでいた。

 

「んーむ! アータの背中は見た目よりおっきいのう! 乗り心地最高なのじゃ!」

「それは光栄ですお嬢様」

「あの、アータ様。なぜお嬢様は背負って、私は干された案山子の扱いで持ち上げられるのでしょうか」

「さて、アルゴロス、ドラゴニス、フラウ。ここは任せた」

「あのぉ!? 今からどういう扱いになるかわかるだけに、私の話をまず聞いてくれませんか!?」

「あの、アンさん、お大事に」


 フラウの乾いた笑い声を最後に、アータはサリーナとアンリエッタを連れて城へ向かっての夜空を飛んだ――。

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