第十一話 闘技会開催
「さぁさぁ今年もやってまいりました、イルナディア闘技会! 腕に覚えのある者たちの集まるイリアーナ王国最大の闘技会!」
首都イルナディアの中央に位置する大闘技場は、集まった数万規模の観客の歓声で地響きすら鳴らさんばかりに盛り上がる。まだ日も高く明るい時間だというのに、大闘技場の上では花火が上がり、観客たちの歓声や期待はいやおうなしに最高潮を迎えていく。
大闘技場中央では、闘技会を取り仕切る王の神官が声を張り上げ、その傍では音楽家たちが豪勢な曲で闘技会の始まりを彩った。
「昨年こそ、我々は伝説を目にすることはなかった! 当然である! 何せ、最強の人間はこの場に現れず、彼はたった一人魔王に挑んでいたからこそ!」
神官の煽りに、観客たちは歓声で応える。そんな観客たちの歓声を全身で浴びる神官は、両腕を大きく天に広げて語った。
「だが、今日ここに彼は戻ってきた! 人間界最強の勇者が今年は仲間を連れて帰ってきた! この闘技会にて、皆さまにその強さを見せつけるべく、かの勇者は白銀の鎧を身にまとい、伝説の剣を手にして舞い戻る――その名も……!」
神官が天を指さした。観客たちがその指さした視線の先を追うと、太陽の日を浴びながらも華麗に空を舞いながら闘技場に着地をした一人の男が表れた。その男は音もなく地に舞い降り、ゆっくりと立ち上がった。
漆黒の黒髪を後ろでまとめ、汚れを知らぬ白銀の鎧を着こむ男。腰に携えた流麗なレイピアを抜き、空に振り上げた。瞬間、その男と傍にいた神官を裂けるようにして地面から浮き上がるのは氷の王冠。
男はこの王冠に向かって指をはじき、その衝撃に揺らされるようにして氷の王冠は砕け散り、周囲をキラキラと氷が舞う。
誰もが息を飲む中、その男はレイピアを華麗に振り下ろし、観客席の遥か奥にいるフェルグス王とイエルダ大臣が並び立つ王の席へ向かって深々と一礼をした。
この所作を見た神官は、男の姿を見て大きく頷き、その名を叫ぶ。
「その名も、勇者、アター・クリス・クレールである!」
瞬間、観客席はこれまでにないほどの大歓声に包まれた。もはや耳を覆わないとたってもいられないほどの大歓声を受けながらも、アターは笑顔で彼らに手を振った。
彼らの歓声に応え続けるタルタナの様子に、事情を知る神官は小声でねぎらいの言葉をかけた。
「大変ですな、勇者御供も」
「そう思ってるなら、あんまり変な煽り入れないでください。名前からして相当無茶してるんですから」
「心配いりませんとも。どうせ本物のほうはここには来ておらんでしょうし」
「まぁ、来てたらたまりませんよ。僕含めて全出場者が……」
苦笑いをするタルタナに、神官もまた苦笑いを返して歓声が静まるのを待った。
◇◆◇◆
「以上、男二人と幼女という異色のユニット――チーム、アルドラーナである!」
うおおおおっという大歓声と共に、神官による参加者たちの紹介が終わった。出場チームは全31チーム。すべての紹介が終わったと、神官がいざ闘技会の開催を宣言しようとすると、走ってきた若い神官が慌てた様子で場を取り仕切る神官に耳打ちをした。
観客たちが騒めく中、取り仕切っていた神官は眉を寄せながら絶句した。その顔を真っ青に染めつつも、その神官は若い神官の耳打ちに頷き、咳払いをする
そうして彼は再び両腕を広げ、観客たちへと高い声を上げた。
「さぁ皆の者! 此度は31チームによるトーナメント戦を予定していたが、ここにきて飛び入り参加で異色の二人組が名乗りを上げた!」
ざわっとにわかに観客席が騒めき立つ。その騒めきは困惑よりも、闘技会への飛び入りという言葉から受けた期待のものだ。
「異色も異色。経歴不明、年齢不明、住所不定、仕事不明。誰が彼らに期待するか、携えるはたった一つのみすぼらしいデッキブラシのみ!」
神官の語りに、途端に観客席からひどいブーイングが響き渡った。誰もが神官の語る言葉の中から、飛び入り挑戦者の余りの無謀に呆れかえる。神官もまた、彼らの気持ちがわかるだけに、声色にわざと落胆を織り交ぜ語る。
「彼らの存在は闘技会の台風となるか否か。だが、せめてそう、彼らの挑戦だけは我らも称えようではないか! その名も――」
大音量の演奏が止まった。観客たちも思わず息を飲み、闘技場入り口から堂々と歩み入った二人組を見つめた。
デッキブラシを背中に携える、執事服の男。その顔には安売りのウサギの面を被り、伸びきった黒髪は風に揺れた。
並び立つのは、メイド服の女。燃えるような赤髪と、それに負けないほどに真っ赤に染まった素顔に、ウサギの耳を携えた女。口元は愛らしい動物のマスクで隠し、両腕と両足には同じく愛らしい動物の靴と手袋をつけていた。腰から伸びるピンクのふさふさの尻尾が恥ずかしげに垂れさがり、女は堂々とする男の傍でいつ泣き崩れるかわからないほどの悲壮感を携えていた。
そのあまりに哀れな女の姿を見た神官は、男のほうをちらりと見つめながらも、咳ばらいをして彼らの名を呼んだ。
「チームぅ――なんだっけ?」
飛び入り参加でチーム名を覚えられていなかったらしい。問いかけられた男――アータはちらりと傍で項垂れるアンリエッタを見て神官に応えた。
「アンリエッタでいい」
「チームぅ、アンリエッタぁあああああああああ!」
「ちょっと人の名前何チーム名にしてるんですか!?」
傍にいたアンリエッタが、手にしていた愛らしい獣型手袋を脱ぎ去って高速でアータの頭をひっぱたく。今の一撃でずり落ちかけたお面を慌てて拾い上げたアータは、口元を顰めてアンリエッタに抗議した。
「危ないじゃないか。面が割れるだろう」
「面どころじゃないものがたった今、今ぁ! 私われちゃったんですが!」
アンリエッタっていうんだってよあの恥ずかしい格好のメイド女――と、観客席が一瞬にして騒めいていく。観客席から集中する憐れみと興味の視線にさらされたアンリエッタは、崩れ落ちるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
もはや赤く染まった顔を上げることもできず、うさ耳はそんなアンリエッタをねぎらうように垂れ下がる。
「し、信じられません……! 人間達にこんな、こんな辱めを受けるなんて……!」
「別に恥ずかしくないだろ。ただ、メイド服に獣マスク、ふさふさ手袋にフカフカブーツを履いて、ピンクの尻尾をつけた『見るからに変人』なだけだ」
「それを恥ずかしいというんですが!? 貴方なんてかわいらしいウサギのお面つけてるだけじゃないですか!」
「馬鹿言うな。デッキブラシも持ってる」
『あーたん!? それわたくし様が恥ずかしいって意味ですの!? ふぁっきんですの!』
しがみついて叫んでくるアンリエッタと、背中に携えたフラガラッハの声を聞き流しながら、アータは観客席の奥にいる王と大臣の視線に気づき、笑顔で手を振った。フェルグス王のそばにいるイエルダ大臣が頬に両手を当てて絶句しているのに笑いを堪えながらも、アータはもう一人自分を見つけて絶句する男に気づく。
「な、ななななな――!」
「……ひひっ」
その男――タルタナに向かって、アータはこの日一番の邪悪な笑みで親指を立てた――。
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