第八話 探す薬のある場所は
「見えてきましたよ」
「懐かしいもんだな」
タルタナ達一行に守られながら馬車の中で揺られること二日。馬車から降り、目の前に広がった巨大な門とそれを守る壁の高さにアータとアンリエッタは肩を竦めた。この門も巨大な壁も、いずれも魔王軍が人間界に攻めてきたころより作られ始めたものだ。それゆえ、見渡せばまだ壁の高さが足りない場所も当然ある。
「アータ様、何してるんですか行きますよ」
「あぁ、わかってる」
先を行くアンリエッタが商人たちと共に通行証を出して首都へと入っていく姿を見送りながらも、アータは振り返った背後の先を見つめた。空の遥か彼方――魔界の先に見える不穏な黒い雲を睨み、眉を顰める。
そうしてアータは背中に携えたままの相棒に問いかけた。
「……侵攻はしないといってたが、妙な気配だなフラガラッハ」
『たしかに、なんだかおかしな空気なんですの。でもあーたん、おかしな空気で言えば、この首都全体にもなんだか……』
フラガラッハの押し黙った様子に、アータもまた瞳を閉じて眉間を揉む。そうしてアータは、フラガラッハの言葉に苦笑しながらも答えた。
「当然だ。何せこの時期の首都イルナディアでは、闘技会が開かれているからな」
『あっ……』
今思い出したといわんばかりのフラガラッハの驚きの声に、アータは髪の毛をポリポリと掻きながら笑った。
闘技会。
毎年この時期に首都イルナディアで開かれる、腕自慢達の集う一大イベント。イルナディアの中央に設置されたコロシアムにて、腕利きの冒険者たちが戦う一大イベントだ。アータ自身は参加したことはないが、冒険者や王国騎士団の騎士たちも参加するとあって、その賑わいは最高潮に達する。
自分たちをここまで連れてきた商人達も、実のところこの闘技会で一儲けを狙う一団でもある。
『呑気なものんですの。あーたんが戦っていた時も開催されてたんですの』
「まぁ、大陸中から強い連中が集まるからな。過去はその中から魔王軍と戦う勇者を探そうって動きもあったぐらいだ。別に俺には特に関係ないさ」
『……まぁ、あーたんがそういうなら別にいいんですの』
「ちょっとアータ様! 何してるんですかさっさと合流してください!」
いつまでたっても門を超えないアータとフラガラッハにしびれを切らしたアンリエッタが、門の入り口でこちらに向かって怒鳴り声を上げているの気づき、アータはため息交じりに彼らのもとへと急いだ。
◇◆◇◆
「へぇ。じゃあ今回はお前たちも出場するのか?」
「はい。誰かさんのせいでこうして勇者の身代わりをさせられていますし。ここで顔を売れば、貴方の影武者――身代わりとしての役目もさらに強固なものになるとの、上からのお達しです」
「よかったなぁ、名前売れて」
「僕の名前じゃないですよ、貴方っぽい名前ですよ売れるのは! アホ―で売ってあげましょうか、貴方の名前!」
商人たちと別れ、並木道のにぎやかな通りを歩くアータとアンリエッタ、タルタナは他愛のない話をしながら首都を散策していた。タルタナはここでは目立つからと言って既に鎧を脱ぎ捨て、一緒にいた戦士達に荷物を預けて二人と共に。黒いフードを深々と被るタルタナは、ため息交じりに二人に語る。
「事情は騎士団と王室のほうには伝えてあります。とはいえ、目立ったことはしないでくださいよ。その探している薬とやらが見つかったら、少なくともそこのアンリエッタお嬢さんについてはすぐにでもこの街を出たほうがいいでしょう」
「えぇ。この街で例の薬を見つけ次第、言われなくてもすぐに立ち去らせていただきます。ここの光は、私達にはきつすぎますので」
「……違いありませんね」
笑顔を崩さないアンリエッタの様子に、タルタナは参ったといわんばかりに笑う。だが、すぐにしげしげとアータとアンリエッタの姿を見つめなおし、首を振る。
「それと、その格好だと貴族の給仕に見えますので、注意してくださいよ?」
そういって口元に手をてて笑うタルタナの姿は、装飾の施された白いチュニックに腰で深々としたベルトを着け、黒色の膝丈まである皮で作られたブーツをはいた、人間界では珍しくない在り来たりな服装だ。それに対し、アータとアンリエッタの服装は周囲の奇異の目を引く。メイドと執事なんて、街中でホイホイと見れるものじゃない。
だが、神経の図太いアータとアンリエッタはタルタナの言葉を気にもせず、堂々とふるまう。
「誇りあるメイド長として、これ以外の服に身を包むつもりはありません。仕事ですので」
「だってさ、タルタナ」
「はぁ……。まぁいいですけどね。では僕はこれで。闘技会への参加の手続きがありますので」
深い溜息をつきながら、タルタナはアータ達と別れて街の人の流れに消えていった。
その背を見送ったアータとアンリエッタは、手近な脇道に入って壁に背を預けて一息をつく。
「それで、アン。こうして首都についたわけだが、その例の薬とやらはどうやって探せばいい? 薬屋にでも行けばいいのか?」
「は? 何言ってるんですか。まずは雑貨屋に行きますよ」
「雑貨? 薬と何の関係があるんだよ」
「仮面をまずはそこで買います。そのあとは服飾屋で目立つ羽織り物を。そこまですれば準備万端です」
自慢げに拳を握ったアンリエッタが、携えたカバンから財布を取り出してその中身を念入りにチェックしながらアータの腕を引く。買い物先に意味を見いだせないながらも、アータはアンリエッタにひかれるままに裏通りを抜け、別の大通りへと出てきた。
そうしてアンリエッタに腕をひかれたままのアータだったが、声の途切れぬ通りの中で配られていたビラに気づき、通りざまに一枚拝借して中身を見る。
「勇者一行に、話題の魔物使い。旅の三人組冒険者……。今だけでも出場者は十を超えるのか」
『あーたんあーたん、ちなみに闘技会の優勝者への報酬はどうなってるんですの?』
「ん? あー、なになに……。『どんな傷でも立ちどころに完治する伝説の秘薬』だってさ――おい」
腕を引っ張るアンリエッタの首根っこを掴む。うげぇっと情けない声をあげるアンリエッタを背後から羽交い絞めにし、アータは瞳を細めてアンリエッタの耳元でつぶやく。
「お前……、仮面を買うっていったな? 何のために?」
「か、顔がばれたら大変でしょう?」
「羽織り物が必要だってのは、なんでだ?」
「そのほうが、謎の挑戦者っぽいでしょう?」
「魔族の流行り病を治すのに必要な薬の調達に、俺を連れてきた理由は?」
「貴方なら、勝てるでしょう?」
目線を合わせないアンリエッタの様子に、アータは笑顔を浮かべて羽交い絞めから彼女を開放する。そうして慌ててアンリエッタはアータから距離を取り――次の瞬間には再び首根っこを取られた。
「ちょっと、往来で何するんですかやめてください! 脱げる、脱げますって……!」
「つまりは俺にそれに参加して優勝して、その薬を手に入れてこいっていうんだろ。面白い、その話に乗った」
「乗ったのに何で私を引きずってるんですかね貴方は!?」
「俺だけでても楽しくないだろ。心配ない、観衆の前でとんでもなく恥ずかしくなるような姿でお前を闘技会デビューさせてやるよ」
アータの言葉に、アンリエッタがぎょっと目を見開き、衆人の目も気にせずに全力でもがき出した。もはや涙目になる勢いのアンリエッタは、自分を引きずるアータに向かってひたすらに言い訳を飛ばす。
「ちょ、ちょっと待ってください話し合いましょう。アータ様、私はですね、そもそも戦いに向いてなくて……! っていうか、今回はたまたま! そうたまたま薬が闘技会でしか手に入らなくって、魔王様の命で貴方を利用すれば楽して――聞いてますかねぇ聞いてます!?」
「おばちゃーん、ウサギ耳ついた仮面とこのラブリーな獣っぽい手袋と靴をくれ。あー、あとあれだ。下品なほどピンク色のマントが売ってる店があったら教えてくれ」
「やめてえええええええええ!」
大絶叫と共にメイド服姿の女が、執事服を着た男に雑貨屋へ引きずり込まれる姿は、暫くの間首都中で噂になった――。