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その名も、勇者である!  作者: 大和空人
第二章 流行それすなわち勇者ありき
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第五話 のらりくらり旅

「見当たらんのぉ」

「見当たらないっスね」

「見当たりませんなぁ」


 人間界で最も広く、最も栄えたイリアーナ王国首都イルナディア。その城下町へとつながる街道の脇で座り込むのはサリーナ率いる一行。三人はアータたちをはるかに追い越し、すでに城下町そばにまで来ていた。

 元から人の姿に近いサリーナは、小さな帽子をかぶり角を隠し、ドラゴニスは自慢の変身魔法で既に身なりの良いスーツ姿の老人の姿に。ドラゴニスの魔法でアルゴロスも、筋肉質で質素な服に身をつつんだ木こりに。

 アンバランスな身なりの姿の三人は、暗くなった街道から身を隠すようにしてそばの森の中で座り込んでいた。

 目的は当然、アータやアンリエッタの到着を待つこと。

 とはいえ、既にこうして待機してからというもの1日が立った。


「のぉのぉドラゴニス。空からアータ達を探すことはできんのじゃろうか?」

「ここは人間界ですからのぉ。クラウス様とくそ勇者が契約によって不可侵であるとはいえ、ドラゴンの姿では彼らへの刺激が強いでしょう」

「うぅむ、まいったのぉ」

「まいったっスね」


 日がな一日、街道を通るであろうアータ達の姿を待っていたが、首都イルナディアへと入っていくのは行商人や兵士たちばかり。たまに外へと狩りに出ている冒険者の姿があった程度。

 このまま街道で一夜を明かすか迷っていたところで、ドラゴニスが立ち上がった。

 

「サリーナ様、アルゴロス。ひょっとするとですが、皆さまは既に城下町に入ってしまったのかもしれませぬぞ」

「うぬ? じゃがまだアータ達はこの道を通ってきておらんのじゃ。あの岸辺の街道はここにつながっておるし」

「そうっスよドラゴニス。今日一日をここで張っててもまだ来てないじゃないッスか」

「考えてもみてくだされ。相手はあのクラウス様と並ぶ最強勇者。わしの飛ぶスピードよりはるかに速くここに到達してきているに違いないんですのぉ」


 はっと言わんばかりに、サリーナとアルゴロスが顔を見合わせた。そうして二人は、ドラゴニスがそっと胸元から取り出したそれを見て小首をかしげる。

 

「なんなのじゃこれ」

「一応人間界ですからのぉ。城下町に入り込むにあたり、手形だけ用意しておいたのですよ」

「さすが智将。頼りになるッスね!」

「うむ! では皆の者、れっつらごーなのじゃ!」


 三人は満面の笑みで頷き合い、拳をぶつけた。そこにもう、勇者を待つなどという目的はない。

 少なからず興味をそそられる、人間界最大の首都の姿に、踊る様にして三人は城下町へと向かっていった――。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 心地よい車輪の音を立てる馬車の中で、アータとアンリエッタは明るくなり始めた草原を見ていた。浜辺から暫くして、アータとアンリエッタは港から首都へと向かっていた行商人の一行に出会った。その中で気前のよい商人の男性にこうして馬車に乗せてもらい、のんびりと旅を楽しみながら首都へと向かっている。

 だが、なぜかアンリエッタはこれに不満そうに、アータをにらみつけたままだった。

 

「アータ様、わかってますか。私たちはそれなりに急ぐ旅路なのです」

「気持ちはわかるが、街道を首都まで行くには徒歩より馬車のほうがお前にとっても都合がいいだろ?」


 飛べないんだし、とは言わない。まさか馬車に乗せているのが魔族だなんて、馬の手綱を握る行商人の男性も考えてもみないだろう。

 

「それは確かにそうですが……。というか、勇者の名前を使って急がせればいいんじゃないですか?」


 アンリエッタの不機嫌な声に、馬車の外にいた行商の男性が楽しそうに問いかけてくる。

 

「お、なんだい勇者様の話かい?」

「え、えぇはい。ここにいるアータ様こそがその――」

「へぇ、あんちゃん、あの伝説の超美形勇者と同じ名前なのかい」

「超美形?」


 アンリエッタが興味深そうに、男性の問に食らいつく。彼女の様子を視線で追いながらも、アータは興味ないといわんばかりに欠伸をかみ殺す。

 

「知らないのかい嬢ちゃん。この国にはあの魔王と唯一張り合える最強の勇者がいるのさ。そりゃぁもう、魔王と張り合える人間なんて英雄同然さ! 勇者が魔王城を落とした時なんて、首都全体で花火を打ち上げ盛大に祝ったものさ。そうして、びっくりするほど有名になったのがアータって名前の勇者さ」

「へぇ、そんなに有名なんですね。で、その美形っていうのは?」


 半笑いでちらりとこちらを見てくるアンリエッタの脳天にデッキブラシを落としながらも、アータもまた商人の話に小耳だけを傾けた。

 

「いやそれがさ、一時城下町で起きた人攫い事件をその勇者が解決してからっていうもの、女性のファンがそりゃもうすんごい増えちまって! あれよあれよという間にうわさは広がったのさ! なんでも、艶やかな黒髪、切れ長の鋭い瞳、スマートな体躯、誰にでも心優しく、強気を砕き弱気を助ける義賊。その声はローレライの如く人々を魅了し、その瞳はメデューサの如く女たちを虜にしてしまうっていう、すんげぇ美形なんだって!」

「へ、へぇそんな――ぷふっ、美形な、ぷぷぷっふふ、そんな勇者がいれば私もあってみたいですね!」

「俺もあってみたいよ! きっと俺たちみたいな底辺商人とは一生関わり合いのないようなとんでもないお人なんだろうなあ」


 そういってその商人は自身の頭に描く勇者像に酔いしれながら、馬の手綱を強く握った。

 その背中から感じるいわれのない願望にため息をつきながらも、アータはこちらに向かって笑顔を向けるアンリエッタを睨む。

 

「人にやさしいんですって」

「その通りだろ?」

「どこがですか!? さっきの中にあなたとの共通点なんて髪の毛黒い、目つきが鋭い、大体細い。それ以外ほぼだめじゃないですか」


 不満げなアンリエッタの様子に、アータは押し黙る。

 強気を砕き弱気を助ける義賊――魔王城に行く前に狡賢い金持ちの貴族から旅の旅費をちょろまかした記憶。

 ローレライのような声――暴動を止めるため、その首謀者を三日三晩拉致して洗脳した記憶。

 メデューサのような視線――物理的にというか魔法的にナクアを石に変えた記憶。

 大体どれも、噂の出所に心当たりがあるだけに、アータは罰悪く黙るしかなかった。

 

「それにしても、本当のあなたを知っている人は多くないんです? あれだけ勇者という名前は広まっているのに」


 不思議そうなアンリエッタの問いかけに、アータはデッキブラシを脇に抱えたまま応える。

 

「基本的には俺が最前線で一人で戦ってたからな。移動も早かったし、何より――」

「あー、そうですね。貴方人の話ほとんど聞きませんものね」

「……」

『あーたん、図星なんですの』

「うるさい。大陸中飛び回ってたんだ、しょうがないだろ」


 珍しく不満げなアータの様子に、アンリエッタはフラガラッハと共に馬車のなかで声をあげて笑った――。

 

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