第二話 セカンドジョブ「執事」
「さりーなちゃあああん、無事だったのかい!?」
浜辺でエルフ達に攫われかけていた魔王の娘――サリーナを助けたアータは、背中に乗せた彼女を落とさぬようにしながらも、空から降りてきた魔王クラウスと何人かのメイドたちの姿に気づき、瞳を細めた。
「父上殿! アンリエッタ!」
背負っているサリーナの嬉しそうな声が聞こえ、アータもまた軽く微笑みを返して彼女を地面に下ろす。すぐさま近寄ってきた魔王と赤毛のメイドが、小さな傷だらけになったサリーナの身体を心配しながら、傍に立つアータを睨む。
メイドのほうはサリーナを守る様にしてアータとサリーナの間に立ち、魔王に至っては憤怒の怒りと殺気を隠せないままにアータの前で地獄の業火を掌に生み出した。
「契約の傍から、貴様は私の娘を狙ったのか勇者?」
「あいにくと、こちとらさっきこの島についたばっかりだ。事情も何も俺は知らないが、彼女が連れ去られそうだったから助けておいた」
「……」
アータの言葉に魔王は不満げに眉を寄せ、だが一人のメイドをすぐにアータ達がきた海岸のほうへと向かわせた。そうして魔王はサリーナの頭を撫でながらも、アータを睨む視線を緩めない。だが、暫くして戻ってきたメイドが魔王に会釈をすると、魔王クラウスはアータに向けていた強い視線を緩めて一息をついた。
「どうやら本当に貴様じゃなかったらしいな」
「だからそういってるだろうに」
「だが、私たちがせっかく整備していた海岸が、どうにも大魔法で吹き飛ばされたような酷い有様らしいんだが、そっちは知ってるか?」
「そっちは俺だ」
寸前で飛んできた魔王の拳を、アータは仰け反って辛うじて躱す。
「このアホ勇者貴様ぁ! あそこの砂浜の整備、この私が魔法を使わず手作業で手入れしたお気に入りの砂浜だぞ馬鹿め!」
「うるさいクソ魔王! そもそもあんな契約交わしておいてお前が勝手に一人でこの場所に先に戻ったのが最大の問題だろうが!」
お互いに両腕で押し合うような取っ組み合い寸前でにらみ合うアータとクラウスの間に、ひょっこりと顔を出したサリーナが満面の笑みを向けた。
「のぅのぅ父上殿、アータ! 勇者執事の話が聞きたいのじゃぞ!」
サリーナのキラキラ輝く瞳の様に、顔を突き合わせていた魔王クラウスと勇者アータは互いに深い溜息をついて手を離す。
「サリーナちゃんの頼みだ。ついてこい勇者。貴様を魔王家に案内する。アンリエッタ、アホ勇者の案内を頼む」
「かしこまりました、魔王様。それではそこの勇者様、私について来て下さい」
サリーナを抱き上げた魔王は先に一人で林道を飛び去っていく。抱え上げられていたサリーナが最後まで何かを言っていたが、アータは気にせず、残された赤髪のメイドを眺めた。黒のメイド服に燃えるような赤。背中に生える小さな羽。魔王たちと同じように、人間の姿に近い魔族だ。
「何を見てらっしゃるんです?」
「いや、俺に渡された執事服もそうだが、魔王の服の趣味は存外、人間に似ていると思っただけだ」
「くだらないこと考えずに行きますよ」
「はいはい」
敵視を込めた視線を向けてくるメイド――アンリエッタの様子に肩を竦めながらも、アータは彼女を追って魔王家へと歩みを進めた。
◇◆◇◆
林道と森を抜けた先にあった豪華な屋敷――魔王家に案内されたアータは、魔王家につかえる使用人たちの視線を気にもせず、案内されるままに屋敷に入った。そのまま怪我の手当てをしていたサリーナの部屋に案内されたアータは、ベッドの上でにへっと笑顔を見せるサリーナと、その傍で立つ魔王、扉の前で控えるメイド達の前でもう一度名乗りを上げる。
魔王とのとある契約を守るために。
「初めまして勇者です。どんな仕事でもします頑張ります。年一度半刻ほど睡眠時間を貰えれば、不眠不休で動けます。よろしくお願いします、お嬢様」
そういって軽く腰を折ると、サリーナがあんぐりと口を開けてベッドから降りてきた。フリルの多い赤いドレスに身を包見直していた彼女は、拙い足取りでアータの傍に近寄ってくる。
彼女の様子にゆっくりと頭を上げたアータは、見上げてくるサリーナと視線を交えた。
「じぃー……」
「……あの、なんでございましょう、お嬢様」
値踏みするように瞳を細めるサリーナの前で、アータは必死になって笑顔を作る。魔王とのとある契約通り、サリーナを『お嬢様』と呼んで。
サリーナの様子に満足いったように鼻息荒く笑う魔王クラウスは、アータの隣に並び、乱暴にその肩を叩きながら宣言する。
「どうだサリーナ、生誕祭のプレゼントの勇者執事だ! パパはとうとう勇者を手に入れた! 人間界最強の化け物を手に入れたんだよ! 苦節一年、この男を手に入れるために私がどれだけ苦心をしたことか!」
「……思いつきな話だろうが。それに、あくまでこれはただの契約だクソ魔王」
「ん? 何やら勇者の口から不適切な言動が聞こえたが、私の気のせいかな?」
にんまりとした魔王クラウスの笑みに、アータは口元を歪めた。瞳を細めた胡散臭い笑顔で魔王の問いに答える。
「気のせいじゃないぞクソ魔王。おいどうした、頭に汚い蝋燭二本ついてるぞ?」
「これは立派な角だアホ勇者! 貴様、サリーナちゃんの執事になるからって調子に乗って――」
売り言葉に買い言葉で再びアータとクラウスがにらみ合いを始めようとしたところに、傍にいたサリーナが強く反応した。
「執事! 父上殿、勇者をワシの執事にするというのは本当なのかの!?」
「え、あれ? き、気に入らなかったのかぃサリーナちゃん!? パパ頑張ったんだけどな!? 尻尾が燃え尽きるほど頑張ったんだけどな!」
詰め寄るサリーナの様子に、クラウスが思わず不安をのぞかせる。だが、そんなクラウスの心境などつゆ知らぬサリーナは、クラウスの背後に立つアンリエッタに抱き着き、
「ひゃっほぃ! アンリエッタアンリエッタ! 念願のワシ専用の勇者執事が手に入ったのじゃ! 通販で売ってた村の勇者Aよりプレミア感たっぷりの本物の生勇者なのじゃ!」
「良かったでございますねお嬢様。早速ベヘルモット様に宅配を頼んでいた村の勇者Aはキャンセルの連絡をしておきます」
サリーナの頭を撫でるアンリエッタの様子を見たクラウスが、眉間にしわを寄せた。
「おいアンリエッタ。なぜお前がサリーナの頭を撫でている? そこは私の居場所であるぞ」
「勇者との逢引で屋敷を留守にしがちなクラウス様に代わり、わたくしめがお嬢様のお世話を承っていた賜物でございます」
「なんと!? おい奴隷勇者貴様ァッ! 貴様と毎日毎日精根尽き果てるまでの穴の掘りあいのせいでサリーナのパぁパに対するイメージが最悪ではないか!」
「うるさい! お前こそ、魔王の癖に屋敷での立場ゼロなのな! はっ、お似合いだ!」
「やるのか勇者! 黒縁眼鏡に七三分けで脱個性してやろうか!?」
「なんだと魔王! お前こそスーツの裾膝丈にして虫取り少年にしてやろうか!?」
「お二人とも、お静かに」
胸ぐらを掴み合ってにらみ合うクラウスとアータの間に、アンリエッタが割って入った。クラウスとアータは互いに割って入ったアンリエッタの顔を立てるように、暴言の飛び出す口を閉じる。
「クラウス様、そしてクソ勇者。ここはお嬢様の部屋です。喧嘩をするのであれば外でやってください。魔王城の時みたいに別荘の魔王家まで消し炭になっては困ります」
「おい、なんで俺にだけクソが付く?」
「クソウス様、そしてクソ勇者。ここはお嬢様の部屋です。喧嘩をするのであれば外でやってください。クソ城の時みたいにクソ家まで消し炭になっては困ります」
「アンリエッタ! 私は魔王だよ!? 一応、魔界を総べる王だからね!? 君らのご主人様だからね!?」
「お二人とも、お静かに」
サリーナを背後に隠したアンリエッタの拳が握られ、アータとクラウスは再び押し黙る。
「クソウス様。先ほどの人間界侵略を取りやめる件と、改めて今勇者がここにいる理由の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「そうじゃ父上殿。いつもいつも帰ってからは勇者との決着がつかぬとヤケ酒をしておったではないか」
サリーナの言葉に、アータがニヤリと笑みを浮かべた。そのまま隣で一緒になって立つクラウスの脇腹をどつく。
「何お前、ヤケ酒なんてしてたの? しかも娘に覗かれてるじゃないか。魔王失格じゃないか」
「うるさいぞ! 魔王にはな、酒を飲まないとやっていけない時期というものがあるのだ!」
再び取っ組み合いをしそうになるアータとクラウスをアンリエッタの絶対零度の視線が射抜く。彼女の視線に気づいた二人はバツ悪く頭をかいた。
「……ほんとはサリーナちゃんに人間界をプレゼントしたかったのだが、勇者との戦いに決着がつかなかったのだ。そこで、以前サリーナちゃんの部屋に透明化して侵――掃除で入った際に見た妄想日記の中に、『ワシはいつの日か勇者を執事にしてキャッキャウフフしたい』という内容を思い出し、いっそのこと人間界ではなく勇者を持って帰ろうと思ったのだ」
「な、ななな! 父上殿、ワシの妄想日記を読んだというのか!?」
アンリエッタの背後から慌ててクラウスに詰め寄ったサリーナが、頬を真っ赤に染める。そのまま涙目でクラウスの襟元を掴んでガシガシと前後に振り始めた。
「あ、あれはワシの超個人的なプライベートなのじゃぞ!? ちゃんと鍵付の日記帳だったはずじゃ、どうやって覗いたのじゃ父上殿!」
「魔王に出来ぬことなどないぞ。こう、ちょっと力を籠めれば鍵なんてボロッと」
「心配ありませんお嬢様。お嬢様の妄想日記の中身は常に私が監視しております。何かあってもすぐに対処できるよう、屋敷のメイド部隊も全て把握しております。ご安心ください」
「出来ぬ! 全然まったくこれっぽっちも安心できぬ! というよりなんじゃお主ら! 全員してワシのプライベートを覗くなど、酷いではないか!」
瞳に目一杯の涙を浮かべてプルプル震えるサリーナの姿に、クラウスの隣で頭をかいていたアータは深い溜息をついた。彼女をからかう魔王とアンリエッタに比べ、サリーナの感情は豊かだ。それ故に、思わず親近感がわいてしまう。
魔王の娘で魔族の子だが、何やら可哀想になってしまったのだ。
「あー、その、大丈夫だ……です、お嬢様。俺はお嬢様の日記の内容は知りませんので」
乱暴になりそうだった言葉遣いを改め、サリーナをお嬢様と呼び、アータは笑顔を見せた。
すると、アータの笑顔を見たサリーナがバッと顔を近づけてくる。
「……! そ、それはまことかの!?」
「まことでございます。俺は本日から仕える身でありますので」
「……うんなのじゃ! それとそれと、さっきは助けてくれてありがとうなのじゃ!」
零れそうになった涙をドレスの裾で拭ったサリーナが笑顔を咲かせた。魔族とは思えぬ素直なその反応に、思わずアータは彼女の頭を撫でる。
「う、にゅ!?」
擽ったそうに瞳を閉じるサリーナの頭を撫でていたアータだったが、自分の背後で燃えがる地獄の業火に気付く。着こなしていたスーツを熱で焦がすクラウスの様子に、アータは眩暈を覚えた。
「き……っさ、まぁああああ! パパのサリーナちゃんを、サリーナちゃんをぉお! 屋敷ごと消し炭にしてくれるわ!」
憤怒の形相で、クラウスが右掌に呼び出した業火をアータに向って振り下ろす。これに素早く反応したアータは、自身も魔法を紡ごうとして――、
「止めるのじゃ父上殿!」
間に割って立ち上がったサリーナの姿に、二人は慌てて動きを止める。
構えていた右掌の炎を消し去ったクラウスが、慌ててサリーナを諭した。
「さ、サリーナちゃん! どきなさい! パパが今すぐそこのクソ勇者を新妻が作った焦げ魚よろしく食卓に並べてあげるから!」
だが、サリーナはクラウスの前で両腕を広げたまま嫌々をする。
「だめじゃ! この勇者は今日からワシの執事になるのじゃぞ! 父上殿がプレゼントだって言ったではないか! 魔王ともあろうものが、一度言った約束を破るのかの!?」
「い、いや言ったけどもさ! でもでも、私のサリーナちゃんに馴れ馴れしく触るのは――」
「それに、さっき攫われそうになったわしを助けてくれたのは勇者なのじゃぞ! それ以上駄々をこねるのであれば、ワシ、もう二度と父上殿など呼ばぬもん。父上殿なんてもこれからずっと無視じゃもん!」
「――――ッ!? 無視!? この私無視!?」
腕を組んでそっぽを向くサリーナの目の前で、クラウスが崩れ落ちる。よっぽどショックだったのか、もはや立ち上がる気力すら魔王は見せられなかった。